夏休み、グループ課題で僕の部屋を訪れた結城明日奈と桐ヶ谷直葉 作:黒胡椒サラミ
「明日奈?」
「…………」
「あのさ」
「…………」
「う~ん……」
僕は唸りながら、首の後ろをぽりぽりと掻いた
声をかけても、何も返事がない。明日奈は壁際で両ひざを抱え込み、そこに顔を埋めるようにして座っている。今日の昼過ぎ、彼女は僕の部屋に突然やってきて、それから一時間くらいこの調子だ。
何か有ったんだろうってことは、一々聞かなくても分かる。
(もしかして、桐ヶ谷と喧嘩したのかな)
一番有りそうなのがそれだ。僕という浮気相手の存在を嗅ぎつけて、桐ヶ谷が明日奈を責めなじったりしたのだろうか。
でも、もしそうなら、明日奈はこんな風に不機嫌にはならないはずだ。だって、悪いのは浮気した彼女のほうなのだから。例え僕に無理やり襲われたのがこの関係のスタートだとしても、それを断ち切るチャンスは、明日奈にはいくらでもあった。そして明日奈は、その事実を恋人になじられて、逆切れしたりする性格じゃない。
つまり、明日奈が不機嫌なのは――それ以上に悲しんでいるのは、別の理由だ。
明日奈ではなく、桐ヶ谷が浮気したのだろうか。それは有り得そうだ。桐ヶ谷の周囲には、明日奈の他にも可愛い女の子がいるらしい。それについて、明日奈がやきもきしていたのを聞いたことがある。
桐ヶ谷の浮気が明日奈の不機嫌の原因だとしたら、それは僕にとって喜ばしいことだ。そうなら、大義名分を得た明日奈は、僕との浮気セックスにより一層のめり込んでくれるだろう。
だけど、こんな感じで予想を巡らせてみたところで、肝心の明日奈が一言もしゃべらないから、実際の理由は分からない。立っていた僕は、明日奈の向かいに座り、それからしばらくのあいだ、うつむく彼女を眺めていた。
(結局……何も知らないんだな、僕は)
明日奈を慰める言葉が思い浮かばないのは、彼女のことについて、僕が何も知らないからだ。桐ヶ谷の彼女で、いいところのお嬢様で、「閃光のアスナ」と同一人物だっていうこと以外には、何も。つまり、しょせんはこれが――
「セフレの限界ってやつだよなぁ」
「……?」
「おっ」
僕の口から突いて出た言葉に、明日奈が初めて身じろぎした。
「いやぁ、僕は君のこと、なんにも知らないな~って。だから、なんて言えばいいか分かんないや」
「…………」
「はははっ」
自虐的というより、単なる軽薄で無責任な笑い。でもなんとなく、今の明日奈はこういう感じを求めてるんじゃないかと思った。親身に優しく相談に乗ってほしいのなら、きっと彼女は僕の部屋には来ない。それこそ、和人君のところに行くだろう。
腹が立って悲しくてむしゃくしゃするけど、誰にぶつけるわけにもいかない。だから、自分が不機嫌に膝を抱えているあいだ、とりあえずその辺に、石ころのように適当に転がっている人間が居ればいい。明日奈にだって、そんな気分の時もあるはずだ。そして僕は、その「石ころ」にぴったりとあてはまる。
なので、僕はそれきり明日奈を放っておくことにした。今日はもう、彼女には話しかけない。セックスさせてくれるわけでもなさそうだし、とりあえず明日奈は無視して、自分のしたいように時間をつぶすとしよう。
僕は立ち上がると、窓に少しだけ隙間を開けた。窓際に吊るした風鈴が、チリンと柔らかく鳴り始めた。あとは冷蔵庫を開けて、夕食のための材料を確認する。ちょうど食材がそろっているし、なんだか凝ったものを作りたい気分だから、ハンバーグでも作ってみようか。そう思った。
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「……ごちそうさまでした」
