春香ちゃんとの事も一件落着。
自分の早合点振りな点に少し反省をした響子さんだった。
一人娘が想像以上に素直で優しい女性へと成長をしてくれていることが分かり嬉しい限りであった。
また夫の五代君もしっかりと娘を見守ってくれていて今後も夫婦として春香ちゃんを育てていくことが出来ると確信したので更に嬉しかった響子さん。
・・・もっともその副産物として、夫婦の営みで新しい試みをマスターしてしまったようで(所謂お医者さんごっこ・・五代君がお医者さんで響子さんは患者さんに成りきって、とてもエッチな診察に戯れること)
またまた新鮮な気分で深い愛情を確かめ合って堪能できるのが、二人だけの秘密の睦事が増えたのが正直なところ、かなり・・相当に嬉しい響子さんと五代君ご夫妻なのです。
益々お盛んで充実した恋愛を繰り広げて驚異的なラブラブ夫婦振りを全開でございます。
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夏真っ盛り。
お盆を迎え、五代君一家は夫の実家がある新潟へと向かった。
お盆だからというのもあるが、お盆じゃなくても、どうしても向かわなければならない事情もあった。
~定食 五代~
“ガラガラガラ~”
実家の定食屋のドアを開ける3人。
[いらっしゃい・・・・]
[あ、裕ちゃん、お帰り!]
[ああ、裕作くん久し振りだねえ!]
営業中の店内からは、五代君の姉と、義理の兄の二人が一生懸命に動き回っていた。
[ごめんなさい、ちょっと今忙しくて手が離せなくて・・・]
五代君の姉は申し訳なさそうに言った。
[あ、私・・・お手伝いします]
五代君よりも先に動いたのは・・・。
やはりしっかり者の姉さん女房である響子さんだった。
荷物をさっと手際良く家の奥に置いて来ると、持参していたいつものリボンで髪の毛を後ろで束ねて結ぶと急いで店の中へと向かった。
それを見ていた春香ちゃんも、
[じゃあ私も手伝う!]
と張り切って母の後を追い、
[悪いわねえ・・・響子さんに春香ちゃん]
[あ、裕ちゃん、3丁目の大崎さんラーメン2つと餃子2つね]
待ってましたとばかりに五代君の姉は出前の用意をし始めた。
[・・・・・出前・・・行って来る・・・]
有無を言わさぬ姉の命令口調に逆らう気力も湧かず、内心で大いに溜め息を吐きながら必然的に五代君は出前へと・・・頑張る破目となった。
子供の頃から慣れたこととはいえ、実家に帰省していきなりこれかと思うと気が滅入る五代君であった。もっとも料理の修行をしておらず調理の手伝いなどは出来ないから出前以外にやるというか・・可能なことはこれくらいだ。
(妻である響子さんからも残念ながら夫の五代君は料理に向いているとは評価されていないのであるから仕方のないことだ)
店のピークも過ぎ、ようやっと暇になり、店の方も“準備中”の札を出し休憩になった。
[いやあ、ごめんなさいね。響子さんに春香ちゃん]
[迎えにも行けないばかりか、お店まで手伝ってもらっちゃって・・・]
お茶を淹れながら、五代君の姉は2人に申し訳なさそうに言った。
[いいえ、これくらい何てことないですわ、お義姉さま。当然の事ですから]
そんな義理の姉の言葉にも礼儀正しく上品に“当然の事”と答える響子さん。
自分の頼りなく駄目な所の多い弟には勿体無いくらい・・嫁の、義妹である響子さんの余りのしっかり者振りにいつも感心させられてしまう五代君の姉。
店がてんてこ舞いになっている繁忙期にいきなり気配りの出来た頼れる美人母娘の助っ人が現れて、自分たちも大助かり、お客さんも”こんなに綺麗で感じの良い店員さんたちが居たんだ!”と大喜びで本当に感謝が堪えない気持ちで一杯の姉であった。
「えへへ、ママみたいにテキパキは出来ないけどね、主婦の鑑のママは流石だけど・・あたしも少しは戦力になったかな?叔母さん」
春香ちゃんも明るく答えてくれて、娘も父親より余程頼りになるわと感心してしまう。
「何言ってるのよ、春香ちゃん。貴重な大戦力よ!お陰で助かったわ~」と叔母として姪が気さくで優しい女の子であることに血縁の身内として嬉しくなってしまう。
[何だよ・・おれにはそんな、ねぎらいの言葉一言も言わないじゃないか!]
