~数日後~
“ガチャ”
と一刻館の扉を開いて入ってくる女が一人。
[あー!もう頭に来る!]
[本当にやんなるわね~]
ぶつくさ言いながら女は玄関に座り込んでしまった。
[あらあら、またかい?朱美さん]
[月に一度は家出してくるねぇ、あんた]と一の瀬さん。
その女は朱美さんだった。
そんな朱美さんの姿を見て一の瀬さんがいつもの事と、呆れた様子で言う。
[ほんっとに、亭主がだらしなくてさ~]
茶々丸のマスターと些細な事で喧嘩をしてしょっちゅう一刻館に里帰りする朱美さん。
[ま~いいじゃん。呑もうよ]
朱美さんのその手には・・・山盛りのビールやらワンカップ酒が入った袋が・・・。
[ややややや、朱美さん。いらっしゃい。お待ちしておりました]
何処からともなく姿を現す四谷さん。
いつものメンバーが揃った。
で・・・・・・このメンツが揃うと始まるものは・・・・・。
[乾杯!!!]
宴会だった。
[ガハハハハハ!!!]
[あ、ヨイサ、コラサ]
[いいぞ!もっとやれ~~!]
踊りだす一の瀬さんと四谷さん。出来上がるのが早い・・・。
[・・・もう何度言ったら分かるんですか。玄関での酒盛りは禁止です!]
騒ぎを聞きつけた響子さんが3人をどやしつける・・・が。
効果は・・・・無い。
[もう何十年も同じこと言ってないで管理人さんもこっち来て呑みなよ]
と、一の瀬さんがビールを響子さんに手渡す。
[あ、どうも]
と思わず手に取る響子さん。
[そうそう、固いこと言わないの、管理人さん]
[それじゃ、改めて、乾杯~!]
朱美さんにそう言われ、結局は3人のペースに・・・。
[またつまらない喧嘩したんだろ?朱美さん]
一の瀬さんが朱美さんに振る。
[ね~、聞いてよ~、家の亭主]
[ちょっと他の男に色目使ったくらいでブチブチ言うからさ~]
[頭に来て出て来ちゃった!]
軽く冗談のように言い放つ朱美さん。
[んったく、少しは管理人さんを見習ったらどうだい?ねえ?管理人さん]と一の瀬さんが振ると
[そうです。夫唱婦随!これこそ夫婦の鏡!五代響子でございますぅぅぅぅ~っ!]と四谷さんが大きな声で叫び出す。
呆れたように響子さんに話を向ける一の瀬さん。
意味もなく響子さんの夫への溺愛振りを太鼓持ちのように持ち上げる四谷さん。
[もう!嫌だわ・・一の瀬さんに四谷さんったら!]
顔を真っ赤にして照れる可愛い響子さん。
実際の年齢は43歳なのに30過ぎ位にしか見えない若々しくも麗しい美貌の・・時計坂でも評判の美人で綺麗な奥さん・・・容姿端麗という言葉がぴったりで相応しいとも言われている。
男性からも女性からも共に物凄く評価が高くて古風な諺で例えれば『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』と称される絶世の美女で魅力的過ぎる女性なのである。
だから誰もが初対面の時にとても驚くのだが・・響子さんは本当に凄く綺麗な女性なのだ。すっきりとした目鼻立ちで切れ長の美しい瞳の持ち主であり均整の取れた抜群なスタイルは今でもほとんど変わらない。
しっとりとした長い黒髪が良く似合い見目麗しいという表現がぴったりの容姿で、素晴らしい美貌の女性と万人が認めて形容できるくらいで、夫である五代君にとって自慢し過ぎてもまだ足りないくらいの主婦としても妻としても、ほとんど完璧な能力を持つ最高の女性である。
それなのに夫の五代君一筋であり、彼に対してとっても一途に深い愛情を寄せる健気な響子さんは妙齢であっても純情可憐な乙女そのものの一面を持つ女性で一刻館の面々にとって今でも大いに冷やかしたくなる美味しい酒の肴だ。
結婚して16年以上が過ぎても夫の五代君との・・お早うございます、行ってらっしゃい、お帰りなさい、お休みなさいのキスは絶対に欠かさないし、そういう基本的なスキンシップなどは・・どうしても欠かしたくない様子なのが響子さんという女性だ。
