拓哉は優香の家に呼び出されていた。
要件は以前に話していた彼女の妹、花奈の事である。
――まずは花奈ちゃんから話を聞くって言ってたけど……。
新実家の玄関前に付いた拓哉はインターホンを押す。
「はーい」
インターホン越しに返事をした声は優香のものだ。
「来たぞ」
「ん、開けに行くから待ってて」
「ああ」
優香に言われた通り待っていると、すぐに玄関のドアが開いた。
「いらっしゃい」
部屋着である彼女の格好はシャツに短パンとラフなものだ。
「お邪魔します」
家に上がった拓哉は優香の後に付いて行く。
「あら、拓哉君」
「やあ」
リビングの前を通ったところで、佳奈と彼女の夫――つまり優香の父親である
「こんにちは」
誠司は、拓哉と優香が幼馴染から恋人同士になった関係を、その経緯を含めて佳奈や本人達から聞いて知っている。
「拓哉君、優香の相手は大変じゃないかい?」
この問いかけも、優香の父親としての立場もあるが、サキュバスの相手をする一人の男として聞いているようなものだ。
「え、ええっと……」
あはは、と拓哉は苦笑いで返す。
ここで大変だと言えば、後が怖いというのは目に見えている。
「お父さん、余計なこと言わないの!」
「あぁごめんよ優香。でも、拓哉君は息子も同然だからね……気にはなるじゃないか」
二人が幼い頃から、拓哉が新実家に預けられる形で共に過ごしてきた事もあり、誠司は彼が娘と付き合う前からそのような感情を持っていたのである。それを知らない当人の拓哉は、気が早くないかと思っているのだが。
「それよりも、私達は今から花奈と話があるから」
優香の言葉を聞いて、佳奈は二人が何をするつもりなのかを察する。
「あの子が精吸をしてない事について、かしら?」
「やっぱりお母さんも気付いてたんだ」
「ふふ、当然よ」
花奈がサキュバスとして覚醒してから、これまで一度も彼女から精吸をした匂いがしないのは佳奈も当然感じ取っていた。それは花奈の魔力が日に日に少なくなっている事からも確実であった。
今はまだ存在の消滅という事はないかもしれない。しかし存在が消滅しなくても、このままでは理性を失って暴走し、男性を見境なく襲ってしまう可能性もある。
佳奈はもちろん、この話を花奈にもしているのだが、こうして妹の様子に気付いた優香や拓哉が心配して行動するに至っているのが現状だ。
――あの子にも何か理由があるのかもしれないけれど……。
「花奈の為とは言え、強引なのはダメよ?」
「分かってる。でもこのまま何もしないで、花奈が消えるなんてのは嫌だから」
彼女の表情は決意に満ちている。
「そうね……拓哉君も無理はしないでね?」
「はい。でも、俺も優香と同じ気持ちですから」
拓哉も優香と同じく決意ある表情で言う。
「なら、私から言う事はないわね。私も助けてあげたいけど、そこでソワソワしてる人を落ち着けないといけないから、あとは二人に任せるわ」
大切な家族が一人消えるかもしれないという話を聞いた誠司は、居ても立っても居られないという様子で今すぐにでも花奈の部屋へと向かいそうであった。
佳奈はそんな彼の腕を掴んで座らせる。
「
「任せて」と言った優香がしっかりとした足取りでリビングを後にすると、拓哉もまたそれに続いた。
× × ×
花奈の部屋の前に着いた。優香は扉をノックする。
「花奈、ちょっと話があるんだけど入っていい?」
「いいよー」
返事を聞いて部屋に入ると、ベッドでうつ伏せになっている花奈が動画を見ているところだった。
「なーにー?」
そのままの姿勢で聞く。
「大事な話だからちゃんと座って」
「えー……めんどくさい、な――拓哉お兄ちゃん!?」
拓哉の存在に気付いた彼女は急いで姿勢を正して座る。
その様子に少し苦笑いを零した二人だが、優香は咳払いをして話を始めた。
「花奈、サキュバスになってから結構経ったよね」
「う、うん……って、拓哉お兄ちゃんは私達がサキュバスだって知ってたの?」
