時刻22:36
空が赤く燃えている。
夕暮れだからではない。
今は夜だ。
一帯に鳴り響く避難警報。
空気は乾いていた。
濃密な人肉が焼ける臭いと血臭、潮の香が混ざり合ってとても不快な臭いがする。
そこかしこに落ちている人体の一部、そして死体。
眼球に千切れとんだ指や一部破損した腕や脚。
頭部であろう一部や倒壊した建物の下敷きになっている恐怖に歪んだ表情のまま絶命した女性。
子供を守ろうとしてそのまま鉄筋に串刺しにされたのであろう父と子。
そこに周りと同じように命の灯が消える寸前の少年が横たわっていた。
右腕は肘から先が千切れ、左眼球には大きな破片が突き刺さり、腹部は裂けて今にも内蔵が零れそうになっている。
両脚は瓦礫で潰れていた。
少年は諦めていた。
最初はあまりの痛みに泣き叫んでいたが、もう言葉を発するほどの体力はなかった。
千切れた肘や腹部、潰れた両足、破片の刺さった眼球から大量の血が流れていく。
命が失われていく感覚。
冷たくなっていく肉体。
自分はこのまま死ぬと確信した少年は、ぼーっと赤く燃えているような空を見ていた。
だんだん視界は擦れ、ついには見えなくなった。
そうして自分は今逝くのだと少年は瞼を閉じた。
その時、自分に語り掛けているであろう声を聴いた。
「貴様、死ヌノカ?」
「ドウセ、答エラレマイ。我ノ問イニ首ノ動キデ答エヨ。」
なにを...と少年は考えた。
「貴様、生キタイカ?ソレトモ、コノママ死ヌカ?」
もう助からない、少年は反応しなかった。
「賭ケデハアルガ、貴様ヲ救ウ方法ガアル。」
少年は薄れかかっていく意識の中でそんな方法があるのかと思った。
「時間ハ無イ、答エヨ。生キルカ、死ヌカ。生キタイノナラ、頷ケ。死ニタイノナラ何モスルナ。」
少年は最後の力を振り絞って頷いた。
そうして少年は力尽き意識を失った。
声の主はヨクゾ頷イタと言い、自分の血を少年に飲ませると成功したのを見て立ち去った。
その数分後、この少年は艦娘によって保護された。
酷い傷はなく欠損していた腕や脚、腹部、眼球は何事もなかったように治っていた。
10日後 時刻12:47
少年は目を覚ました。
自分は助かったのだと安堵したと同時に、自分の状態を確認するため近くに置いてあった手鏡で自分の顔を確認すると驚愕する。
左眼球の虹彩が日本人特有の茶色からまるで深海棲艦のような瞳の色になっていた。
思わず手鏡を落とし鏡がガシャン!と音を立て割れる。
その騒音に気付いた看護士が何事かと駆け付けた。
「すごい音がしたけど!?」
少年は、慌てて左目だけを閉じて看護士に備える。
看護士は、目を覚ましたのね!と言って怪我の心配をし、先生を呼んでくるからね。と言って去っていった。
「僕は、深海棲艦になっちゃったのかな....」
少年は誰にも言えない不安を抱きながら先生とやらが来るのを待つ。
「よかった、目を覚ましたんだね?私は長濱啓介。君の担当医だよ。君、名前はわかるかい?」
「僕....僕は....新菱要人(しんりょうかなと)。」
「新菱要人君ね....君の状態を見たけれど、特に異常なし。でも、私と君の間だけの秘密であれば....君は艦娘に近い存在になってるね。」
「え?」
「まあ、一概に艦娘に近いといっても艤装は装備できないけどね。それに、君のその左目にも関係ある話じゃないかな?」
「........」
要人は黙り込んで担当医の長濱を見る。
「大丈夫さ。君と私の秘密だからね誰にも言わないよ。それと、孤児の君の引き取り先は、海軍司令長官、大導寺正蔵さんだよ。大丈夫、実験場送りにするような人物じゃないから、あのおじさんは。艦娘への理解もあるし、君のような孤児も自分の子のように育てる。」
「とりあえず、君は安心して過ごしなさい。必ず気に入るとも。」
懐かしい夢を見た。
幼いころに自分が体験したものだった。
今でも長濱さんとは交流があるし、あの時に助かっていて本当に良かったと思っている。
左目に眼帯をした青年....新菱要人は真っ白な軍服を着て、自分の着任する鎮守府に向かう車の中で不覚にも居眠りをしてしまった。
「要人大丈夫?お姉さんの膝、使う?」
こちらに声を掛けてきたのは陸奥...戦艦陸奥だ。大導寺のおじさんの所に所属する艦娘。昔お世話になった。おじさんに無理を言ってついてきたみたいだけど大丈夫なのだろうか?
「いや、大丈夫だよ陸奥姉さん。それよりも横須賀は大丈夫なんだろうね?」
「そうねぇ...要人ほどの優秀な提督でも最前線はかなり苦労すると思うわよ?」
「そうなんだ...」
と言っても俺が横須賀に期待したのは当時おじさんが着任していたこともあり、その当時の艦娘に私用があるからだ。
『必ず会いに来て、待ってるからね。』
この言葉を信じて、艦娘の誰が自分と約束したかは記憶に靄がかかっているような感じで思い出せない。」
「会えるといいわね。お目当ての子に。」
「姉さん実はその相手誰か分かってるんだろ?」
「さあ?私は知らないわ~」
陸奥は知らないといっていつもはぐらかす。絶対に知っているのは分かっているのだが、一向に口を割らない。
でも、ひとつだけ言っていた。
その艦娘は横須賀に今も在籍しているらしい。
その情報だけを頼りに今まで頑張ってきた。
絶対に再開して想いを伝えるんだ。
「横須賀鎮守府につきましたよ司令官殿。最前線ですので厳しい戦いなると思われますが....ご武運を。」
「ありがとう。」
名も知らない運転手に別れを告げると陸奥と共に車を降りる。
そうしてこれから、深海棲艦との戦いと再会を約束した艦娘を探す話が幕を開ける。