料理の腕前は絶品だし他の家事全般も万能な響子さんの妻としての努めに対する・・夫である五代君からのご褒美とは頻繁に行われる情熱的なキスであったり、身体をきゅっと抱き締めて
響子さんの長くて美しい黒髪をゆっくりと優しく丁寧に撫でる行為(特にこれは響子さんが最高にお気に入りで、そうされると陶酔状態になって身を任せて喜んでいるのでほぼ毎日である)であったりするのだが、
それらは自宅であるならば殆ど娘の視線などはあんまり気にしていない感じだ。
知り合ってから物凄い紆余曲折があって遠回りな回り道を経て、また数え切れない位の痴話喧嘩を乗り越えて本当に夫婦となれたことに対してお互いに嬉しさが未だに消えない様子なのである。
と言うよりも結婚してからの方が益々愛情が深まって更に好きになっている形だ。互いに気が合って歯車がしっくりと噛み合うと実感していて・・ずっと一緒に居たい、暮らしたいと言う願望が適えられて嬉しくてたまらないのが五代君夫妻であるのだ。
((もちろん夜の夫婦としての濃厚そして濃密で甘美な営みは二人きりでの寝室でのみだが・・・・お互い40歳を過ぎていても愛し合うペースは2日に1回前後を今も保っているし、間隔が3日以上空くと響子さんが不安と欲求不満から本当に情緒不安定になってしまうので
五代君も特に気を付けている。それに限度を越えそうになると響子さんからも、たわわに実った豊満な乳房を密着させて”ねえ・・・”と、ほぼ無言で要求されることもあり・・”ねえ、あなた・・体調でも悪いの?”と心配顔で上目遣いで求められることもあったりする))
((春香ちゃんが修学旅行や祖母のいる実家に遊びに行って泊りがけなどした日には、それこそ恋人時代や新婚ほやほやの状態を思い出して熱烈に何度でも体力の続く限り愛し合ってしまうのが常だ))
((普段でも愛する五代君に可愛がられて嬉しさと気持ち良さの余りに響子さんが随喜の涙を流すこともあり、心から夫との性交渉を堪能していて大いに幸せを感じているので求められれば相当に破廉恥な痴態も惜し気も無く披露していて五代君を喜ばせてくれている))
((前にその日最後に入浴した響子さんが風呂場から出た瞬間に綿棒を取りに来た五代君と鉢合わせた場面、湯上りのピンク色に染まった素晴らしい全裸を乳房や乳首、恥毛に性器も全て見詰められても一切何も隠そうとはせず優しく聖母みたいに微笑む・・だが夫の熱い視線により
上品に頬を染めた響子さんに劣情を刺激された五代君が・・いきなりその場で求めた時には”あぁん・・あなたったら・・ここじゃ駄目よ・・脱衣所でセックスなんて・・ね?”とやんわり嗜められたが”じゃ、じゃあ・・響子・・・浴室で”と再び風呂場の中に連れ込んで扉を閉めて
から激しく、だが娘には聞こえないように互いにほぼ無言で艶めかしく性行為に励んでしまったこともあったし、更にその続きは夫婦の寝室のベッドにて再び激しく奮闘したのであった))
((一刻館に住んでいた頃は銭湯通いをする必要があったので響子さんにキスマークを付けないように五代君も細心の注意を払っていたがマンションに引っ越して以来、その注意は不要となったので・・そのことが実に嬉しい夫は溺愛し惚れ込んでいる妻の響子さんに対して
通常の衣服で隠せる範囲ならば今では身体のあちこちに時々付けてしまっている・・綺麗なお人形さんか女神の如く美しい響子さんの裸体を夫の五代君が愛して止まないせいであるが・・・ちなみに最も多い箇所は素晴らしく若々しい張り具合の見事に美麗な巨乳の乳房である))
((響子さんと五代君にとって夫婦の営みとは性的な快感と愛する気持ちを確かめ合う神聖で大切な行為であり、肉体的にも精神的にも密接な結合を確認し合える幸せな儀式なのである))
