人々の熱狂する中に、少年少女達もいた。
───刺激的で鮮烈な光景は、見た人の人生を変えるものだ。
1秒にすら満たない動作一つにすら、人を動かす何かが宿っている。
年齢も性別も問わず、人は突き動かされるのだ。
『H難度!後方転回直立挿入キャッチ!減点なしの見事な技です!』
あの日、あのテレビに映った、あの光景。
それは、一人の少年をアクロバティックセックスへ導いた。
●
世界の人口は減少傾向にあった。問題はただ一つ、出生率である。
人口の減少は微々たるものであるが、それも高齢者が増えているだけで出生率は下がり続けるばかり。
緩やかな衰退を迎えつつあった人類。
各国の政府はその原因を探し出し、やがて一つの答えに至る。
それは“性の秘匿化”だった。
R-18という規定を設け、世から隠さんと抑圧した事により、長期を経て人々が性への関心を著しく損なっていた事が判明したのだ。
しかしこれが判明したところで解決に乗り出すわけにもいかず、頭を悩ませていたところ、とある国のトップが手を挙げる。
「セックスをスポーツとして浸透させれば良いのではないか」
国名は伏せる。
ただその国の神話はセックスより始まったとだけ言っておこう。
その国の発言は、数々の批判と紆余曲折を経て世界の価値観を変えた。
そんな過去の出来事があり、減少傾向だった人口は僅かばかりの回復を見せることとなった。
性の秘匿性を消し、開放的に。
セックスは、スポーツとなった。
現在では細かくルールが定められており、混合ダブルス、男子ダブルス、女子ダブルスの部が存在する。
競技内容としては“セックスとして”どれだけ激しく美しく難度の高い体位であるか、という観点で点数を競うもの。
シンプルだが、人は性において好奇心を止めなかった。
年々技の難度を増していく様に、いつしかセックスはアクロバティックセックスと名を変えて国際大会が開かれるほどとなり、人口と共に競技人口も増えていく。
今の日本では、セックスのトップアスリート達は“床上手”と呼ばれ、尊敬と憧れを受けるほど。
今やセックスは、世界のメジャースポーツとなっていた。
○
ジャージ姿の男女が、待機席の椅子で俯いている。
女側、佐藤は緊張で微かに指が震えていた。
そんな佐藤のペアである根津は、静かに呼吸を繰り返している。
アクロバティックセックス【混合ダブルス】の世界選手権。
全日本選抜予選を勝ち抜き、出場権を手に入れた根津と佐藤の二人。
そんな二人は、駆け上がった世界という舞台の大きさと雰囲気に、すっかり呑まれてしまっていた。
電子音声が流れ、一組目の選手の名前が呼ばれる。
歓声が上がり、一組目が演技開始位置で静止。
マットは体操で使われるものより僅かに柔らかく、その感触を踏み締めて確認しながら男女は手を繋ぎ指を絡め合った。
男女は共に準備を終え、目を閉じて今までの練習を脳内で反復。
歓声は止み、静寂の中で曲がかかり、一組目の演技が始まろうとしていた。
それを目で追う余裕もあまり無く、根津は隣にいる佐藤に話しかける。
「佐藤」
「なんですか?」
「緊張を解す方法は無いか」
「…では昔を思い出してみましょうか」
「昔?」
「えぇ、私が根津さんと出会ったばかりの頃なんて如何でしょう?」
「いいね。緊張が解れそうだ」
佐藤と呼ばれた女と、根津と呼ばれた男。
日本一の床上手と呼ばれる二人は、静かに昔を語り合う事にした。
○
「根津です。よろしくお願いします」
「…佐藤です。よろしくお願いします」
とある市民体育館。
初めて顔合わせしたパートナーである佐藤に対し、根津の抱いた第一印象は“地味で暗い”であった。
目が隠れそうなほど長い前髪に、これといった特徴もない顔。
後ろで結ばれた髪は綺麗だが、ハリのない声が印象を薄めていた。
唯一赤枠の眼鏡が目につくが、それ以外は全くもって記憶に残りそうもない見た目である。
「佐藤は緊張しているみたいだし、まぁ軽く話しながらストレッチでもしようか」
気遣いを見せるコーチの声に、根津は軽く笑みを浮かべる。
ベテランのコーチはペアの相性をよく理解している。
40年間セックスに向かい合ったコーチを、根津は信用していた。
「そうですね、ストレッチとコミュニケーションは大切です」
「…はい」
佐藤の小さな声に、根津は余計な事を考える事をやめた。
多分、必要のない事を考えてしまうだろうと思って。
●
一組目の演技が終わり、大きな拍手が聞こえる。
