輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
あ、ちょっと前に日間8位になってたみたいです。
────唐突ではあるが。
ここでいう神秘とは則ちファンタジーであり、非現実的なもののこと。
分かり易く、ワザと限定して例を出すのならば、超能力、奇跡、魔術、といったもの。
この世界で言えば、退魔師が扱う『術』がこれに該当するのだろう。
(……もしかしたら退魔師の術にも細かい名称があるのかもしれないけど、雑誌の記事やTVなどでは結局流れていなかったし。……やっぱり、一般人には意図的に伏せられている情報の方が、圧倒的に多いっぽいなぁ)
コンビニで(ギリ手が届く範囲の雑誌を)軽く、立ち読みしてみたりもしたが、結局ロクな情報は得られず終いだったことを思い出す。
ともかく、現時点で自分が知ることが出来た、数少ない退魔師の情報がそれだった。
────
それは則ち、現実の改変。
無手の身において、異形の怪物を斃すに至った魔法のような力。
………正直言って、この世界に来てから未だに自分の目で直接確かめた訳ではないので、そんなあからさまにファンタジー丸出しな設定が、よりにもよって現実の世界に登場するなんて違和感がものすごいし、若干眉唾物と思ってしまっているのも確かだった。いや、異世界に来ている時点で今更と言えば今更なのだけれども。
さて、本題だ。
こうした退魔師の術のような………超能力、魔術といった異能には、創作において、大雑把に二種類のタイプが存在するのがお決まりだ。
一つ。個人に紐づき、他人が利用できないモノ。
一つ。世界の法則に基づき、理論上は他人が利用できるモノ。
今まで見てきた創作において、大雑把に分類するのならば、前者に該当するのは超能力、異能、種族体質とか。
一方で後者に該当するのは、魔法、魔術、呪術、巫術、武術、シャーマニズムとか。
……魔法と魔術を別けるのは、個人的な印象だ。
若干、偏見を帯びたパブリックイメージではあるが、魔法の方は海外の有名映画だとかの影響で、若干メルヘンというか、ファンシーというか。『魔法』と比べると、日本のノベルやアニメにおいて、『魔術』と評されるモノは結構シビアなシステムで成り立っている印象が多い。
恐らく、『魔法』という表現は日本では少し幼い表現に見えるのではないだろうか。自由度が高すぎる印象が大きい、とも言える。
逆に魔術と表現されるようなモノは、もう少し厳し目の判定というか、自由度が低い印象が大きい。……まぁ、個人的なイメージというだけなのだが。
ともかく。────この世界で実際に収集した(かなり断片的かつ、憶測も含めた)情報から総評すると、退魔師の『術』は何方かと言えば後者に該当するように思える。………無論、これは『一般人が軽く調べられる範囲での話』、ではあるが。
つまり、かなり雑に言えば、この世界の危険度を測るのであれば、この『術が成立する上限値』を探ればいいのではないだろうか。
……この世界は、その『上限以下の術』でなんとかなっている。
そして、それでなんとかなっているのであれば、一般人に襲い掛かってくる危険もまた、その『上限以下の術』で『対処できるモノ』が上限値と言える。
具体的に言えば………この世界でチート、反則と呼べるものがそれだ。
例えば、時間停止だとか、無条件の転移だとか、不老不死だとか。
どのレベルの『自由度』が『この世界の反則』なのか?
そこで決まる。
この世界の危険性が。理不尽性が。
自由度とは何か。
例えば『火を出す魔法』なんてのは創作において実にありふれているが、単純に『エネルギーを消費して、何もないところに火を出す』のか、それとも『燃やせるモノがある場所限定で火を出せる』のか。
その規模は?
その威力は?
どれだけ連続して出せるのか?
簡単なのか難しいのか?
誰でも使えるモノなのか?