結婚する前の独身時代からほぼ完全に尻に敷いていて家庭での普段の生活に於いて主導権は響子さんがきっちりと握っているのだが・・彼女は夫の五代君の世話を焼いて面倒を見ることに無上の喜びを見出しているので、そのとっても睦まじい夫婦仲の良さはご近所でも評判だ。
たまに夫婦揃っての買い物など、しっかり腕を組んで寄り添って見詰め合うから嬉しくて幸せそうなオーラが全開なのである。それ故に時計坂商店街でも五代君夫妻はちょっとばかり有名であったりするのだ。
だから一人娘の春香ちゃんにとっては両親の仲が異常に良過ぎて、その凄まじさが度を越しているのでホントに恥ずかしいとよく呆れられて愚痴られるくらいである。
”だって朝の見送りキスなんかは短いけど、夕方のお帰りなさいでするキスが2分や3分を超える事がざらの長時間なんだからホント唖然呆然しちゃうよ。ママは調理中でもきちんと火を止めてからパパを出迎えに行くんだから”
”お弁当だって凄いよね、愛妻弁当が。タコさんカニさんウィンナーどころかウズラの卵に切れ目入れて表情まで作るの日常茶飯事だし、他にも可愛らしさと愛情が満開だもの。パパの職場でも評判だもんね・・絶対に娘より手が込んでるし”
”あんなに綺麗なママから毎日手作りの愛妻弁当を渡されたら、パパも毎朝ホントに喜んでるし・・だから当然なんだけど・・・普段から何も逆らえないよね?全くもって、かかあ天下これに極まり、だよね?だってレディーファーストならぬ響子さんファーストなんだから”と。
宴は延々と続く・・・。
[で?朱美さんも行くんだろ?家の倅のラーメン屋]
[もちろん!行くに決まってるじゃない~。あったりまえよ~]
朱美さんの参加も確定した。
[ところで元亭主候補の男はどうしたの?管理人さん?]
三鷹さんの事を持ち出す一の瀬さん。
ニヤニヤと響子さんに聞く。
[三鷹さんですか?ええ、ご自宅の方に電話差し上げたんですけど・・・。お留守のようで]と今回は響子さんは動じない。
そうそう毎回動じたりは流石にしない。ましてや聞かれたくない娘が今回は不在だ。
[留守?変だねえ?明日菜さんいないのかい?]
響子さんが電話しても留守らしく、留守電にメッセージを入れても連絡が来ないと言う。
一の瀬さんもそりゃおかしいと首をひねる。
[旅行にでも行ってんじゃないの~?そのうち電話来るわよ]
いつもの調子で朱美さんが言う。
[そうですわね。連絡が来るのを待ちましょう]
朱美さんの言葉に頷く響子さん。
宴は続く・・・。
“ガチャ”
[ただいま~!]
玄関の扉を開けて春香ちゃんが帰って来た。
[うわ!お酒くさい!また酒盛りですか~。好きですねぇ。みなさん]
いつもの事と特に驚いた顔もしない春香ちゃん。
[ママまで一緒になって。本当にしょうがない母親なんだからぁ]
春香ちゃんの言葉に返す言葉の無い響子さん。
[わはは!言われてるよ、自分の娘に]
一の瀬さんが茶化す。
[さ~て。何か騒いだらすっきりしたからあたし帰るね]と朱美さん。
[おおお!またのお越しをお待ちしてますぞ!]
[つまんない事で喧嘩すんじゃないよ]
あっさりと引き上げる朱美さん。
それを見送る一の瀬さん、四谷さん、響子さんに春香ちゃん。
[さあ、あたしたちもそろそろ帰ろうか?春香]
[うん、帰ろうよ]
潮が引くようにひっそりとした暮れ時の一刻館。
管理人室にしっかりとカギを掛けて家路へと着いた。
~その日の夜五代君一家のマンション~
“ジャー、カチャカチャ”
響子さんが夕飯の支度をしていた。
“ピンポ~ン”
チャイムが鳴る。
[ハイハイ~!今行きます]
足早に玄関へと向かう響子さん。
“ガチャ”
[こんばんは!ご無沙汰してます!]
