輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
楓さんが失踪して翌日、朝早くから俺たちは捜索をしてもらっていた退魔師さんたちの結果と、本局に楓さんの持つPDAの信号がなかったかを聞いたりしたが、結果は昨日と変わらず。
ただ、結果は変わらずとも、一切何も変わらなかった訳じゃない。
退魔師の人たちに対しても楓さんは面倒見がいい人だったらしく、楓さんを見つけるために探してくれる人たちは増えていった。その中には、当たり前のように雪果ちゃんの姿もあった。
その話を聞いて、ネネちゃんはそわそわとやはり自分も探しに行きたがっていたが、ハヤテちゃんが妙に怖がっていたので、俺もネネちゃんには俺たちを守ってほしいと説得。
話を聞けば、また「嫌な予感がする」らしい。
なんでも、今日はネネちゃんが外へ行こうとする度にそう感じるのだとか。
それがどういう意味かは分からないが、ハヤテちゃんにもネネちゃんのような勘があるのかもしれない。
どちらにせよ、楓さんの捜索は退魔師さんたちに任せて、ネネちゃんたちは家に居てもらう。
「私は……どうすればいいんだ」
今できることはやった。
だけど、それで納得することはできない。
……あまりにも、今の俺には使える手札が無さすぎる。
かと言って、今直ぐ退魔師になれる訳でもない。
できることなんて、自分にできる範囲の家事だけ。
ネネちゃんのようなパワーがある訳でもなく、ハヤテちゃんのように術を使う才能がある訳でもない。
俺には、何も……みんなとの日常を守れる力がなかった。
だけど──────。
『マシロちゃん、私たちがお師匠様を探している間……ネネちゃんたちを頼みます』
ふと、今朝……雪果ちゃんが出発する前に言ってくれた言葉を思い出した。
あの子は長年、自分の才能の無さに苦しんで、頑張ってきた。
後から楓さんの弟子になったネネちゃんに勢いよく退魔師として追い抜かれて、挫折しそうになっていた。
しかも、すこし前にハヤテちゃんにまで同じように才能の差を見せつけられて、影でまた落ち込んでいたのを俺は知っている。
そんなあの子が、俺にネネちゃんたちを頼むって言ってくれたんだ。
……何もできない?
退魔師の才能がない?
ネネちゃんやハヤテちゃんのようになれない?
──────いや、違う。そうじゃない。
そうだ。
俺にできるのは家で楓さんたちを変わらずに待つことだけ。
何も出来ないのなら、見送ることしかできないのなら、楓さんたちが帰ってくる家でやることをやるって何年も前に言ったじゃないか。
「よし。とりあえず、とびっきりおいしいご飯でハヤテちゃんたちを元気づけるとしますか……!」
なんだか、急に元気が出てきた。
そうだ、雪果ちゃんもきっと楓さんを必死になって探して、くたくたになって帰ってくるだろう。今日は絶対に泊まっていってもらって、いっぱいご飯を食べてもらうんだ。
がんばるぞ!
☆
この家の中は一応、朝から本局の人たちに頼んで【探知術】を使える男の退魔師さんに調べてもらった。これも楓さんの人徳のおかげで快く引き受けてもらった。
その結果、この家には特に何もなかった。
いや、それとも『昨日までは何かあったが、状況を見て撤収した』か。
ともかく、これで家の中で安心して過ごせる。
雪果ちゃんはこのまま夜まで捜索を続けると、スマートフォンのライン通知が来た。
了解と返信をして、二階に上がる。
とりあえず、落ち込んだままの二人を部屋から引っ張り出すことにした。
時刻は10時半。
困惑するふたりを引き連れて、生活スペースの基本であるリビングにて宣言する。
「今から家の中をぴっかぴかにします!」
「「……なんで???」」
いつもの大掃除モードの準備をして、髪もまとめた。
高いところ用の埃取りモップを片手に、一階からきれいにすることにした。
「楓さんに帰ってきてもらったとき、お家が綺麗な方がうれしいだろうから!」
さっそく、上の方から綺麗にしていく。
上から下へ、それが終わったら掃除機をかけて、拭けるところは拭いていく。
「ネネちゃん、これ動かして!」
「う、うん」
いつものように、動かせない重いものはネネちゃんに手伝ってもらう。
困惑しつつも、慣れた様子で机や椅子、ソファなどを動かしてもらう。
「さ、ぴっかぴかにするぞ~~!」
「マシロ……ううん。そうだね」
そうしているうちに、ネネちゃんもハヤテちゃんも少しは落ち着いてきたようだ。
定期的に雪果ちゃんといっしょに掃除しているのもあって、大掃除はかなり早く終わった。
