※この作品はR-18です。

めぞん一刻 二次小説 流れる季節の中で   作:今津晶

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第42話  最終話 流れる季節の中で

3月も半ばを過ぎ、一刻館はとても慌しかった。

 

[それはどうするんだ?]

[こんなもん田舎に持っていってもしょうがないだろ?とうちゃん?]

一号室では一の瀬夫妻がそろそろ田舎へと向かう準備のため、荷物と部屋の整理が始まり、何かとバタバタせわしなかった。

 

―そして去就が注目されていたある人物の部屋に異変があった!―

 

“パタパタパタ・・・”

 

[最近そう言えば四谷さん・・どうしてるのかしら?]

 

“コンコン”

 

[四谷さん、四谷さん、いらっしゃるんですか?]

[まだ今月になって一度もお見掛けしてないですけど、今後どうされるのかお聞きしたいので、開けますよ?]

 

そうなのだ。

四谷さんはここ数週間まったく一刻館に帰ってきた形跡が無いのだ。

四谷さんが最後に目撃されたのは、郁子ちゃんのお見合いをぶち壊すために、一刻館関係者が集まった時が最後だ。

 

[・・・・・・・・・・・・・・・・・]

四号室から返事はない。

 

[取り敢えず開けますから!]

 

“ガチャ!”

 

響子さんは中から返事がないので合鍵を使ってドアを開いた。

 

[・・・・・・・・・え?]

 

響子さんはドアを開いて絶句した。

 

“ガラ~ン”

 

[ど、どういう事なの?]

[も抜けの空じゃない?]

 

そう、部屋の中は見事なまでに空っぽだったのだ。

荷物は何一つ残っていなかった。

 

[四谷さん・・・どういうつもりなのかしら?]

[困ったわ・・・本当に]

[一回戻るか、取り敢えず]

[・・・・・・ん?・・・これは???]

 

四谷さんの理解不能な行動に、とりあえず管理人室に戻ってどうしようか考えようと思った響子さんは、振り向いたドアの内側に張られていた一枚の張り紙と、封筒を発見した。

 

***管理人さんへ***

 

*突然姿を消してしまう事お許し下さい。

*しばらく旅に出ます。

 

*私は今の古めかしい趣のある一刻館が好きでした。

*住人同士の結びつきが家族のようにとても強い一刻館が。

*だからこそ、何十年も変わる事なく、住み続けて来たのです。

 

*管理人さんのお話ですと、今度の一刻館はかなりドライで近代的な物になる由。

*その様に余りに現代的で、隣の人の顔を見るのにも、気を遣ってしまうような環境には私、馴染めそうにありませんので。

 

*だからと言って、別に改築する事を否定する訳ではございません。

*建物も老朽化し、今の人たちから見ると魅力のない、“時の止まったような”物件にしか映らないでしょうから。

 

*今月一杯までは、まだ私も住人ですので、家賃置いていきます。

*私は管理人さん、それに五代君たちと出会えて本当に幸福でした。

 

*長い事お世話になりました。

 

**四号室 四谷**

 

 

[四谷さん・・・]

 

張り紙を見ながら響子さんは、四谷さんとの一方的な突然の別れに・・・涙が溢れ出してきた。

 

 

~管理人室~

 

[そうかい、四谷さん、やっぱり出て行くのかい]

来る者がいれば、去る者もいる。

これは世の必然なのだろうか?

一の瀬さんは特に驚いた様子はなかった。

 

[あたし・・・間違ってますでしょうか?]

一の瀬さんが去り、そして古株の住人四谷さんも去る。

管理人の響子さんから見れば、昔からの住人を体よく追い出してしまった感じがして、胸が痛むのだ。

 

[間違ってなんかいないさ、管理人さん]

[それどころか、よくぞここまであたしたちに付き合ってきてくれたよ]

[他所のアパートなら・・・とっくの昔に追い出されてるような不良住人にね]

一の瀬さんは響子さんに愚痴のひとつでも言うどころか、自分たちのような扱い辛い、不良住人に気持ちよく接してくれたと、響子さんの長年の労をねぎらったのだ。

 

[一の瀬さん・・・ありがとうございます]

響子さんはただ、一の瀬さんの言葉が何よりも嬉しくて、またしても涙ぐんでしまった。

 

[そんな顔止めなよ、管理人さん]

[言ってるあたしが恥ずかしくなるじゃないかい]

[それにしても・・・本当に長い事世話になったよ]

[この一刻館、そして、時計坂に]

[もう来週には取り壊し始まるんだろ?]