「お粗末様。味はどうだった? 結構うまくできたと思うんだけど」
「……しょっぱかった」
「え~、そうかなぁ? これくらいでちょうど良くない?」
「……良くない」
ハンバーグを食べ終えても、明日奈は相変わらず仏頂面だ。自分の不機嫌を隠そうともしていない。でも、顔を上げて喋るようになっただけ、ちょっとだけ持ち直したようだ。僕はへらへらと笑ったまま、明日奈から厳しい評価を得た皿を下げ、洗い物を始めた。明日奈はそれを手伝おうともせず、僕に背を向けるように、ごろんとカーペットに横たわった。
二人分の洗い物くらい、すぐに終わる。最後の皿を拭き終わると、僕は明日奈のいるカーペットの上に戻ってきて、その辺に座った。
「…………」
「…………」
この部屋にはテレビすら無いから、二人が会話しなければひたすら静かだ。虫が入ってこないように窓も閉じたので、風鈴の音もやんでいる。でも、同じ沈黙でも、一人で部屋にいるときのうすら寒い静寂と、誰かがそこにいるときの静けさとは、やっぱり違う。
もう夜だから、そろそろ明日奈は帰らなければならない。セックスできなかったのは返す返すも残念だけど、彼女が帰ると言うまで、せいぜいこの静けさ噛み締めていよう。そう思って黙っていると、明日奈が口を開いた。
「ねぇ」
僕から見ると、明日奈の背中から声が聞こえるようだ。ようやく帰る気になってくれたのかと、僕が腰を浮かせかけたとき、予想外のことを言われた。
「君って、家の人とかは?」
「…………」
「どうして一人暮らししてるの?」
「……聞きたいの?」
「……うん」
「他の皆と同じだよ」
へらへら笑って受け流すべきなのに、自分の声が強張っているのを感じる。
別に特別なことでも何でもない。僕らがいた「あの場所」では、たくさんの人が死んだ。そのたくさんの中に、友達や家族がいたって、別に何も自慢するようなことじゃない。それとも、例えば僕が単なるモブじゃなく、「閃光のアスナ」や「黒の剣士」くらい強ければ、そうとは限らなかったのだろうか。
「……怒ってる?」
「怒ってないよ」
「…………」
「怒ったってしょうがないさ」
それは本当だ。今さら僕が、イカれた開発者とかを責めたって、不毛なだけだ。どうしてあんなゲームに手を出したのかって後悔したところで、誰も帰ってこない。まして、なんでもっと早く解決してくれなかったんだって、他プレイヤーを逆恨みするのが筋違いだってことも、本当は分かっている。分かっているんだ。
「……大丈夫?」
妙なことに、いつの間にか明日奈がこっちを向いて、心配そうな瞳を僕に向けている。さっきまでの不機嫌は、どこかに行ってしまったようだ。良かった。
もちろん大丈夫だよ。機嫌を直した彼女に向かって、僕はそう言おうとした。
「ああ、もちろん。もちろ――」
「…………」
「…………あれ? ……あ、あれっ?」
なぜか、僕の目から涙が零れていた。わけも無いのに、どんどんと吹き零れて止まらない。僕は泣いているのを明日奈から隠すために、咄嗟に抱え込んだ膝に、顔を埋めた。
僕がうつむいているあいだ、明日奈は何も慰めの言葉をかけてこなかったけど、それでも、僕のすぐ傍に誰かがいて、僕を見守ってくれているという気配は伝わってきた。
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「はぁっ♡ あ……っ♡ んっ♡ ああ……っ♡」
ベッドが小刻みにギシギシと軋む音と、明日奈の控え目な喘ぎ声が、真っ暗な部屋の中で鳴り続けている。もう深夜と呼べる時間、僕はベッドの上で、なぜか帰らなかった明日奈とセックスしていた。
もう遅いし、泊まっていったら?
