“タタタタタタタ!”
“もしかして待ってる人って・・・”
郁子ちゃんはお見合いの場を抜け出し、ホテルの玄関へと走っていた。
“グイイ~~ン”
玄関の自動扉が開くとそこに待っていたのは・・・。
[郁子ちゃん!]
[来てくれたんだね!]
やはり、賢太郎君だった。
[さ、俺の車に乗って!]
[うん!]
二人は早速賢太郎君の車に乗り込みホテルから脱出した。
[良かったのかな・・・]
[俺・・・郁子ちゃんの大事なお見合いメチャクチャにしてしまって・・・]
ハンドルを握りながら、賢太郎君は本当にお見合いを壊してしまって、本当にそれで良かったのか考えていた。
[どうしてそんな事言うの、賢太郎君?]
[もしかして後悔してるの?]
[あたしのお見合いを台無しにした事・・・]
一瞬不安な表情を見せた郁子ちゃん。
それをチラリと見た賢太郎君は、
[こ、後悔なんかしてないさ!]
[俺はどうしてもこのお見合いを成功させたくなかった]
[い、郁子ちゃんを、他の男になんか渡したくなかった]
[だから・・・後悔なんてしてないよ]
郁子ちゃんを不安にさせてはいけないと、力強く後悔してないと言い切った。
郁子ちゃんを他の男には渡したくないからと。
[あたしもね、賢太郎君]
[お見合いの最中、賢太郎君のことが頭に浮かんだの]
[何故か・・・自然とね]
[だから・・・]
[お見合いの相手が例えどんなに素晴らしい人だったとしても、お断りするつもりだったわ]
郁子ちゃんもお見合いの最中、賢太郎君の事を考えていたと恥ずかしそうに白状した。
賢太郎君はしばらく車を走らせると、公園の近くに車を停めた。
[ふぅ、少し落ち着いてきたよ]
[あたしも]
“”“[あははははは!]”“”
二人とも流石にお見合いをダメにした事が頭をもたげ、なかなか落ちつかなかったのだが、見合い会場のホテルからある程度離れると、急に緊張が解け、お互いに顔を見合わせて笑った。
そして二人は仲良く、偶然訪れた公園内を歩いた。
[ホラ、この公園鳩が飛んでるよ]
[お天気もいいしよかったね、郁子ちゃん]
[良いお天気ね、本当に]
[うん、雲ひとつ無い青空だよ]
郁子ちゃんと賢太郎君は、取り止めのない会話に終始していた。
が、郁子ちゃんの心の中は・・・。
“んもう!”
“せっかくお見合いをメチャクチャにしてまであたしを連れ出したのに、”
“何でこんな会話になっちゃうのよ?!”
何となく煮え切らない態度の賢太郎君にやきもきしていた。
賢太郎君は賢太郎君で。
“ど、どうしよう、俺”
“ここまでは段取りどおりに行ったけど・・”
“郁子ちゃんになんて言ったらいいんだろう?”
次の一手が決まらず焦っていた。
そして賢太郎君はしばらく考え込んだ後・・・。
[あの、郁子ちゃん、この前二人で行った海沿いの公園に行かないか?]
[話したいことがあるんだ]
どうやら勝負に出る覚悟を決めたようだ。
[うん、あたしも・・・]
[賢太郎君に話しておきたい事があるの]
お互いの思惑を胸に、賢太郎君の車は海を目指した。
☆そして公園に到着した二人はベンチに座り、海を見ていた☆
[話ってなあに?]
[賢太郎君?]
公園に着いてから、一言もしゃべろうとしない賢太郎君に、痺れを切らした郁子ちゃんが言った。
[ん、うん、あの・・・]
[俺さ、実はさ、・・・]
[この前郁子ちゃんが俺の職場に来た時、チーフだって大見得切って言ったけど・・・]
[実はまだアルバイトの身分で、今度ようやく正社員になれる段階なんだ]
[それで、やっとチーフの称号がもらえるかどうかの立場なんだよ]
[社会人としても、一人の大人としても、中途半端で・・・]
[郁子ちゃんを連れ出すような資格のない男なんだよ・・・]
賢太郎君は重い口を開き、実は自分はまだアルバイトの立場で、チーフはまだ先の話だと本当の事を打ち明け、そんなアルバイトもどきの半端な人間が、
見合い相手を蹴散らして、郁子ちゃんを奪うような資格はないと悲しげに話した。
[な~んだ、そんな事か]
[あたし別にアルバイトだからとか、正社員だからとか、気にしないし、仮に好きになった人が、無職だったとしても、驚いたりはしないわ]
[働きたくなくて遊んでる人は駄目だと思うけど、少なくとも誇りを持って一生懸命働いている人、本当に凄く真剣に頑張っている人って世間が見放さないよ。あたしだって社会人の端くれだもん。それ位分かるよ]
[賢太郎君はあたしが男の人を、収入や、社会的立場や、見た目で選ぶと思ってるの?]