もっとも自分の名前が全く出て来ない事にちょっと不満顔の五代君。
横で座っていて休憩している間、殆ど無視されたことに憤慨したい気持ちがあるようだ。
[裕ちゃんはここの長男なんだから当たり前じゃないの!]
姉に一蹴されてしまった。
[まあまあ、裕作くん。そんな顔しないで]
[ありがたいよ、本当に]
そんな姉、弟のやり取りを見て、義理の兄正一が五代君に助け舟を出した。
[せめて駅に迎えにくらいは行きたかったんだけど・・・]
[今年はねえ・・・]
五代君の姉は迎えに行きたいが行けなかったとぼやく。
今年は何かいつもの年と事情が違うのだろうか?
姉は更に話を続けた。
[今までならお父さんもお母さんもいたし、娘たちも手伝ってくれたりしたけど・・・]
[娘たちはさっさと好きな人見つけて嫁に行っちゃうし、それに・・・]
[今年は知ってのとおり、夏前にお父さんが倒れちゃったから・・・]
[あたしたち二人だけでお店を切り盛りしなくちゃならなくなったのは辛いわねえ・・・]
姉夫婦の娘たちは若くして嫁いで行き、更に父も病に倒れたと姉はここ最近の変わりようを話した。
[いいえ、そんな事気にしないで下さいお義姉さま]
[それよりお義父さまの容態は如何なんですか?]
義理の父の容態を気遣う響子さん。
[う~ん。何とも言えないわねぇ]
[今はお母さんがほとんど毎日市内の病院に行ってるけど]
姉の言葉はどことなく歯切れが悪かった。
察するに、あんまり容態が芳しくない事が何となく分かる。
[そうですか・・・]
それしか言葉が見付からない響子さん。
[今日はもう遅いから、明日お見舞いに行ってくれば?]
義理の兄が五代夫妻に投げ掛けた。
[ええ、もちろんそのつもりですよ]
にっこりと五代君は義理の兄の問いに答えた。
[あ、おばあちゃんにご挨拶しないと!]
何となくその場の空気が重くなってきたので、響子さんは五代君と春香ちゃんを促して一緒に仏壇のある部屋へと移動した。
元気過ぎるほどに元気で、
“”後10年は平気だ“”
と五代君の母にも呆れられるほどだったゆかり婆ちゃんだったが。
突然体調を崩し、そのままあっけなく帰らぬ人となった。
春香ちゃんが生まれた次の年の出来事だった。
ゆかり婆ちゃんは生前、響子さんには結婚指輪として形見の指輪を渡し、五代君には結婚式を挙げる資金を手渡した。
結婚に響子さんが同意してくれても肝心の指輪を購入したり結婚式の費用を賄う貯金など、当時社会人になって間もない五代君にはようやく貯金を始めたばかりで有りはしなかった。
””とても死ぬまで待てん!””と言って自分の葬式代として持っていた貯金を手渡してくれた。
そして二人にこう言った。
“”ひい孫抱くまで死ねるわけねえろ””
“”葬式代もねえしな””
何とかこの約束を二人は果たしたが・・・。
春香ちゃんの成長を見届ける事なくこの世を去っていった。
ひ孫である赤ん坊の春香ちゃんを初めて抱いた時にぽろぽろと涙をこぼして大いに喜んでくれたが、もうそれだけで長年の夢が叶ったと安心してしまったのかも知れない。
響子さんも恩返しが少しだけ出来たことが嬉しくて、””これからも春香と遊んであげて下さいね””と声を掛けたのだが・・・最初の出会いが結局最後となってしまった。
もし、もう少しだけでも生きていてくれたら・・春香と会話して遊んで喜んでくれたであろうし、ひい婆ちゃんと遊んだ記憶も娘が持てたのに・・と残念な気持ちが今でもある。
[おばあちゃん、ただいま]
[あたしたち3人は変わらず元気でやってます]
響子さんはそれから二言、三言、遺影に向かって話し掛けると、親子3人で仏壇に手を合わせた。
ゆかり婆ちゃんは五代君と響子さんにとっては正に掛け替えの無い人だった。
