~都内繁華街の居酒屋~
響子さんと郁子ちゃんが会っていた日、五代君もその夜、誰かと会っていた。
その“誰か”とは・・・。
[五代のお兄ちゃん]
[ごめんよ、昨日突然さ保育園の方に電話しちゃって]
[ああ、別にいいよ、気にしなくて]
[賢太郎君が折り入って大事な話しがあるって言うならね]
そう、一の瀬賢太郎君だった。
賢太郎君は前日五代君の勤めている、しいの実保育園へ電話して、自分自身の事で相談に乗って欲しいと泣きついたのだった。
そして賢太郎君はこの居酒屋で五代君に、郁子ちゃんと先日二人きりで会った事、その時郁子ちゃんが昔と変わらず魅力的で本気で好きになりつつある事。
しかし。
郁子ちゃんは自分の気持ちを知ってか知らずか、見合いをする事を告白し、それを何とか思いとどまらせる事は出来ないかと話した。
[う~~~ん、成程ね]
[話は良く分かったよ、賢太郎君]
[だけど、賢太郎君は今、郁子ちゃんをきちんと受け止められるのかな?]
[郁子ちゃんは賢太郎君よりも年上だし、響子からこの前聞いたんだけど、賢太郎君はラーメン屋を辞めて、今はイタリアンレストランでのフリーターなんだろ?]
[それだと仮に郁子ちゃん本人が結婚の意志を持っていても、彼女のご両親に反対されてしまうよ]
[見合いの相手がどんな奴か俺は知らないけど、賢太郎君自身、見合い相手に負けない位の“”何か””がないと、それこそ何でも良いけどそれがないと]
[郁子ちゃんは・・彼女だって振り向いてくれないと俺は思うけどな]
五代君は自分の経験と重ね合わせ、このままだと非常に厳しいと賢太郎君に語った。
[流石にとことん””あの””三鷹さんと本気で管理人さんのことを何年も競っただけの事はあるね、お兄ちゃん。本当に人生を賭けてたもんね]
[その通りなんだよね]
[俺は郁子ちゃんよりも年下で、背も低くて、仕事もようやく正社員になれるかなれないかの瀬戸際で・・・]
[母ちゃんは飲んだくれで、父ちゃんは存在感薄くて冴えなくて・・]
[これで“プロポーズ”なんかしたらお笑いだよね]
五代君の話を聞き、“シュン”とがっくり肩を落としてしまった賢太郎君。
[イヤイヤ、諦めろと言っているわけじゃないよ!]
[俺の時も周囲に冷やかされるどころか笑われたりして散々バカにされたけど・・可能性なんてそれこそ丸っきり無いってね。正直ほぼゼロだろって色々と忠告もされたよ]
[それでもずっと諦めたりしないで長い月日を掛けて費やして・・遂に響子と恋人になって晴れて結婚するまで辿り着けたんだから]
五代君は妻である響子さんとの恋物語をお惚気ではなく真剣に語り出す。
[おれは響子に一目惚れして・・真剣に好きだったんだけどその気持ちが強過ぎて、そう好き過ぎて告白すらなかなか出来なかった・・]
[だって面と向かって話をするのも平常心ではいられなかったくらいだったから]
[・・前後不覚の泥酔状態で初めて告白する勇気が出来て告白したけど・・・まだ応じてはくれなかった。真剣に好きな気持ちだけしか分かってくれなかった]
[最初の1年、2年、3年、4年・・・手もまともに握らせてもらえなかった]
[おれがバイト三昧でろくにデートも誘えないくらい貧乏だったし・・・進展なんて何もなくて・・]
[おれに出来たのは・・・・響子が未亡人だったのは賢太郎君も知っているよね?・・そうそんな悲しい過去を乗り越えて朗らかに強く生きていた響子に対しておれが出来たのは・・・]
[彼女の過去を否定せずに・・・忘れて欲しいと言うのじゃなくて・・・それがあなたの過去ならば、それがあなたならそのまま・・その普段のまま、生(き)のままのあなたが好きなんですと態度で示すこと・・・]