そういった『自由であるかどうか』。
好き勝手に現実を改変できるというのは実に身勝手で、魅力的で、だからこそ制限されていなければ、人の枷は簡単に外れてしまう。
………まあ、この世界の場合、流石に候補に挙げた例が当て嵌まるほどではないだろう。そう思いたい。
というか、そんなレベルの理不尽が普通に町を闊歩する世界には行きたくない。こちとら身体能力一般人どころか、そこら辺の幼女と同じレベルなのに。たぶん、行った瞬間に普通に死ぬ。そこら辺の幼女と同じレベルなので。
故に、想定するのはそこまででよい。
そも、人の能力をはるかに超えた『対処不可能』がどれほどのものか、を推定しようとしているのだ。
退魔師でなければ対処できないことは、俺には当然ながら対処出来ようはずもない。
これから知ろうとしていること。
それは言ってしまえば、必要ない知識だ。
普通にこの世界で生活する上で、こんなことを知る必要も、考える必要もない。
恐らく、この世界の一般人が退魔師のことを細かく知っているわけではないだろうから。
元の世界で例えるのならば、これは一般人が自衛隊の装備のアレコレだとかを知ろうとしているようなもの。────自分が一般人でいるのであれば、そんなものは必要ない。
あえて言えば、趣味、好奇心。………そういった、日常の傍らに、暇つぶしに得るべきもの。
だが、今の俺はこれを知らなければならない。
たとえこれが、自分の将来には全くの無関係なモノだとしても────これを知ることで、未知の危険を遠ざけられる可能性があるのならば、知っていて損はないだろうから。
(……まぁ、その実。こっちは『もっともらしい理由』なだけで、『否定したいこと』がある、っていう方が大きいのだけれども)
というか、だ。
今現在。
俺が────退魔師ですらない、そこら辺の幼女にノータイムで
「え、えと……ねねちゃん……?」
えへへへ、と誤魔化しながら、とりあえずこの状況をどうするか考えることにする。
同時に後ろ足を、じり、じりと下げる。
少しでも、生存の確立を上げるために。気分は完全に野生の虎に捕まった野兎だった。
しかし……身体は、どうやっても捕まれた腕よりは後ろに行ってくれない。普通に詰みだ。
思考を逡巡、額に汗を垂らす。
周りに利用できそうなもの、ナシ。
逃げられる身体能力、ナシ。
………。やはり、戦略的撤退はできないようだった。
「………ましろ」
「いや、あのですね? 別にねねさんからにげようとしているわけではなくこれはせんりゃくてきてったいといって」
「ましろっ!」
へっ?
突然、声のトーンが上がったかと思えば、次の瞬間両手で抱きしめられていた。予想外の事態にモロに顔面にダメージをくらう。
「ふげっ」
「なんでっ、なんで………こなかったのッ!?」
「ぐえ」
文脈を突然歪ませる、悲しげな、悲壮な少女の悲鳴。
それを受けて、俺は声も出せない……物理的に。
っていうか。
「ぎぶぎぶぎぶぎぶ」
脇腹ががががが。
声をひねり出せたことで、なんとか『自分が抱きしめてるもの』の状態を理解してくれたのか、ようやくツインテ幼女が放してくれた。よかった………死ぬかと思った。
「あっ………ご、ごめんね。ましろ、大丈夫?」
「ゲホ、ゴホっ………だっ、だいじょうぶ………」
もう少しで幼女に
………うん、字面が明らかにギャグなのに実際に現実で起こってしまっていることと、若干俺が死にかけてるだけで、何も問題はない。問題はないのだ。
「そっか、よかった」
よくねぇよ。
「はぁ、はぁ………そ、れで?」
「?」
息を整えながら、絞り出した声を静かに向ける。
「なにか、私に話したいことがあったんじゃないのか?」
「………、うん」
ここまでくれば、素直に観念して話をきくことを選んだ方がいいのだろう。………この分だと、恐らく逃げても同じことが繰り返し起きそうだし。そうなったら流石に俺の脇腹が持たない。
内心で一つだけため息をついてから、妙に大人しくなった少女と向き合い直す。
「あのね、ましろ」
「うん」
「もしかして、あたしのこと………きらいになっちゃったの?」
「うん………。うん?」
「やっぱり………そうなんだ………」
おかしい、いきなり文脈がゆがんだ。
「ましろが、あたしのこと………ぐすっ」
「まてまてまて!? なんでそうなる?!」
泣きそうな少女を止める。
「………だって、ましろ………」
少女は悲しげな声色で、自分よりすこし幼い少女に理由を告げる。
「………お休みの日なのに、ネネのおうちに来てくれなかったじゃん………」
「え? ええ………??」
想定外の理由に困惑する。
そりゃ行かなかったけども。行く理由がなかったし。
………というか、これと似たようなやり取り、この前やらなかったか??
