輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
それはそれとして、ようやくスタートです(5年……長かった)
楓さんが東都の外の遠征から帰ってきて数日経った。
たったの1日の遠出だが、なかなかに大変だったそうな。
あとは、ネネちゃんもそろそろ専用武器の扱いにも大分慣れてきたらしい。
ただ、やはり退魔師の仕事は危険なのか、時々怪我をして帰ってきたりする。……あんまり危ないことはして欲しくないのだが、退魔師として活動するなら仕方のないことなのだろうか。
それはそれとして、気になることがある。
ハヤテちゃんの様子が可笑しいのだ。
時折、すこしだけ男口調が混ざったり、こちらを見て何かしら悩むような仕草をしたり。
いや、少し前にネネちゃんが特撮を見て変な男口調で話してたから、それを真似したりしているのかもしれないが………何に悩んでいるんだ?
リビングで洗濯物を畳みながら、近くでテレビ─────ニュース番組を真剣に見ていたかと思えば、時折此方を見てはやめるハヤテちゃんに、声をかける。
「ねぇ、ハヤテちゃん。……何か、困ってることでもあるの?」
「え、あ、ううん。何でもない」
「………?」
………何か、俺に言えないことで悩んでいるのだろうか。
そういえば、2日前の日曜日に新しく見つけた非常事態時に使えそうな場所を幾つか見て回って帰ってきたのだが、その時からこんな感じだった。いつも通り、三人でお風呂に入った時も妙な反応をしていたし、寝る時も何か変だった。
………まさか。
「はやてちゃん、ちょっとごめん」
「え? ………う、うわ!」
髪をよけて、おでこをくっつける。
この子と俺の平熱はほぼ一緒だから、熱があるときはこうすれば大体わかる。
ほっぺは少し赤いけど………この分だと、大丈夫そうかな?
「ん………熱は無い………みたい?」
「う、うん」
「なら、よかった」
ほっと安心する。
もし風邪をひいていてもつきっきりで看病はするが、病気にならないのが一番だ。
「じゃ、じゃあ………オレは、もういいよなっ!?」
「いいけど………あっ」
頬を赤らめたまま、階段の方に走り去ってしまった。
恐らく、また自室に行ったのだろうが………今まで他の家族が居ない平日の日中はかなりべったりだったので、急に離れようとする様子に困惑する。
………思春期、という奴なのだろうか。
☆
年に2回行われるオタク達の祭典。そこに参加していたオレは、思わぬ幸運に頬を綻ばせていた。
「新刊残ってるなんてラッキーだったなぁ」
開幕と同時に会場の外にまで続く行列が出来る人気サークル、くるりん亭の新刊が手に入ったのだ。
時刻は午後1時半、仕事の疲れか完全に寝過ごして諦めていた。しかし神は頑張る人間を見放さなかったらしい。
たまたま参加していた知人がオレの分まで確保しておいてくれたのだ。感謝を伝えて代金を支払い晴れて自分のものとなった薄い本をかばんに詰め込む。
戦うヒロインが怪物に負けてエロいことされるジャンルでその人有りと言われる作家の本だ、流石に自宅以外で広げる蛮勇さはない。
軽く見回ってめぼしい本を手に入れた後、電車を乗り継ぎ都内の自宅へ帰宅する。
親元を離れて移り住んだボロアパート、愛しの我が家だ。
帰り道にスーパーで買った少し高めのパック寿司を食べながら、今日のまとめをネットで漁る。
ガチで買いに行く人間ならリストから何から予定を立てるんだろうけど、オレは会場の雰囲気を味わった後は、買えるものは通販で買う性質だ。
めぼしい物をピックアップしていると、不意にあくびが出た。……そりゃそうだ、寝起きでイベント会場まで直行してあるき回ったんだから疲れているに決まってる。
「8連勤だったしなぁ」
休みを取るために無理した結果、寝坊してたんじゃ世話がない。
「よし、寝よ」
幸い取れた休みは2日分、今日はもう寝て明日ゆっくり用事を済ませよう。手っ取り早くシャワーを浴びてベッドに寝転がった。
……疲れていると、余計な事ばかり考える。親との折り合いが悪くて飛び出したのはいいものの、生活は困窮するばかり。
なんとかしなきゃいけないと思いながらも何年が過ぎたのか、オレは今日も燻っている。
思考を無理矢理停止させてしばらく、やっと来た眠気に身を任せてうとうとして――。
「─────!?」
唐突に、オレは戻ってきた。
「あ、え、ふあ?」
