~郁子ちゃんのお見合い当日 都内某一流ホテルのレストラン~
[ホホホホホ、今日はまた良いお天気で]
[絶好のお見合い日和でございますわね]
声も高らかに笑うのは、このお見合いの仲介者である、郁子ちゃんの母の友人である。
去年の秋頃、郁子ちゃんの母が、自分の娘がなかなか嫁にいけなくて悩んでいるのをこの友人に漏らした所、見合い相手探しを買って出たのだ。
まあ、どこにでもいる、
“”“お節介で世話好きなおばちゃん”“”の余計なお仕事ではある。
[初めまして、大塚哲郎です]
テーブルを挟んで、大塚と名乗る男と、その両親と、郁子ちゃんと郁子ちゃんの両親、そして真ん中の位置に、“おせっかいおばちゃん”が鎮座していた。
[初めまして、音無郁子です]
少しばかり固い笑顔で郁子ちゃんは自己紹介をした。
[ほほほほ、音無さん、この大塚さんはね、あの四友商事の商社マンなのよ!]
[去年赴任されていたイギリスからお帰りになったばかりザマスのよ!]
[お歳も今年で40歳と、まさに男性として脂の乗った素敵な時期]
[もう、こんなに素敵な殿方、鐘や太鼓を鳴らしても見付かりませんわよ!]
“お節介おばちゃん”は頼んでもいないのに、大塚が如何に素晴らしい経歴の持ち主であるかを披露してくれた。
更に本人からも・・・。
[ま、少しオーバー過ぎる紹介のようですが、私はイギリスに5年、中国に3年ほど赴任しておりました]
[そして今回ようやく日本に根を下ろせそうで、今度の人事異動で、欧州食糧課課長の内示も得ています]
[郁子さんに不自由な思いはさせない自信はありますよ?]
大塚はいかにも商社マンといった感じが少し鼻につくようなタイプであった。
そう、如何にも“俺が嫁をもらってやる”という高慢ちきな態度である。
[家の“哲郎ちゃま”はね、若い頃から将来を期待された、私たち夫婦の大事な息子でございますのよ]
大塚の母は息子を“哲郎ちゃま”と、何か嫌な感じの呼び方をした。
“も、もしかして、この人マザコン?”
郁子ちゃんは大塚の母親の言動に呆れた。
その後、食事となり、両家の間で一応対面上は和やかに会話が交わされたのだが・・・。
“それにしてもこの人、自分の自慢話しかしないわね”
郁子ちゃんは大塚の身勝手で一方通行な自慢話にうんざりとしていた。
それでも郁子ちゃんの両親は、結婚相手の条件としては申し分ない男なので、黙って大塚のうんちくを聞いていた。
“はぁぁ・・・帰りたいなあ”
郁子ちゃんはどうやらこの大塚が全然お気に召さないご様子。
いや、それだけではない。
“賢太郎君・・・今頃何してるかなぁ・・・”
賢太郎君の事がチラチラと心を横切っていた。
それでも“”“お節介で世話好きなおばちゃん”“”は容赦が無く、
[それじゃ、そろそろ年寄りは席を外して、若い人たちだけで]
強引に大塚と郁子ちゃんのツーショットを作ろうとしていた。
“会食の場”が大塚の独演会のように進行し、全然盛り上がっていないにも関わらず、強引に。
何とかこの二人を纏めてしまいたいのだろう、おばちゃんは。
“ええ!ちょっと、そんな!”
“この人と何を話したらいいの?”
おばちゃんの強引な進行に慌てる郁子ちゃん。
―そこへ!―
[パパ、お帰りなさい!]
大塚に向かって三人の高校生風の、可愛い女の子たちが駆け寄って来た。
[だ、誰だ!き、君たちは!]
突然の事に驚く大塚。
[いやですわ、あなた]
[自分の“妻と娘たち”をお忘れですの?]
そこへ一人の女性が現れ、大塚の妻だと名乗った。
[ちょっとどういう事ですか大塚さん、これは?]
[あなたはあたしたちをからかってるんですか?]
郁子ちゃんの母が烈火の如く猛反撃。
[し、知りません、僕はこんな人たち知りません!]
[誰なんだおまえらは!]
[とっととこの場から失せろ!]
突然現れた、妻と子だと名乗る人たちを怒鳴り散らし、更に大塚は乱暴に妻と名乗る女性の腕を掴もうとしたその時、
“バシャ!”