[響子がひとりの女性として、おれという一人の男性に向き合えるようになるまで待ちます、おれは待ち続けますって口で言うのは簡単だけど、口だけじゃなくて本気で態度でも示すことくらいだった]
[・・強引に積極的に迫ったりするのは・・おれは響子のことが好き過ぎて逆に無理だった。それにそれは彼女の気持ちを考えていないことになるって思っていたからね。・・自分でも、優柔不断だな・・まどろっこしいとは感じたけど]
五代君の独身時代・・何も得られなかった不毛としか思えない時期に実は第三者には分からぬ苦悩と苦難の道のりを歩いていたことをここまで打ち明け続けると、照れなのか喉が渇いたのかグラスに残ったビールを飲み干す。
[うん、管理人さんについてなら・・それはある程度は知っているよ。でも俺もあの当事は子供だったからお兄ちゃんがそこまで考えていたなんて・・ちょっと想像がつかなかったな・・・・]
賢太郎君も聞きながら引き込まれて身を乗り出している。
[だけど・・幸い同じアパートに住んでいたから、俺の響子への気持ちを分かった上で・・どんな考えで接しているのかを理解してくれた上で更に・・・普段のおれがどんな人間かをずっと見極めてくれてたんだと思う]
[優柔不断で生き方が不器用で頼りないかも知れない・・・けれども響子のことを真剣に何年でも恋人になってもらえるまで本当に待ち続けている男かどうかってね]
[でもその真剣さが足りないって思わせるようなことをすると・・・つまり他の女性に目移りしそうになったりするとよく怒られたし泣かれたりもしたよ]
[おれも最初は恋人でもないのに何故ヤキモチを妬くんだろうか?どうしてって考えたけれども・・・]
[響子はおれの真剣さの度合いを、さっきも言ったけどずっと見極めようとしてくれていたんだ。物凄く色々と本当におれ以上に真剣に真面目にね。それはどんな風にかと言うと・・・]
~~~『この人はあたしのことを真剣に好きだと言ってくれたけど、それは本当に本心なのかしら?あなたの真剣ってどの程度なの?』~~~
~~~『五代さん、あなたってどういう人なの?好きな女性を、その人だけを見掛けの優しさだけでなくて心から本気で大切にしようとしてくれる人なの?』~~~
~~~『あたしという女性の全てを・・あれは嫌、これは嫌なんて言わずに本当に受け入れてくれるのかしら?』~~~
~~~『あたしは恋というか恋愛に臆病だから・・・あたしと同じ気持ちの人でなければ飛び込めないの』~~~
~~~『ずっと一緒にいたい女性ですって言ってくれたけど、本当にずっとずっと一緒にいてくれるの?あたしを寂しい気持ちにさせない自信はあるの?』~~~
[・・・ということをね、ずっと見ていてくれて実は考えていてくれたんだ。・・まあこれって結婚する前後くらいの時に教えてくれたんだけれどもね]
[そしておれたち二人が知り合ってから5年以上が過ぎてようやく・・・恋愛対象の男性として認めてくれて・・・・響子はおれの気持ちに応じて恋人になってくれたんだ]
[本当に長かったね・・・でも好きな女性、恋人になって欲しい、奥さんになって欲しい女性なんだから時間が掛かったって構わない・・そう思っていたから決して不幸ではなかったよ]
清々しいまでの表情で響子さんと自分との紆余曲折した恋愛を語ってくれた五代君。
暗に賢太郎君に、彼なりに固い決意、折れない相手への想いがあるのかを尋ねていた。
[うん・・お兄ちゃん・・・おれも、おれだって郁子ちゃんのこと、お兄ちゃんと管理人さんとは違うけど、ずっと昔からガキの頃から憧れていて楽しい思い出しかないよ]
