輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
─────この世界は、多分だが、こんなにも慎重になって確かめなくとも子どもが生きられる世界なのだろう。
少なくとも、今現在のこの街はこの認識でも間違ってはいない、とは思っている。
鬼という明確な未知の脅威。
しかしそれは飽くまでも俺の視点だけであり、この世界の住人にとって、鬼は『未知』の脅威ではない。
鬼という生ける災害は長らくこの世界で根付き、日本にとっての地震と同じく、人を死に至らしめる危険性を持ちながら、人々は長年の経験・知識から『慣れ親しんだ文化の一部』として捉えている。
彼らからすると、鬼は危険だが、対岸の火とするのであれば過剰に反応することもなく、日常を過ごせる程度の危険なのであろう。
それが林祢マシロがこの一週間、手探りでこの世界を遠めに観察して得た一つの結論だった。
なぜならこの世界には退魔師がいる。
怪物を倒してくれるヒーロー達がいる。
この世界は鬼に対して無視しても日常を過ごせる機構が、既に組みあがっていたのだ。
それはきっと、安全で安心な文明圏だ。
そんなものは現実的にあり得ない?
いいや。『オカルトが実在している』という前提を考慮してみれば、この世界にのことに詳しくない自分でも、少なくともこの街の人々が表面上は安心して暮らせる程度には安定していると断言出来た。
よくあるファンタジー系統の異世界を適当に陳列させて、雑なサンプルケースとして比較対象に並べてしまえば、十分すぎるほどに「一般人A」に対して優しい世界だ。モンスターが無限にリポップする異世界に放り出されて、セーフゾーンの外に出た瞬間に即座に詰む可能性があるよりは遥かにマシだろう。
─────それは、元の世界からすると、あまりにも悲観した考え方というか、ネガティブな捉え方というか。
自分でもこの一週間、定期的に呆れてイラつく程度には臆病な自分だと溜息を吐いていたモノだ。
だが。
かといって、「はい、この世界は現実世界と外見はあまり変わらないから無根拠に元々の現実世界として扱っていいです」とはならなかった。いや、出来なかった。
文明圏が違う。
成立した過程が根本で致命的にずれている。
そこだ。
自分が素直に、すぐにこの世界を現実世界だと心の底から受け入れられていない原因は。
退魔師と鬼。
それがあることは理解した。
理解したが─────理解したが故に、この世界の些細な変化をスルーして過ごすには余りにも不純物であったのも確かだったのだ。
結果。
自分でも馬鹿らしいと心底感じながらも、石畳を叩いて渡るかの如く出来るだけ慎重に動くしかなかったのである。
そんなわけで。
一週間という十分な時間がありながら、ロクに動けなかった弊害か─────
─────とつぜん、目の前に降ってきたのはその、全く容赦のない死刑宣告だったわけである。
「ずっといっしょにいようね、ましろ!」
「わっつ???」
何を言っているんだこの子は。
まさか夏休みという義務教育から解放されてテンションが上がっているであろう期間中すべての日数を俺の拘束に充てるつもりではないだろうな??? 流石にそんな非現実的な被害妄想が我が身に降ってくるなんて、ちょっと考えたくないのだが???
「いや、あのな………ずっと一緒にって、この前初めて会った相手とか?」
「うん。マシロはこの前みつけたよ?」
「………せっかくの夏休みなんだし、もっと仲のいい友だちと過ごした方が楽しくないか?」
「───うん、だからましろといっしょに遊ぶの!」
「なんで???」
えーっと、あの、どうしよう、これ。
にこにこと輝く眼前の曇りなき笑顔とは対照的に、自分の顔がどんどん死んでいくのが判る。
今すぐ家に引き篭もりたい。そんな気分です、自分。
しかし─────この離す気がぜんぜん無さそうな手を見ると、それはとてもとても叶いそうにない願いであることがたいへんよく判る。判ってしまう。ふぁっきゅー。
それに、仮にこの幼女手錠が外れたとして、どうやって逃げればいいのだろうか。
例の如く、瞬殺されるのは目に見えている。隙を見て逃げるにしても、今は実行不可であることは確かだった。
重い、重いため息の果てに、空を仰いで数秒。
憎たらしいほどに青々とした広い世界に見下ろされる形で、「……仕方ない」と、渋々、観念して幼女の方に向き直る。
「………はあ。わかった、今日だけならネネちゃんもいっしょでもいいから」
「うん! ましろはずっ友だからね!」
「ちょっとまって、ずっ友???」
今日だけと忠告した直後に放たれる不吉な単語に顔を引き攣らせる。幾らなんでもグレードアップが爆速過ぎやしないだろうか。いや、多分その場のノリで喋ってるだけだ……きっと……たぶん。
「うん、あのね、ずっ友っていうのはね、ずっと友だちってことなの。クラスの子がね、話してたから」
うん。聞きたいのは意味ではなく判定の方なのですが。
「えっと、ネネちゃん、あのね、なんで私とネネちゃんがずっと友だちなのかなって」
「……だめ?」
「だめっていうか……はやくない?」
だって、実質知り合ってからほぼ2日(※実質1日)だぞ。
流石に色々とぶっ飛ばし過ぎだろ。
「んぅ……じゃあ、"しんゆう" でがまんするね……」
「我慢って言うのかそれ」
まるで聞き分けのない子を相手するように、仕方ないと言わんばかりの妥協にまるで成っていない妥協案に落ち着こうとしているツインテ幼女様に内心キレる。何?? 俺は何に巻き込まれてるの???
「………。それはそうと……服とかを買える場所って知らない?」
「服屋さんにいくの?」
「うん、ちょっと下着がたりなくて」
「じゃあ、おねえちゃんがかわいいの選んであげるね」
「………………………」
よし、隙を見てまこうか。
☆
「あ、ましろ。それとね」
「……なに?」
早速、服を買いに行くために道の案内してもらうことになったのだが、何かしら言い忘れていたことがあった様子を見せるネネちゃんに、若干の疲れを感じながら続きを促す。
にこにこしたまま、口を開いた少女は──────俗に言う、即死魔法を放った。
「ましろのおうちってここだったんだね!」
「…………………」
たすけて。