輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
─────はやてちゃんが……思春期かもしれない。
今日も数日前と同じく家事を熟しつつ、様子がおかしいハヤテちゃんとリビングで会話して、そして自室に戻られるというルーティンを繰り返してしまっていた。
「どうしよう……」
何度悩んでも、いつまでも解決しない。
時間が経つのを待つか、それとも踏み込んでしまうか。
何か、あの子が俺との何かで悩んでそうなのは数日間で確信はあるが、それが一体なぜなのかが分からない。
やはり、何かがあったとすれば─────あの日、俺がこの家に居なかったタイミングか?
あのタイミングでこの家に居たのは楓さんとネネちゃんとハヤテちゃんだけ。それに、帰ってきた直後のハヤテちゃんは朝見た服とは違った服を着ていた。その服を洗うとき、妙に埃がついていたのも気になる。
おまけに、ハヤテちゃんのお気に入りのクッションを雪果ちゃんに洗ってもらっていた。なんでも、そのクッションにも埃が付いていたらしい。あの時は然程気にしてはいなかったが、詳しく聞いておけばよかったかもしれない。
……あの日の前の週に、雪果ちゃんと協力してかなり念入りに普段の生活スペースは全て掃除はしたはずなのだが、スカートだとかにあんな埃の付き方をするって事は床に埃が残っていた? いや、子どもが座る場所なんて床とは限らないが……。
楓さんとネネちゃんが帰ってきたら聞いてみることにするか……と、思考を切り替えようとした瞬間だった。
(……いや、待てよ?)
俺たちは普段の生活スペースは念入りに掃除したが、それ以外は後回しにしていた。具体的にはハヤテちゃんたちのお父さんが使っていたという1階の奥にある書斎のある部屋と、2階の物置き部屋、そして─────。
「『ふたりだけの秘密基地』……」
─────屋根裏部屋だ。
☆
自室に戻り、自己嫌悪すること早6日目。
考えるのは、直前に心配してくれたにも関わらず、未だに受け入れ切れていないあの子のことだった。
「………どうしよう」
あの子────マシロについて。
1年前────オレが5歳の頃に、姉が公園にいた幼いマシロをオレだと勘違いしてしまって家まで引っ張ってきてしまったのだ。
なぜかそのときオレは子どもだったからか、初めて会ったにも関わらず、あの子を身内だと自然に受け入れていた。
そのとき、マシロのやわらかい腕やほっぺたをもにもにと揉んで確認したのを覚えている。……今思うとなんだったんだろう、あの確認は。
その後、自分の家に帰ろうとするマシロを姉が必死に引き留めて、結局外門の方へと行ってしまったあの子が突然倒れて、ちょうど帰ってきた母が抱き留めて連れて戻ってきたのだ。
そこからオレたちとあの子の交流は始まった。
元気で突発的な行動をする姉に振り回され、困惑するあの子。
いっしょにお風呂に入って、慣れない様子で誰かと食事をするようなあの子といっしょに晩ごはんを食べて、姉のベットに連れて行ったあの子といっしょに寝て。
安心して眠るあの子を起こして、いっしょに朝ご飯を食べる頃には………ほんのりと楽しそうにしていたのに。
……それでも、あの子はこの家から離れようとしていた。
そのことに気づいたのは、姉といっしょにあの子がどこかへ出かけた後だった。
オレはあの子がすぐに帰ってくるものだと思っていたが、何日も居なくなったままだった。
漸く戻ってきたのは、ほとんど一週間後。
姉と一緒に家の前まで来たのに、苦しそうに消えていこうとするあの子をつかまえて、「おかえり」と言ってあげた。
「………ああ」
………そうだ。
きっかけは姉だったが、離れていこうとするマシロを家族だと言ったのは、オレの方だったじゃないか。
あの子と過ごしたのはたったの一年だ。
だが、子どもの一年は大人の一年とはまるで訳が違う。
記憶を取り戻す前のオレにとって、あの子と過ごした日々は文字通り『人生の6分の1』。大人の20年に対する3年だ。……子ども特有の、1日に対する長すぎる時間感覚が、あの子を切り捨てられないでいる。
それに恐らくだが……オレから拒絶すれば、あの子は自分から身を引きそうな気がする。そして二度と逢えなくなってしまうような……そんな恐ろしい未来さえ感じてしまう。
なぜなら、あの子にとって『オレたちと血の繋がりがない』というのはかなり大きい。オレたちが幾ら歩み寄っても、どこか薄氷のような硝子の壁が残っているような……最後の壁を壊せないでいるような。そんな感覚がある。
(だが、なぜなんだ? オレはあの子と血の繋がりがないとは度々あの子自身の口から聞かされていたのに、出逢ったときからなぜか身内だと認識していた)
見た目だけでなく、肌触りや髪質までそっくりだからだろうか?
疑問は残る。
………けれどそれは、本当に大事なことなのだろうか。
記憶を取り戻す前のオレは、あの子を妹だと思っていた。
消えようとしているあの子に、オレは────────「おねえちゃん」だと言ったんだ。
「っ、ましろ………!」
そこまで整理がついて、漸くオレは部屋から飛び出せた。
まだたったの6日だ。
記憶を取り戻したばかりで、姉と母のことだってまだ完全に整理できているわけじゃない。
だけど、2人よりも先にあの子のことを考えようと思ったのは、2人がオレから絶対に離れないだろうって信頼が記憶を取り戻す前からあったからだ。
もちろん、今のオレを受け入れてくれるのか、もしボロを出したら拒絶されるんじゃないかって恐怖もある。
でも、記憶を取り戻す前の自分と、牙咬颯として生きてきた日常を忘れたわけでもない。
恐怖もあるし、信頼もある。
だから、時間をかけて整理をつけていけばなんとかなるっていう希望もある。
だけど────────マシロは違う。あの子は、オレが拒絶すれば消えていってしまう。
不思議とそんな予感があった、それはきっと本当になる。
だから。
記憶を取り戻す前だろうが、記憶を取り戻したあとだろうが、「おねえちゃん」だと一度でも言ってしまったのなら、最後までそれを貫き通すべきなんじゃないか?
自室にこもってからどれだけ時間がたったのかわからない。
それでも、階段を駆け下りて、リビングに戻る。
「ましろ!」
廊下を挟んで、扉を開いた先に──────────マシロは、もういなかった。