[郁子ちゃんからしたら、おれ生意気でチビな弟分くらいでしかなかったかも知れないけど・・・]
[お兄ちゃんが郁子ちゃんに一刻館で勉強を教えている時に便乗して一緒に勉強して・・でも勉強なんかどうでもよかったんだ]
[郁子ちゃんと同じ空間に居られるだけで嬉しくて・・子供がお姉さんに憧れているだけじゃなくて・・好きだったなぁ]
[この間、初めて一緒に出掛けて映画を見て食事しただけなんだけど・・俺、今でも郁子ちゃんは憧れで・・憧れているだけじゃなくて好きだなぁって気持ち、やっぱり再確認したよ]
[だから今、俺も大人になって30過ぎてまだ一人前じゃないけど・・お互いに独身のおかげで、まだ郁子ちゃんに付き合って欲しいと言える、いや、まあ、言えるだけだけど・・そういう状況なのは素直に嬉しいよ]
[でもまさか・・お見合いをしてしまうなんて、ね。これって相当にまずい状況だよね]
[変な話、相手も郁子ちゃんの年齢とか経歴を知っているはずだから結婚することが大前提のお見合いだと予想できるし]
[何とかしたい、何とかお見合いだけでも上手いこと阻止できれば後は・・・何とか俺って男を郁子ちゃんにもう一度見てもらって判断してもらえる時間が稼げるって言うのか出来るって思うんだけど・・一体どうすればいいのかな?]
賢太郎君も郁子ちゃんへの想いに嘘偽りはないし見栄なんかもホントに無い。けれども現状を打破するにはどうすればいいのか、正直何も思いつかない様子だ。
[うう~~ん]
[でもホント現状がなあ・・凄く不利なのは間違い無いし、何か行動しないといけないのは確かなんだよなあ・・・]
[のんびりしている時間も正直に言えば無いし・・言ってみれば今回のことはかなりの障害物だよなあ。何とか排除を・・う~んでもどうやって・・・・]
[・・・・・そうだ!]
[ちょっと危険な賭けかも知れないけど、こうなったらイチかバチかやってみるか!]
五代君は何か名案を閃いたようだ。
ただし、”“かなり危険性が高い””方法のようだが・・・。
~郁子ちゃんのアパート~
[・・・うん、分かった]
[今度の日曜日ね]
[え?]
[式の日取り?]
[まだ会ってもいないのに、そんな話・・・]
[確かに条件は申し分ないけど・・・・]
[はいはい、分かってます]
[前向きに考えてますから、ご心配なく]
郁子ちゃんは母からの電話で、今度の日曜日見合いをする事を知らされた。
母はと言うより先方はこの見合いにかなり乗り気で、早くも式場の事まで向こうは頭に入っているようだった。
[ふぅ・・・・]
郁子ちゃんはまだお見合いを引き受けてしまった事を、心のどこかで後悔している・・・。
そんな様子であった。
~翌日の夜 五代君のマンション~
[ええ!?]
[あなた正気なの???]
突然響子さんが驚きの声を上げた。
[ああ、時間が全然と言っていい程に無いしね]
[少し荒っぽい手段だとは思うけど]
[響子も何とか手伝って欲しいんだ]
[もちろん他にも頭数が結構大勢必要なんだけれども]
五代君は、自分の企画した賢太郎君救出作戦のプランを響子さんに話していた。
[確かに郁子ちゃんもお見合いの話・・・]
[本人もあんまり乗り気じゃないのは、手に取るように分かったし・・・]
[あたし自身、賢太郎君との方がお似合いのように思うのも事実なのよね]
[けど・・・]
[ホントにいいのかしら?]
[“”そんな事””しちゃって?]
響子さんは五代君の作戦を聞き、”“そんな事””と驚いてしまった。
響子さんを驚かしてしまうような作戦とは?
~~郁子ちゃんの・・お見合いの日はもう間近に迫っている~~
以下、次回