響子の実母である律子が亡くなり、五代家は慌しくなった。
通夜、告別式を近くの斎場で執り行い、響子さんは気丈にも、人前で辛い表情は一切見せなかった。
逆にそんな響子さんの対応が参列者たちの悲しみを誘っていた。
~そして律子と本当の意味での別れの時が来た~
“火葬”だ。
立ち上る煙はどこまでも天に向かい、律子の魂を送り届けようとしている。
響子さんは骨だけになった律子を抱え、無言で家路に着いた。
だがいつまでも暗い顔ばかりしてはいられない。
時は流れているのだから。
[ママ、あたしもまだ涙が枯れないくらい悲しいけど・・まだママには血の繋がった人間が、あたしが一人ここにいるから寂しくないよね?]
[今まだ一人だけど・・・10年くらい掛かるかも知れないけど、あたしが結婚して子供が生まれたら、また一人二人って血の繋がった人間が増えるよ]
[それまで待ってくれれば、おばあちゃん呼ばわりされちゃうけど賑やかになるよ・・・きっと]
[それにその間も、この世で最大のママの理解者のパパがいるから寂しくないよね?・・・ママのこと大好き過ぎて高校生の娘にも真顔で公言するくらいだから大丈夫、だよね?]
娘の春香ちゃんからも一生懸命に励まされた。
夫の五代君も精一杯の誠実な励ましの言葉を色々と掛けてくれたし、家に居る時にはずっと肩を抱いたり抱き締めたりして気持ちを伝えてくれた。
[お義母さんと病室で二人きりの時に、お礼を言われたよ・・・。娘を、響子を幸せにしてくれて本当に嬉しかったって。ありがとうって]
[だからおれも・・・もう少しお義母さんと一緒に暮らして話がしたかったなぁ・・・]
[天国からお義父さんとお義母さんが仲良く見守ってくれるから・・・おれも頑張らないと。うん、でも、響子が一緒だからおれも頑張れるな]
[響子が幸せかどうか、天国からだとすぐに分かるからね]
[もしかしたら春香が言ってくれてるかも知れないけど・・響子には血を分けた人間がまだ居るんだし、それに・・・・]
[おれが、何とかその・・君に世話を掛けっ放しの亭主だけど・・・ずっと傍に居るよ。だから響子を一人にはさせないから・・・・どんなに君が長生きしても、ずっと必ずね]
夫はこれからも自分とは絶対に離れない・・離れたりはしないからと宣言してくれた。今までと同じようにこれからも一緒に過ごすと言ってくれている。
響子さんにはまだ最愛の夫と娘がいるのだ。
悲しい時に本当に本気で支えてくれる家族がいるのだ。
だから・・・・前を向いて生きていける。
~一刻館の昼下がり~
響子さんは通夜、告別式などを終えると、一刻館に復帰した。
ただ、まだ心に悲しみが残っているようで、どこか淋しそうに見える響子さんだった。
“ザッ、ザッ”
響子さんは、愛用の竹箒で玄関周りの掃除をしていた。
そんな時、一刻館に珍しいお客さんがやって来た。
[こんにちは~、おばさま!]
[あら、郁子ちゃんじゃない?]
[少しはおばさまが元気になったかと思って、様子見に来ました。]
そう、珍しいお客とは郁子ちゃんだった。
“コト”
[この前はありがとう、郁子ちゃん]
[色々とお手伝いしてもらっちゃって]
響子さんは郁子ちゃんを管理人室に招き、お茶を入れながら、律子の葬儀に手伝いに来てくれた郁子ちゃんにお礼を言った。
[やだ、おばさま、水臭い事言わないで]
[特別な事をした訳じゃないわ、あたし]
響子さんの言葉に笑って謙遜する郁子ちゃん。
[でもおばさまのお母様の葬儀を手伝ってる時、あたし、惣一郎おじさまの事思い出したの]
[おばさまが家に嫁いで来て半年も経ってなかった時の事だったわね・・おじさまが突然亡くなってしまったのって]
[あたしはあの時小学生で、何が起きたかよくわからなくて、気付いたら、おじさまは死んでいて]
[そして・・・・]
[おばさまは・・しばらくしたら家から居なくなってた]
[あたし、おばさまの事、お姉ちゃんみたいに思ってたから、凄く淋しかったな・・・]
郁子ちゃんは、律子の葬儀を手伝っている最中、惣一郎さんの事が思い出されたと響子さんに話した。
[ねえ、おばさま、まだ惣一郎おじさんの事・・・]
[それと、音無家の事・・覚えてる?]