マットの取り替えに3分ほどかかるため、その間は巨大なディスプレイでリプレイが流れていた。
それを見ながら、佐藤は溜め息を一つ。
「酷いですね、そんな事を思っていたんですか」
「佐藤って初めの頃暗くなかった?」
「人見知りなんですよ私」
「知ってる」
二人揃って苦笑。
やがてリプレイが止まり、ディスプレイが一組目の点数を発表する。
大歓声と拍手の雨を聞きながら、根津が拳を強く握った。
「そのままの最初の練習、酷かったですね」
「まぁ、正直なところ佐藤とここまで来るのは無理だと思った」
「私が足を引っ張ってましたからね」
「でも会話が出来なかった時の話だから」
「すみません、無愛想で」
「いいんじゃない?話してみたら、目標が一緒なのは確かだったし」
二組目の名が呼ばれ、歓声が上がる。
位置につけば、一瞬の静寂。
曲が始まり、マットの上でも演技が始まった。
それを目で追う根津に、佐藤は鼻から息を吐き出す。
「…根津さんの気遣う優しいところは素敵だと思います」
「そうか?」
「えぇ、最初の頃もそうでしたから」
●
1回目の練習を終えた根津は、どうしようも無い不安を感じていた。
演技の酷さもそうだが、パートナーとの会話が弾まない。
演技の合わせはまだ1回目なのでそこまで重くは見ていないのだが、コミュニケーションの欠如は最悪である。
会話を例えるなら、キャッチボールをしているが、投げたボールを取っては足元に転がすような佐藤の反応。
ひょっとして嫌われているのかという疑問すら浮かんでくる。
「…佐藤さんはなぜアクロバティックセックスを?」
なんとなく訊いた事に、佐藤は初めてうっすらであるが笑みを見せた。
「えっと、憧れ…ですかね」
「憧れですか」
数度頷き、佐藤は自分の胸の前で指を絡める。
「素敵な選手がいたんです。それで、すごいなぁって思って」
「それで始めたんですか」
「いえ、始めたのはそう感じたもう少し後の中学生からです」
「それでも早い方ですよ。すごいですね」
年齢制限はないが、体の成長次第では競技自体できない場合もある。
小学生以下からやっている人間など稀で、早くて中学生、高校生になって漸く部活動などで競技を始めたという人が増えてくる程度。
競技人口自体は多いが、やはり体の仕組みとして子供の選手は非常に数少なかった。
「すごいなんてそんなそんな。えーっと、根津さんはいつ頃から?」
「私は小学生ぐらいからでしたね。コーチが小さい頃から知り合いで」
「私より早いじゃないですか!」
根津は困ったように笑う。
「ちゃんと始めたのは高校ぐらいですよ。それまでは遊びみたいな感じでワイワイしてただけだったので」
「そうなんですね。あ、根津さんはおいくつですか?
「今年で23ですね」
「…歳上でしたか。すごくお若く見えたので」
「あれ、佐藤さんは…って女性に年齢を聞くのは失礼ですね」
「あぁお気になさらず。私は今年で21となりました」
「ほーう、私とほとんど同じですね。あ、口調崩してもいいですか?」
「えぇ、構いませんよ」
「ごめん、助かる」
ここでようやく会話が弾んでいる事に気がついた。
一度話してみれば、そこまで暗さも感じない。
これなら、時間を重ねていけばより良い演技へ繋げることも出来るだろう。
「あ、ちょっと先の反省会しない?」
「はい」
会話は、一度流れ出せば止まる事がない。
●
二組目の演技が終わり、観客の大歓声が聞こえてくる。
リプレイが流れるディスプレイを見上げ、佐藤は手を擦り合わせた。
「いやぁ、懐かしいですね。本当に」
「回を重ねるごとに佐藤も明るくなったよな」
「違いますよ、こっちが素です」
そんなことを話していれば、ディスプレイに二組目の点数が表示された。
やはり主だった失敗も無く、一組目の点数を鑑みても高水準の点数である。
「やはりレベルが高いですね」
「そりゃあ、世界中からアクロバティックセックスのトップレベルが集まってるわけだし」
三組目の名前が呼ばれた。
観客の声をどこか遠くに聞きながら、根津は深呼吸。
両手を拳の形にし、軽く打ち合わせる。
「その仕草、コーチのが感染ってますね」
「え?あ、ホントだ。いつの間に」
「確か…全日本の時からでしたね」
●
アクロバティックセックス【混合ダブルス】全日本大会。
全組が演技し、その中で最も点数の高かったペアが優勝である。
順位決定方法はシンプルだが、総人数も多いために採点はシビアだ。
一つの失敗が順位に大きく影響する上に、一回の演技で全てが決まる。