[アチィィィィィィィィ~~!!!]
[あ、どうも、失礼しました]
[お茶お持ちしたんですがね]
大塚のすぐ近くにいた中年男性のウエイターが大塚に、“どう見てもわざと”お茶をかけ、
更に、
[デザートお持ちしました~・・・・っっっっっととと!]
“ガッッシャアアアア~~ン!!!!”
デザートを持ってきたウエイトレスが、“これまたどう見てもわざと足を滑らせ”、テーブルの上をメチャクチャにした。
[貴様~~~!なんて事をするんだ、この私に!]
[責任者を呼べ!]
[貴様とお茶を俺にかけたやつは、揃ってクビにしてやる!]
[俺は四友の大塚だぞ、無礼者めが!]
大塚は乱暴にウエイトレスの腕を掴んで恫喝した。
すると、腕を掴まれたウエイトレスはにやりと笑い、郁子ちゃんにこう言った。
[見たでしょ、郁子ちゃん?]
[こいつの“本性”を]
[優しさや思いやりの欠片らすら持たない最低の男の姿を!]
[こんな男止めときな!]
[表に“あんたに似合いの男”が待ってるよ]
[え!?あ、朱美さんですか?]
[じゃあさっきのウエイターさんはもしかして・・・]
[そんな事はいいからさっさと行きナってば!]
“朱美さん”と思われるウエイトレスは、郁子ちゃんの背中を思い切り押した。
[は、はい!]
郁子ちゃんは走り出した。
[ちょっ、ちょっとマテ!]
[うわ!]
[は、離せぇぇぇぇぇぇ!!!]
[お客様、おズボンが濡れているのでお拭きしましょう]
“怪しいウエイター”は、見事に大塚をブロック。
[あ~あ、パパって最悪!]
[ママ、帰ろう!]
その光景を見た、大塚の妻と子と名乗る人たちもその場を悠然と後にした。
[い、郁子、待ちなさい!]
郁子ちゃんの後を郁子ちゃんの母は追いかけようとしたが、
[止めときな]
[行かせてやりなよ]
[あの子の選ぶ男は、あたしは間違ってないと思うけどね?]
[少なくとも・・・“こんな奴より”は絶対にね]
“朱美さん”と思われるウエイトレスは行く手を阻んだ。
あんたの娘の選択は間違ってないよと。
[ママ~~熱いよ~~!]
[哲郎ちゃんしっかり!]
どうしようもない親子の関係が目の前に広がる。
“”“お節介で世話好きなおばちゃん”“”は白目を剥いて気絶している。
お見合いはもう完全に崩壊した。
[はぁ・・・]
[そうね、あなたの言う通りかも知れないわね]
[だけど、あなたは一体どちらさまで?]
大塚の余りにも情けない姿を目にした郁子ちゃんの母は、
流石に諦めが着いたようで、“怪しいウエイトレス”の言うことに頷いた。
[ちょっとあなたに会わせたい人がいるんですよ]
“朱美さん風”の“怪しいウエイトレス”は、郁子のちゃんの母を、別室へと案内した。
ホテルのラウンジへ案内された郁子ちゃんの母は唖然とした。
そこで待っていたのはなんと・・・。
[こんにちは、お義姉さま]
[今回はかなり手荒な真似をして申し訳ありませんでした]
響子さんだった。
そしてその周囲には、
“謎のウエイター”をしていた四谷さん、
大塚の妻と子を演じていた明日菜さんにその3人の娘たち。
それに三鷹さん、五代君、
最後に・・・・。
一の瀬夫妻の姿があった。
もちろん“怪しいウエイトレス”も朱美さんだった。
響子さんは五代君と郁子ちゃんたちの事で相談した後、郁子ちゃんの母に電話をし、お見合いの相手の事や、場所と日取りを聞き出し、今回の作戦を実行に移したのだ。
作戦の立案は亭主の五代君だが、作戦を実行してくれる人たちへのお願いは、主に響子さんが行った。
ラッキーだったのは、見合いに設定されたこのホテルが、三鷹さんの親戚が経営していた事で、いくらでもわがままが言えた事。
だからあれだけの大騒ぎをしてもホテルの“本物のスタッフ”は、誰一人として駆けつけて来なかったのだ。
明日菜さんとその娘たちを引っ張り出したのは三鷹さんのアイデア。
春香ちゃんだと音無家に顔が知られているため、すぐに嘘がばれてしまうだろうと、明日菜さんたちに一芝居演じさせたのだ。
何はともあれ、この場に集まった人たちの願いはひとつ。
“郁子と賢太郎、二人を結ばせてやりたい”である。
今回の企みの事情を郁子ちゃんの母に説明する響子さん。
見合いを壊され、いい気分がするはずもない郁子ちゃんの母だったが、周囲にいる郁子ちゃんを思う人たちの熱意とそして・・・。
[お初にお目に掛かります]
[今回のバカ騒ぎの“主催者”の一の瀬と申します]
[やだ、一の瀬さん、今回の事はあたしたちが勝手に・・・]
[管理人さんは黙っていておくれ!]