[時の経つのは早いねえ・・・ホント]

 

もう来週には取り壊しが始まってしまう一刻館。

一の瀬さんは管理人室のガラス戸から、この一刻館で送って来た季節を思い返していた。

 

~その日の夕方~

 

一の瀬夫妻はこっそりと本人には何も告げずにお忍びで、賢太郎君の職場見学に向かったため夜まで帰らない。

ひとり管理人室には響子さんがいた。

 

当然ながら、一刻館が取り壊されると言う事は、一刻館の住人たちが泣いたり笑ったりした、“管理人室”もなくなってしまう。

だから管理人室の整理をしていたのだった。

 

[ここともついにお別れか・・・寂しいなあ・・・]

響子さんは荷物の整理をしながら、そのひとつひとつの思い出を甦らせていた。

 

茶碗、湯のみ、ポットに、テレビ。

そして外には旧式だけど、頑丈で、一度も壊れる事のなかった洗濯機。

どれもこれも、響子さんと、一刻館を見詰めてきた生き証人たちだ。

 

“ガチャ”

 

その時管理人室の扉が開いた。

 

[どうだい、響子?]

[荷物の整理はついたかな?]

やって来たのは夫の五代君だった。

 

[あなた、どうして?]

ビックリしたのは響子さんだった。

 

[ああ、手伝える事があればと思ってね]

[保育園を少し抜けて来たんだ]

 

[そう、ありがとう]

五代君は響子さんを手伝うため、保育園を抜けて来たと言う。

 

[でも、もう特にこれと言って無いわ]

[元々大きいものは置いてなかったし]

[洗濯機はさすがにもう年代モノだから処分するしかないわね]

せっかく手伝いに来てくれたのは嬉しかった響子さんだが、生憎ほとんどの整理はついていた。

 

そして響子さんは閃いたように、せっかく夫の五代君が時間を割いて来てくれたのだからと、ひとつ、面白い事を提案した。

 

[・・・そうだ、最後にふたりで一刻館の中を見て歩かない?]

[もう、こんな機会も無いでしょうから]

[あなたとあたしが出会ったこの一刻館を、目に焼き付けておきましょ?]

 

[ああ、それは良い考えだね]

五代君もその言葉に反応して賛同し、響子さんとまず2号室、3号室と見て回り、そして二階へと向かった。

 

[ここ、四号室]

[いつもあなた、四谷さんにたかられていたわね]

五代君が学生の時を思い返し、響子さんは笑った。

 

[誰のお陰でたかられたと思ってるんだい?]

[四谷さんが響子にある事ない事、話してやるとか言うから・・・]

こずえちゃんとデートした、八神とどうしたetc・・etc・・・。

当時五代君は四谷さんにいいようにあしらわれていた。

 

[本当に“ある事ない事”だったの?]

少し疑惑の目で夫を見る響子さん。

 

[ほ、本当だよ、四谷さんの完全な作り話だよ!]

少し冷や汗を掻く五代君。

 

[ふふふ、昔の事だから、もう覚えてないわ]

それを微笑みで返す響子さん。

二人はまるで、管理人と大学生の関係に戻ったよう。

 

[ここが、朱美さんが使ってた六号室]

[そして最後に・・・]

 

[あなたとあたしの思い出がたくさん詰まった・・・]

[五号室]

 

“カチャ”

 

響子さんは感慨深そうに五号室の扉を開いた。

 

[懐かしいなあ・・・・]

[俺がここを出ていってから、こうして五号室に入るのはいつ以来だろう?]

 

自分が住んでいる時、どんな人が出入りしたのだろう?

朱美さん、四谷さん、一の瀬さん、二階堂は頼まれなくても入って来たし、幼い日の郁子ちゃんに賢太郎君、悪友の坂本、こずえちゃんに八神さん、そして・・・。

愛する妻、響子さん。

五代君は住人だった頃を思い返し、がらんとした何も無い五号室を見て呟いた。

 

[あなたとあたしの歴史が始まったのが・・・]

[ここなのよ、あなた]

 

あの頃はまだ年下の頼りない浪人生だった五代君。

響子さんはそんな五代君を、最初は全く一人の男性として見る事は無かった。

 

だけど・・・・。

 

それがひとつ季節を重ね、年を重ねる事に距離は縮まり、いつしか二人は結ばれた。

様々な苦難と試練を乗り越えて。

 

[響子]

[俺、本当に・・・]

[君と出会えて本当に良かったと思う]

[この一刻館で]

 

[あたしも]

[あなたに会えて、本当に・・・・本当に良かった]