[もしそう思ってるのなら・・・]
[あたし、悲しいな]
郁子ちゃんは賢太郎君が気にしている事は、
あまりにも小さく、仮に好きになった人が無職だったとしても、好きな人は好きだと言った。
[い、いや、そんな訳じゃないよ!]
[郁子ちゃんがそんな人じゃないって事、わかってるさ!]
[ただ、俺・・・、自分に自信無くて]
[郁子ちゃんと釣り合いが取れないような気がして・・・]
賢太郎君は弱気の虫に支配されていた。
それを聞いた郁子ちゃんは・・・。
[あたし・・・]
[賢太郎君が思ってるような、いい女なんかじゃ・・ちゃんとした女じゃないよ]
[あたしも賢太郎君に話しておかないといけない事があるの]
[あたしね、賢太郎君]
[不倫してた事があるの]
[前の会社の人と]
不倫していた事実を初めて告白した。
そして、さらに郁子ちゃんはこう続けた・・・。
[それだけじゃないわ]
[大学の時は三角関係]
[女友達と彼氏との間で、ドロドロの展開になったりしたこともあるし・・・]
[あたしね、きっと、恋愛ベタなのよ]
[だからちゃんとしたお付き合いというか、こうやってね、胸を張って・・]
[お日様の下を堂々と歩けるようなデートって、今までにね・・実はした事なかったんだ]
郁子ちゃんは過去、どんな男と付き合っていたのか包み隠さず賢太郎君に話した。
だがその表情に暗い影など微塵も感じ取る事はできなかった。
[どう、賢太郎君?]
[これでも不釣合いだとか言える?]
[釣り合うとか、釣り合わないとかって、誰が決めるの?]
[響子おばさまと、五代のお兄ちゃんの時だって、他人はみんな絶対に””不釣合い””だってすっごく批判してたの知ってるでしょ]
[響子おばさまはお兄ちゃんよりも2つ年上で、さらに未亡人だったから今で言う“バツイチ”というハンデまで付いて。本人の責任じゃないけど色々と遠慮してお兄ちゃんとの新しい恋に臆病になってしまって]
[お兄ちゃんはお兄ちゃんで就職浪人までしてしまうし。アルバイトしながら保父を目指したのはいいんだけど、その試験にもまだ受かっていなかったしね]
[どう見てもライバルの三鷹さんの方が、経済的にも見栄えも年齢も世間一般で言う“釣り合い”が取れるわよね?本当にそれこそ美男美女の絵になる、お似合いのカップルだってね?]
[それでもね、おばさまは五代のお兄ちゃんと恋人同士になって結婚したのよ。お互いが本当に真剣に・・・大好きだからって理由でね]
[そして20年近く経ったけど、今でもすっごく幸せって響子おば様は言っているわ。信じられないくらい、ありがたい、嬉しいって・・ホントに大好きって想っているって、もちろんお互いにね]
[五代のお兄ちゃんは・・当時お金なんてホントに無くて就職も最初上手くいかなくて何にも持っていなくて・・・]
[有ったのは響子おばさまへの真剣な気持ちと愛情だけ。だけどその心が凄かったんだよね]
[未亡人だった過去なんて何にも全て気にしない、何にも変わらなくてそのままでいい、気を遣って変える必要もない、普段着の響子さんでいいから・・そんなあなたが好きなんですなんて]
[口で言うのは簡単だし、大して斬新な台詞とも思わないけれど・・・本気で実践して嘘偽りが全然無かったから・・それが本心だったから五代のお兄ちゃんは響子おば様っていう素敵な女性の心を掴めたんだよね]
[でもそのね・・響子おばさまが未亡人になってしまった時って、あたしたち音無の家族しか知らないけど本当に凄く悲しそう・・ううん、本当に物凄く悲しんでいた。あたし小学生だったけれど子供心にも見ていて辛かった。そしてあたしが成長するにつれ・・]
[もっと良く気持ちが分かるようになって・・おばさまが亡くなった惣一郎おじさまのこと本当に好きだったことも理解できるようになって。だからおばさまはもう再婚しないんじゃないかって・・あたしたち家族はとっても心配もしていたの]
[響子おばさまって素敵だし上品だしとっても綺麗だから・・接近してくる男性って色々いたけれども、おばさまの亡くなったおじさまを大事に大切にする気持ちをちゃんと分かってあげられる人なんて現れなかった。そんな男性って居ないのかもなんてあたしも思ってた]
