輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
親の居ない孫(注:園児相当かつ、医者に記憶喪失判定された)を一人、誰も居ない家に置いて颯爽と立ち去る祖父。
……うん、頭がおかしいんじゃないだろうか??
いや、だってそうだろう!? 普通のご家庭でそんなことがナチュラルに起こるものなのか!? いや、この世界、異世界だし『普通のご家庭の普通』なんて知らないけども!
……え、もしかして俺が知らないだけで、この対応がこの世界の常識……? 嘘だろ……?
「俺、生きていけるのか……?」
改めて元の世界との差を理解してしまい打ちのめされていると、手のひらに乗っかる、すこしぬるくなった金属特有の感触を思い出す。
目の前にはどう見ても幼児がひとりで住むには大きい一戸建て。
周りを見渡して、他に目立つものは……やけに広そうな庭がくっついてる、二階建ての一戸建てが、家の目の前に堂々と建っているくらいか。
「はぁ」
……とにかく、入ってみるしかないか。
☆
「……なんだこれ」
無駄に広い一戸建てで一人暮らし。
一人暮らしがしたい大学生なんかは泣いて喜ぶシチュエーションだろうが、生憎こちらは5歳児のボディ。
玄関の扉を開けるのにもひと苦労しながら、いざ入ってみると目に入ってきたのはかなり綺麗に磨かれた廊下や内装だった。
それはいい。そこまではよかったのだ、間違いなく。
……問題は、とりあえず廊下を少し進んで、適当に目に入った扉を開けてしまってからの光景だ。
「なにこのダンボールの山」
茶色い四角の山。ダンボールの天然山がこれでもかと鬼のように敷き詰められていた。
……いや、どういうことだよ。
見る限り、どうやら開いた部屋はそれなりに広いリビングらしいが……『林祢 真銀』は、ほんとにこの家に住んでたのか? どちらかといえば、引っ越し先での初日みたいな感じなのだが。
辛うじて開いていた、壁と段ボールの大群の隙間を歩いて奥に行くと、どうやらキッチンはしっかりしてあるらしい。……尤も、明らかに身長が足りないので踏み台か何かを用意しなければ手を洗うことも出来ないだろうが。
一通り炊事場の設備を見ると、冷蔵庫、レンジ、オーブン辺り完備されているのはありがたい……まあ、この身体では中々に手を伸ばしにくく、冷蔵庫に至っては冷凍室が限界だったりした。
その後、トイレの場所や風呂場周りを確認してから個室を確かめていく。
……少し気になるところはあったものの、住む分には問題ないだろう。
「……ふぅ」
とりあえず、パッと見て回った限りでは日用品を買い足せば充分、生活に支障は出ない感じで安心した。
あとは……
きゅぅぅ……という意識外からの音にびっくりする。
……そうだ、食料の備蓄が無いんだ。
というか、よく考えたら病院を出てから今まで何も口にしていなかった。身体がエネルギー不足を訴えるのも当然だった。
とりあえず、買い出しに行くことにする。病院を出る前に心配していた金銭については祖父が何とかしてくれるらしく、初めて病室を訪れた時に渡された鞄の中に、数日暮らすには十分な軍資金の入った子供用の財布が密かに忍ばされていたので、問題はない。
件の鞄を肩にかけて外に出ようとして……ぴたりと止まる。
……待った、自分は今どんな格好であったか?
玄関の靴置きに備え付けられている姿見を眺める。
……うん、どう見ても女の子の格好だ。
いや、確かにギリギリ着れるラインではあるんだが、さっきまでは病院から出て祖父と一緒にタクシーの中で移動するだけだったし……ううむ。どうしたものか。
このまま外に出ることに抵抗感があるというのもあるが、仮にこのまま外に出た場合のことを考えると──────やばい、この格好で外を歩くのはダメージが高い。
別の服に着替えた方がいいのだろうが……あの箱の島の中を探せば見つかるだろうか?
☆
数十分後。
あれから、しばらくしてなんとか子供用の服の入った箱を発掘することが出来た……のだが。
「これを……俺が、着るのか……?」
呆然と目の前の布切れを見つめる。
────それは、ふりふりだった。
考えてみれば当然の話ではあるが、『林祢 真銀』は5歳の女の子で、当然ながら身に纏っていた服は女児の代物しか存在していない。
つまり、だ。
買い物をしに行くためには着替えなければならない服も、この中のモノを着なければならいワケで。
俺もまた、『林祢 真銀』の服を着なければならないというワケで……。
いやいやいやいや!
え? マジでこれ女児用の服しかない……?
先程までの自分が如何に視野の狭い世界に居たのかに今さら気づく。
……まずい、今着ている服は圧倒的に『まとも』だった。俺のギリギリ着れるラインとか、ぶっち切りで越えてきた。
(これ、俺に"女装"……しろと……?)
……よし!
このままいこう!
☆
家を出てから十数分後、なんとかコンビニを見つけて店員さんに買い物カゴの中身を持っていくと、何かしら言いたげな眼を向けられたが、気にせずとりあえず持って帰れる量だけゼリー飲料と携帯バーの類を購入し、帰路に就く。
その途中で少し疲れたので、道中で見つけた公園に備え付けられている椅子に座り、少し休む。
「ふぅ」
そのままぼうっと意識を空に飛ばしながら、休憩していると視界の端に映った髪を思い出す。
そういえば、最初に目に入れた時はまだ日の昇る直前の時間帯だったからか単純な黒髪に見えたが、明るい場所で見てみれば、どちらかというとすこし暖色に近い黒髪だったんだよな。
そんなことを考えながら、昼ご飯の携帯バーをコンビニの袋から一つ取り出し、もそもそと食べ始める。
そんな時だった。
「あ、やっぱりはやてじゃん!」
そんな声が、公園の入り口から聞こえてきたのは。