輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
不覚にもセーフティゾーンの場所を看破され、テンション駄々下がりな俺とは反対に、どうやら夏休みの楽しみが増えてテンション急上昇中のツインテ幼女さんの案内の下────途中まで、以前見送った通学路と同じ道を────歩くこと数十分。
俺たちは漸く、お目当ての下着が買えるという、駅前にあるデパートに辿り着いた。
(よし……! 上手く誘導に成功したぞ。あとはこのまま……!)
くっくっく………!
思わず止まらない笑いを抑えながら、目的の場所へ足を運ぶ。
巧みな会話スキルを発揮し、さり気なくハンターを撒いた俺は上階にある─────男児用の下着が売られている店の一角にいた。
「しかし………ふむ、ううむ………」
手に取ったのは自身の『正しい性別の下着』。
味気のないそれを、見つけた。………見つけた、のはいいのだが。
(いや、コレ………冷静に考えてみると、こっちもこっちでどうなんだ………?)
男児用の下着……女児用のモノを履き続けるよりはマシだと思っていたのだが、実際にこうして店内で、しかも自分の手で取ってしまうと……これはこれで別のダメージがあるな……。
恐らく、一番ダメージが少ないのは間違いなく『大人の男の下着』なのだが、そんなの買ったところで今のこの身体にサイズが合うわけがないし。………仕方がない、これを大人の俺が履くのは精神的にダメージがあるが、女の子用のアレをいつまでも自分で履き続けるよりは遥かにマシだろう。
「? ましろ、何みてるの」
「げっ」
背後から "ひょい" と現れ、不思議そうな顔で覗いてきたのは例の如くツインテ幼女様。
まずい、もう見つかった。
「あ! ましろ、それはね? 男の子ようのぱんつなんだよ? 女の子のぱんつはこっちにあるの」
「いや、ちょ、私はこっちの方が……ぐえ」
いくら何でもこんな4コマどころか、3コマ漫画のような速さで捕まりたくない。
まさか、「お姉ちゃんには、先に私に似合う下着を見つけてきてほしいな☆」などという、男の尊厳どころか、他の諸々も崩れ去りそうな台詞を(顔が思いっきり引きつった状態で)口に出したというのに、足止めにもならないなんて────!
くそ。
こ、こんな無様な終わり方あってたまるか!
そ……そうだ! 俺も所謂『異世界転生者』なんだから、こういった人生最大の危機にチート的能力が目覚めないはずがない!
うおおおおお! 今こそ目覚めよ、なんか都合のいい力!
流石にこのままただの幼女として終わるのは嫌すぎる………!
というか、鬼────現地のモンスター相手に無双とまではいかずとも、せめてこんな一般幼女に容易く力負けしまくるのは流石にどうなんだ。……まさか、俺のチートな異世界生活は、欠片も存在しないとでもいうのか────!?
「むぐぐ! むぐー!」
「もー、暴れちゃだめだよ。あっちにちゃんとましろのぱんつがあるからね」
「むぐーー!!!」
………あ、だめ。
ダメです。君、そっちは大人の男の俺には一切縁のない場所であって、引き摺って連れて行っていい場所じゃなくてですね………。
や、やめろ……俺を、女児下着コーナーに連れて行くなあああああああ!?!?
☆
──────俺には、否定したいことがある。
しかもとびっきりの眉唾な妄想、非現実。
しかし、よりにもよって今いる世界が世界であるため、否定しようにも否定しきれないというか。
いや、正確言えばこれは『リアリティラインが判別できない』という類の話だろう。
まず、ではあるが………前提として、俺────………正確に言えば、『林祢 真銀』は5歳までの記憶を失っている。これは覆りようのない事実であり、一つの真実でもある。
ではここで一つの疑問が思い浮かぶ。
林祢 真銀という5歳の少女が記憶を失ったとして。
なぜ、その5年間の記憶の代わりに─────『俺』は『俺であること』を思い出せた………?
そこには明確な理由があったはずだ。
例えば、『仮説①:この世界の記憶喪失とは、=肉体のデータ(それまでの保存データ)と引き換えに、バックアップデータのようなもの(前世)を思い出すこと』であるとか。
………まあ、これはないだろう。
あの病院であの担当医は『君と同じ子は結構いる』と言っていた。つまり、この世界の記憶喪失者が俺と同じような状態を発症をするのであれば、少なくともあの担当医はそのことに多少なりとも触れるだろうし、むしろ俺が前世の記憶を思い出して混乱していることに触れない方がおかしい。
次に、『仮説②:記憶喪失が起きるショックで、連鎖的に前世を思い出した』説。
これは、①が『今あるデータの消失をトリガーに、過去の別データがバックアップのように追記保存、復活』するのに対して、②の場合は、『今あるデータの消失がきっかけとなって、誤作動的に何らかの別のデータを追記保存・復活させてしまったパターン』である。
要は、①が記憶喪失になれば絶対発動するのに対して、②はバグ的な挙動で発生するので絶対ではない、というパターンだが………恐らくこれも①と同様に、『俺だけの症例のような反応を病院で担当医にされてしまった』時点でほぼ消え失せている。
─────では、これは何が原因で発生したのか。
単純な話。
これが『不自然な出来事』であったのなら、説明が着く。
どういうことか?
