輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
入って来てもいいか、か……。
「……いまは、入ってこないでほしいかな」
扉の向こう側の声色に、扉越しに精いっぱいギリギリの声を返す。
正直、今は話しかけてこないでほしい。メンタルが正常じゃないんだ、傷つけてしまうかもしれない。
拒絶して、十数秒待つ。
………立ち去る気配が、一切ない。
「……………」
「……………」
………これ、向こうがずっと扉の前に居るのを判った上で黙ってる状態の方がきついな。
ため息をつき………仕方がないので、話を聞くことにする。
「─────、それで、何の用?」
「仲直り、しにきたんだ」
─────仲直り、か。
「する必要なんてないよ。──────私たちに、そこまで深い繋がりなんてないんだから」
そう。
キバガミ ネネという少女と林祢 真銀……その紛い物にそんなものなど無い。
あるのはただ、少女と少女が姉妹に見えたというだけ。
それで終わり。
数日だけだったけど、夢は十分に見れた。
だからこそ、夢は夢のまま……終わりにしなければならない。
祖父に─────何処かへ引っ越せないか、頼んでみよう。
……両親の葬式の話もしてくれなかったこととか、あれから一度も家に訪れてくれなかったことを気にしてたくせに、こんな生きるのに必要のない我が儘を言うのは……自分のことが嫌になりそうになるけど、仕方がない。
本当は、祖父に頼らず家を出ることも考えた。
俺の一生は結局、欲しかったものを掴めずに終わった。
この身体での探究も、ここで終わりでいい。
そう考えると、少し楽になった。
存在Xのこととか、退魔師のこととか、色々と気になることはあったけど、俺にとってそのすべては生きていなければそこに辿り着けなかったからだ。
生きているという前提さえあれば、掴める何かが少しでも残っているかもしれない。そう思っていたからこそ、俺はこの訳の分からない現状をどうにかしようと思えていた。
だが、その前提は必要無くなってしまった。
俺の探していたものは、そもそも最初から無かったのかもしれないから。
……なら、もういい。
辿り着けないと理解した以上は、もう終わりだ。
俺が生きている必要は、もう、無い。
故に、もし俺が元の身体のままこの結論に至っていたのなら、そのまま生への執着は捨てていた。
けれど、この身体は元々は……ただの一般人の少女のものだ。
林祢 真銀という少女の肉体に囚われているという事実だけが、最早生きる意味が無い世界に、僅かに俺を縫い留めている。
そして、それは同時に『林祢 真銀が住んでいた家に居る』ことへの必要性の消失を意味している。
俺は、もう─────この家に居なくて、いい。
「だから、もういいんだ。私とネネちゃんは、もう二度と会わなくていい」
「──────ましろ!!!」
顔を上げる。
一際大きな声が扉の向こうから響いてきた。
ネネちゃんが─────ばーん、と扉を勢いよく開き過ぎて、ドアノブが激突した壁にひびが入る。
「…………」
「…………」
「………よし!」
「おいこら」
なにがよしだ。こやつ。
「───………何で、入ってくるの」
「ましろが、いなくなっちゃうから」
真っ直ぐな瞳。
何処までもはっきりとした声が、ぐちゃぐちゃになっている心を更に掻き乱す。
……林祢 真銀はこの子とは何の関係もない。
なのに、居なくなるから?
「─────それの、何が問題なんだ!?」
「─────ましろが居なくなったら、イヤだからに決まってるからでしょ!?」
なんで……なんで!!
──────なんで、そんなことを言うんだ!?
「最初と、同じことになるだけだ!!!」
そうだ。
仮に俺が居なくならなかったとして、それがどうなるっていうんだ。
結末は、末路は………結局は同じだ。
周りに、人に、期待なんて向けるべきじゃなかった。
かといって、身勝手に自分の手に入れたいもののために他人を利用するのも違う。
いや、そんなことをして手に入れるものではないと頑なに否定して、だから理想は空想でしか描けなくて。
それで、その果てに期待すべきじゃなかった人たちに、勝手に幻想を抱いて、それが結局幻想で終わってしまったからって、当たり前のことで勝手に傷ついて!!!