[だけど・・・五代のお兄ちゃんっていう男性が現れて出逢えて、初めて響子おばさまの本当の心根を理解して納得して本気で包み込んでくれたのよ。だから・・響子おばさまも五代のお兄ちゃんのことが好きになって愛し愛されるようになって恋人に・・夫婦になれたのよね]
[そしてそれから・・今でも五代のお兄ちゃんは奥さんの響子おばさまのことを昔と同じかそれ以上に・・自分自身よりも大切にね、大事にしてくれているって]
[おばさまも旦那様の世話を色々と焼くのが今もとっても楽しいって・・愛妻弁当とかその他もね。そしてそのご褒美にって、五代のお兄ちゃんはいっつも響子おばさまをぎゅっと抱き締めて、髪の毛をね・・大好き愛してるって丁寧に優しく撫でてくれるのよって言ってたわ]
[あんなに素敵な女性の響子おばさまが旦那様に求めていることって・・いつも一緒に居て、傍に居てくれて、寂しい気持ちになんてさせないこと・・それだけなのよ。そして五代のお兄ちゃんは響子おばさまの望みを本当に理解して分かっているのよね]
[だからあの二人って・・・お互いに男女を、幸せになれる結婚相手を見る目が・・相思相愛の相手を見抜く目が有ったのよ]
[それに結婚してみて改めてね、お互いに想像以上に相手のことが大好きだってことが分かったんだって・・二人とも結ばれる前に何年も喧嘩して仲違いしても離れたりせず一緒になれたことが今でもとっても嬉しくて嬉しくて仕方ないんだって・・・ホント羨ましいよねえ]
[そうだからこそ周囲が何と言おうと・・何にも関係なんか無いじゃない!]
[付き合っている本人同士が気にしなければ、他人が気付かない所を気に入って、好きになって愛して幸せな気持ちになれるんなら、それでいいんじゃないの?]
[ね?]
郁子ちゃんは五代君と響子さんが結ばれるまでの紆余曲折な出来事を引き合いに出し、自分たちが愛し合ってさえいれば、それでいいんだと賢太郎君に熱く語りかけた。
[そうだよね、郁子ちゃん]
[俺、すごく小さい事を気にしてたみたいだよ]
[お互いがちゃんと信じて・・信頼して愛し合ってさえいれば、他に何もいらないんだね]
[五代のお兄ちゃんと管理人さんみたいに、あんな身近な実例があるのにね。当時は俺も子供だったからそんなによく分からなかったけど、多少は大人になってから考えてみると、あの二人って本当に凄いよね]
[とんでもない障害物だらけで、しかもお兄ちゃんのライバルは強豪過ぎて、経済的にも世間の評価も比較も出来ないくらい立場が悪かったのに全く諦めないで。5年も6年も掛かったけど、本当に相思相愛の夫婦になれて。・・・ある意味、理想だよね]
[今回のこと・・郁子ちゃんとのことで色々と相談しても五代のお兄ちゃん、やっぱり本気で親身になってくれて動いてくれたし・・・心が本当に広いなって思う。お兄ちゃんにとって何にも得になんてならないのにね]
[ただの同じアパートの知り合いだった俺にだってこんなに優しいんだから、きっと・・・愛する奥さんの管理人さんに色んな面で多分びっくりするくらい予想外に物凄く優しいのも理解できるよ。だから管理人さんも嬉しいんだなって素直に想像できる]
[それに大人になって本人から話を聞いてやっと理解できて・・分かったんだけど]
[うん、今さっき郁子ちゃんも知っていて言ったとおり・・・五代のお兄ちゃんって管理人さんと結婚どころか恋人になる前からずっと・・]
[未亡人だった管理人さんの心根とか気持ちが好きだからそれを優しく守りたい、だから・・・そして本心から本当に気持ちを守っていたんだなって。普通そこまで出来るのかなって思うけど、それは本気で真剣に好きだからこそ出来たんだと思う]
[他人にどう思われようと好きな人の為にとことん頑張れるか、ずっとね思いやれるかが凄く大事な事だって]
[俺、決心ついたよ]
[郁子ちゃん、俺と・・・]
[結婚を前提にお付き合いして下さい!]
賢太郎君はついに自分の気持ちをストレートに言葉にした。
<一瞬、二人の周囲だけ、時間が止まった>
“サワサワサワサワ・・・・・”
日が傾きかけた公園は、海風の吹きぬける音だけが通り過ぎてゆく。
郁子ちゃんは賢太郎君の言葉に小さく頷き・・・。
[ハイ]
たった二文字、“YES”の答えを出した。
二つの陰は一つとなり、
二人は少し遅めの春の予感を感じ取っていた。
以下、次回