喉から漏れるのは記憶にはない甲高い声。驚いて喉に触ると、目に映る手は小さな子供のようなもの。
何がどうなったのか、オレは確かうとうとしながらいつの間にか眠って……それで……。何か凄く熱くて苦しくて、そこから先は覚えてない。
だったら今こうしているのは何で、不思議に思って周囲を見回す。僅かに埃が残る小さなスペース、どこかの家の天井裏だろうか。
足元に落ちているのは古い古文書みたいなもの。オレはここで、あの子とみつけた、古い本の……。
中に書かれていた、術をこっそりと、試していた。
……思い出した。そうだ、"ママ" に内緒であの子といっしょに家の中を探検している時に屋根裏の入り口を見つけて、ずっとそこを秘密基地にしていたんだ。
秘密基地で見つけた古い箱。中に入っていた書物の中で断片的に読めた情報を基に、独自にアレンジをした術を使った。
魂の記憶を探り、覚えていないような過去や前世を覗き見る術。
「……」
落ちている本を手に取る。読めなかった部分まで、今ならハッキリと読める。
本来は前世の映像をちらっと見る程度のものだった、だけどオレは……どうにも、天才児ってやつだったらしい。
好き勝手なアレンジによって術は根本から変わり、前世の記憶を自分のことのように鮮明に、完璧に追体験してしまった。
そのせいだ。いくら頭が良くても6歳の女の子、20年を超える人生を追体験したことによって前世の記憶が上書き……いや、うーん、違う。追記保存……?
落ちついて思い返せば、頭の中には今までの自分の記憶がちゃんとあった。今日の記憶もあって、そこから20数年ほど男として暮らしてから子供の頃に戻ってきたような感覚だ。
オレは『
そこまで思い出して頭を抱える。……いや女の子で退魔師って、東都って。
ここは前世と良く似ているけれど、中身はぜんぜん違う日本。理解は出来てもいきなりすぎて飲み込めない。
オレが今まで当たり前だと思っていた常識が二重に揺らいでいる。
あまりの情報量に目眩を感じて、持ち込んでいたクッションに頭を横たえる。小さいころお気に入りだった丸いビーズクッション、なんだか妙に懐かしく感じる。
そうだ、今がその小さいころなんだ。どうも記憶と感覚が一致しない。
……深呼吸をしながら頭の中を整理していく。6年間の記憶の蓄積は少ないけれど、最低限くらいの常識はある。
常識や技術レベルでさほど差はないけれど、ひとつとんでもなく大きな違いがある。
こちらの日本では退魔師と呼ばれる職業が一般的に認知されているのだ。それこそ子供でも知っているレベルで。
彼等の仕事内容は現世に現れる化け物、"鬼"を退治すること。……漫画や映画の設定みたいな話だけど、厄介なことに鬼は実在する。
オレも今より小さな頃、赤黒い肌をして、目鼻がない巨大な口を持つ化け物を見た記憶がある。慌ててすっ飛んできた母親が手から光のようなものを放ったことで消えてしまったけど、あれが鬼だったんだろう。
やつらは何故か市街地にふらりと現れて、人間を襲う。一般人にとってはとてつもない脅威だ。
それを退治する退魔師たちはテレビや雑誌でも取り上げられ、現代社会においてはスーパーヒーローのような扱いを受けていた。
牙咬の家はそれこそ何代も前から退魔師として活動している女系一族。古くから独自の術を継承し、退魔師の間でも有名らしい。 ……詳しくは知らないけど、少し前。3つ上の姉が9歳にして退魔師試験を通過して、天才美少女ともてはやされていた。
その時出ていたテレビで『流石は東都が誇る四聖の一角、牙咬の御息女』と言う言葉が出てきたので、間違ってないはずだ。
今までは……なんとなく自分も退魔師になるんだと考えていた。だけど平穏な世界を知ってしまえば、本当にそれでいいのかと疑問が浮かんで来る。
かっこいいと思うし、憧れもある。だけど危険な仕事だ、母や姉が怪我をして戻ってくることもある。修行だって厳しそうだ。
「はぁー……」
どうしたものか……。自業自得とは言え、前世の記憶なんてこうなってしまえば邪魔なだけに思えてくる。
「ハヤテー? どこにいるのー、出ていらっしゃーい」
「……どうしよう」
階下から響いてくるのはオレを探す母の声。それを聞きながらオレは、何も思いつかない頭を抱えてうずくまった。
☆
やや童顔気味な美人で、見た目は20代前半に見える。なんでも退魔師はみんな若い見た目をしているらしい。藍色がかった黒い髪を背中まで伸ばした、おっとりした雰囲気の女性だ。
「ちょくちょく姿が見えないと思ったらこんなところに……」
