※この作品はR-18です。

COC「同居人」リプレイ   作:又左衛門

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「さて」と私。

「久しぶりの仕事ねえ」と亞嵩。

「誘拐ってんなら、時間が惜しいな。すぐに出るか?」

 おまけに1000万円の大仕事である。既に血圧は爆上がりしている。

「そうねえ」対してこちらは涼しい顔だ。

 久しぶりの仕事というのは修辞的表現でも何でもなく、真実数ヶ月ぶりの実務である。浮気調査や素行調査のような、「地味な」仕事には見向きもしない亞嵩であるが、それにしてもここのところは閑古鳥が鳴きっぱなしだったのだ。であればもう少しこう、気を張ってくれても良いと思うのだが。

「そういやこれ、どうする?」

 言わずもがな、この前金である。事務所にはそんな大層な金庫などは置いていないし、かと言って裸で置いておく気にもなれない。

「ATMに入れといて頂戴」

 500万円も入るATMがあるだろうか。

「ちょっと遠いけど支店に寄ろうぜ」

 調べてみると、どうやら誘拐が起きたとされる現場の近くに地銀の支店があるようだ。現場はここから1時間弱、隣町の住宅街であることは先ほど鬼嶋に訊いた。

「そうね。まずは現場に行きましょう」

「その恰好で?」

「ええ、勿論」

 何を言ってるのかしら、と亞嵩はきょとんとしている。

 

 正午に差し掛かろうという頃、現場に辿り着いた。移動は私の車、10年落ちの国産SUVである。

コンビニの隣のコインパーキングに停めれば、もうフェンスの向こう側がそうだった。

 ここは郊外都市の中でも富裕層が家屋を並べる住宅街だ。弓型に大きく張り出した出窓や広く取ったポーチ、綺麗に芝を刈った西洋庭園が古式ゆかしき鉄格子の門扉から垣間見えるような洋館がいくつも立ち並ぶ。その多くが輸入住宅だろう。亞嵩ならいざ知らず、私にはとんと縁のないはずの場所だった。

 その一画に、赤いコーンを支柱に立ち入り禁止を明示する黄色いテープが張り巡らされている。辺りの風景には、似つかわしくないことこの上ない。内側で働く制服姿の鑑識員たちと外側にたむろする野次馬たちを、テープが間仕切りしている。すぐ傍には数台のパトカー。間違いなく、このT字路が現場だ。昨日の今日である。今まさに現場の検証を行っているところなのだろう。

「顔見知りのお巡りさんでもいたら、話は早いのだけれどねえ」と亞嵩はのんびり構えている。確かに、心当たりはいくらかないでもないが、そう都合よくここに居てくれるものだろうか。

 野次馬の間を縫うようにテープの間際まで進むと、中から制服姿の警官に制止された。

「ダメダメ、今検証中だから入っちゃダメですよ!」

 眼鏡を掛けた、実直そうな男だった。上背は私よりも少し低いくらいだが、歩き方にがっしりとした体幹の強さを感じさせた。

「すみません、私、こういうものでして」

 亜嵩にしては珍しく、先手を打つように名刺を差し出したが、警官は取りあわずに腰に手を当ててこちらを睨んでいる。まあ、無理からぬことだろう。誘拐事件の現場検証ともなれば、所轄は相当ピリピリしているはずだ。

