輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
─────それは、ずっと突き刺さったままの胸の傷だった。
『痛ッ』
『あっ……ごめん、◾️◾️ちゃん』
『ねねちゃん……いいかげんにして! 痛いって言ってるのに、何回もしないでよ……!』
『ごめん……』
『ワザとでしょ!? ふつう、こんな強い力でひとのこと触ったりしないもん!!』
それは入学してから暫くしてからのこと。
記憶の中の教室で、友だちだった子が自分に強く怒る。
気づけば猫音は"むっ"、とした顔になっていた。
『……わざとじゃないし、つよい力でさわってない。あたし、ちゃんとパパといっしょに練習したし……がんばって、ふつうに、てかげんできるようになったもん……!』
『痛かったもん!! そんな誰にでもわかるウソつかないでよ!?』
嘘じゃない。
嘘じゃないのに、なんで信じてもらえないんだろう。
──────パパとの時間は、ママがおうちにあんまり居ない頃の……記憶の中にしかない時間は──────
"パパと練習したのに、じょうずにできない自分がわるい"
……わかってる。
わかってるけど、でも────じゃあどうしたらいいの?
どれだけ頑張っても、一瞬でも気を抜いてしまうと力加減を間違えそうになる。なら、最初から触りたくなんてない。触れ合いたくなんてない。
だって、自分だけこんなに頑張らないといけないなんて、"違う" みたいに感じるから。
──────普通の人間じゃない──────
退魔師の子どもだから?
そんな風に思いたくない。
ママは大好きだし、パパもママのこと大好きだったから、そんなこと考えたくない。
じゃあ─────自分だけ?
自分が────あたしが、牙咬 猫音だから?
「っ」
わからない。
なんで、自分だけ違うのか、わからない。
"ふつう" があたしには解らなかった。
つらい。くるしいよ。
パパ────なんで、いなくなっちゃったの?
ねねのこと置いて────なんで、死んじゃったの?
ママだけじゃなくて……退魔師じゃない、『普通』のパパがいないと……もう、わかんないよ。
少女には才能があった。
数千年に一人。
そういう類の、超人である退魔師ですら手の届かない場所に容易く手を掛けられる能力が生まれながらに備わっていた。
強靭な肉体。
高い身体能力。
それに加えて、正しく最上の退魔師に成る
それ故に、同じはずの人間はどうしようも無く脆過ぎた。
いや、そもそも子どもというものは大人よりもか弱い生き物だ。
ネネと同じ学年の子ども、母親と違って命気の肉体強化すらない─────『普通』の子どもたちの身体は、小さ過ぎた。
拍車を掛けたのは妹の存在だった。
昔よりも力加減が出来るようになったということもあるが、何よりネネは所謂第六感と呼ぶべき感覚に優れていた。
万能ではないものの、近くに居る身内の危機をなんとなく感じ取れた。
端的に言えば、妹の颯に対してだけは手加減が他の子供たちよりも判り易かったのだ。
自然に、牙咬 猫音という少女は学校で毎日会うクラスメイトたちと触れることを避けるようになり、他人と強く触れ合うことを恐れるきっかけとなった1年生の同級生と会うことがなくなっても、あまり身内以外には触れないようになっていった。
家の中で本を読むことを好む妹のように、あまり運動的ではない子供ならば気にならなかったのかもしれないが、元より猫音は活発的な女の子だ。
可能であるならば他人といっしょに外で遊びたい。
パパと昔、よくしていたように隠れんぼや追いかけっこをしたい。
普通に、みんなと同じように……生きていたい。
どこか遠い存在に感じる同級生たちのいる学校から、妹の待つ家に
それがいつも通りになってしまってきた頃に─────猫音は、公園で『もうひとりの妹』を見つけた。
☆
割れて砕けたフォトフレームが、床に散らばっている。
破片となってしまった硝子の向こうに、先程猫音が傷つけてしまった少女が────少女の、居なくなったパパとママといっしょに写っていた。
「ましろ……」
牙咬 猫音の心は孤独だった。
退魔師であり、家族である母親はもちろん、妹のはやても猫音のことを拒絶などしない。それは事実ではある。
……だが、それは二人が家族だからだ。
無条件で異常な自分を受け入れてくれる人間は二人以外に存在しない。
いや、最初だけなら受け入れてくれるかもしれないが、少し時間が経てば『猫音が自分たちとは違う生き物』だと気づくのだ。
少なくとも、学校ではそうだった。
誰も、異常なモノを異常だと認識した上で受け入れたりなどしない。
だからこそ────
────マシロ。……私は、林祢マシロ。
────……じゃあ、『ネネちゃん』で。
────……どうかな。もう会わないかもしれないし、出会う必要もない。
────はなしきいてた??
────いや、あのですね? 別にねねさんからにげようとしているわけではなくこれはせんりゃくてきてったいといって。
────ふげっ。
────ぐえ。
────なにか、私に話したいことがあったんじゃないのか?
────…………。どうしてそうなったのかがよくわかんないけど………ねねちゃんのこと、きらいにはなってないから。
────へー………?????
────わっつ???
────なんで???
たった数日。
それだけで……十分すぎるくらいの、少女の声が猫音を救ってくれていた。
「あたしは……」
────あの日。偶然、公園で出逢った少女は……牙咬 猫音にとって、はじめて────家族以外で、ずっといっしょにいて欲しい対象になっていた。
……なのに、ネネはマシロをまた傷つけてしまった。
ネネは少女が─────『ママも居なくなった自分』だと、わかっていたはずなのに。
──────階段の先に、ましろがいる。
動けない。
傷つけてしまったのは自分なのに、マシロを傷つけてしまったことが……痛い。
上がらないといけない。
この階段を登って、仲直りしたい。
なのに、足が動かなくなってしまった。
「………っ! そうじゃないでしょ」
妹とかくれんぼをしているときに度々感じる感覚。
その現象がどういう理屈でどうしてそうなるのかまでは解らずとも、猫音はただ自身がやるべきことだけは理解した。
───────今、この階段を登らなければ、あの子はずっとひとりぼっちになってしまう。
どうしてそう感じたのかはわからない。
ただ、確信があった。
だから───────猫音は心の