 

2003年3月の穏やかな夕暮れ時。

二人が出会った日からもう二十数年の月日が流れた。

 

翳り行く部屋の片隅で、五代君と響子さんはさり気なく寄り添い、長い季節の想いを重ね合わせた。

そうしてごく自然に正面から抱き締め合うと目を閉じて愛惜しく長いキスを交す・・・。

 

心の奥底から愛し合う二人にとって一刻館は思い出があり過ぎた。

 

初めて挨拶をして言葉を交し・・何度も何度も痴話喧嘩を派手に繰り返し・・・でも初めてキスを交したのも・・・初めて結ばれたのも全てが一刻館であった。

 

出会ってから6年を掛け、ようやく結婚して新婚生活を始めたのもこの一刻館の管理人室だった。

 

相思相愛の二人きりとはいえ6畳一間で風呂無しトイレは共同・・・本当につましくてささやかな夫婦の生活。必要最低限の家具以外に何も無かった。

 

でも二人で居るだけで・・・一緒に過ごせば過ごすほど数え切れないくらい愛し合う度にお互いに大好き、愛しているという気持ちが深まり心から支え合った・・・素晴らしく愛情に溢れた日々が続いた。

 

響子さんにとっては五代君が、五代君にとっては響子さんが居るだけで大満足で・・他に特に何も欲しいとは思うことはなかったから。

 

・・・そして翌年には一人娘の春香ちゃんが誕生してそれ以降は3人での暮らし。夫婦で子育てに追われたが幸福な気持ちしか記憶には無い。

 

家族3人水入らず、愛する子供と暮らすだけで響子さんも五代君も満ち足りていた。

 

結婚10周年を過ぎて近所のマンションを購入することが出来て転居するまでずっとここで暮らしていたのだ。

 

取り壊されて建物が消えてしまっても、二人の気持ちは・・懐かしくて幸福な数多くの思い出は決して色褪せずに消えたりしない。

 

これからも二人の間で幾度も幾度も素敵な思い出の話として繰り返されるであろう。

 

ここで生後間も無い頃から過ごして育った愛娘の春香ちゃんとの記憶と共に・・・・。

 

 

 

 

**一刻館サヨナラお別れパーティー**

 

*日頃皆様に愛されてきました一刻館は、2003年夏を目途に、新しい建物に生まれ変わる事になりました。

 

*現在の趣のある建物は、亡き義父から譲り受けたという、私にとってとても意義深い建物でありました。

 

*しかし、維持管理が今後非常に難しい事と、今の賃貸アパートのニーズとあまりにかけ離れている現実を考え、今回の決断に至りました。

 

*つきましては、この旧一刻館がなくなるのをしのんで、一刻館お別れパーティーを催したいと思います。

 

*当日はアパート全館を開放して、つまらない宴席などを設けさせていただく予定です。

 

*日頃何かと皆様方お忙しい事と存じますが、お暇な方はぜひともお顔を出していただけたら、管理人として、とてもうれしく思います。

 

**3月吉日 管理人 音無響子**

 

このような書面を響子さんは、“音無響子”名義で、今まで一刻館や、五代君、響子さんたちと縁のあった人たちに送った。

 

~サヨナラお別れパーティー当日~

 

春も本番。

時計坂は暖かな風が吹き抜け、桜の花も見事に咲き誇っていた。

 

[いらっしゃいませ、ようこそ、さ、奥へどうぞ!]

響子さんは玄関先で来客の応対をしていた。

案内状を出したほとんどの人が訪れ、一刻館は久し振りに最盛期の賑わいを取り戻していた。

 

[わははははは!]

[ラストフィバー!]

一の瀬さんはもうかなりのハイテンション。

 

“ガヤガヤガヤ・・・”

 

[おう、坂本、元気でやってるか?]

五号室にいた五代君は久し振りに姿を見せた坂本に声をかけた。

 

[あああ、五代~!]

[人生つまらんよぉぉぉぉ!]

[あと何年住宅ローンがあるんだ俺は!]

[スチャラカ時代が懐かしい~~!]

いつもの調子で坂本はお気楽嗜好だった。

 

玄関先の廊下でひとり物思いにふけるのは八神さん。

 

[オウ、姉ちゃん、何一人で黄昏てるだよ?]

[こっち来て呑もうぜ!]

[同じように偏屈な独り者がいるからよ。]

 

そこへ声を掛けてきたのは飯岡と、

 

[やあ、久し振り?]

[俺の事覚えてるかい?]