「お忙しい所申し訳ありませんが、少々事情をお伺いしたくて……亜嵩探偵事務所の者です」

 やる気を出した亜嵩には悪いが、ここは俺が行くと目配せをして、なるべく柔らかな口調で警官に話しかける。

「アカサ?」

「ええそう」

 計画の顔が、曇ったように見えた。何か機嫌を損ねてしまったのかと一瞬不安になったが、どうもそうではなさそうだった。銀縁のフレームの向こう側で警官の目が泳いでいる。

 もしかして、私の知らないところで何かしら事務所と繋がりがあったのかもしれない。何にせよ、これは押せる余地あり、と私は睨んだ。

「この件で、被害者の父親に依頼を受けまして……お邪魔はしません。何なら外側から見るだけでも構いません」

「外側からって、大丈夫なの?」と亜嵩が水を差す。

「大丈夫だ」

 警官の顔が、ますます曇った。だが、下手に突っぱねてごねられたりしてもまずいと判断したのだろう、「まあ、邪魔をしないのなら」と渋々許可を出してくれた。

「助かります」

「ありがと」

 いきなりぞんざいな態度になる亜嵩を目を剥いて睨み、私はテープの内側に踏み込んだ。内側に入っていいとまでは言われなかったが、こういうものは言質を取ったもの勝ちである。

「おっとと」

 反対側の脚で乗り越える時に、テープの端に靴を引っ掛けてよろめいてしまった。

「なにしてるのよ、もう」

「うるさいよ」

 柄になく緊張しているのだろうか。

 他の鑑識員がこちらを胡乱げな目で見ており、先の警官がそれを宥めるような仕草をしている。

「あそこねえ」

「あそこって何だよ」

「ほら、タイヤの痕」

 亜嵩が視線をやる先、電信柱の傍に黒々とした4本のタイヤ痕があった。相当スピードを出してカーブを曲がろうとしたのだろう、所謂ヨーイング痕と呼ばれる種類のものだ。

「これ、こっちから来て右に曲がったみたいねえ」

「分かるのか?」

「まあねえ」

「誘拐事件のやつかな」

「どうでしょうねえ。でも、タイヤ痕はまだ真新しいし、こおんな治安の良さそうな場所でそんなに危険な運転をする車、滅多に無いと思うけど?」

 一理ある。

 タイヤ痕の傍には、ゴムとは違う、擦れたような黒い痕があった。恐らく血痕だ。鬼嶋が曳かれた時のものだろう。広さから察するに、相当酷い怪我だったのではないだろうか。よく歩いて事務所にやってこれたものだ。あまつさえ娘の身を案じ、それに仕事まで。まったく頭の下がる思いだった。

「なんだこれ」

「なあに?」

「髪の毛かな」

 血痕の傍に落ちていたのは、長い繊維状のものだった。無闇に触るのはさすがにまずいと思い、警官に声を掛け、鑑識員に拾い上げてもらう。

「髪の毛ですね」と年嵩の鑑識員は言った。

 拾い上げて陽光に曝してみれば、それは薄い金色の長髪だった。事件に関係あるのかどうかまでは分からない。しかしそれでも収集と保全が彼らの役目だ。鑑識員は慣れた手つきでビニール袋にしまい込んだ。