よくわからないまま、泣きそうになっている少女をとりあえず落ち着かせることにする。
「嫌いも何も………」
そもそも、知り合ってから別れるまで、一日しか経ってないし。
「…………。どうしてそうなったのかがよくわかんないけど………ねねちゃんのこと、きらいにはなってないから」
「………そうなの?」
「うん」
素直に頷く。正直、妹扱いは勘弁して欲しいものだが、言ってしまえばそれぐらいのものだ。特別好意的になる理由もなければ、特別嫌いになる理由もない。
……ま、偶に会話するくらいなら別にいいだろう。
それでもまだ納得できないのか────それとも、確証がほしいのか。
俯きがちに、ツインテ幼女は声を出す。
「……ほんとに?」
「ほんとに」
「………ウソじゃない?」
「ウソじゃない」
「ぜったいに?」
「ぜったいに」
「……ママが、いるのに……?」
「う、うん?(なんでママ??)」
そうやって根気よく話していくと、ようやく少女は安心できたのか、先程までの陰りを、すっかり消していた。
「そっか………ましろはねねのこと、きらいじゃないんだ」
よかった、納得してもらえたようだ。
ふう、と一仕事終えた達成感と共に息をつくと、俺は機嫌が治った少女に別れを告げるべく、口を開いた。
「………じゃ、わたし用事あるから」
「うん、わかった!」
歩こうと、前に進む。……進めない。
手をまじまじと、よく見る。
うん。かわいいおてては繋がれたままだ。
………って、おい。
「………なんでついてくる気なんだ?」
「? いっしょに手をつないでるでしょ?」
いや、理由になってないんだけど???
「────そもそも、学校はどうしたんだ? 平日だろ」
服装については、たしか私服通学の小学校らしいので問題ないと言えば問題ない。この子は、先日の別れる時も私服で登校していたし。
問題があるとすれば、先日は背負っていたランドセルが背中には存在せず、代わりに完全にプライベート用のポシェットを肩から掛けていることだろう。
「………? あ、そっか。ましろはまだわかんないよね」
なにが??
「あのね、小学校とか幼稚園にはね、夏休みっていう、ながーいおやすみがあるんだよ」
「へー………?????」
????????
………!?
「え。ちょっとまって、じゃ、じゃあねねちゃん、もしかして明日も………?」
嫌な予感がする。夏休み。かつてこの単語を聞いて、俺以上に全力で逃走したい欲に駆られた人類が未だかつて存在しただろうかと、現実からの逃走が始まっていたマシロに向けて、可愛らしい幼女の声が弾む。絶望に染まった少女に、救いの言葉が向けられる。
「うん! あしたから───ずっといっしょにいようね、ましろ!」
少女は先ほど浮かべていた涙を忘れ去るほどの元気な笑顔で、『ともだち』の両手をしっかりと握った。つよく、つよく。大切なものが、二度と消えてしまわないように。
「………」
そんな笑顔の前で、成すがまま、為されるがままに呆然と棒立ちを晒しながら、ふと思う。
………あれ、もしかして俺。今ナチュラルに死刑宣告された??