輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
小学校に入ってしばらく経った。
ハヤテちゃんの方は少し心配していたが……前世の知識をインストールしたからか、なんとかうまくやっているようだ。友だちも出来たようで、少し前に紹介してもらったりもしている。
俺の方もクラスで話す子ができたし、仲良くできていると思う。
……ただ、一年生はこの間まで幼稚園に通っていたような子である、ということを前提に対応をしなければならないというのが少し大変だったりするが。
特にこの年頃の男の子はよく分からない。
というより、少し前に軽く手助けしたことがあるルキヤ君という男の子がよく分からない。
いや、近くに来て固まっているので何か困っているのか聞いても避けられるし、度々こちらを見てくるので何か気になっているのかを聞いたら避けられるし、泥団子を渡されたりするし、いや、上手に作ったのは分かるんだけど、これ貰ってもどうすればいいんだ。
俺も大人の男なのだが、この頃の自分がどうしてたかなんて正直言って忘れたし……対応に困る。
そんな感じで悩みつつも小学校に通うのが日常になっていき、季節も過ぎていった。
☆
俺たちは9歳になり、つまりは三年生になった。
ハヤテちゃんは去年買ってもらったノートPCで俺と同じく退魔師さんのことを調べるようになっていった。
いや、どちらかといえばハヤテちゃんの方は自分が将来なるであろう職業について調べている感じか。
まぁ、俺の場合は退魔師になる予定はない。飽くまでも趣味の範疇で調べているだけだ。
ただ、ネネちゃんが俺にも退魔師をやってほしいと無茶ぶりをしてきたので、お試しでハヤテの修行が始まったら触りだけ参加してみる感じだ。……ただ、一般家庭の出自の自分は特殊な才能が必要である退魔師にはなれないんだろうなあ、という心持ちでもある。楓さんもその辺は解っているとのことで、最初の参加だけでいいと言ってくれていた。
それと、最近ハヤテちゃんが不安そうにしていることがある。
最初はなぜか隠したがっていたが、訊けばネットでしか噂が無いという『淫鬼』という鬼について、妙に不安がっているのだ。
聞き慣れない単語だったが、どうにも女性を攫ってエロいことをする鬼らしい。退魔本局の公式ページには書かれていないが、実在が噂されているとか。いや、そんなエロゲに登場するような鬼が居たら普通に困るんだが。
最初はその、性的な創作物に出てきそうな設定であることに意表を突かれたが、俺も調べざるを得ないというか。
なんせ、推定大人の知識と常識をある程度インストールしているであろうあの子が不安に耐え切れず、楓さん達に訊いてしまっていたのだ。正直、あの怖がり方は異常だ。
理由を聞けば、ハヤテちゃん曰く、「嫌な予感がする」らしい。
なので、俺の方でも調べてはいるが……その、正直言って変態の妄想しかネットに転がっていない。どうすればいいんだろうか、これ。
☆
更に季節は巡り、夏になった。
ハヤテちゃんの退魔師としての修行がはじまり、俺に退魔師としての才能が一切ないことが判明した。
というよりも、本来なら10歳前後からやるような修行なので、厳密に言えば『素質はもしかすればあるかもしれないが、今の時点では一定以上の才能が無いと才能の有る無しすらわからない』という感じのニュアンスだった。どちらにしろ仮に素質があったとしてもそんなに大きな才能は無いということだろう。結果が判るのはもっと年単位で先の話だ。
つまり、俺だけ戦闘力0のクソ雑魚幼女のままというわけである。まあ、薄々わかっていたことだ。
それはいい、問題は俺とは反対にハヤテちゃんの退魔師の才能が凄まじかったこと。
端的に言えば、最速でも1年はかかる修行修行が5分で終わった。