今までも、明日奈が帰る時には、僕はその台詞を口にしてきた。僕がそう言っても、明日奈は絶対にイヤと答える。分かっているけど、これはただの定型文のからかいみたいなものだ。その誘いに彼女が「うん」と答えるとは、思っていなかった。
「あっ♡ あ……っ♡ ああっ♡ んぅ……っ♡」
「明日奈、気持ちいい?」
「うん……気持ちいいよ。――あっ♡」
窓から差し込む星明りのお陰で、明日奈の裸体と表情が、かろうじて僕にも見える。正常位の姿勢で僕に貫かれるたび、彼女はとても悩まし気に眉を寄せて、熱い吐息を漏らしていた。明日奈とこんな風に「普通の」エッチをするのは、もしかしたら初めてだったかもしれない。
「君も気持ちいい? 私、ちゃんと君を気持ちよくできてる?」
「ああ、気持ちいいよ。気持ちよすぎて、明日奈のナカにずっといたい」
「……今日だけなら、許してあげる」
まるで疑似的な恋人同士のように、僕らはお互いを思いやる言葉を口にしながら、優しく相手の身体を扱う。性欲を発散するための貪るような行為ではなく、互いの存在を確かめ、温もりを分け合うための営み。それによって、肉体より先に、心が気持ち良くなってしまっている。
結城明日奈という少女に全部を包み込まれるような心地よさの中にあって、薄いゴムの感触だけが忌まわしい。それさえなければ、僕はきっと、彼女と本当に一つになれるのに。
「あっ♡ ん……っ♡ ……ふふっ、君も、今日はなんだか優しいね。……もしかして、私を慰めてくれてるの?」
「僕は、明日奈とセックスしたいだけだよ」
「そう……そうなんだよね。……でも、ホントに? ――あっ♡ んっ……♡ んっ……♡ んっ……♡」
奥のほうの弱点を亀頭でトントンと小突くと、僕の胸に添えられていた明日奈の手が、きゅっと握りしめられる。僕は彼女の頭の左右に両手をついて腰を振る。決して激しいピストンではなく、むしろ緩やかに、一定のリズムを保って、明日奈の快感をじっくりと呼び覚ますように。
暗闇の中で、明日奈の汗ばんだ白い胸が揺れている。
「ああ……っ♡ ああ……っ♡ あああ……っ♡」
明日奈の喘ぎは、少しずつ糖度と音量を増していく。ナカもざわざわと蠢いて、限界が近いのが分かる。
「明日奈、イキそう?」
「うん……っ、もうすぐイク……っ。ねぇっ、君も……」
「うん、僕もイクよ。明日奈と一緒に」
「――ふふっ」
明日奈はなんだか満足そうに微笑むと、僕の首に腕を回してきた。
「んっ♡ ああっ♡ イクっ、イクよっ♡ ねぇ、一緒にイこ? ね?」
「うん、一緒にイこう。二人で一緒に気持ち良くなろう……!」
僕ら二人は、互いの顔がくっつきそうな距離で喋っている。明日奈の濡れた唇が動くたびに、僕の唇に彼女の熱い吐息がかかる。同じように、きっと彼女にも、僕の呼吸は伝わっている。あと1センチ、もしかしたらあと5ミリ、それくらい前に唇を突き出せば、確かに届く距離に僕らはいた。
それでも、その5ミリから先には、どうしても近づけない。僕は今すぐにでも明日奈の唇にむしゃぶりつきたかった。明日奈も時折、苦しそうな切なそうな表情で、言葉も出さずに唇を動かす。もしかしたら、僕らはお互いに、できれば相手のほうから近づいて欲しいと思っていたのかもしれない。
そして、そんな意地の張り合いも、終わる時が来た。
「んぅ……っ♡」
勝ったのは明日奈でも僕でもなかった。僕らは二人とも、相手に負けた。
一緒に絶頂を迎えた瞬間、僕らの唇は、初めて交わっていた。全く同時に、明日奈は僕のほうに、僕は明日奈のほうに唇を近づけていた。僕の唇と前歯のあいだから、明日奈の舌が一気に侵入してくる。僕も彼女に向けてそうしていた。口と舌と頭を動かし、ねちっこく絡み合うようなキス。限界まで溜めて堤防を決壊させた水は、濁流となって色々なものを押し流してしまった。
脳を麻痺させる甘い痺れと、腰を溶かすような激しい快感が、同時に僕らを襲った。
「……!!♡♡ …………!!♡♡♡ ……!!!!♡♡♡♡」
呼吸さえ困難になるほど口を押し付けあって、互いに肩と腰を震わせる。信じられないくらい早くなった鼓動が、熱帯夜の蒸し暑さが気にならなくなるくらい全身を火照らせる。あちこちで肌と肌が触れ合い、二人の汗が一つの液体として混ざり合っていく。
一見ゆるやかに見えたセックスの行きつく先で、僕と明日奈は、二人とも快楽の渦に飲み込まれ、他の全部を忘れてしまった。