三人でぴかぴかになった家の中に満足する。
「ネネちゃん、カラオケいっしょに歌お!」
「い、いまぁ?」
リビングのテレビに置かれてあるゲーム機を起動し、カラオケを始める。
共用の方はアカウントにカラオケ用のチャージはしてあるから、3時間のを選ぶだけでいい。
「「~~~♪」」
ふたりでマイクを握って、歌い慣れた曲からスタート。
アニソン、特撮の挿入歌、最近見ていたドラマの曲。
ネネちゃんは歌うのが好きだから、こうして時々いっしょに家でもカラオケをしていたりする。
……昔は音程だのなんだのは気にせずに歌っていたのに、ずいぶんと上手になった。
三人で歌ったりして、楓さんに聞いてもらったりも何度もしてきたっけ。
「ほら、ハヤテちゃんも!」
「う、うん」
俺とハヤテちゃん、ネネちゃんとハヤテちゃん、ネネちゃんと俺。
そうやって交代交代していると、2人ともなんだか元気も戻ってきた。
「いっぱい歌ったからお腹空いたよね? 今お昼ごはん作るね!」
気づけば13時。
ちょっと夢中になってしまったと、腕まくりをして、台所に向かう。
「なんだかマシロ……すごく元気」
「だね……?」
ハヤテとネネは二人して目を合わせる。
マシロは昨日は冷静なようで、帰ってきた後に明らかに落ち込んでいた。今日だって、すこし一人になりたいと自分の部屋がある方の家に行ったかと思えば、すこししたら元気になって戻ってきた。
鳥そぼろ丼を食べながらマシロに何があったのか聞いてみる。
さっきまでハヤテたちの様なことは自分には何もできないと落ち込んでいたこと。
けれど、朝に西山さんが捜索に行っている間、自分にふたりのことを任せると言ってくれたこと。
それを思い出して、急にやる気が出てきたこと。
「それにさ──────やっぱり、楓さんが帰ってきたときに私たちが元気でいなきゃね」
……ううん。そうか、この子は今自分にできることを見つけたんだ。
いつも通りの、オレたちが帰ってくる場所で待つっていう……ママが安心できる日常を守るために。
☆
雪果ちゃんは夜の20時までずっと楓さんを探し続けた。
休憩さえ惜しいという様子だったようで、一緒に楓さんを探してくれていた退魔師さんに怒られてようやく休んでくれたそうだ。
楓さんを大切に思って、探してくれているのは分かる。
だけど、雪果ちゃんまで疲労で倒れられたら、俺は嫌だ。
だから、雪果ちゃんが一日の終わりに悔しそうな顔で帰ってきたときも、いつも通り「おかえり」って伝えて、頑張り通しなこの子の腕を抱きしめた。
……あの子たちの前ではかなり気を張っていたのか、すこし涙が出てしまったらしく、帰ってきて腕に抱きつかれてびっくりした雪果ちゃんが、俺の顔を見てようやく頬を緩ませた。
その後、かなり疲れた様子の身体で家事を手伝おうとする雪果ちゃんを断って、まずは頑張った証である汗まみれの身体を綺麗にしてほしいとお風呂に入ってもらって、汚れた様子の雪果ちゃんの退魔装束と下着などの衣類を分けて洗濯しておく。
……あの様子だと、明日より後も楓さんが見つからないと連日で同じことを繰り返しそうだから、何年も鍛えてきた俺のサポート力の見せどころだ。
雪果ちゃんがお風呂から出たあとは、四人でごはんをしっかり食べてもらいながら、何だかんだ俺一人にネネちゃんたちのことを頼んだことを気にしていたらしい雪果ちゃんが、すこし安心した様子で、しかし真剣な表情で、今日退魔師さんたちと一緒に探した範囲や、楓さんが消えた日の14時30分以降に楓さんを見かけた人たちを探したり、退魔本局周辺にある監視カメラを本局の人たちが色々と手回しして、姿が映っている映像を確認しつつ、失踪した場所の範囲を探っていると話してくれた。
明日も朝早くから探しに行くからと、雪果ちゃんが泊まるとき用の敷き布団を出して、パジャマに着替えた雪果ちゃんをみて……すこし悩んでから、今日も三人でいっしょに寝ようとしていたネネちゃんたちに断りを入れてから、雪果ちゃんと暫くぶりにいっしょに寝ることにした。
……この子が、思っていたよりも折れそうになっていたので、そうしてあげたかったのだ。
今日はかなり生命エネルギーである命気を使って、身体強化を長時間使いながら捜索をしていたらしく、疲労も溜まっていた雪果ちゃんは布団に横になると、いつもより直ぐに寝てしまった。
☆
朝、ばっちり寝て身体も命気も回復した雪果ちゃんに、牙咬宅に置いてある予備の雪果ちゃん用の退魔装束を渡して着替えてもらい、今日も見送った。
さて、俺は俺でやれることをやっていこう!