[留守番電話にメッセージを入れて下さってたようで。今日は用事で近くまで来たもんですから、ずうずうしいのを承知でそのままここへ来ちゃいました]
ドアを開けると懐かしい笑顔とキラリ眩しく光る歯がトレードマークの・・・。
そう、三鷹さんだった。
[お久し振りです。お元気でしたか?三鷹さん]
突然の訪問にびっくりした響子さん。でもとても嬉しそうだ。
[あ、こんな所じゃなんですから、良かったら上がってって下さいな]
[え、でもご迷惑じゃないですか?]
響子さんの言葉に恐縮する三鷹さん。
と、そこへ。
[いらっしゃい、三鷹さん。本当にお久し振りですね。さあ、どうぞ!]
ようやっと五代君の登場です!(笑い)
[あ!三鷹のおじさんだ、こんばんは]
春香ちゃんも玄関へやって来た。
[じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな?]
家族総出で出迎えられた三鷹さんは五代家へお邪魔した。
[お?良い匂いだ~。相変わらず響子さんはお料理上手と見た]
さり気なく漂ういい香りに思わず三鷹さんの口から出た言葉だった。
[うん、ママの作る料理は本当に美味しいよ。三鷹のおじさん]
春香ちゃんも自信を持って母親の腕前を保障する。
[もう、相変わらず三鷹さんたら。良かったら召し上がって行って下さいな]
響子さんも優しく夕食の宴に招待してくれる。
[え?いいんですか!いやあ、嬉しいなぁ]
響子さんの優しい言葉に更に歯がキラリと光りまくる三鷹さん。
[あれ?でもいいんですか、三鷹さん。明日菜さんが待ってるんじゃ?それにお嬢さんたちも]
家には明日菜さんだけでなく、とっても可愛い三人のお嬢さんが帰りを待っているのでは?
気になった五代君は三鷹さんに尋ねた。
[い、いやあ、その事なんだけどね・・・。実は・・・・]
三鷹さんがちょっとばかり苦笑いを浮かべながら話し始めた。
それは一体?
[いやあ、明日菜がちょっと、実家に帰ってましてね。ははは・・・]
[あら?ご実家にですか。三鷹さん一人残して?]
明日菜さんは実家に帰っていて今は家を空けていると三鷹さんは話した。
不思議そうな顔をする響子さん。
[え・・ひょっとしてお子さんも一緒に・・・ですか?三鷹さん]
五代君が尋ねる。
[うん、そうなんだよ。五代君]
珍しくも相当に神妙な面持ちの三鷹さん。
そこへ・・・。
[あ!分かった!浮気だ、浮気!三鷹のおじさん浮気したんだ!]
春香ちゃんが何か閃いたかのように叫んだ。
春香の一言にビクッ!と反応する三鷹さん。
図星なのか???
[これ、春香、何て失礼な事を言うの!三鷹さんに謝りなさい!]
春香ちゃんを叱りつける響子さん。
[は~い。ごめんなさい]
素直に謝る春香ちゃん。おちゃめな事。
[い、いやあ、当たらずも遠からずみたいなもんなんで]
[春香ちゃんを叱らないであげて下さい]
二人の間に割って入る三鷹さん。
[と、言う事は浮気・・・されたんですか?三鷹さん]
五代君がココ一番だ!というタイミングで思い切り突っ込む。
[いやあ、全然そんな事はないんだけど]
[ほら、僕、もうテニスのコーチ辞めて叔父の関連会社で働いてるでしょ?]
[そこのまあ、若い娘と何かあるんじゃないかって、まあ家のが(明日菜が)]
三鷹さんは昔勤めていたテニススクールを辞めて、現在は二人を引き合わせた叔父さんの知り合いの関連会社で課長として働いている。
しかし、それだけで家を空けてしまうのだろうか?
[ははは、付き合いとかで呑みに行ったり、部下から相談受けたりするじゃないですか。上司として]
[相談受けたくらいで明日菜さん、実家に帰られるんですか?]
