輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
ネネちゃんが持ってきた、フォトフレームの中の写真を受け取ってみてみる。
端正な顔立ちに黒縁の眼鏡に高級そうなスーツを着た、長身の男性。
優し気な眼差しを我が子に向けている、美人の長髪の女性。
「その人たちがマシロのパパとママなんだ」
「─────────」
このひとたち、が?
俺とはあまり似ていない………だが、確かに何方も容姿端麗で、何よりも中心にいる少女に自然と寄り添っている二人。
その中心にいた、金色の髪留めをしている────────この身体と同じ顔をした、知らない
今まで、この世界に来てから………ほんの少しの幻想があった。
俺は自分がどうやってこの身体に記憶を引き継いだのか………記憶がなぜ戻ったのかを知らない。
だから、もしかすると俺はあの病室で目覚める以前から記憶を取り戻していたのではないかと。
鬼による事件の後にリセットされたのは、『この世界で生まれてからの記憶だけ』で、だからこそ───────『自身が記憶を取り戻したタイミング』はもっと前からだったのでは? だなんていう、希望的観測が成立していた。
それを見た瞬間に、そんな架空の幻想は砕け散った。
「─────。─────」
俺には、そんな心の底から幸せそうな顔は………できない。
☆
「ネネちゃん、ごめん。─────お泊りは、するから。明日でもいい………かな」
「ましろ?」
「きょうは、かえって」
「なに言って」
目の前が真っ暗に塗り潰された。
張り裂けそうな胸を、服の上からきゅっと握り絞める。
身体の外から聞こえてくる心配そうな声が、どうしようもなく、痛い。
「帰って!!!!!」
「っ!?」
爆発した感情のまま、壊れた─────知らない、勢いだけの声が、いつの間にか二人しかいない空間に響いていた。
(──────ぁ、)
気づいた時には遅かった。
反響した悲鳴に近い拒絶の言葉。
何をしているんだ。
俺は、何を。
「ごめん………!」
「ッ、ましろっ!!!」
後ろから聞こえた声を無視して、階段を駆け上がる。
手放してしまった、フォトフレームが地面に堕ちて砕け散る。
その音を聞いてしまって、更に心臓がはねて、脚に力が入った。
ばたんと閉まった扉。
いつの間にか居た………ベッドだけの自室に、荒い息だけが聞こえた。
………追って来ない。
ほっとして、自己嫌悪した。
あの子が追いつけない訳がないし、俺をつかまえられないわけがない。
───────俺が、捕まえられないようにしただけだ。
「俺、は」
────────俺は、林祢 真銀じゃない。
ずるずると、背を預けた壁を伝って床に辿り着き、膝が目の前に現れる。
その膝さえ、邪魔だったから。見えなくするために抱え込んで、何も見えなくした。
「わたしは、わたしじゃない」
壊れたノイズが、心を埋め尽くしている。
俺は、林祢 真銀じゃない。
だって、自分は………あんな顔、出来るはずがないから。
………今更、そんなことに気づいた。
いや、ずっと気づいてて、知っていって、見ないふりをしていただけだった。
俺には、家族なんていない。
家族なんていない。
家族がいるっていう事が、どういうことかなんて知らないんだ。
─────俺は、期待していたんだろうか。
元の世界でのことを思い出す。
親というモノが居ない子供なんて、世界を見ればごまんと居るだろう。
だが、それでも……どれだけ強がろうと、目を塞ごうと、世間一般で『普通』は親が居るものらしい。
俺には、それが理解出来なかった。
そして、俺が理解出来ない異端であることを、学校という小さな箱の世界は強制的に突き付け続けた。
俺にとって、普通というのは空想で。
普通の子どもにとって、それは異常だったというだけ。
だから……俺は、それを知りたかった。
誰もが平等に、普通に当たり前に持って生まれてくるスタートラインの幸福を、知ってみたかった。
だから抗った。
普通はそんなモノを求める為に必死にならないと知っておきながら、永遠と普通を知りたいと願い続けた。
その過程で、自分以外の人たちに勝手に期待して、勝手に絶望し続けた。結局は手に入らないのだと、いつの間にか思考は停止して……そのまま考えずにいればいいのに、気づけば再び
『─────君の欲しいものは、君が妥協を覚えない限り手に入らない。絶対にね』
先生の言葉が、未だに脳髄に反響している。
──────できるわけが、ない。
だから、拒絶した。
彼女たちが、ほんの少しだけ体験させてくれた……自分が、ずっとずっと求めていたもの。
受け入れる訳にはいかない。あの子たちの日常は、あの子たちだけのものだ。俺が奪っていい類のものじゃない。
──────それが、もしかしたら手に入っていたとしたら?
写真立ての中にあった、自分ではない誰かの幸せ。
それが、もし……自分が、素直に受け入れられるものだったとしたら?
「ちがう……」
受け入れられるはずがない。
あの────砕け散る前の、
「わたしは……」
ぎゅっと、暗闇の世界を固めるために、膝を抱える腕に力を入れる。
そのまま、ずっと……もう、何も見たくないから。
「ましろ──────入っていい?」
─────閉じ切った扉に、声が掛かった。