2020年 7月24日
楓さんが失踪して5日目。
今日も朝から雪果ちゃんを見送り、『ネスト』とやらを知っているらしいネネちゃんが不安を零しているのを励ましつつ、もし楓さんが帰って来なかったら……と思ってしまって、それを否定したり。
いつもは例の一件で大人びてしまったハヤテちゃんが、俺と同じことを思ってしまったのか、不安定になってきていたのでいっしょに昔の思い出話と、楓さんのことを話して過ごしたり。
そうして、今日も時間が過ぎて、夜になってしまった。
「……楓さん、みんな心配してるから、はやくかえってきてよ」
台所で、すこし手が止まってしまった。
できるだけ傍にいる二人に聞こえない小さな声で、言葉が漏れる。
首を振り、晩ごはんの支度を再開する。
………はやく、五人分を作りたいな。
そんな言葉を、心の中で呟いた。
そうして今日も雪果ちゃんを待っていると、本局から連絡があった。
楓さんが、見つかったのだ。
☆
窓の外はもう真っ暗。
三人で玄関を出ると、退魔師さんたちが沢山いた。
その中に、その二人はいた。
雪果ちゃんと、楓さんがいっしょに帰ってきたのだ。
「よかった……」
ほんとに、よかった。
ネネちゃんとハヤテちゃんが楓さんに抱きついてワンワンと泣いてしまっているのを見て、なんだか張っていた力が抜けた。
「マシロ」
「あ、か、かえでさ……ぐすっ」
「マシロも……心配させちゃって、ごめんね」
「ぁ………うわぁあああん!!」
先に泣きついていた二人といっしょに、楓さんに抱きしめられた。
暖かい。
そうか、楓さんは帰ってきたんだ。
ようやく、心の底から安心できた。
その後。
次の日、楓さんはネネちゃんたちには何があったかを説明したらしい。
一般人の俺には詳細は話してもらえなかったが、楓さんが失踪して以降の5日間の最中に何処にも楓さんの目撃情報がなかったことを含めて、説明してもらったらしいネネちゃんたちは何か『前例を知っている』ような納得の仕方だったので、やはり『
その詳細も、この数年間の退魔師として活動して帰ってきたあとのネネちゃんたちの違和感を重ねれば、ある程度の察しはついた。
恐らく、異空間……巣を意味する言葉と、今まで妙に鬼が出現したとも聞かない範囲に向かった上で、短時間で楓さんやネネちゃんが激しく戦ってきたかのように怪我をして帰ってくることが何度もあったこと、そして鬼が『何処からか突然現れる』というのを考えると、答えは見えてくる。
退魔師は鬼を倒すのが主軸。
ともすれば、ネストとやらは鬼の巣であり、楓さんたちは今まで鬼たちが生まれる空間で戦っていた……と、推定できる。度重なる不自然な短時間の帰還による負傷についても、通常空間とは違って時間も歪んでいたとすれば説明がつく。
加えて、あの日楓さんが携帯していた荷物の少なさから察するに、食事が少なくて済むような法則………いや、鬼が生まれる、ということはひょっとするとネストという異空間自体に中の物質を保管するような効力でもあるのだろうか?
明言された訳ではないが、恐らくそうなのだろう。
ひとまず、そう納得した。
他にも失踪した日にあった謎の電話についても……そちらは後日、もう少し調べることになるらしい。
ともかく、これで楓さん失踪事件は終わった。
取り戻せたいつも通りの日常を、これまで以上に大切にしていこう。