輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
──────門前の虎、後門の狼という言葉がある。
門前にいる虎を追い払ったら、裏の入り口から狼が出てきて、災いは連続することがあるという意味だ。
しかしだ、それは虎をどうにかできる能力があって成り立つ流れであり、時に人はそれらを同時に相手しなければならない時がある。
「あれ? マシロだ!!!」
「……マシロ? どうして此処に」
現在、門前に虎と狼が同時に現着。
……どうしようか、これ???
☆
まぁ、こうなってしまったなら仕方ない。
後は流れでなんとかするか。
「ネネちゃん。ちょっとだけでいいから、私に楓さんとお話しをさせて」
「ましろ……? あのね、ママは今からお姉ちゃんといっしょに、ここに入って特訓しなきゃならないんだよ」
まるで、着いてきてはいけない場所に着いてきてしまった幼い女の子に教えるように言われる。
それは事実だ、だけど此処で引くつもりは毛頭ない。
「ネネちゃん、お願い」
「……うーん、わかった。ちょっとだけだよ?」
「ありがとう」
一瞬悩んだ末に、受け入れてくれた。
改めて楓さんに向き直り、顔を見上げる。
「楓さん。ここでネネちゃんは退魔師としての訓練をするんですよね」
「……え、ええ」
再び道場を見上げながら、静かに言葉を連ねる。
「そして、この後─────退魔師として活動することになるんですよね」
「ええ」
退魔師としてネネちゃんが活動する、それは今さらなことだ。当たり前のことではあるが、この世界の人たちは生きているし、鬼という災害が恒常的なものである以上は退魔師という職業は誰かがやらなければならないものであり、命気を操るという限られた才能の持ち主しか出来ないことならば、退魔師の家に産まれて後継者としてネネちゃんが期待されるのは必然だろうし、ネネちゃんも不安はあってもそれを受け入れて進んでいる以上は、俺はそれを止めることはしない。
……まぁ、修行が始まる直前にネネちゃんがやりたいかどうかは一応訊いたりはしたし、辞めたいなら味方になるとも言った。その上で、ここまで来てしまったのだから、もう後は傍に居るくらいなものだ。
だから、これくらいは我が儘を言わせてほしい。
「なら、私にも見せてください。ネネちゃんが─────きちんと私たちの家に帰ってこれる証を」
「……それは」
想いを込めて、楓さんの瞳に視線をぶつけた。
「別にネネちゃんが勝ってる姿を見せろ、とは言いません。………楓さんが自身以外で交流戦を認めたのなら、相手の方は今のネネちゃんの "壁" として必要な方なのでしょう?」
「………」
そこまで、解っていたのか、と瞳の中の驚きと困惑にすこし苦笑してしまいそうになった。半分くらいは当てずっぽうで、残りは今までの日常生活で細やかに聞こえた情報から推定したことだったが、どうやら当たっていたらしい。
……なら、後は踏み込むだけだな。
「なら、私はせめてそれぐらいは自分の目で確かめたい。────────この先、私が関われない異形の怪物との戦いとは無関係の場所で、あなた達を待つために」
これは勝負だ。
思い付きで仕出かしたことではあるが、俺にとってここは譲れない部分だった。
俺は一般人だ。単なるよわよわ幼女の身体しか持ってはいない。
だけど、それならせめてネネちゃんたちが危険な場所に行っても動揺なくいつもの場所を守っていたい。
そのための勝負だ。
そのために此処に来た。
楓さんに瞳をぶつける。
此処は引かない、引けない。
わがままだろうし迷惑もかけるやり方だ、かといって前日に同行を願っても断られていたことは明白だ。
それでも今ここで確かめておかなくては、俺はあの家でこの子たちが帰ってくることを待てなくなってしまう。
だから、このギリギリのタイミングで勝負をする。
秒、或いは十数秒だったのかもしれない。
言葉以上に、確かな言葉を視線でぶつけた。
「………マシロ、暫く此処で待ちなさい。………我堂の当主と掛け合ってみます」
「っ、ありがとう。楓さん!」
絶対に引くつもりが無いと判ったのか、折れてくれたのは楓さんだった。
こうして無事に俺も道場見学の権利をもぎ取ったのだった。
☆
「あ、それとここでは私のことを『はやてちゃん』として扱って下さい。その方が今回は都合がいいでしょうから」
と提案したら呆れられた。
なんだ? 俺は使えるものは使う主義だぞ。毎回電話をガチャ切りして碌に会話をしようとしない祖父にも、必要性のあるモノは遠慮なく言ってみることは覚えた。そこそこの大きさの家に幼児ひとり放置気味なのは変わらないんだし。
加えて、今あの子は退魔師として活躍している訳でも、一般人に注目を集められている訳でもない。今のあの子は俺と同じく一般人の幼児として暮らしている。あの子が退魔師になるかどうかは、これからあの子自身が決めるべきことだ。
故に今俺が一時的にあの子から借り受けるのは『牙咬家の子ども』という立場のみ。それだけを道場に居る間だけ借りることとする。向こうもその方が納得し易いだろう。
それに、家で見てくれている雪果ちゃんもはやてちゃんのことを言いふらしたりはしていないし、する子でもないので帰ってきてから今日あったことを話せばいいだろう。
というか、この先はやてちゃんと容姿が似ている影響で現在進行形で苦労していく予感しかないんだから、これくらい利用しても文句は言われることはないだろうし、言わせない。
出来ないことがある、今はまだ手を伸ばすことすら出来ないものもある。なら、やれることをやるだけだ。
「ねぇ、ましろ」
「『はやて』」
「うっ……は、『はやて』はあたしが負けると思ってるの?」
今回だけね、と去り際に釘を刺した楓さんが道場の主に話をしに行っている間、ネネちゃんも俺と話がしたかったらしく、一緒に門前に残ってくれた。なので、今のうちに『呼び間違い』の訂正をしておくことにする。
「わからない、っていうのが正直なところかな。私、『お姉ちゃん』が退魔師としてどれくらい強いのかを知らないから」
「そっか……あたしたちの修行、あんまり見せてもらえないもんね」
「うん。だから、今のうちに知っておきたかったんだ。お姉ちゃんのこと」
「わかった」
その代わり、道場内では普段はしない『お姉ちゃん』呼びをすることで納得してもらった。そのためか、ネネちゃんは若干のにやにやを隠せていない。……自分から提案したことではあるし、面倒ごとを避ける為に必要なことではあるが、やっぱりすこし、恥ずかしい。
「けど、楓さん………ママが必要だと判断したなら、今のお姉ちゃんに必要な戦いなんだと思う。……だから、がんばって」
「うん……がんばる!」
それはそれとして。
………楓さんをママって呼ばなきゃならないの、申し訳なさと恥ずかしさがあるのでかなり早く終わってほしくなってきた。たすけて。