まず、①と②が『自然な出来事』────つまり、『この世界では誰にでも起き得る可能性のあるイベント』であるのならば、『不自然な出来事』とは、この世界ではだれにでもは起きないイレギュラーなイベントであるということ。
つまり、一般人の林祢 真銀という少女は何らかの因果を以て、特例になってしまった可能性があるということだ。
ここで一番重要なのが、『これが偶然だったのか、必然だったのか』という部分。
………ぶっちゃけ、はっきり言ってしまえばここの部分以外はもうどうでもいいくらいだ。
心の反応的にはめちゃくちゃ言いたいことがなくもないが、冷静に考えてしまえばこの部分しか重要ではない。
なぜなら、これが『偶然』の場合であるのなら、俺は退魔師に関することを知らなくてもいい。
ビバ、一般人。
なんの間違いか、一般幼女に転生してしまっただけのモブとして普通に一生を終えることになる………文句がないわけではないし、なんなら元の身体に戻れるならなんとかしてそうしたいが、そんな方法見当もつかないので、とりあえず平穏に暮らせれば万々歳だ。
─────だが、万が一………これが『必然』であったのなら。
その場合、この先に起きかねないアクシデントに対する備えとして、退魔師の知識を知ることは必須となってしまう。
繰り返すが、俺の身体は何の不幸か一般幼女である。それこそ、ご近所に住む少し年上なだけの低学年元気っ子ロリツインテ娘に何の間違いか毎回パワー負けしてしまうぐらいにはステータスがカス過ぎる一般人枠を強いられている。
つまり、これが仮に『必然』であったのならば─────『林祢 真銀以外の誰かが記憶を消して、前世の記憶を思い出させた可能性がある』ということ。
………そう、つまり『5歳の少女が両親共々、鬼に襲われた後から病院に運ばれて入院し、目覚めるまでの間に ”他人の記憶操作を行える手段” を持った何者かが干渉していた可能性がある』ということ。
(そして、現在この世界で一番可能性があるのは─────『不可思議な術を使える存在』である退魔師、もしくはその才能を持っているもの)
………まあ、あまり考えたくはなかったが………このデタラメであってほしい推理が何かの間違いで正解してしまっていた場合、相手は『一般人の記憶を無断で弄繰り回すような倫理観がカスの住人』であることはほぼ確定してしまうのが嫌すぎる。正直、絶対に外れてほしい。頼むから。
が。………まあ、その万が一が外れてなかった場合が危険すぎるので、退魔師関連の知識が必要なのだ。
冷静に考えて、仮に退魔師の関係者の犯行だった場合………そんな倫理観に中指立てて唾を吐くような行為はほぼ間違いなく退魔師の価値観でもアウトオブアウトだろうし、そうでなければ一般人枠としては正直困る。
そしてそんなアウトオブアウトかつ、レッドゾーンまっしぐらな危険行為を一般人に施すには、当然それなりの『危険を冒す動機』があったはず。
………ふむ。
………えっと、冷静に考えて意味不明では??
だって、そこら辺の一般幼女に辻バフみたいなノリで記憶操作を行ったとして、何の意味があるんだこれ??
動機が判らな過ぎてふつうに怖い。というか、これ退魔師が犯人じゃなかった場合何も対策できなくなるし………。
………そう、これ実は、退魔師以外の可能性もあるにはある。
なぜなら、この世界には人間以外の鬼という人外が実在している。
つまり、なんらかのコズミックホラー………まではいかなくとも、普通になんかよくわからない、なんとか神だとかが、なんかその場のノリで記憶を弄ってきやがった可能性も完全には否定できないのである(それはそれで単純に嫌すぎる)。
つまり、その謎の存在─────先人に倣って………仮に名づけるとしたら………正体がわからない謎の存在、則ち『存在X』が居る可能性が─────現状何かの間違いで俺が一般人の少女になってしまっているという一つの事実がある以上、今の俺には否定しきれないということ。
─────だがしかし、これを否定する方法が唯一存在している。
前もって言っておくと、普通によくわからない上位存在的な感じのふわふわした奴が、これまたよくわからない理由と動機でこんなことを仕出かしたのならもうどうしようもないのだが、『存在X』が退魔師である、というパターンを否定することはできる。
つまり、『退魔師の術の上限の観測』を行えばいい。
これはどういうことかというと、単純な話。
『退魔師には、"記憶を消す"ことも、”人の前世の記憶を思い出させる術” を使えることも出来ない』と証明すればいい。言ってしまえば、退魔師が扱える『力の自由度』の測定だ。
これを行えば、少なくとも存在Xが退魔師であるという、可能性自体は否定され、心の平穏も多少は保たれるであろう。………何? 上位存在的何かだった可能性は否定できない? いや、そっちはもう、個人の行動で何とかできるスケールの話じゃないし、もう完全に全力で目を逸らして生きていくしかないし………!
あくまでも俺が出来ることは、『一般人が頑張って何とかできること』に限定されている。
だから、当分は『一般人でも探れる範囲で退魔師のことを調べる』ことにしたのだ。
………少し考えていたのは、実際に退魔師の職業を行っている人たちに会ってしまえばいいんじゃないか、という案だが………まあ、難しいだろう。それに、仮に会ったところで、退魔師の職業仲間どころか何の関わりもない一般人に、ヒントになりそうな重要なことを話してもらえるかは疑問が残る………いや、それでも………試しにでもやるしかないか。はっきり言って、現状のままだと手掛かりが少な過ぎるし。
ともかく、それが俺が当面の間、退魔師のことについて調べる『否定すべき理由』。
今までの常識からすれば、まるで馬鹿らしい非現実的な妄想の産物であるべきものだが、繰り返すように世界が世界なので否定するのに必死にならなければならない。
☆
─────そう、この可能性は。
この非現実は、絶対に否定するべきなのだ……。
「くっ……はーなーせー!」
「はなしたら、ましろにげるでしょ?」
「うん、逃げる!」
「じゃあはなさない」
………この、何もかもが間違いすぎている絶対絶命の危機のように。