盗賊団に敗北したヒヨリは拘束され、薄暗い地下牢に繋がれた。
「うーっ!うう~~~~~っ!!」
ガチャガチャと、手錠に繋がれた鎖が軋んだ音を立てる。しかし幼女化の薬を打たれ、抵抗する力を失ったヒヨリには、強固な鎖を引きちぎる事は到底できそうもない。
「はぁ、お腹減ったなぁ・・・・・・」
諦めて、ぺたんと座り込み、項垂れたヒヨリのお腹が大きな音を立てる。盗賊団に敗北して早三日、ヒヨリは満足に食事を取っていなかった。
「あたし、どうなるのかな。ここの人は、あたしをどうするつもりなんだろう・・・・・・」
先行きの見えない不安から、ヒヨリの目には涙が滲み、ぽたっ、ぽたっ、と冷たい床に雫を垂らしてゆく。
その時、ギィィと重苦しい音を立てて地下牢の扉が開かれる。とうとう裁定の時が来たかと、ヒヨリはゆっくりと顔をあげた。
目の前には、あの時対峙した巨漢と不意打ちを放った魔術師、そして数人の部下がいた。
「気分はどうだい、ヒヨリちゃんよ」
「あたしを、どうするつもりなの?」
繋がれたヒヨリの上の壁に手を付き、巨漢は汚らしく笑う。
「なぁ、俺達の仲間にならないか?」
「・・・・・・」
せめてもの拒絶の意志として巨漢をにらみつけると、「おぉ怖い怖い」と手をひらひらと振った巨漢は後ろに下がり、代わりに魔術師が音もなく前に進み出た。
「あなたが単身乗り込んで来てくれて、私達も手間が省けましたよ。さて、我々の次のターゲットなのですが――――――」
魔術師の手からひらりと、ヒヨリの前に一枚の写真が落ちる。それに写っている人物を見たヒヨリは目を見開いた。
「え――――――?」
買い物の途中だろうか。籠を片手に、メモを片手に、商店街を歩くその姿。慈愛に満ちた優しい笑顔。桃色の美しい髪に、一輪の白い花飾り。
「ユイちゃん・・・・・・」
「ああ、そうそう。確かそんな名前でしたねぇ」
魔術師はたった今思い出したかのように、とぼけた声をあげる。
「どうやらうちの団員達が彼女の事を大層お気に召したようでして。ぜひともペットとして飼いならしたいという意見が多いのですよ」
「やめてっ!!」
ヒヨリの懇願が地下牢に木霊する。恥も外聞もなく魔術師の足元に縋り付き、ぼろぼろと涙を流しながらその顔を見上げる。
「それだけ、それだけはっ!みんなを巻き込むのはやめてっ!おねがい・・・・・・・おねがいしますっ!あたしはペットでも奴隷でも、どうなってもいいからぁっ!」
「勘違いされては困ります。手を下すのは我々ではありません」
くつくつと笑う魔術師はヒヨリの前に跪き、小さな顎に指を這わせ、持ち上げた。
「彼女に手を下すのは貴女です、ヒヨリさん」
「あたしは仲間は裏切らない。絶対にみんなを売ったりしない!」
「フフフ・・・・・・」
いつもの笑みを漏らし、満足げに頷いた魔術師は立ち上がり、ヒヨリに背を向ける。
「おい」
巨漢が背後に呼びかけると、今度は二人の部下が前に進み出てきた。
一人はヒヨリの腕を取り、肘の裏側を消毒綿で丁寧に拭く。
「?」
そしてもう一人の男は、黒いケースを手にしていた。それを床に置き、ヒヨリの目の前でぱかりと開ける。
「ひっ!」
その中には、一本の注射器と液体の入った瓶が大事そうに詰め込まれていた。ガタガタと震えだすヒヨリの目の前で、注射器に液体が詰められる。
「やらぁっ!やらやらやらぁっ!お注射やらぁっ!おクスリやらぁっ!」
ガチャ!ガチャ、ガチャッ!と鎖に繋がれたまま、ヒヨリは最後の力を振り絞って抵抗しようとする。
「おいおい、暴れるんじゃねぇよ。傷口が開くだろうが」
しかし今となっては圧倒的な力の差。巨漢に押さえつけられたヒヨリの腕に注射器が刺さり、
「あー!あー!あーっ!!!」