そんな極限の緊張の中で、根津はコーチから最後の指導を受けていた。
微かに緊張で震える根津を見て、コーチは己の拳を数度打ち付ける。
「いいか?セックスをよく考えろ。教える事は教えた。お前がお前の中のセックスをどう捉えるかで演技の出来が変わってくる」
「…精神論は苦手ですよ」
「馬鹿、もうそれぐらいしか教える事が無いって事だ。俺の知ってる事は全部教えたからな、後は日本一の床上手になってこい」
「日本一でいいんですか?」
「…言うじゃねぇか。これから世界一の床上手になってこい!」
そう言って根津を撫でると、コーチは佐藤の方へ向かい合う。
緊張で顔を青くした佐藤に、コーチは安心させるような笑みを浮かべた。
「佐藤は…まぁ、根津より言う事が無い。完璧では無いが、それも美点だ」
「…えぇと」
「ミスをしたならそれも補って活かせ」
「はい」
「根津と佐藤なら日本一の床上手になれるはずだ」
「…日本一ですか?」
「はっはっは!お前も言うか!よし、お前らで世界一の床上手になれ!」
『根津、佐藤ペア』
呼び出しがかかり、二人は大きく深呼吸。
ジャージを脱ぎ、一糸纏わぬ二人に向け、コーチは拳を一際大きく打ち付けた。
「やるだけの事をやってこい!」
「「はい!」」
返事をして、二人は大歓声の中で歩き出した。
●
いつの間にか四組目の演技が終わっていて、根津は大きく体を伸ばす。
「全日本は凄かったな。新城さんも権藤さんも俺らにはできない事をやっていて」
「それぞれセックスに対する向き合い方が違いますからね。私にとっては前年度優勝の二橋ペアが一番凄かったです」
「あー、【空中立ち松葉】から【独楽】への移行は凄かったな」
「良いところは吸収できました。ここで活かしましょう」
そんな反省とこれからへの話をしながらストレッチをしていれば、演技も七組目まで進んでいた。
合計八組の中、根津達は最後。
そしてこの七組目こそが、最大の壁となる。
『フリストス、アーリム』
一際大きな歓声が上がり、今大会で最も盛り上がりを見せた。
名前を呼ばれた二人は、佐藤の憧れであり、そして根津の人生を変えた。つまり、アクロバティックセックスへと導いた二人組。
未だ現役にしてトップアスリートのベテランペアだった。
●
指定位置でフリストスとアーリムは正常位の形を作る。
スタートはどんな形でも良いが、二人は正常位からのスタートを得意とした。
40に届かんという年齢を感じさせぬ精悍な体つき。
芸術的裸体を惜しげなく晒し、二人は目を瞑った。
この二人の演技の特徴は、妖艶さである。
静寂の中、曲が流れ始める。
アーリムが長い腕でフリストスの首に絡み、密着。
キスを落とし、そのままフリストスが倒れ込む。
騎乗位の形となったアーリムと手指を絡め、筋力のみで彼女を持ち上げた。
フリストスが下となり、顔上でまっすぐに逆立ちするアーリム。
そして腕を曲げ、勢いを付けてフリストスの腕を台に跳んだ。
体は後ろに流れ、後方宙返り。
そのまま再度フリストスの男根が女壺へと収まった。
G難度【騎乗位後方転回キャッチ】
一つ間違えばセックスを続けられなくなるであろう技を淡々とこなす二人の表情は、妖艶な笑み。
完璧な着地点の調整と力加減。
そこに一切の乱れはない。
キスを一つ。
騎乗位から正常位へと移ると、フロストスの背で足を絡める。
そのまま立ち上がれば、さながらトの形となる。
そして、技が始まった。
アーリムの片腕を持つと、フリストスはそのまま彼女を“回した”のだ。
背で絡んでいた足は180度に開脚。
男根のみで支えられたアーリムは、一切の引っ掛かりなく回転する。
G難度【直立挿入プロペラ】
そして演技は最後へと向かっていく。
曲は静かなものから情熱的に、そして扇情的になっていき。
アーリムが足を絡め、後背位にて回転を止め。
演技中一度のみ許された射精の勢いを用いて、アーリムを前方へと飛ばした。
アーリムは勢いを腕のみで殺して美しい倒立を披露し、フリストスは伸膝後転倒立にて美しい倒立を披露する。
最後の技が始まる。
若干の距離が空いたアーリムが後転、そして後方宙返り。
高く飛び上がっている頃には、フリストスも動いていた。
腕のバネだけで跳ねたのだ。
倒立を側転に。
直立となったフリストスは、大きく腕を上げる。
そして───
初めからそこに収まるかのような完璧な軌道。
直立したフリストスの男根を、アーリムの女壺が咥え込んだ。
二人の代名詞とも呼べる、最大の技。
H難度【後方転回直立挿入キャッチ】