ぴょんぴょん高く跳ねる少女を前に、大学生になっても苦労しているらしい雪果ちゃんがまたかなり落ち込みそうで少し頭が痛くなった。
そこから暫くして、ネネちゃんの時の様にハヤテちゃん用の退魔装束が作られた。
俺は一応洗濯の注意点を確認し、予備も含めて形状をチェックする。……まあ、これも楓さん達のものと基本は同じだ。
その後、ハヤテちゃんが着るのを恥ずかしそうにしていたのでがんばれーとエールを送ってやり、此方を涙目で睨みながら「うらぎりものー!」と元気よく叫ぶハヤテちゃんが楓さんたちのところへ無事に出荷されていく様を見送った。……さて、俺は家事の続きをするか。
☆
2020年 7月20日
平日は主に学校、休日は楓さんと雪果ちゃん、そしてネネちゃんが庭で楽しそうにハヤテちゃんとの訓練をしているのを横目に眺めつつ、洗濯物を取り込んで、室内で畳んだりしながら過ごすこと1か月。俺たちは待ちに待った夏休みに入り、ハヤテちゃんはチーム牙咬の手伝いをすることになった。
俺は特にすることは無いので家で夏休みの宿題を進めつつ、一応ネネちゃんの宿題の範疇も確認して教えられるようにしつつ、三人が帰ってくるのに合わせて晩ごはんとお風呂の用意をしておく。
宿題をしておく、というだけなら別にそんなに時間はかからないが、小学生の子に宿題を教えることを前提に読み込む、となると多少は時間も潰せる。あとは余った時間で他のことをする感じだ。
……これは雪果ちゃんがネネちゃんにやろうとしていたので時間のある俺が引き受けたのがきっかけ。雪果ちゃんはすこし頑張りすぎているので、こんなことくらいで負担が少なくなるなら、安いものだ。
ちなみに、余った時間の具体的な時間の使い方は主に瞑想修行。
つまり、この前ハヤテちゃんと一緒に教えてもらった命門とやらを見つけるための修行なのだが、正直全然わからない。
命門は自分自身が持つ命気の根源であり、主にへその奥にあるらしいが、俺だけ何もわからないのだ。
楓さんや雪果ちゃんは「この前も言ったけど、普通は1年以上は掛かったりするから、マシロちゃんは気長にやっていけばいい」とのこと。ネネちゃんたちはあくまでも例外の部類らしい。
これが最近のルーティンなのだが、今日はどうもおかしい。
ハヤテちゃんとネネちゃんは14時あたりに帰ってきたのだが、本局へ任務の報告に行った楓さんはまだ帰っていないらしい。
いっしょにお風呂に入っていると、ネネちゃんも流石に気にしだした。
なにせもう18時だ、移動時間的にも楓さんがそんなに遅いのは少し、変だ。
お風呂から出て、気になりはするが夏とはいえ風邪をひいたらいけないので、とりあえず全員身体を拭いて服を着るように言う。もちろん髪も乾かせる。
ハヤテちゃんが電話で本局に確認していると、なにやら若干首をかしげるような様子で楓さんがもう本局を出ているという。
「ネネちゃんステイ、─────ぶごっ」
ハヤテちゃんが話し出す前からそわそわしていたネネちゃんの肩を念のため掴むと、次の瞬間
というか、顔にダメージを負った。このツインテ娘め、急に飛び出すな。
「あっ、ごめん! マシロ、でも急がなきゃだから……!」
「~~~っ、まてまてまて。具体的には何処に?」
「どこか!」
「曖昧過ぎだバカ。一旦待て……で、ハヤテちゃん。本局の人は何て?」
鼻を抑えつつ、今にも飛び出しそうな猪突猛進ツインテ娘の手を繋ぎ、本局のオペレーターさんに楓さんのことを聞いたというハヤテちゃんにもう少し詳しく話を訊く。
「え、いや、ママが14時半くらいに本局を出たらしいんだけど、受付の人にママがまだ戻ってないって言ったら、寄り道してるんじゃないとか、親離れしなきゃとかって……」
「………なんだって?」
……本局の受付オペレーターがそういったのか?
