輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
楓さんが戻ってきてから一週間。
ハヤテちゃんは、楓さんが失踪したとき、男の退魔師さんに【探知術】でささっと家の中を調べてもらったのもあってか、サポート系の術を片っ端から習得し始めたのだ。
自室で、退魔師の後方支援系の術式が記された本や、術に関する技術本を真面目に読み込むハヤテちゃんはとてもえらい。ウルトラスーパーがんばっているで賞をあげたいくらいだ。
あとは、雪果ちゃんももう直ぐ大学が夏休みに入るのだが、その前に試験期間がある。
その直前に4日間も色々とすっぽかしてしまったため、その辺りを修正する為に牙咬宅を留守にしていたりする。……雪果ちゃん個人は学力的な面では優秀だが、大学というものは特に試験周りで不親切な部分が出てくるらしく、家事もあまりサポートできないと申し訳なさそうにしていた。まぁ、その辺りは仕方がない。
楓さんたちも捜索のために雪果ちゃんが苦労してくれた結果の反動だというのは分かっているので、特に問題もなく雪果ちゃんは試験対策を頑張っているそうな。
俺も一応、例の瞑想修行の時間を増やしてみたりして自分なりに頑張っていたりもするが、相変わらず特に進展はない。だがまぁ、これも仕方がないだろう。
あとは緊急時の切り札……というほどでもないが、ほんの少しの安心を得るためのスマホアプリを、そういうのが得意な人に依頼して作ってもらった。どういうものかというと、同じアプリを入れたスペアスマホに時間設定をした上でラインを送ると、送信を指定した時間にズラして間接的に相手にメッセージを送れるという代物だ。
そんな雑多なことをしつつも、雪果ちゃんが無事に戻ってこれるまで家事を頑張っている。
ただ……何も問題なく過ごせているわけではない。
「ねえ、マシロ……」
「ん、なに?」
「……いや、やっぱり何でもない」
干していた洗濯物をリビングで畳んでいると、テレビを見ていたハヤテちゃんが話しかけてきた。
何か言いたそうで、でもそれを言ってしまったら嫌なことになる、というような様子だった。
「もしかして、楓さんとネネちゃんのこと?」
「………うん。ごめん、隠そうとしたわけじゃないんだけど」
「ううん。私も気になってたんだ」
恐らく、二人に感じている違和感のことだろう。
雪果ちゃんと俺が家にいる時は主体で家事をやってたりするけど、別に楓さんたちが何もしない訳じゃない。
昔は旦那さんに家事のことは任せて退魔師としての仕事に専念していたからか、楓さんは家事が苦手な方ではあるけど簡単なことならやれるし、手伝ってくれたりもする。
けど、楓さんが帰ってきた翌日から、あの人の様子は可笑しくなった。俺やハヤテちゃんのことを無視してしまうようになっている。
「………ハヤテちゃんも、やっぱり何だか変だって思う?」
「うん……すこし、ね」
それに、楓さんとネネちゃんは最近『特別訓練』とやらをしているらしいのだが、特に内容は聞かされていない。まあ、そのあたりは仕方がないだろう。
「なんだか、楓さんが何か隠してるような気がするんだ」
「何か?」
「すこし具合が悪そうなのが気になるんだけど、聞いても無視されたりしてて……」
「ママが……?」
「ネネちゃんも同じような感じなんだけど、こっちはこっちで『マシロの気のせいだから大丈夫』の一点張りで」
たぶんハヤテちゃんはこの一週間ほぼ自室にこもりっきりになっていたので気づきにくかったのだろう。
しかし、ふたりとも時々顔が赤く見えるし、それほどでなくとも体調が良くないのではないか?