「…………そうだ、だから、私がいつも、勝手に期待して、勝手に絶望して……!」
──────────こんな自分は、誰かの傍にいるべきじゃない!!!
──────────………だけど。
「ネネちゃんも、私なんかとは……仲良くならない方がいい、から……!」
─────彼女たちが、羨ましくなかったかというと、きっと……ウソになる。
☆
それは、血を吐くような声だった。
「…………そうだ、だから、私がいつも、勝手に期待して、勝手に絶望して……!」
「ネネちゃんも、私なんかとは……仲良くならない方がいい、から……!」
膝を抱えた少女が、苦しんでいる。
牙咬 猫音は、扉の先に居た────壁に追い込まれたその少女に目を合わせて、言葉を伝えることにした。
「ましろ、聞いて」
「あたし────知りたかったんだ」
「知りたかった……? 何を?」
「ましろのこと。はやてにそっくりで、だけど─────────同じじゃない女の子のこと」
☆
ネネは、泣いていていた目の前の女の子に、ひとつひとつ言葉を伝えていく。
ネネの妹にそっくりで、けれど本当の家族じゃなくて、だからこそこの子は居なくなろうとしている。
だからネネは知りたかったと言った。
この子のことを。リンネ マシロという少女のことを。
ネネのその言葉に嘘はない。
けれど本当は………知りたいというよりも、本当はこの子との繋がりが欲しかったのだろう。
牙咬 猫音という少女にとって、この子は自分だったかもしれないから。
☆
世界で一番つらい思いをしているのはきっと自分だと思っていた。
『片方の親が居ない』という一部分しか知らないくせに、知らない人間がかわいそうなモノだと軽く言ってくるのがどうしようもなく嫌だった。
───────仕方がない。………わかってる。
二人しかいないのに。
───────仕方がない。………わかってる。
自分には二人しか、いないのに………ママたちを取っていく人は、他に沢山一緒にいてくれる人たちがいるのに、二人を取るのが嫌で嫌で仕方がなかった。
───────仕方がない。………わかってる。
………ネネには、ママとはやてしか、残っていないのに。
「でもね。ましろがいなくなって、いなくなっちゃったこと考えてたら………気づいたんだ」
………じゃあ、ましろは?
はやてが最初からいなくて、ママが居なくなったましろは────────?
「だから、ましろは………おんなじなんだって」
自分が、牙咬 猫音が。
パパだけでなく、ママも居なくなっていたら?
そうだ。
あの子は。
はやてが居なくて、パパが居なくなって、ママが居なくなった──────牙咬 猫音なんだ。
「─────ましろ。いっしょに帰ろ」
言葉はこれ以上なく、すとん、と出ていた。
不自然だなんて思わない。
このくらい強引で、だけれど本当の言葉をぶつけなければ、この子は連れて帰れない。
どこまでも真っすぐな瞳に、マシロの瞳も揺らされた。
「なんで、そこまで……私といっしょに居たいんだ」
ぼそり、と苦し気に呟いた。
だから、牙咬 猫音はどこまでも本気の言葉で返していた。
「─────あたしがましろのお姉ちゃんだから」
誰が聞いても違うと言うだろう。
馬鹿らしいと、そんなことがある筈がないと言われるかもしれない。
だけれど、牙咬 猫音は誰が聞いたとしても、そう答えると決意した。
「……違うよ」
「違わない」
「……違う」
「違わない」
「ッ────ちがう!」
「────ちがわない!」
「──────ましろが寂しがってるなら、あたしがずっといっしょにいる!」
子どもの言葉だ。
真っ当な理屈なんて存在していない。
だけれども、だからこそ─────。
「いいの……?」
「いいの!」
「……ずっとは、いられないよ。おねえちゃん」
少女の心が、ようやく暖かいもので溶け始める。
だから、元気いっぱいにネネはこう返すのだ。
「だいじょうぶ! ましろの手は、あたしが繋いであげるから」
その言葉通りに、ネネは手を差し伸ばして、ましろにしっかりと握らせた。
少女は、くすりと、仕方ないなぁと笑ったのだった。
──────────少女がやっと、壁際から立ち上がった。