二階堂君だった。

 

[え、ええ]

二人はこの後、何かと意気投合し、新たな“運命の幕開け”の始まりが・・・ひょっとしたらあるのかも知れない。

 

[聞いてよ~ウチの亭主ったら本当にぐうたらでさあ]

朱美さんも絶好調!

 

[朱美、何も人様の前でそんな事言わなくっても]

慌てるのはマスター。

 

[こんにちは~♪]

さらに来訪者が。

 

[あら、こずえさんじゃありませんか?]

 

[どうも管理人さん、年末以来ですね]

やって来たのはこずえちゃんだった。

 

[実は10日ほど前に帰国しまして]

こずえちゃんは帰国していた。

 

[あ・・・もしかして?]

響子さんは何となくピーンと来た。

 

[ええ、出産のために今実家に帰ってきてるんです]

[高齢出産になるから、向こうじゃなくて、日本で・・・という事に]

そう、こずえちゃんはおめでたのため、日本に帰国したばかりだったのだ。

 

[うわあ、おめでとうございます!]

 

[いえ、ありがとうございます、管理人さん]

 

[何々、こずえちゃん、ご懐妊?]

 

[良かったじゃない!]

 

玄関先にワラワラと一の瀬さんや朱美さんたちも現れ、蜂の巣をつついたように賑やかになった。

 

[いいなあ]

[あたしたちはいつになるのかしら?]

こずえちゃんを羨ましそうに見つめるのは、郁子ちゃん。

 

[ん、ううん・・・まあ、そのうちにな]

照れて言葉を濁すのは賢太郎君。

 

[そうそう、二人とも、結婚後の新居はどうするの?]

[今二人とも賃貸のアパートでしょ?]

朱美さんが二人にたずねた。

 

[朱美さんそれね、二人でいろいろ話し合ったんだけどね、今月一杯でお互いのアパートは解約して・・]

[しばらくは郁子の、音無の家にお世話になる事にして、夏になったら・・・・・]

[二人でこの“一刻館”に住もうと決めたんだ]

 

[ええ!ホントに!]

 

賢太郎君と郁子ちゃんは、新しい一刻館への入居を決めていた。

二人はこれから五代君や、響子さんのような、新しい一刻館の歴史を彩ってくれるだろう。

 

[式とか、新婚旅行とかはいつになるのよ?]

朱美さんの質問は続く。

 

[うん、式場の空きとかの関係もあるし、まだお互いの仕事とかを含めて、先々の事も全部決まってない状況だから・・]

[たぶん今年の秋頃になるんじゃないかな?]

結婚式はまだ当分先だと賢太郎君は言った。

 

[へえ~、そう]

朱美さんは意味ありげに笑い、何事もなかったかのように去って行った。

 

[いやあ、遅れまして!]

[どうも、お世話様です]

しばらくすると車に乗って三鷹さんと明日菜さんも現れた。

 

[本当にこの建物がなくなると思うと寂しいものがありますね、響子さん]

外から一刻館をじっと見据えた三鷹さんは、玄関先にいた響子さんに向かって言った。

 

[ええ、三鷹さんとも色々な思い出がありますわ]

響子さんも懐かしそうに三鷹さんとの思い出を振り返った。

 

[そうそう、頼まれていたもの、お持ちしましたよ]

[五代君、頼むよ!]

何やら三鷹さんは五代君を呼び寄せ、車へと戻って行った。

 

[おう、気が効かねえ野郎だな、おめえは!]

[さっさと行け!]

飯岡にケツを叩かれ二階堂君も慌てて手伝いに向かった。

 

“ヨイショッ!

“結構重たいなあ”

そして三人は大きな荷物をいくつも持って戻ってきた。

 

[郁子ちゃん、ちょっと来て]

響子さんはこっそりと郁子ちゃんを管理人室に呼び寄せ、

 

[賢太郎、おまえはこっちに来い]

五代君は賢太郎君を五号室に呼び寄せた。

 

 

~管理人室~

 

管理人室には郁子ちゃん、響子さんがいた。

 

[おばさま・・・・コレ?]

 

[これはね、今日集まった人たちのささやかな気持ち]

[郁子ちゃんと賢太郎君には内緒にして用意したのよ]

[みんなあなたたちには幸せになって欲しいと願ってるわ]

 

[おばさま・・・]

郁子ちゃんは泣いた。

 

響子さんが密かに用意していたものとは、“ウエディングドレス”だった。

なんとか一の瀬夫妻が田舎に帰る前に、賢太郎君と郁子ちゃんの晴れ姿を見せてあげたいと思った響子さんと五代君が、

今日のパーティーの参加者たちと相談し、顔の広い三鷹夫妻に頼んで用意したものだった。

 

 

~五号室~

 

[おう、なかなか男前じゃないか、賢太郎!]