郁子ちゃんは響子さんが、音無家や、惣一郎さんの事を忘れてしまってないか、心配だった。
それは郁子ちゃんにとって、音無家で響子さん、惣一郎さんの新婚夫妻と過ごした、”“わずか半年足らず””の時間が、とても大切に胸の奥深くに刻まれているからであった。
[ふふふ、忘れるわけないじゃない、郁子ちゃん]
[もう20年以上も昔の事だけど、あたし、ちゃんと覚えているわよ]
[惣一郎さんは本当に大人しくて、地味で目立たないタイプの人だったし、他の人から見たら、全然パッとしてなくて、魅力的に見えないかも知れなかったけど・・]
[あたしにはホントに優しくて、理想の人だった]
[惣一郎さんと同じ物を見て、同じ物を食べて、同じ空気を吸って・・・それだけで心が満たされてたわ・・・]
[音無家のお義父さまも、お義兄さま、お義姉さま、そして郁子ちゃんもみんなあたしに優しくしてくれて・・・幸せだった]
[だからね、例えどんなに月日が流れたとしても・・・音無家で過ごした日々を忘れたりなんかしないわ、あたし]
郁子ちゃんの言葉に、笑いながら響子さんは答えた。
“今でもしっかり音無家での日々を覚えている・・・・と。
高校を卒業して間もなく音無家に嫁いだ響子さん。
その嫁ぎ先には一人の可愛い娘がいた。
その名は郁子ちゃん。
郁子ちゃんと響子さんは、互いに一人っ子だったので、本当の姉妹のように“短い日々”を過ごした。
だからこそ、郁子ちゃんも、響子さんも音無家での日々を、大切に心の奥にしまってあるのだ。
[懐かしい思い出ね、おばさま]
[懐かしいわね、郁子ちゃん]
二人は時の経つのも忘れ、セピア色の昔話に興じた。
犬の惣一郎さんの事、まだ音無の義父が生きていた時の事、五代君が郁子ちゃんの家庭教師をしていたときの事。
etc-etc-
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・
[さて、これからあたし行かなきゃならない所があるのよ]
響子さんはしばらく郁子ちゃんと話しこんだ後、何処かへ出掛けると言った。
[おばさま、どこへ行くの?]
[亡くなった母のマンションを片付けにね]
響子さんはこれから、亡くなった律子のマンションの整理に向かうと言った。
[あ、じゃああたしもお手伝いに行ってあげる、おばさま]
郁子ちゃんも響子さんの手伝いについて行く事になった。
時計坂の駅へと向かう坂道。
風は少し緩やかに吹いているが、わずかながらも暖かさを感じさせていた。
まるで響子さんが一刻館の管理人としてやって来て、日が浅い頃のように、二人は仲良く並んで、坂道を降りていく。
そして坂を降りる道すがら郁子ちゃんは、
[あ、そうだ、おばさま!]
[お通夜に賢太郎君も来てたでしょ?]
[あたしこの前、偶然だけど彼の働いているお店で食事したの]
[賢太郎君とはその時、凄い久し振りだったんだけど、あんまり変わってなくて、何かこう嬉しかったんだ~]
賢太郎君と、律子の通夜で会う前に、再会していた事を告白した。
[賢太郎君、頑張ってるのね]
[それで賢太郎君とはどんな話をしたの、郁子ちゃん?]
[うん、その時賢太郎君は仕事中だったから、良かったら電話してって、携帯の番号メモして渡したの]
[流行っているイタリアンレストランでテキパキと仕事していて爽やかな感じがしてね・・なかなか格好良かったよ]
響子さんは何気なく、
“これも何かの縁だろうし”
“賢太郎君と郁子ちゃんが結ばれたらなあ”と、そんな気持ちが心を横切った。
”もしもそうなったら、一刻館の住人で自分たちに次ぐ二組目の夫婦だなあ”とも想像してしまった。
郁子ちゃんは賢太郎君に携帯の番号を教えたようなので、“二人の糸”はこの先少しずつ距離が縮まるのか、
それともぷっつり切れてしまうのか、成り行きを見守りたいと思う響子さんだった。
以下、次回