実際知り合ったのも、実は五代君がまだ浪人生で大学受験に苦労している頃だから響子さんが一刻館の管理人として赴任して間もない時期だったのである。
浪人で上京して一人暮らしをしている孫の五代君が心配で発破を掛けに新潟から来た時が初対面であった。
二人が離れていきそうな時・・ケンカして気まずそうな時・・
ほころびかけた二人の関係を繕い直したのもゆかり婆ちゃんだった。そう、シワのあるキューピットだったのだ。
五代君が響子さんに恋焦がれていたこと、響子さんも五代君に好意だけは持っていたことにすぐに気付いて色々と骨を折ってくれたのである。
ろくにデートにも誘えない五代君の為に響子さんに頭を下げて同意してもらい恋人デートを手配してくれたこともあった。その資金も婆ちゃんが出してくれたのだが・・・・。
予定通りに行動しているかどうか、一刻館の面々を雇ってまで監視させていたのには呆れて、二人でデートコースから脱走し・・・それから手を繋いで自分たちだけのデート・・・
・・ただ単に家路までを歩いて帰っただけであったが五代君と響子さんにとっては大切な・・切ない思い出の一つだ。そのデートのコースを結婚後に再現してみて・・気恥ずかしさと嬉しさを目一杯に味わったものである。
また響子さんにとっては婆ちゃんは初対面の時から・・まだ五代君とは恋人どころかアパートの住人と管理人という以外は係わりの無い関係であったのだが、とても気に入ってくれてとっても可愛がってもらった記憶がある。
遂に五代君と恋人となり結婚する時も義理とは思わずに本当の孫娘のように接してくれて響子さんにとって、やはり実の祖母のようであったのが忘れられない大事な人なのだ。
響子さんが夫となる五代君の実家に初めて挨拶に行った時も家族全員で大歓迎してくれたがそれは、ゆかり婆ちゃんの紹介と口添え・・孫の裕作と結婚する響子さんがどんな女性なのかを実際の付き合いから説明をしてくれた・・おかげだと思っている。
実は少しだけ身構えていた響子さん・・そう、彼女にとって五代君とは初婚ではなく再婚となる・・年齢が2つ年上なのはともかく、未亡人であった過去を夫の両親が気にされてしまうのではないのかという心配があって、少しだけ気が重かったのであるが・・・。
実際に会って見て、想像以上に響子さんが素晴らしい女性であることに嬉しい驚きを持って、ご両親から息子の嫁として大いに歓迎してもらえて安堵と共に非常に嬉しかった記憶がある。
こんなにしっかりしていて礼儀を弁えた美人が恋人どころか嫁に来てくれるなんて、我が息子ながら裕作は果報者だと義父母は感動までしてくれた。
(響子さんを褒められて五代君も内心得意な気持ちにもなったし嬉しかったのだが、実の両親から自分に対して手酷い評価を下されたので少々複雑な気分にはなってしまった)
時の経つのは早いもの。
今度は自分の娘が結婚して、子供を産んだら・・・。
自分が“おばあちゃん”なんて呼ばれる歳になったんだなあ・・これから10年もしないうちにそうなるかも?・・でもその前に娘の成人式での晴れ着と結婚式での花嫁姿の方を先に目にしないと・・・
などと春香ちゃんの姿を見ながらまだ見ぬ未来へと思いを馳せる響子さんだった。
~翌日 五代君たち3人は、五代君の父が入院する市内の病院へと見舞いに向かった~
[こんにちは~]
元気よくにこやかに五代君の父がいる病室へと入る響子さんたち4人。
今日はいつものように病院で五代君の父の身の回りの世話をする、五代君の母と一緒に4人で病院へとやって来ていた。
[おお、響子さんじゃないですか!]
[春香ちゃんも久し振りだね~。元気そうだなあ]
響子さんと春香ちゃんの訪問に喜ぶ五代君の父。
[まあまあ座って]
[お茶でも入れましょうか?]