訓練に外出する際、以前よりもネネちゃんが忘れものをしやすくなっているのか、よく戻ってきたりしているし。
退魔師とはいえ、病には掛かるらしいので、もしそうなら訓練などせずに、ちゃんと休んでほしいのだが……。
ただ、最近二人で訓練している楓さんがネネちゃんの違和感に気付いてなさそうなのが引っかかる。それとも、違和感に気付いた上で楓さん的には問題ない範疇なのだろうか? 退魔師は治りが早いらしいし。
「それに、楓さんの部屋を掃除しようとしたらしばらく掃除しなくていいって断られるし……」
「そうなの?」
プライベートの空間だというのは分かるが、別にいつもは簡易的なもので、他の部屋のついでに掃除機をかけたり、ゴミ箱の中身を回収したり、布団を回収して干したりするくらいなものなのだが。
特に断られたことのない類のことなので、雪果ちゃんも俺も首を傾げつつも了解していたのだ。
「とりあえず、もうちょっとだけ二人の様子を見て、それでも体調が悪そうだったら、強引にでも病院に行ってもらおうかなって」
「うーん……そう、だね」
もう少しで夏休みも終わって2学期に入るし、何度も体調のことは聞いてるんだから、これくらいはしてもいいはずだ。というかする。
俺のことは別に無視することになったって構わないが、ハヤテちゃんだって少なからず傷ついてるんだ。いくら楓さんたちだって、やせ我慢して無自覚にお互いを傷つけ合うようなバカな真似するようだったら無理矢理にでも引っ張っていってやる。
身体が強い退魔師だからと断るようなら俺は一般人の最弱幼女だぞ。身体なんてこの子たちより遥かに弱いんだ。あまり舐めないでもらいたい。
「……ハヤテちゃん、私今日はハヤテちゃんの部屋で寝るから」
「え、いいけど……なんで?」
「なんでも。────そうだ、明日はどこかいっしょに出かけようか。映画とか最近観に行ってないし」
「……うん、ありがとマシロ」
「ん。じゃあ、お部屋ちゃんといっしょに寝れるようにしておいて」
「わかった!」
ハヤテちゃんも子どもなんだから、ちゃんと笑顔でいてほしい。前世の記憶なんて、ほんの些細なことでしかないんだからさ。
☆
ハヤテちゃんと映画を見に行ってから数日後。
今日は朝から楓さんは居ない。
………何かしらの事情はあるんだろうが、せめて俺たちが部屋にしばらく入れないんだったら、布団くらいは渡してほしい。
退魔師は睡眠……というよりも休むことが結構大事らしいし。
そう思いながらも、部屋に入れる機会を何日も待っていたのだが、来る日も来る日も断られたり無視ばっかりされる。
一体どうなっているんだ、せめて理由くらい話してほしい。
そう思って訊いてみても、やはり碌な返答はない。どうしたっていうんだ。
そんなことをループしているので、いい加減待つだけというのはやめにすることにした。
───────布団だけだし、悪いことするわけじゃないんだから……いいか。
今日は一日中いい天気だし、この時間から干しておけば楓さんが帰ってくるって言っていた時間にはお日様にいい感じに仕上げてもらうことが出来るだろう。そう思いながら、楓さんの部屋の前に行き、ドアノブに手を掛けようとした瞬間。
「っ………なん、だ」
凄まじい頭痛。
何かが、警告をするかのように激痛を走らせる。
「あたま、くっ、これ………ッ」
「マシロ……? マシロ!?」
「ねね、ちゃん……」
立っていられない。
どさり、と身体から力が抜ける。
その瞬間、さっきまで自室にいたはずのネネちゃんが、廊下の向こうに居るのが見えた気がした。
☆
俺はあのあと、ネネちゃんに背負われて病院に行ったらしい。
特に体に異常はなかったそうで、疲労由来の頭痛ではないか、と診断された。
それからお薬をもらって帰ってくることは出来たのだが………ハヤテちゃんとネネちゃんに休んでいてほしいと言われ、仕方なく数日間は大人しくすることに。……俺ではなく、ネネちゃんたちに休んでほしかったんだけど、ままならないなぁ……。