 

[ホントにこんな事までしてもらって・・・]

[ありがとう、お兄ちゃん]

 

五号室では賢太郎君がタキシード姿になっていた。

その姿は一人の“青年”から、“一家の主”へと、またひとつ成長した証。

 

[そろそろいいですよ、一の瀬さん]

五代君はドアの前に一の瀬夫妻を待たせていた。

 

“ガチャ”

 

[おお、賢太郎・・・!]

[とても凛々しいじゃないか!]

男らしくドレスアップした賢太郎君を見て、両親は感無量だった。

 

[本当に一人前の男になったんだなあ、賢太郎]

[さあ、花嫁さんを迎えに行ってやりなさい]

普段は無口な父がにこりと笑い、息子に語りかけた。

 

[とう・・・・ちゃん]

 

[ばかたれ、男のくせに泣く奴があるかい!]

涙ぐむ賢太郎君を見て、口ではそんな事を言いながらも、同じく涙腺が緩んでしまう母。

 

 

~管理人室~

 

“コンコン”

 

[どうぞ]

 

“カチャ”

 

[うわあ・・・・!!!]

 

賢太郎君は管理人室に郁子ちゃんを迎えに行った。

そこでメイクも終わった、郁子ちゃんのとても綺麗な姿に思わず息を呑んだ。

 

[やだ、そんなにジロジロ見ないで、恥ずかしいから]

郁子ちゃんは謙遜するがその姿は、管理人室に降り注ぐ日差しに照らされ、まるで天使のような美しさを讃えていた。

 

[おばさま・・・・ありがとう]

郁子ちゃんは響子さんにありったけの感謝の気持ちを伝えた。

 

[ううん、あたしもこれでやっと安心できるわ]

[あなたの“おば”として]

[郁子ちゃん、あなたには・・・・]

 

[あたしと惣一郎さんの分まで、幸せになって欲しい]

[・・・ううん、亡くなった惣一郎さんの分までよね]

[25年前・・・もしあの人が生きていたら今年が銀婚式だった。でも・・・突然この世を、あたしの元を去ってしまった]

 

[あたし、もう生きていけないかもと思ったわ。・・でもこのまま死んでは惣一郎さんも悲しんで喜んでくれないと思って・・・一刻館の管理人を引き受けてしっかり生きていこうと思った]

[そして何とか立ち直って生きていて・・・でも女としての幸福はもう得られないし望まないなんて諦めていたの・・・本当に心から好きな男性なんてもう決して巡り逢えないって思っていたから]

 

[・・・だけれど五代裕作という男性とここで出会えて・・五代があたしという女を全て受け入れて理解して愛してくれて・・・あたしも五代を本当に心から好きになって愛するようになって・・・・]

[そしてお互いに愛し愛されて恋人になって・・・結婚して・・・凄く幸せにしてもらって・・・・今でもとっても幸せなままよ]

 

[お互いに大好きな人がいつも一緒なら何があっても大丈夫。一人じゃなくて二人なんだから]

[だから頑張ってね、郁子ちゃん]

響子さんは優しく郁子ちゃんの頬を撫でた。

 

[さあ、皆様大変お待たせしました!]

[新郎新婦のご入場です!]

玄関先にはこの日集まった人たちが人垣を作り、賢太郎君と郁子ちゃんの登場を待ちわびていた。

 

“パチパチパチパチ”

 

拍手が起こり、ついに賢太郎君と郁子ちゃんが腕を組み、姿を現した。

 

すると突然・・・。

 

“ぐももも~~ん、ぐももも~~ん!”

 

時計台の鐘が鳴り出した。

 

[これってもしかして・・・]

[四谷さんだよ!]

姿を見せなかった四谷さんが屋根裏に回りスタンバイしていたのだ。

 

[郁子ちゃんとても綺麗よ~!]

 

[幸せにな~!]

 

[頑張れよ~!]

 

ゆっくりと人垣の中を歩く二人。

ライスシャワーと紙ふぶきが舞う午後の時計坂。

みんなに祝福され、郁子ちゃんと賢太郎君は未来へと歩き出す。

 

流れる季節の中で。

 

幾つ季節が流れても・・・

一刻館も・・・

それにまつわる人たちも・・・

変わる事なく永遠に。

 

 

~~~ 流れる季節の中で ~~~

 

 

完

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