団長とトレーニング!【オルタナティブ】 作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)
団長の極秘トレーニングが敢行されてから、あっという間に数年が過ぎていた。
その間には辺境にあった小国がならず者たちを利用して、世界全土の治安を少しずつ悪化させていた。そして、各国の政治・経済が最も不安定になったところで――大規模な侵略が開始されたのだ。
永遠に続くかと思われた平和の均衡はあっけなく崩れ去り、戦士や傭兵たちの需要が急騰する時世となった。それにもかかわらず、争いを放棄して軍備を縮小していた大国は圧倒的な兵力不足に苦しむばかりだった。
一時の平和に甘んじることなく、ひたむきに戦力を維持していた白銀聖騎士団は、一大王国の近衛隊として雇われることになる。
猛き団員たちは筋肉を隆起させ、騎士団長の指導で培った戦闘力を存分に発揮。他国が苦戦していた侵略者たちを、手で払い除けるかのような容易さで撃退し続けた。
その目覚ましい活躍に国王は賞賛し、国全体が拍手喝采を贈る。白銀聖騎士団は、王国に無くてはならない存在として重宝されるようになった。
当然、活躍に見合うだけの手厚い待遇も用意された。ひもじい生活がひっくり返るほどの契約金と、戦果に応じて毎月支払われる莫大な報酬によって、今後十数年の安泰が既に約束されていた。
「うーんと、えーっと……こっちの契約書は明日までだから、今晩中にやっておかないといけなくて……? んでんで、こっちは来月に支払い、再来月に更新……あーもうわっかねぇ~!」
「……団長。悩ましい唸り声が外まで聞こえてますよ」
鋼鉄製の少しだけ豪華な詰所で仕事をしていたノエルに、マグカップを携えた青年が近寄った。
ノエルが手渡されたジュースを口に含むと――元気が溢れる、愛情に満ちた酸味と甘味が口いっぱいに広がっていく。
「ん~! いつも通りに甘酸っぺぇ!」
「喜んでもらえて何よりですけど……数時間前に『団長ひとりで余裕だぁい! 一時間で終わらせてくっから!』とか言ってたわりには、デスクワークの進捗は良くなさそうですね?」
「うぐっ……! いや、ちょっとな、ちょこーっとだけ躓いとるだけだから……! もうそろそろ終わる希望が見えてくるハズなんだって……!」
「はいはい。そしたら、俺にもちょっとだけ手伝わせてください。仰せつかった団員たちの訓練指揮の仕事も、もう終わってしまったので」
公衆浴場でさっぱり汗を流した青年が、慣れた手つきで書類の整理と記入を始めた。
デスクワークが苦手なノエルを補佐し始めてから、はや数年。激増した事務仕事は、もはや青年がいなければ完遂できないほどに膨れ上がっていた。
「嘘ぉ!? あぁ、もうそろそろお夕飯の時間かぁ……ごめんな、あなたに任せっきりで……」
腹時計と太陽の傾き加減で、食事の気配を察したノエルのお腹が、きゅるりと可愛らしい音を鳴らした。
その毒気を抜かれる言葉に、最古参の団員である青年が楽しそうに苦笑する。
「俺はいいですけど、団員のみんなが不満そうにしてましたよ。『今日の訓練は団長のこんまっする~が聞けねえのか!』って」
「あっはっはっはっ! それはそれは、あの子たちに申し訳ねぇことをしちまったなぁ」
「ホントですよ、まったく……。今日の訓練は奇跡みたいなモンでしたよ……まだ副団長になりたての男の言うことを、全員が素直に聞いてくれたなんて」
「いやいや、それはあなたの実力と努力の結晶よ。騎士団への貢献具合は、団員さんたちもよーく知っとるから必然のことだと思うよ」
「……そうだといいんですけどね」
数年の歳月で血の滲むような努力をしてきた青年が、気恥ずかしそうに笑った。大雨の日も、吹雪の夜も、強さを求める『理由』を掲げて、必死に剣を握り続けた。
青年が自分の限界と常識を越えるために継続した努力を、すぐ傍で見守っていたノエル。優しさが詰まったマグカップの中身を飲み干して、一人の男だけに触ることを許した胸を押し付ける。
無視できない温もりを背に感じた青年は、書類を置いて立ち上がる。欲しがりで甘えたがりな、普通の女の子を抱き締めてキスをした。
「ん、ふふっ……♡ そういえば……あなたにかけた呪いの効力は、まだ残っているのかな?」
「はは……残るどころか、強さを増す一方ですよ。この呪いをかけた悪い魔女には、一生を懸けて償っていただかなければいけませんね」
「の、ぁっ……ほわっ……!?」
恋に魅せられ、努力で愛を貫いた。その結果、晴れて白銀聖騎士団の副団長に就任した青年が、ノエルの身体を軽々と抱き上げる。
それは『お姫様だっこ』と呼ばれる、男女の理想的な愛のかたちだった。そして、守るべき姫を独り占めにしながら、その尊い存在を全身で受け止める男らしさの象徴でもあった。
「……お、おぉ……団長のカラダ、重くない? だいじょぶか?」
「トレーニングにはもってこいの重量感ですよ」
「むぅ……こういうときはな、『ぜ~んぜん! 羽毛のように軽いですよ!』とか言うのが鉄板なんじゃよ。脳筋君はホントにわかっとらんなぁ、乙女心ってヤツがなぁ」
「脳筋さんに言われたくないですし……そもそも、嘘を言えるほどに俺が器用じゃないってわかってるでしょう。それに……」
「……それに?」
「……も、もっと強くなって……いつか必ず、『羽毛よりも軽い』って言ってあげますから。それで勘弁してください」
「……ふふっ……あははははっ! うんうん、まあ、それで許しちゃる! この特等席で、そのカッコいいヤツを聞ける日を楽しみにしとるよ――副団長さんっ♪」
照れくさそうに目線を逸らした青年の頬に、ノエルが顔を寄せてキスをする。
瑞々しい花びらの柔らかさに、青年が虚を衝かれた瞬間には――ノエルは幸せそうに、満面の笑みを浮かべていた。
おわり