彼女は二人が付き合っているのは知っているのだが、そうなった
「知ってると言うか……優香が初めてサキュバスになった時に、そのまま暴走したコイツに襲われてなぁー」
「そうだったの!?」
衝撃の事実に花奈は声を上げて姉に目を向ける。
「そっ、その話は今はいいの!」
慌てて優香は話を戻す。
「んんッ! 単刀直入に聞くけど、花奈はサキュバスに覚醒してから一回も精吸してないんじゃないの?」
その問いかけに、花奈はめんどくさそうな顔をする。
「気付いてたんだ……」
「そりゃ段々と魔力が減っていくのが分かるんだから。うちで知らなかったのはお父さんだけ」
サキュバスに覚醒したとは言え、これまで魔力などを特に意識していなかった花奈はなるほど、と思った。姉がこうして直接聞きに来るほどに、自分の魔力――ひいては存在の力が弱くなりつつあるのだと初めて気が付いた。
「あ、今の私って結構危なかったんだね」
軽く口にする花奈に、優香は溜息をつく。
「そもそも、なんで精吸してないのよ?」
「だって学校とかでそういうのシしたいなーって思う人いないんだもん。知らない人となんてのもやだし」
彼女の言う事は優香にもよく分かる話である。
今はこうして妹の心配をしているが、もし拓哉がいなければ自分も同じ状況になっていたかもしれないのだ。
「まぁ花奈が言う事も分かるけど……」
「でしょー?」
「だからって、このまま放っておくのもダメなんだから」
命に係わる事だから、と優香は強く言う。それに花奈も言葉を詰まらせた。
確かにこれ以上の放置は出来ない。しかし先程自分でも言ったように、そういう行為をシたいと思えるような相手が身近にいないと考えている。
「好きな人とかいないの?」
好きな人、というワードにピクリと反応を見せた花奈が、一瞬だが視線を拓哉へと向けた。
僅かだったその視線の動きを優香は見逃さない。
「――花奈、提案なんだけど」
「な、なに……?」
優香の言葉に、花奈は少し嫌な予感がした。
「拓哉から精吸しない?」
「え――……」
姉の提案を耳にした花奈は、その言葉を初めは理解出来なかったのだが、次第に彼女が何を言っているのかを認識していく。
「私も相手が花奈なら気にしないから――」
「なっ、何言ってるお姉ちゃん!?」
動揺した彼女は立ち上がりながら声を荒げる。
「何って……拓哉ならお互いによく知ってるし、いいんじゃないの?」
「そ、そうだけど……そうじゃなくて……!」
二人の間に視線を
そんな様子の妹に、優香は「アンタからも何か言いなさいよ」と拓哉に目を向けた。
「それに、拓哉お兄ちゃんの気持ちだって……!」
「えっと……勿論、俺も花奈ちゃんを助ける為に協力する。優香やおばさん達と一緒で、俺も花奈ちゃんに消えて欲しくないからさ」
彼から真っ直ぐと言われた言葉に花奈は揺れる。
さっきは軽く言ったが、花奈自身もどうなるか分からない状態に恐怖感はあった。その状況から脱する事が出来るのなら、姉の提案に当然乗るべきなのも分かっている。
それでも――
「少し、考えさせて」
花奈がそう口にしたのは、簡単に応じられない彼女の複雑な心境からであった。
「……そう、分かった。でも、あんまり長くは待てないからね?」
優香はそう言いながら立ち上がると、拓哉にも部屋を出るように促す。
二人としても、いつ花奈が暴走するか存在が消滅するか分からない事から、すぐにでも返事をして欲しい気持ちはある。だが強引にはしないという約束も忘れていない。
「うん……拓哉お兄ちゃんも、ありがとね」
「……またね、花奈ちゃん」
二人に申し訳なさそうな表情を浮かべる花奈を尻目に、優香と拓哉は彼女の部屋を後にする。
× × ×
「はぁー……どうしようかな……」
ベッドに倒れ込んだ花奈は、先程された衝撃の提案に一人頭を悩ませていた。
――拓哉お兄ちゃんと、かぁ……。
拓哉から精吸する行為を想像して、彼女は顔を赤くしながら「う゛ぅ~……」と唸る。
「……お姉ちゃんのバカ」
そんな恨み言も添えて。