男根のみでアーリムを受け止めたフリストスは、3秒ほど静止すると、アーリムを抱え込むように前転。
艶やかな正常位へと形を整え、そこで曲が終わる。
計算された完璧な演技は、大歓声と大喝采を浴びた。
●
「…やっぱりすごいな…!」
「年季が違いますね!」
若さには無い、熟練したものがある。
セックスは老若男女楽しめるが、やはり年代ごとに得意とする雰囲気は違う。
年相応の妖艶さは、恐らく世界一だと断言できるだろう。
そして、再度観客が湧く。
点数がディスプレイに表示されたのだ。
「…マジか…!」
根津が思わず声を上げる。
点数として、減点無し。
そして難易度相応の点数が入っている。
今までのペアの点数を超え、一位へと躍り出た。
───だが、“暫定”だ。
「佐藤」
「えぇ、根津さん」
ジャージを脱ぎ、裸を外気に晒す。
暖かくも冷えた空気は、気持ちを引き締めた。
『ネズ、サトウ』
「いくぞ」
「はい」
湧いた観客。
緊張はいつの間にか消え、程よい高揚感に目を見開いた。
演技開始は正常位から。
開始位置で静止。
静寂の中で、曲が流れ出す。
正常位から、まずは佐藤が腰を上げた。
男根を持ち上げられるようにして、根津が浮く。
抜けてしまえば大きな原点となるため、一切の身動ぎはない。
やがて女壺が上に向き、男根が下を向く。
そこで佐藤は足を勢い良く伸ばした。
正常位の形だったために根津は上へ飛び、殆どの身動ぎをしないまま向きだけを半回転して再度女壺へ男根を収めた。
そのまま佐藤が腰を下げれば、後背位となる。
派手に、そして美しく体位を変える事は全人類の基本だ。
そして後背位となるが、佐藤はそのまま尻を上げた。
女壺は男根を持ち上げ、それを起点に根津をも持ち上げる。
そして、技が始まる。
男根を軸に、根津は地を蹴り体を横回転へ。
佐藤が腰を上げたことにより、伸身のまま回転が可能となる。
潤滑油にも勝る愛液は、引っ掛かりすら無く回転を実現させた。
G難度【背後位伸身プロペラ】
そこで、佐藤と根津は覚悟を決める。
本来はこのままG難度技へと移る予定だった。
だがこれだけでは、フリストスとアーリムのペアに勝てない。
だから、やるしか無いのだ。
プロペラのまま佐藤は腰を持ち上げ、再度女壺は上を向かんとする。
これからやろうとしている技は、未だ練習ですら成功していない技だ。
「いくぞ佐藤…!」
「本当にやるんですか…!?」
「今成功しなきゃ…いつ成功させんだよ…!」
一瞬の沈黙。
「…信じてます」
「任せろ…!」
思い出すは日々の鍛錬。
仲間たちの声を背に、限界を超える。
演技中の射精をここで使わねばいつ使うのだ。
「頼みました根津さん」
「お前も頼むぞ」
「…さぁ、いきましょう…!」
女壺が上を向いた瞬間にぐいと下腹部に力を入れた佐藤に応え、射精。
その鍛え上げた射精力はついぞ体を浮かばせた。
「と、飛んだ!!?」
観客席から信じられないという叫びが上がる。
男根を取手に、体を羽に見立て。
その姿は、正に名を体で示していた。
H難度【竹蜻蛉】
遂に実現させた最高難度の技に、審査員席からどよめきが上がる。
しかしこれだけでは終わらない。
腰を天高く上げ、足を開きTの字を作る佐藤。
竹蜻蛉は徐々に高度を落とし、女壺へと取手が収まった。
しかし回転力は衰えず、佐藤の上で根津は回る。
手は足首を掴み、仰反るようにして美しい形を作り上げた。
有名な、日本発祥の技である。
G難度【独楽】
続く高難度技に先程の熱気は一転、会場は静寂に包まれた。
根津と佐藤の一挙一動に観客は瞬きすら忘れ。
佐藤に向かい合う角度でピタリと回転を止めた根津を、細い足でガッチリとホールド。
中折れという最大のミスを注意しながら、ゆっくりと佐藤は最後の形へと持っていく。
───文句のつけようの無い、乱れ無き正常位にてフィニッシュ。
会場からは、溢れんばかりの拍手が巻き起こった。
二人は静かに立ち上がり、観客席に礼。
待機席へと戻り、点数発表を待つ。
やがて、観客が湧いた。
点数の合計が巨大なディスプレイに表示された点数は、どのペアよりも高く。
この瞬間に、アクロバティックセックスの頂点が入れ替わった。
●
あの日、あのテレビに映っていた、あの光景。
人の人生を変えてしまうぐらい刺激的で鮮烈な光景として、二人もまた誰かの記憶に残っていくのだ。
記憶に刻みつけた次世代もまた、夢を追い、歩みを進めていく。
アクロバティックセックスは、全世界の誰もが認め、熱狂するスポーツである。