 振り返ると、今度は亜嵩が膝を抱えるようにして地面にしゃがみ込んで、何かを突いている。

「何してるんだよ」

「こっちにも何か落ちてたの」

 光沢からして、金属片のようだった。

「おいおい、触るなよ」

 これも鑑識員に回収してもらう。益々胡乱げな目つきで見られてしまった。

「ねえお巡りさん、このタイヤ痕って昨日の事件の奴ですよね」

「んん、まあ、そうかもね」さすがに言葉を濁す。

「住宅街の中から走って来て、ここで急カーブしながら被害者を突き飛ばす。立ち竦む同行者を無理やり車に乗せて、向こうへ走り去っていった。違います?」

「……何を言ってるのかな?」

「被害者。ウチの依頼人なんですよ。娘を探してくれって」

 警官が少し俯き、親指と中指で眼鏡を上げ直した。言葉を探しているのだろう。

「それで?」

「人の命が掛かってます。それに、時間も限られてる。知ってる事、教えては頂けませんかね」

 どうかお願いします、と深く頭を下げる。

 警官から、明確に狼狽する気配が感じられた。情に訴える押しには弱いという私の見立ては正解のようだ。

 ややあって、深い溜息と共に「バンだよ、大型のバン、色はシルバー」と警官が漏らした。

「通報と共に情報が寄せられた。それも複数。間違いはないだろう」

 私が言ったなんて言わないでくれよ、という警官に私はしかつめらしい顔で「勿論です」と答えた。

「ありがとうございます」

 ふと、警官が親し気な友人にそうするように、私の肩を叩いた。

「頑張ってな」

「ええ、どうも」

 再び会釈し、現場を去ろうとして振り返って、私は立ち止まった。

 野次馬と、目が合ったのだ。

 それも、彼らの、全員と。

「立入禁止」と書かれたビニールテープの向こう側から、集まった彼らの、一人残らずが沈黙のまま私を見ていた。

黄色いテープで区切られた、いわば警察司法が支配する空間に居て我が物顔で振舞う一般人を咎めるような視線では、決してない。それだけは直感的に分かった。

 それらが孕んでいたのは、もっと粘り気の強い、陰険な好奇心。

 買い物に出かける主婦が、下校中の小学生が、早上がりのビジネスマンが、講義をサボった大学生が、全く同じ視線を私に投げかけていた。

 昼時の住宅街に、冷たく淀んだ空気が煮凝ったように満ちた。

 それが何を意味するのか、私には図りかねた。ただ、一瞬ながら懸命な努力の果てに彼らから視線を切り、何も目に映らないかの如くテープを乗り越えた。野次馬は素直に道を空けはしたものの、その視線は釘で打ち付けたように私の背中から離れようとしない。

「ほら、行くぞ」

 幾分青ざめた顔の亜嵩を促し、私はコインパーキングへと向かった。

 乱暴にアクセルを開け住宅街を走り去るその瞬間まで、彼らの視線を感じていた。

 

「まったく、なんだってんだ」

「私たちのファンかしら」

「馬鹿いえ」

 気味の悪さを振り払うように、ハンドルを握りながら私はぶつくさと愚痴のように零した。

「気にしてもしょうがないわ」亜嵩はショックから覚めたのか、いつも通りのゆったりとした喋り方でとりなした。

「まあ、それはそうだけどよ」

「それより、この後どうするの?」

 それだ。犯人が鬼嶋凛を攫った後向かった方角までは見当がついた。だがそれだけだ。

「警察署、行ってみる?」

「さすがに部外者に教えてはくれねえだろ」

「駄目で元々。粘りが身上。探偵稼業なんてそんなものじゃない?」

「む」

 まさか、亜嵩に正論で窘められるとは思ってもいなかった。

「それもそうだな。当たって砕けるか」

 

 滑り込みセーフで入金を終え、私たちは市内にある警察署へと足を運んだ。

 まだ夕方というには少し早い時間だったが冬場とあって陽は既に大きく傾き、茜色を帯び始めた陽光がガラス張りのオフィスに反射して、正面入口へと向かう私の網膜に残像を残した。

 この警察署の建て替えが終わったのは、確か昨年だったように記憶している。

 古びて細かなひび割れの目立つモルタル外壁のみすぼらしい田舎庁舎は、人口増加の著しいベッドタウンに相応しい近代的なビルディングに変貌を遂げた。

 1階は正面に大きく出入り口を設け、その上は4階まで全面がガラス張り。光の加減でここからは良く見えないが、その向こうではまだ多くの職員が職務に当たっているのだろう。

 まさか、先ほどのように全員が窓際に張りついてねっとりとこちらを見ているなどということはあるまい、と要らぬ想像力を働かせた頭を軽く振り、私たちは警察署の自動ドアを潜った。