困ったように眉尻を下げて、腰に手をあててふーっと息を吐いている。気づかない内に我が家に出来ていた秘密基地に頭を抱えているらしい。
一方でオレは何とか混乱から回復し、昔─────ハヤテがもともとやっていた仕草を思い出しながら対応している。
「埃がついちゃってるじゃない」
「あう……」
母が持ち上げたクッションの底に埃がついていた。秘密基地を見つけたころにあの子が簡単にできる程度の掃除を手伝ってくれたのだが、あれから数か月ほど時間もたっているし、屋根裏とはいえそこそこの広さがある。それでこうなってしまったのだろうが………頭が良くても6歳児、以前の自分の行動に情けなくなる。
「あとで西山さんに洗って貰いましょう」
西山さん。確か……ええっと、退魔師として忙しい母に変わって家事のお手伝いに来ている人だ。大学生くらいのお姉さんで、オレも姉も懐いていたっけ。
「ほら、スカートにも埃が……もう、使うんだったらちゃんと綺麗にしてからじゃないと……。今度一緒にお掃除しましょうね」
自分の行動そのものに落ち込んでいると、お説教モードだった母の空気が急激に緩んだ。誤解されたみたいだけど、結果的に助かったので流れに乗ることにする。
「うん……」
「さ、下に降りて。手を洗っておやつにしましょう」
「はーい」
子供らしい態度、いけるかどうかは不安だったけれど、始めてみれば意外とスムーズに口から出てきた。
いや、それもそうか。いくら前世を追体験して大人の男の人格が備わってしまってるとはいえ、本体は正真正銘の女児なのだ。
ひときわ小柄なオレを抱き上げると、母はスルスルと階段を降りていく。幼児とはいえ子供ひとりを殆ど片手で持ち上げてこれって、今まで考えたこともなかったけど退魔師の凄まじさを垣間見せられた気分になる。
「あれ、ハヤテそんなとこいたの?」
「そうなのよ、屋根裏登ったのなんて久々ね」
階下では青味がかった髪の毛をツインテールに結んだ美少女が待っていた。シャツに短パンで、ニッと笑う口元には八重歯がキラリと光る。
……そう、彼女は姉である
「ハヤテは昔からかくれんぼ得意だかんなー」
からからと笑う姉には、とても懐いていた記憶がある。ちょっといじわるだけど、迷子になって怖くて泣いてると一番に飛んできてくれる頼れる姉だって認識していた。
隠れている訳じゃなく、隠れようとしている最中にガチで迷っていたけれど、子供同士いまいちわかりあえていない。
「隠れるのが上手いのも退魔師の素質よ」
「えー、あたしはどーんってぶっ飛ばすほうがかっこいいと思う!」
ふたりの会話に聞き耳を立てる。オレもかつては疑問にも思ってなかったけど、退魔師になるのが既定路線として認識されている。
急に嫌がったら流石に変だし……やっぱり退魔師ルートで確定しちゃうんだろうか。
あぁ、ほんとにどうしよう。
懐かしさすら感じる家族の姿を前にしながら、オレは静かに気配を消して途方に暮れるのだった。
☆
今は買い物に行っている西山さん───────前世の記憶を取り戻したうえでよく考えると、彼女が平日に着ていたのは学生服だった。
そして更によくよく考えると、大学生にはまだなっていない。彼女は高校生なのだろう。
どうも、姉の学校が私服登校なものだから、学生服を普通の服だと勘違いしていたらしい。もともと、まだ小学校に入ってないほど幼い子だったのだから、仕方がないと言えば仕方がないかもしれないが。
こうした子どもの無知故の認識のズレもあるのだと確認しながら、予想外に子どもの舌だったらしく、おやつの時間を堪能していると、ふと無意識のうちに声が出ていた。
「あれ、そういえばましろは?」
「んー? マシロは朝なんか用事あるから出かけてくるって言ってたじゃん」
「え………? あ、う、うん。そうだったね」
記憶を探れば、確かにあの子も朝にそう言っていた。
─────いや、そうじゃない。それよりも、大事なことがある。
(ましろ………ましろ?)
自分が無自覚に声に出した名前に、驚いた。
「ただいまー」
「あ、マシロ。おかえりー」
「おかえりなさい、マシロ」
「………あ」
母と姉が当然のように帰ってきたその子を迎え入れる。
長髪の美幼女。
俺とそっくりな顔、髪色に瞳。
そして、俺と反対側につけられた髪飾り。
───────
いつもいっしょで、オレの双子の妹だと思っていた女の子。
「はやてちゃん、ただいま」
この子は、オレの、何だ………?