輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
──────少し、意固地になっていたのかもしれない。牙咬 楓はあの日見送って以来見かけることのない少女にしてしまった仕打ちに後悔していた。
戦場に立ち、前線で戦い人を守らねばならない職業上、どうしても身内の安全には気を割いてしまう。
カエデは特に、現場に居なかったとはいえ過去に夫を鬼に殺されている。それ故に身内の人間以外には薄っすらとした警戒心が有り、もっと言えば残された家族との日常生活に亀裂を与えそうな要素を持つ人間には過剰に排他的な態度を取ってしまうようになってしまっていた。
あの少女─────リンネ マシロと名乗った幼い少女にはそれがあった。
……いや、正確に言えば牙咬 楓の知識と家柄、そして仕事上の経験も相まって "そう見えてしまった" というのが正しいだろう。
あの少女はカエデの末の娘にそっくりだった。
容姿が似ている。
それだけではない。
多少強引ではあったが、途中から風呂で裸を確認したところ、髪色、目の色、肌色だけでなく肉付きや骨格まで似ていた。
カエデには "リンネ" などという家名に聞き覚えはないが、カエデの一族には『似た容姿を持つ別の一族』が居ることが代々伝えられている。今も北に根を張っていることはカエデも知っているが……その『家柄故の警戒すべき対象』が、カエデにこの一般人の少女に過度な警戒心を植え付けてしまっていた。
そういった事情も相まって、カエデは表面上は兎も角、内心ではかなり動揺していたのだろう。あの少女が帰る際にも見送りこそすれど、5歳の非力な少女を家まで送っていくという判断が出来なかった。
……そう、別れる頃には判っていたはずだ。
カエデの頭に過った一族の一員であるならば、カエデの事を知らない筈がない。自慢でも何でもなく、仕事の関係上、自分はかなり有名な部類の人間であり、あの一族が此方のことを把握していない筈がない。
カエデは先代の当主のように家同士の権力闘争などには関わろうとしておらず、牙咬のそういったアレコレは先代を最期に捨て去っている。……本人がそうしろと言ったのだから、それでよかったのだろう。
──────────今より5か月後に、このことを再び振り返ってみると、あの人は既に、牙咬がもう必死にならずとも良いと確信していたのだろう。
それ故に、家としての力を捨てるなりにカエデに残した言葉があった。
やれ、あの小僧と共に生きたいならこの家には住むなだの、これだけは最低限持って行けだの、これからの当主はお前だだの、好き放題言った末に高校の卒業も待たずに逝ってしまった。……あの人らしい、最期だったと思う。
ともあれ、そんな先代のありがたい遺言のひとつが、その一族には警戒しておけ、という言葉だった。
故に、だ。
その一族との因縁を考えれば、少女がもしその一員であるのなら、牙咬の家名に聞き覚えがない筈がなかった。
逆に言えば、少女が牙咬の家名を知らないことが判った時点で少女の潔白は証明されていた。
……先代の話によれば、その一族は必ず牙咬を越えることこそを目指しているといい、あの日の少女の行動を見れば、そのような牙咬に対する執着心が一切無いことは明らかだった。
故に残ってしまったのは、ごく普通の一般人の少女を、帰り道もよく判っていない状態で、しかも保護者の送迎も無い惨状でそのまま帰してしまったという事実のみ。カエデの心には罪悪感が塗りたくられていた。
あの娘に瓜二つの少女にまた会ったらどうするか。答えを出せず、そのまま仕事から帰宅してなんだか騒がしい声のするリビングの扉を開けたカエデは──────
「ましろー! 逃げるなー!」
「〜〜〜っ、逃げるに決まってんだろ!? だれが二度もいっしょにお風呂なんか入るか、ばか!!!」
「もう、お風呂に入るだけでしょ!!?」
「着替えがないって言ってるんだけど!!?」
「この前みたいに、はやての着ればいいだけじゃん!!! 何も問題ないでしょ!?」
「うん、ましろははやての着るからだいじょぶ」
「どこが!?!?」
どたばたと障害物を利用しながら必死に逃げ回る件の幼い少女と、どこか楽しげに追いかける娘ふたり。そしてそれを離れた場所から困り顔で眺めつつ、洗濯物を畳んでいる制服姿の少女が居た。
「……お師匠様、お帰りなさい」
「……えっと、これはどういう状況?」
……帰宅した家の中は実に