「あら、随分忙しそうね」

 署内は人で溢れかえっていた。言わずもがな、職員たちだ。

 皆一様に張り詰めたような面持ちで忙しく歩き回り、電話に応対し、会議室と思しき部屋へ出入りしている。

 署内は暖かな空気で満たされていたが、それはエアコンの作用だけではきっとないのだろう。

「これだけの事件ですものねえ」

 確かに、連続殺人事件に誘拐事件、相次ぐ重犯罪のただ中とあっては無理もない。ここで躍起になってでも犯人を挙げ被害者を助けられなければ、所轄の面目は丸潰れ必至だ。

 勿論私たちの事をカウンター越しに一瞥こそすれ半ば無視する形となり、私は内心胸を撫で下ろしていた。

 ただ、この空気の中担当職員から情報を引き出すというのは、やはり無理があるのではないか。

 ちらりと言い出しっぺの亜嵩の顔を覗うが、当然の様に私に任せっきりの構えだ。

 しょうがねえな、とため息のかわりに鼻から大きく呼気を吐き、勤めてさり気なくカウンターへと向かった。

「あの、ちょっとすみません」

「何でしょう」

 ひっつめ髪の女性職員が応対してくれた。朝から息つく暇もなく働いていましたといった体で、口調こそ丁寧だが額は脂で光り疲れが如実に目元に出ている。

「例の誘拐事件の関係者ですが、担当の方はいらっしゃいますか?」

「はあ」

 胡乱げな視線を隠そうともしない。

「あ、私亜嵩探偵事務所の者でして……」

「少々お待ちください」

 門前払いも止む無しぐらいの気構えでいたのだが、職員は椅子から立ち上がり、覚束ない足元で誰かを呼びに行った。

 嬉しい誤算ではあるが、少々肩すかしを喰らったような気分だ。

 程なくして、制服姿の中年男性が現れた。男は、大堂と名乗った。肩書は主任。銀縁眼鏡と撫で付けられた柔らかな髪がシャープな印象を与える。

「ここでは何ですから、どうぞこちらへ」

 促されるままに個室へと案内された。

 捜査に使用されているのだろう、ホワイトボードに資料や写真が並べて張り付けられている。目に付いたのは、写真に写る大男だった。金髪のウェーブロングで、正面を向き口を開けニタリと笑っていて、剥き出しになった前歯は何本も欠け、残った歯も残らず色濃く黄ばんでいる。写真の下には「牛山充邦」と大きく書いてあった。下の名前はミツクニと読むのだろう。続く下には牛山の前歴も書いてある。強姦未遂、窃盗、殺人未遂。所謂札付きのワルというやつだが、さもありなんという面構えだった。

「ああ、捜査に使うプロファイリング表ですな」

「この男が今回の容疑者で?」

 大堂は、その問いを黙殺した。

「お飲み物、どうされますか?」

「いえ、お構いなく」

「私も結構ですわ」

 では早速、と席に着くなり大堂は切り出した。余程忙しいのだろう。

「お話という事ですが、何でしょう?」

 話が早いのは、こちらとしても有り難い。

「誘拐事件の件でして」

「ええ、伺っております」

「女性連続生皮はがし死体遺棄事件、これと関係しているのではと私は考えています」

「そうですか」

 大堂の表情からは何も覗えない。

「今まで遺体が遺棄されていた現場の情報、頂けませんかね?」

 勿論あれほどテレビを賑わせた事件である、ある程度の情報はネットを探せば出てくるだろうが、一般向けに公開されていない情報もまた、あるはずだ。

「その件は部外者の方にお教えすることは……守秘義務もありますので」

「あら、協力していきましょうよ。その為にお高い税金を払っているのに」

「生臭い話をするんじゃないよ」

 思わずいつもの調子で口を挟んだ私と亞嵩のやりとりに、大堂は怪訝な顔をした。だが、気分を害したといった風ではない。

「あ、すみません」

「いえ……ともあれ、部外者に教えることはできません。申し上げた通りです」

「それは理解しています。ただ我々が部外者ではない事もご理解いただきたい」

 大堂は答えない。

「ね、お願いします。私どもにも守秘義務はありますから、決して外部には漏らしません」

 目を合わせたままの沈黙が、長く長く続いた。

先に目線を切ったのは、大堂だった。

やおら顔を伏せ、溜息をひとつ、

「口蓋無用に願いますよ」

「ええ、勿論」

 ここで喜色を迸らせてはいけない。私は努めて平静を装った。

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