今夜は珍しくここぞとばかりに追及の手を緩めず攻撃を続ける五代君。
“ピロリロリ~ン”
と、その時・・三鷹さんの携帯の着メロが鳴った。
[おっと、失礼しますよ]
電話に出る三鷹さん。
[ふう、君か。何の用?]
[・・・冷たいですねって。そんな風に言われても僕も困る]
[取り敢えず今僕は人様の所にお邪魔してるから、また後にしてくれるかな?]
[はい、じゃあ]
と、ひとしきり会話すると、三鷹さんは電話を切った。
[いや~、すいません]
苦笑いの三鷹さん。
[相手の方、・・・さっき話に出た女の人ですか?三鷹さん?]
ピーンと来たのか冷ややかな視線で三鷹さんを見る響子さん。
[・・・あはは、お見通しですね。そうなんですよ、ええ]
あっさりと認めざるを得ない三鷹さん。
[あ、いや、誤解しないで下さい。この娘とはそんなふしだらな関係ではないですよ]
[じゃあどんな関係なんです?]
弁解する三鷹さんに五代君が切り込む。
[うん、それなんだが五代君。この娘、私の部下なんだが、色々と仕事なんかの相談を受けてるうちに・・・]
[受けてるうちに??]
三鷹さんの言葉に身を乗り出す五代一家。(好奇心は三人とも人並みに旺盛だ)
[ど~も特別な感情が向こうに芽生えたようで・・・]
[それで三鷹さんはどうなんです?グラッとか来なかったんですか?]と五代君は更に追求する。
[あ、やあ、まあ・・・その、僕も男だから悪い気はしなくて・・・ははは。浮かれてしまいました。年甲斐も無くね]
[それを明日菜さんに見抜かれた訳ですね?三鷹さん]と響子さん。
[その通りです。響子さん、ははは、恥ずかしながら面目無い]
明日菜さんに気持ちが揺らいでるのを見透かされた三鷹さん。
[それで、まあ、家の奴はご存知の通りの性格なんで、不満とかあっても全く口には出さないし]
[僕もうかつだったと言うか、甘えていたと言うか・・・]
[知らぬ間に傷付けてしまっていた。恐らくは僕が居ない時には相当に落胆して落ち込んでいたんでしょう]
明日菜さんはとても物静かで優しい人。絵に描いたような深窓のご令嬢で今でもそれは全く変わっていない。
例え辛い事があっても自分の中に溜め込んでしまう。
芯は強いがどちらかと言えば、三鷹さんとは正反対の性格の人だ。
[そんな明日菜を見るに見兼ねて娘達3人が結託して実家に帰るよう促しましてね・・・]
[じゃあお嬢さんたちも九条家に???]
明日菜さんが自分の中に溜め込んだ思いを3人の娘さん達が察知したのだろう。
母子揃って明日菜さんの実家に引き上げてしまったと三鷹さんは寂しげに言う。
[僕も毎日社内で顔を会わす部下だから、あまり冷たくあしらうのもどうかと思ってたが・・・・]
[はっきりとさせないといけないな・・・この娘とは]
疲れた表情を見せる三鷹さん。
会社員として、そして管理職としての立場。
家に帰れば父として、夫としての立場。
三鷹さんは日々追われていた。
””もし私の夫も同じ立場なら・・・・・。たぶん・・・・””
響子さんの頭に五代君が三鷹さんと同じ立場に置かれたらなどと想像が浮かんだ。
[やっぱり同じなのかな・・・]
突然ぽつりと言い出す響子さん。
[???どうしました?響子さん?]