父はよほど嬉しかったのか、病人の身でありながらお茶まで入れると言う。
[まあお父さん、そんな事は私がやりますよ]
張り切りすぎの父の動きを制して五代君の母が動いた。
[ホントにまあ、昨日まで死にそうな顔してたくせに]
それを見て呆れる母。
しばらくみんなで雑談をした響子さんたち。
東京暮らしの五代君一家が新潟に顔を出すのは、年に1回あるかないかである。
自分自身は田舎がない響子さん。
父が他界し、その後一人暮らしの母律子がいるために、自宅や自分の実家で一家揃って年末年始や連休などを過ごす事も多い。
夫の五代君だけが律子とは義理の関係だが、響子さんとの結婚で反対する義父を説得する方向で動いてくれた恩は五代君も常々から忘れていないし、
律子さんも娘の響子さんが未亡人であることを全く何も問題にせずに純粋に恋愛して真剣に結婚をしようとした五代君を婿として気に入っており(最初は大丈夫か?と心配はしたが)
元々とても友好的だったため、五代君、響子さん、春香ちゃんと律子さんの4人はお互いに本当に仲が良くてほとんど気遣い無用の関係だ。
そして雑談が一息ついた時、
五代君の父は急に真剣な表情になり話題を変えた。
[実は・・・私は今回の病気で幸いにも命に関わるようなことはなかったんだが・・・残念な事に、後遺症が残ってしまうためにリハビリをしないといけない]
[それに自分自身も歳だし、もう店に立つことは不可能になってしまった・・正一君夫婦もいるが、娘たち二人ともさっさと嫁に取られてしまった]
[そんなわけで、正一君夫婦の後を継ぐ人がいないんだなあ]
[このままだと彼らの代で店を閉めるようだ]
五代君の父は今回の病気で命に別状はなかったものの、後遺症が残り通院を余儀なくされ、もう店の厨房に立つことは不可能だと自ら淋しそうに語った。
そして姉夫婦の娘たち二人も若くして嫁に取られてしまったため、またその家庭も遠方で手伝いに来てくれと気軽に言えない為に慢性の人手不足に陥るどころか、最終的に後継者がいないと嘆いた。
更に父は話を続けるのだが、思いもよらない言葉が発せられた。
[裕作・・・]
[そろそろ帰って来ないか?]
何と父は五代君に新潟へ帰って来て欲しいと言ったのである。
[今まで長い事ずっとお前の好きにさせていた]
[お前がまだ学生だった頃、正一君が店を継いでくれると言うから、後はお前の好きに生きていいと考えていた]
[しかし、あれから状況は変わってしまったんだ]
[少しはわしらの言うことも聞いてはくれないか?]
[もちろんお前の今の仕事や立場、響子さんや春香ちゃんの考えもあるだろうから、今すぐ返事せえとは言わないが]
[先々・・・考えておいては欲しいんだよ]
父は苦しい胸のうちを明かした。
自分で築いた“定食 五代”。
しかしこのままでは後継者がいなくて姉夫婦がリタイアした段階で、店を閉めざるを得なくなる。
話を聞き終えた五代君は父に問い掛けた。
[それなら誰か別の人雇って任せればいいんじゃない?]
軽い気持ちで口にした一言だったが・・・。
[バカヤロウ!それでもお前は俺の息子か!]
[どれだけ俺があの店を軌道に乗せるまで苦労したと思ってるんだ!]
[そんな苦労して守った店を、おいそれと他人に手渡せるか!]
[あの店はな、本当はお前に継いで欲しかったんだ!]
[だけど正一君が脱サラしたいと言うから、彼に任せたんだ!]
[そんな事も分からんとは、本当に情けない奴だ、おまえは!]
何気なく放った五代君の一言が、父の怒りに触れてしまった。
[まあまあ、お父さん、せっかく響子さんも春香も見舞いに来てくれてるというのに何もそんな話をしなくても・・・]
五代君の母が緊張した空気を解きほぐすように言った。
[今日はこの辺で帰りましょう?ね、響子さん]
その場で所在無げに立ち尽くしていた響子さんに助け舟を出した義母。
[あ、でもお義母さま]
[気にしなくていいから。今日の所は、ね]
義母の言葉に躊躇する響子さん。
しかし今日はとりあえず引き上げた方がいいと遠回しに義母は響子さんに目で合図した。
病室には義母を残して五代君たち親子3人は何とも言えない気分で病院を後にした。
実家に辿り着くまで五代君は一言もしゃべらなかった。
~その日の夜~
響子さんは突然の義父の言葉に夫はどう思っていて、どうしたいのか知りたかった。
病院以来、その話題に触れようとすると、本当に珍しく露骨に不機嫌そうな表情をして態度にも出す五代君。
これまではどんなに機嫌が悪くても響子さんには言葉で当り散らすどころか、態度や表情でもその気分を晒したりして八つ当たりなども絶対にして来なかった心根の優しい夫が非常に珍しいことだが虫の居所の悪さを隠そうとしない。
一緒にいる春香ちゃんも、そのとばっちりを受けてつまらなそうに1日を過ごした。あまり意識していないが春香ちゃんは父親の気持ちが結構な割合で以心伝心してしまうのだ。
五代君が上機嫌ならば春香ちゃんも嬉しい気分に普段から直ぐなれるし、不機嫌ならばあんまり楽しくなれないのである。
(ただし夫婦の痴話喧嘩で五代君が落ち込んでいる場合は別だ。”はいはい、ご馳走様。どうせ直ぐに仲直りしてベタベタになるんだから夫婦で解決してね”と心配せずにジト目で眺めてしまうのが常だ)
[ねえ、あなた。どうするつもりなの?]