流石に違和感のある話だ。数年間楓さん達と暮らしているが、もしそんな退魔師の実力者との親族に無神経だとしたら楓さんは間違いなく事前にこの子たちに教えているはずだし、鬼を効率的に倒せる楓さんレベルの退魔師は本局としても貴重なはず。
それに楓さんは本局に顔をよく見せているし、今日だって直接報告しに行っている。本局は楓さんの人なりを知っているし、この地域を担当するオペレーターなら間違いなく何度かは会話をしているはず。
だというのに、「楓さんが子どもたちに遅くなることを伝えていないという異常が起きている」上で「既に本局を出てから3時間半経っている」、という情報を退魔師のサポートの専門家である本局の受付オペレーターが軽視する? そんなことあるのか?
……というか、ハヤテちゃんが若干泣きそうになっているのに気付いた。もういいや、俺が確認しよう。
ハヤテちゃんにもう一度同じ番号にかけてもらい、スマホを借りる。
流石にキレそうになりながらも、怒りを抑えつつ電話がかかるのを待つが………出ない?
「マシロ、お姉ちゃんママを探しに行きたいんだけど」
「確認が取れるまでもうすこし待って。あと、探しに行くにしてもまずはハヤテちゃんを護衛してくれる他の退魔師さんを呼んでからだから」
「護衛? なんで?」
「単に寄り道してるだけならいいけど、いつもなら楓さんはまず私たちに連絡してくれる。けど、それが何時間も無いってことはかなり余裕がない状況のはず」
電話がかからないので、何度か掛け直しつつ、ネネちゃんに説明しながら頭の中を整理していく。冷静な風を装っているが、これでもキレてるし、焦ってるんだ、早く繋がってくれ……!
「ママが……?」
「うん。そして、楓さんが余裕がないってことはかなりイレギュラーなことが起きてるはずだけど、鬼関連の事件なら本局側もとっくに把握していなければおかしい。─────なら、それ以外となると、南の方に出るって噂の『術を悪用している集団』が絡んでるかもしれない」
加えて、楓さんは対人戦においてもかなりの実力者だということはこの数年間の生活で俺も理解している。
故に、正面からの真っ向勝負などではなく、何かしらの罠や搦手で退魔本局側にも俺たちにも、何時間も状況を伝えられていない可能性がある。
そして、その可能性に心当たりがあった。
俺がそもそも前世の記憶を思い出すことになった事件、その裏にいたかもしれない『存在X』。
その犯人の候補として考えていたのが『退魔師の術を悪用する人間』だ。
この数年、この世界で生きていく中で色々と調べてきたが、その最中で見つけた小さな噂話。
なんでも、九州の方だと反社会勢力の動きが大きいらしくて、退魔師の素質がある者たち─────則ち、正しく魔を
噂が大きく広まることが無いのは、多くのちゃんとした退魔師達が鬼を倒して市民の安全を守ってくれているという認識がなんだかんだで広く浸透していることに加えて、恐らく退魔師を支援してくれている退魔本局の情報関係の部門が頑張ってくれているのも大きいのだろう。
「術を悪用するやつら……? なら、尚更助けに行かないと……!」
ネネちゃんがまた飛び出しそうになったので、念のため腕に抱きつく。
恥だのなんだのは後から思い出せばいい、今ここでこの子を飛び出させてはならない。
「だめ。仮にそんなことになっているとしても、実力者の楓さんが余裕を削られるとしたら、それなりの厄介さと計画性の高いヤツらの可能性が高い。─────ネネちゃんとハヤテちゃんも狙われる可能性がある」
「…………っ!?」
ようやく本局の電話ともう一度繋がったのはおよそ9分後。
念のため、傍にいるハヤテちゃんたちに聞こえるようにスピーカーモードにする。
『はい、こちら退魔本局受付です。どうしました?』
「すみません、牙咬楓さんと同居している林祢マシロという者です。先ほど、うちのハヤテちゃんがそちらに電話をしたのですが、楓さんが本局から帰ったあとにPDAなどで連絡はなかったでしょうか?」
楓さんが帰ったことは先ほどの電話で把握できたので、本当に本局への連絡やメッセージが来ていないかを確認する。
──────しかし、オペレーターさんから返ってきたのは心からの困惑の声だった。
『………? 待って。さっき電話した、というのは本当?』
「………? はい。先程、ハヤテちゃんが電話を掛けたときは、オペレーターさんからは14時30分頃に楓さんは本局を出たと言われたらしいのですが、ハヤテちゃんとネネちゃんが家に帰ったあと、何時間も楓さんから連絡を受けていないと伝えても、相手にしてもらえなかったそうなので、不審に思って私が掛け直しをしたのですが」
『それは………変ね。オペレーターは今の時間帯の電話番は私だけなんだけど………少し前に呼ばれて席を離れていたんだけど、何分くらい前かわかる?』
オペレーターが、居なかった?