意味不明なことを言う響子さんに唖然とする五代君と三鷹さん。
[いえ、あの、何となくですが、三鷹さんのその、置かれている立場と言いますか・・・]
[お気持ちも少しだけですけど、分かるような気がして・・・・・]
響子さんがぽつりぽつりと呟くように話す。
多分・・自分の夫も、五代も部下の女性に信頼され過ぎて言い寄られたら、三鷹さんと似たような行動をしてしまうだろうな。
本当にとことん赤の他人に優しいから・・・きっぱりと拒絶出来そうもないだろうから。
そう思い浮かべると、思わず内心でだけだが小さく笑ってしまった響子さんであった。
・
・
[じゃあ長々とお邪魔しました。夕飯までご馳走になりまして]
恐縮しきりの三鷹さん。
[いいえ、大してお構いも出来ませんで]
響子さん、五代君、春香ちゃんの家族総出で三鷹さんを見送る。
マンションの玄関口から歩き出す三鷹さんの後ろ姿は・・・。
何となく疲れているように響子さんたちには見えたのだろうか・・・。
~そして翌日~
響子さんはある家を訪れていた。
[こんにちは。お久し振りですね]
[まあ!五代さんの奥様。こちらこそご無沙汰しておりまして]
そう、響子さんは明日菜さんの実家、九条家を訪問していたのであった。
[それにしても相変わらず大きいお屋敷と・・・・・・・・・]
[・・・その・・・・・・ワンちゃんたちで・・・]
“バウッ!バウッ!”“ワン!ワン!”“ガフッ!”“ガフッ!”
響子さんと明日菜さんが佇む九条家の縁側には、以前と変わらずたくさんの犬達の元気な姿が・・・。
響子さんが九条家に足を運ぶのは、三鷹さんと明日菜さんの結婚前後に、五代君共々招かれて以来だった。
[ええ・・・ワンちゃんたちも連れてきましたの・・・・]
昔と変わらず消え入りそうな細い声で明日菜さんはそう言った。
[あの、それで、五代さんの奥様、・・・今日はどのようなご用件で?]
恐る恐る響子さんに今日ここへ来た真意を訊ねる明日菜さん。
[・・・実は昨日、三鷹さんが・・ご主人が我が家へ見えられまして・・・]
[その時に明日菜さんがお子さんと一緒にこちらへ戻られてると聞いたものですから]
響子さんは昨日三鷹さんが、自分たちの所へ来た事を明日菜さんに告げた。
[まあ、主人がそちら様へ?ご迷惑をお掛けしました]
[いえいえ、偶然近くへ来たから立ち寄ったとおっしゃっていましたので]
何ともぎこちない二人の会話。
[それで、その、明日菜さんは・・・もう・・・・]
“もう”から先の言葉が見付からない響子さん。
[いえ、そういう訳ではなくて・・・私は別に・・・・]
明日菜さんの微妙な言い回しに響子さんは。
[では、お帰りになられるのですね?]
一瞬表情が明るくなった。
しかし・・・。
[いいえ。・・・子供達と・・・特に私の両親が猛反発していまして・・・]
と首を小さく横に振る明日菜さん。
[ご両親とお子さん達が・・・ですか・・・]
””ちょっと複雑になってきたな””心の中で響子さんは思うのだった。
[実はもう、両親には別れて帰って来たらどうか?と・・・・言われていまして]
ポツリと漏らす明日菜さん。
[それで・・・]
[それで、明日菜さんのお気持ちはどうなんですか?]
[それが一番大事なんじゃないんですか?]
[明日菜さんと三鷹さんはきちんと愛し合って結婚した仲じゃないですか!ですからお子さんだって3人もの可愛いお嬢様がいらっしゃる訳ですよね?]
[お見合い、婚約、結婚までに至る経緯はあたしも多少なりとも存じ上げていますけど、お互いに好きでなければ結婚されて、これまで長い間暮らして来られなかったのではないですか?]
周りの意見も確かに重要かも知れない。しかも他人ではない身内の意見だ。尊重するのは当然であろう。
でも、””最終的な判断を下すのは妻である、あなたなんですよ””と、明日菜さんの煮え切らない態度に思わず熱くなる響子さん。
[私には・・・分かりません。今は・・・真っ白なんです。頭の中が]
[それに・・・父と母も年老いてますし・・・あまり心配は掛けたくないですから・・・]
そう言ったきり、黙り込んでしまった明日菜さん。
””色々とあるんだろうな、明日菜さんにも””
そう感じ取った響子さんは、それ以上明日菜さんに何も聞く事はしなかったし・・・出来なかった。
以下、次回