静かに、ピストンが押し込まれ、
「ぁ・・・・・・」
一瞬にして脱力したヒヨリは、全ての力を奪われたかのようにがっくりと項垂れた。
脳内を駆け巡る危険な多幸感。クスリの影響力に、ヒヨリの脳が警鐘を鳴らす。
「あたしは・・・・・・あたし、は・・・・・・絶対、仲間を売ったりなんて・・・・・・」
その後、盗賊達が出て行った地下牢に、小さくすすり泣くヒヨリの声が響き渡るのだった。
「・・・・・・」
クスリを打たれる日々が二日、三日と過ぎ、一か月ほどが経過しようとしていた。
当初は抵抗の意志を見せていたヒヨリも、ついには観念して俯きがちに注射を打たれるようになってしまっていた。
「おい、食事だ」
地下牢に、巨漢がトレーを持って訪れた。
のっそりと顔をあげると、トレーにはいつもより多めの食事が盛られていた。
「・・・・・・今日は?」
「例の薬も品切れ。よって俺達の完敗だ。ヒヨリちゃんがここまで強情だとは思わなかったよ」
「・・・・・・そっか」
「そら、食え」
静かにヒヨリの前にトレーが置かれる。
「今日はカレーだ。腕に覚えのあるやつに作らせたから味は確かだぜ」
「・・・・・・」
いつものように俯いていたヒヨリだが、カレーのいい匂いにつられて顔をあげ、スプーンを手に取ってそっと口をつける。
「・・・・・・おいしい」
「だろ?」
「ねぇ、あたし、どうなるの?」
「そうだな。解放してやってもいいぜ」
「・・・・・・ほんと?」
「まあ、もうしばらくは飼わせてもらうがな。ヒヨリちゃんのせいで薬も尽きちまったし、タダ飯食らいをいつまでも飼っておくほどの余裕があるわけでもねぇ」
「あたし、みんなのところに帰れるんだ」
カレーに舌鼓を打ちながら、何の感慨もなくヒヨリは言う。
嬉しい。そのはずだ。そのはずなのに・・・・・・。
(なんで、こんなに虚しいんだろう・・・・・・)
その日から、ヒヨリには十分な食事が与えられるようになった。
それからまたしばらくの時が経ったある日、唐突にヒヨリの身体に異変が襲った。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ!」
激しく脈打つ心臓を痕が付くほどにぎゅっと押さえ、過呼吸に陥っているヒヨリは、額に大量の汗を浮かべ、同時にひどい頭痛に苛まれていた。
気分が悪い。鬱だ。人助けとかどうでもいい。何かが足りない。何が、足りない。わからない。何が足りないの?仲間じゃない。そんなんじゃない。誰か、だれかおしえて。あたしをたすけて。しぬよりつらい。わからない。わからない。疼く、渇く、渇く、渇く、渇く。
強烈な飢餓感がどんどんヒヨリの人格を蝕み、健気なその瞳を濁らせていく。
「う、うっ、ううっ・・・・・・あぁっ、うああぁぁぁあああぁぁあんっっっ!!!」
答えの出ない自問に、ついにヒヨリは天に向けて大声で泣き出してしまった。
重苦しい鉄の扉が開く。巨漢と魔術師と数人の部下が、見覚えのあるケースを提げて地下牢に入ってくる。部下はそのケースをわざとヒヨリから届かない位置に置き、開いた。そこにはいつも通り、注射器と薬の入った瓶が詰められていた、
ギチギチッ、と血走った目でヒヨリは必死の形相でケースに手を伸ばす。が、鎖はやはり引きちぎれない。
「さて、もう一度訊こう。俺達の仲間にならないか?」
「うんっ!うんっ!」
勢いよく頷くヒヨリに、部下達からどっと笑いが漏れた。
「そんなお前に最初に与える任務は、前に話したよな?」
ヒヨリの目の前に置かれた一枚の写真。かつての仲間の一人。
「うんっ、まっかせてよ!ユイちゃん、ハメてくるね!」
穢れきった瞳のヒヨリは、満面の笑顔で盗賊団に隷属を誓った。