明日には五代君の仕事等の都合で東京に帰らないといけない。
春香ちゃんも友達と約束があると言う。
それでもこのまま父と息子がケンカしたままで、東京に帰ってしまってはマズイと思った響子さんは、しつこいとは思いながらも五代君に息子として自分はどう考えているのか聞いてみた。
[分かんないよ、そんな事]
[それに響子はここで暮らすことになっても平気なのか?]
分からないと素っ気無く五代君は答えた。
そしてそれは響子さんに自分自身への問い掛けとなって帰ってきた。
[あたしは・・・]
自分自身答えに詰まってしまう。
心のどこかで“今のまま穏やかに暮らしていたい”。
そんな思いが脳裏をかすめていった。
知り合いもいない地方の田舎町。別に都会でなければ暮らせないなどとは決して思わないが、自分も東京育ちだ。昔馴染みの友人たちとの交流だって途絶えたくは無い。
それに娘など完全な東京生まれ東京育ちの江戸っ子で、しかも既に高校生だ。義務教育ではないから気軽に県外へ転校など学力の面で問題が無くても精神的負担は大きい。
しかも人一倍に友達想いの娘だから、それこそ大勢の同級生たちと突然別れるのは可哀想過ぎる。
一刻館の事も、一人暮らしの母の事も気になる。
夫の事を責め立ててはみたものの、自分も内心、“この話は流れて欲しいと願っているのではないか?”と気付いた響子さんだった。
~翌日~
今日中に東京に帰る予定の五代君たち。
大事な用事があるからと自分に言い訳をするように、そそくさと帰り支度を始める五代君と春香ちゃん。
しかし・・・。
[おい、響子、どうしたんだよ?]
響子さんは帰り支度をするどころか、店の方の手伝いに出た。
その姿に姉夫婦も驚いていた。
[響子さん、帰り支度しなくていいの?]
厨房を忙しそうに動き回りながら、五代君の姉は言った。
[ええ、もう1日か2日]
[自分なりに考えてみたいんです。色々と]
[それに・・・お義父さまともじっくりお話してみたいですし・・・]
店内でしっかりとお客さんの応対をしながら響子さんは姉の質問に答えた。
[え?ママ、帰らないの?]
“さあ、今日は帰れるぞ!”
喜び勇んで帰り支度をしていただけに、一番ビックリしたのは誰あろう春香ちゃんだった。
ギクシャクする自分の父と祖父。
父と母もあんまり機嫌がよろしくない。この二人の意見が一致しないなんて珍しくて滅多に無いことだ。
そうなると当然春香ちゃんは楽しくないし、居心地も良い訳は無い。
“一刻も早くこの場所から立ち去りたいのに、突然何を言い出すんだろう?”
珍しくも春香ちゃんは自分の母に対して露骨に不快感を態度に表わした。
[大事なことなのよ、春香]
[このままにして帰ってしまったら、あたし・・・後悔すると思うの]
響子さんは春香ちゃんに”とてもこれは大事なことなんだから、うやむやにしたままでは帰れないのよ”と春香ちゃんに言葉だけではなく目や表情などの態度でも訴える。
[・・・・・・・分かった。ママ]
母の思い、気持ちが通じたのか、春香ちゃんはそれ以上何も言わなかった。
[・・・響子は一旦言い出したら絶対に聞かないからなあ]
五代君も響子さんの強い意志には折れるより仕方なかった。
しばらくすると迎えのタクシーがやって来た。
[先に帰ってるよ]
[納得いくまで親父と話すといいよ]
そう言うと、さばさばした表情で五代君は春香ちゃんと共にタクシーに乗り込み、東京への帰路へついた。
[さ、あたしもそろそろお義父さまの待つ病院へ行かないとね]
二人の乗ったタクシーを見送った後、急いで病院へ行く支度をする響子さんだった。
以下、次回