輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
「と、トイレ……っ」
病室から祖父が去った後、襲ってきた理不尽かつ不都合過ぎる現実に打ちのめされ、暫くベットの上で固まっていたのだが……………急に尿意に襲われた。
仕方なくベッドから降り、(現状、比較的には)安息の地から離れて病院内のトイレを探そうと出ようとして……………この病室にトイレの個室があるのを見つけた。
あ、ちゃんと個別にあるとこなんだ。
想定よりも移動距離が短縮できたことに安心し、この身体の腕力でも開けられるドアを開いて中に入り、鍵を閉める。
「ふぅ」
扉は閉められた。自分だけの安全な空間。
中にあるのは、男の頃から見慣れた洋式のトイレだった。
(手前に………足置き場? あっ、そっか。この身体だと座った時に足が届かなくて不安定になるのか)
親切なことに、予め置かれていた足置き場をそのまま使って便器の前に立つ。
蓋と便座─────どうやら子供用のものに交換されてあるらしい─────を開けて、いつものように立ったままパンツをずらして、股間の前の邪魔な病衣を除けて…………あれ?
「………えっと、………あ。そっか、座るのか」
便座を閉じて、試しに座ってみる。
(こ、これで………いいんだよな?)
妙にドキドキする心臓。
さっき初めて見下ろした時よりも遅れて実感する。自分の身体が、もう元の性別じゃないんだって。
便座に座るってことは、自然と顔を下に向けるだけで……細い、ムダ毛なんて一つもない、まっさらで子供肌の二本の脚の付け根と、その………柔らかい肉の、股間部が目に入った。
かぁっ、と羞恥心で顔が熱くなる。
「う、うう………」
落ち着け、これは自分の身体だ。
さっきも見た。だが、一度目よりも最悪なのが現実を、この異常極まりない現状をもうすでに非現実ではないと、妄想なのではないと受け入れて理解してしまっているのがまずかった。
(これ………ずっと、このままなのか…………!?)
逃げ場はない。
ゲームだとか、一度だけ体験してハイ終わり、と終われる類でないことにはそろそろ感づいてはいた。
だが、それを心から受け入れられるかは別だ。というか無理だ。誰がこんなことやってくれだなんて頼んだんだ。
それに─────自分の股に何もなくて……………えっと、この、この部分があって、すぐ下に尻の穴があるってかなり変では???!
当たり前のことではある。だが、自分の身体がそうなってしまうと、元の身体の方が現実として馴染みが深すぎる分、相当の違和感。というか、違和感しかない。ぶっちゃけ、変だ。
それに加えて、大人よりも圧倒的に小さな子供の身体だ。
一度意識してしまうと、男女で変わらない尻の穴の位置の安心感と、そこのすぐ隣と言っていいほどに近い場所にある『それ』─────顔を下に向けるだけで見える、股間部にある稚肉の線が─────今はもうすでに自分が男ではないのだと、視覚的に認識してしまいそうになり……………それを心は否定した。
自分は男だ。男なんだ。
涙目になり、必死に現実を否定する。
根拠も何もなく、それはかつての栄光に縋る没落した貴族のようにも見えた。
過去は過去で、今は今。
どうしようもなく現実は「さっさと受け入れろ」と冷酷に急かしてくるが、そう上手くいくはずもない。
どんなに否定しようが、現実は変わらない。………そんなのは、理屈の上ではわかっている。
だが、そうでもしないと心を保てない。心が否定したいと叫んでいる。
だって、どれだけ薄っぺらい否定だとしても、記憶はあるんだ。自分はこんな体ではなかった。もっと大きくて、背も高くて……………こんな、こんな………弱い、少女のような身体ではなかったのに。
「ぐすっ………くそ」
泣いてない。負けてなんていないんだ。
こんなくそったれな現実に負けてなんてやるもんか。
そう心に誓っていると、膀胱の中で、尿意がいい加減にしろと催促してきた。
(えっと…………これ、どうすればいいんだ? そのまますればいいのか………?)
便座に座って、『その後』。
するっていっても、どうすればいいのか。
えっと、男のホースがないってことは……そのまま出す?
正直、かなりギリギリだった門を緩めると、しゃあーっと勢いよく股間の根本から溜まっていた液体が流れていった。
「うひゃっ!? あっ、ううー………」
変なことではないことは判っている。ただの生理的な現象だし、恥ずかしがることなんて何もない。
それでも、今まで出たことがないような場所から………その、尿が勢いよく出ていくのはちょっと、どうしていいかわからなくなる。
何度か止まっては出てを繰り返したら、溜まっていたものは出せた。
…………ただ、はじめてだった分、驚いて咄嗟に少し変に股を閉じてしまったからか、まだ温かい液体が太ももの付け根に少し掛かってしまった。
「……………」
無言で横の………壁に設置されているトイレットペーパーを取り、拭う。
立とうとして、まだ尿の出口が濡れていることに気付き、男との違いに辟易しながらそれもトイレットペーパーで綺麗にした。
「トイレはもういい…………」
そう口に出しながら、しかし今後も永遠と同じことを繰り返さねばならないことに気づいてしまい、ゲンナリとしながらトイレを出てベッドに戻り、テレビから情報収集をしつつ、精神回復を行うのだった。