一の瀬さんが郁子ちゃんの母の前に現れ響子さんを制し、自分が今回の騒ぎの主催者だと名乗り、
[すいません、全て私の責任です]
[先方様へのお詫びも含めて、私たち夫婦で何もかも償わせて頂きます]
[ですから、ひとつだけ、ひとつだけ]
[この“バカで、酒を飲む事しか能のない”奴の、わがままを聞いてはもらえないでしょうか?]
[何とか・・・・]
[何とか・・・・]
[お宅のお嬢さんと、家のバカ息子のお付き合い・・・]
[認めてやってはくれないでしょうか?]
郁子ちゃんと賢太郎君の付き合いを認めてやって欲しいと、その場で何と、土下座した。
その場に一瞬張り詰めた空気が漂った。
そして郁子ちゃんの母は一の瀬さんの必死な姿を見て。
[お顔を上げて下さいな、一の瀬さん]
[別にそんなに気に病むことはありませんよ]
[元々このお見合いは私の友人にゴリ押しされて実現したものですし、実際お会いしてみたら、確かに郁子のお相手の方・・]
[社会的には申し分のない方でした]
[ですが・・・]
[人として、一家の主になる男性としては・・・]
[とても娘を嫁がせる気にはなれませんでした]
[ですから、別にこのような騒ぎがなかったにしても、このお話は断るべきだろうと考えてました]
土下座している一の瀬さんの顔を上げさせ、今回の見合いが失敗に終わった事を別に後悔してはいないと言った。
[お宅の息子さん、賢太郎さんと言ったかしら?]
[郁子が小さい時、よく口にしてましたわ]
[息子さんのお名前を]
[数日前、郁子にお見合いの日取りを告げに電話した時、何となく様子が変だと感じたのは、賢太郎さんの存在があったからなのですね]
[もう郁子もいい大人です]
[どんな方とお付き合いしようと、私が口を挟む事もないでしょう]
[そのうち・・・]
[ぜひとも息子さんにお目に掛かりたいですわ]
[じゃ、私は主人を待たせてますし、先様もご立腹でしょうから戻ります]
郁子ちゃんの母は、五代君が郁子ちゃんの家庭教師をしていた当時、一刻館に遊びに行った時の事を、家に帰り楽しそうに話していたのを記憶していた。
その中に頻繁に登場する名前が“賢太郎君”だった。
郁子ちゃんの母は、もう娘もいい大人なのだからと、二人の交際を暗に認めた。
そして賢太郎君に会ってみたいとも。
一の瀬さんに話し終えた郁子ちゃんの母は、騒ぎの現場と化したレストランへと戻って行った。
[結果・・・オーライですね、響子さん?]
今回の作戦で色々と骨を折ってくれた三鷹さんがにこりと笑った。
[すいません、本当に]
[明日菜さんたちまで引っ張り出しただけじゃなくて、ホテルの方も引っ掻き回しちゃって]
三鷹さんに頭を下げる響子さん。
[イヤイヤ、家の奴も娘たちも、結構楽しんでやってましたよ、な?]
そんな事はないと明日菜さんに同意を求める三鷹さん。
[ええ]
明日菜さんも、隣にいた娘たちも、にこやかに笑っていた。
[僕らが手助けできるのはココまでです]
[後は・・・本人たちの気持ち次第ですね]
三鷹さんが言うように、ここから先、どうなろうが、後は郁子ちゃんと賢太郎君次第なのだ。
そして、そのホテルを二人は上手く脱出することが出来たのだろうか?
以下、次回