「はぁっ♡ はぁっ♡ はぁっ♡ あああっ♡♡♡ んっ♡ ちゅぅ……っ♡ んむぅ……♡♡ あっ♡」
一時間後、僕らはまだセックスを続けていた。深い深い絶頂の波は、過ぎ去ったようで過ぎ去っていなかった。頭のてっぺんまで快楽に溺れて、僕らはそのまま浮き上がってこれなかった。
明日奈のナカを往復するペニスが、ずっと射精を続けているような錯覚すら覚える。さっきとは逆に、離れていると息が苦しくなるから、呼吸するために相手の口を吸う。鼻から口から、そして肌から、明日奈を構成する成分が僕に浸透してくる気がする。
「うう……っ!!!! ぐぅ……っ!!!!」
ひとしきり腰を振ると、亀頭からドプドプと精液があふれ出す。明日奈のナカで射精して、射精して、射精しきって、一滴も出なくなると、名残惜しそうに吸い付いてくるマン肉を振り切ってペニスを引き抜く。コンドームの先には、ダマになった大量の精液がぶら下がっている。コンドームを外し、適当に投げ捨て、次のコンドームを装着する。そして再び、明日奈のナカに戻る。この手順を、僕は何度も繰り返した。
三時間後、ベッドはまだ軋んでいた。疲労困憊し、身体を四つん這いに保つことすらできなくなっても、僕は明日奈の上にへばりつくように覆いかぶさって、腰だけは揺すり続けていた。もう、同じコンドームの中に何回かザーメンを吐き出している。
「ん……♡ ちゅ……♡ ちゅぅ……♡」
それからどれだけ経ったのかわからない。疲れて腰を振れなくなった代わりに、僕らはハメ合ったまま、キスだけを続けていた。明日奈の身体が僕の上に乗っている。いつの間に互いの身体の上下が逆転したのか、それも判然としないくらい夢中で交わっていた。明日奈のおっぱいは、ひしゃげるくらい僕の胸に押し当てられ、僕らの両手は、互いの指を絡め合っていた。
さらにしばらくして、部屋の中の音は止んだ。
僕らは、セックスしたまま力尽き、眠りに落ちてしまった。
それでも、僕は僕の夢の中で、そして多分、明日奈は明日奈の夢のなかで、朝が来るまでお互いとセックスし続けていた。
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「……ねぇ」
「……ん?」
「起きないの……?」
「ん…………。もうちょっと、このまま……」
昼を過ぎても、僕らはまだベッドから動かなかった。目覚めてから一時間くらい、僕らは抱き締め合ったままベッドで寝転がっている。
さすがにもうセックスはしていない。裸の明日奈を抱きしめていても、チンポがぴくりとすら動かないくらい、射精し尽くした。僕は明日奈にとって単なるセックスフレンドだから、セックスできなくなれば離れるべきなのだろうけど、そうしたくなかった。そして、そんな僕のワガママを、明日奈も許容していた。
「……じゃあ、もうちょっとだけだよ?」
そう言うと、明日奈は黙った。
僕らは互いの胸を押し付け合うように抱き合っている。そこから明日奈の鼓動が伝わってきて、彼女が生きた女の子なんだということを、確かに教えてくれる。その実感は、直葉の時と同じだ。そしてそれを実感すると、僕の中には、性欲とは異なる別の思いが溢れてくる。
そのまま抱き合って数十分後、明日奈が久しぶりに口を開いた。
「……あのね」
「……なに?」
「キス……しちゃったことなんだけど」
「…………」
「……あれは、忘れて欲しいなって――――あっ、んぅ――⁉」
「嫌だ」
恋人のために大切にとっておいた唇を、勢いで明け渡したことを無かったことにして欲しい。そう言いかけた明日奈の唇を、僕は乱暴にふさいだ。
「ン――っ♡ はぁ……っ♡ ちゅ……♡ ちゅぅ……♡」
セックスの合間のキスではなく、キスのためのキス。昨夜はあれだけ激しく求めあったのに、今の明日奈は僕から何とか逃れようと、僕の腕の中で身体をくねらせている。でも、その抵抗は本当に弱々しい。舌を絡めるたび、それがさらに弱くなっていく。
「あ……っ♡ んぅ……っ♡ いやぁ……っ♡ はなして……っ」
「離さない」
「――んんぅっ♡」
短い言葉を挟んで、またキスに戻る。
絶対に嫌だ。絶対に手放したくない。明日奈も直葉も、一度手に入れたものを失いたくない。絶対に、絶対に、絶対にだ。桐ヶ谷がどうとかも関係ない。ただ手放したくないだけだ。
それから僕は、明日奈が何かを言おうとするたび、その唇を唇でふさいだ。彼女が諦めて、自ら舌を絡めてくるようになるまで、ずっと。