「………10分ほど前です」
『………少し待ってね。牙咬さん……ハヤテちゃんのお母さんが報告を終えて戻ったのは14時半で合ってる。けど……履歴がない、確かにハヤテちゃんは電話をかけたのよね?』
「ええ、私とネネちゃんも隣に居ましたから間違いないはず」
明らかに動揺している声。
スピーカーモードで聞こえてくるオペレーターさんの声を聴いていたハヤテちゃんに目で確認する。
「マシロ、その人……さっきの人じゃない」
「……わかった」
オペレーターさんが違う、しかも対応した履歴が無く、しかし記録上の楓さんが本局を出た時間は正確であり、それを知ることが出来た何者かがハヤテちゃんの電話に対応した──────────あまりにも、タイミングが良すぎる。
一瞬のみ、目を閉じる。
ある最悪の可能性が思い浮かび、それを念頭に置いたうえで目を開いた。
「……隣に『先ほど対応してもらったオペレーター』と会話したハヤテちゃんが居ます。代わってもいいですか?」
『え、ええ。もちろん、お願いします』
「すまない、ハヤテちゃん。……新しいオペレーターさんに説明、お願いできるか?」
「うん……わかった」
隣で話を聞いて可笑しな話になってきていることを把握できていたおかげか、ハヤテちゃんの顔色ももう大丈夫そうだったので、スマホを返して成り行きを見る。あとは、本局からこの家に護衛に来てもらえるように伝えておく。
(履歴が無い。つまり、敵は本局のオペレーター室に侵入してハヤテちゃんと電話をし、その上で電話履歴を消したってことか?)
──────────だとすれば……目的は恐らく、時間稼ぎ。
敵は楓さんに何かをしている、けれど本局に見つかると分が悪いから、この状況を本局側に伝えそうな動きを察知してオペレーターを装ってハヤテちゃんが本局側に伝えるタイミングで工作を行った?
(恐らく、敵の何人かはこの家の中の状況をリアルタイムに近い正確さで監視していた。そして、こんな面倒な工作をするってことは、やはり真正面からの退魔師との殴り合いが苦手なタイプばかりってことか………?)
今この家に仕掛けてこないのはネネちゃんの退魔師としての実力を警戒している? ネネちゃんに手を割けるほどの余裕は無い?
だとしたら、予め準備にある程度の時間をかけて入念に罠を作っている?
「マシロ、まだママを探しに行っちゃだめなの?」
ある程度の情報整理を終え、そわそわして出発の合図を待つネネちゃんの声で思考を切り上げる。
……さて、とりあえずやることは決まった。
「もう少し待って。あと、ネネちゃん、私もいっしょに行くからだっこして」
「うん……うん!?!?!?」
主人公はクソ雑魚幼女のまま続行です。