輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
2020年 9月6日
夏休みも終わり、とうとう2学期がはじまった。
相変わらず、楓さんとネネちゃんの様子は変なので、そろそろ一度病院に本気で連れていくつもりだ。
言葉だけなら何度か伝えてきて、何度も断られてきた。その上での決断だ。
ここ最近、特別訓練とやらに行く頻度が増してきているのを見るに、そこまで酷くは無いのだろうが……。
いや、別に問題がないならないでいいんだ。お互いに安心して暮らせるほうがずっといいだろう。
今日も今日とて例の如く、学校から帰ってくるなり出て行ってしまった二人に向けて心を決めつつ、同じく自室で退魔師の修行──────術の勉強を頑張っているらしいハヤテちゃんに一声かけてから買い物に行く。
「最近、雪果ちゃん忙しそうだな」
いつもは雪果ちゃんといっしょに買い物に行ったりするのだが、ここ最近会えていない。
雪果ちゃんは大学生をしながら、修行や本局からの直接依頼をこなしている頑張り屋さんだ。
少し前に楓さん達も言っていたが、鬼たちの数が急に増えてきているらしい。
確かに、ニュースなどを見てもこの地域だけ妙に鬼の出現率が上がっている。
そこで、雪果ちゃんは退魔師さん達のサポートもしているそうだ。
大学生は試験の後に夏休みがあるので、助かったと言っていたが……この分だと、当面は一緒にお出かけできそうにないだろう。
「なんだか、さびしいな」
9歳になったとはいえ、そこそこ重い買い物袋をひとりで持って帰る。
……やっぱり、ハヤテちゃんもいっしょに誘えばよかったかな。
足りなかったものを買い足すだけとはいえ、四人暮らしの家の買い物となるとそれなりの重量になる。
でもまあ、勉強をしているんだから邪魔するわけにはいかないか。
色々と落ち着いたら手伝ってもらおう。今は頑張り時だな、うん。
家に着いて、冷蔵庫にしまうものを入れていく。
今日は買い物に行くのがひとりなので、すこし時間がかかってしまった。大体1時間くらいだろうか。
一応俺たちが学校から帰ってきて、楓さんたちが出かけたあとに出かけたので今は16時半。
そろそろ、晩御飯を準備しはじめてもいい頃だろう。
楓さんたちが帰ってくるのに合わせるために、温め直しができるものにしておく。
最低限出来上がったら、ついでにお風呂も洗って沸かしておく。二人とも汗かいて帰ってくるだろうしね。
そうしていると18時になっていた。
まだ二人は帰ってこないようなので、先にハヤテちゃんと食べることにしますか。
2階に上がり、ハヤテちゃんの部屋を見にいく。
「……ハヤテちゃん?」
部屋の中を見回す、いや、居ない。
扉が開きっぱなしだし、部屋の中に入っても見当たらない。外出していたことに気づかなかった? いや、でも玄関に靴はあったような。
スマホからラインの通知を見てみるが、特に連絡はない。どういうことだ?
一応電話をしてみる……繋がらない?
(電源が切れてるか、圏外だって? そんなバカな)
ネネちゃんの部屋も見てみるが、此方もまだ訓練から帰ってはいない……いや、待てよ?
(変だ。ベッドにネネちゃんのスマホがある)
「……」
なんだか、おかしい。
訓練のために外に行く、その際にスマホを忘れていった? ネネちゃんは家に帰ってきてから直ぐに退魔装束に着替えて、いつものルーティンとして必要なものは鞄に入れるはず。……楓さんがスマホを持っているから? いや、だとしても何か違和感がある。
そもそもネネちゃんはなぜ最近忘れものをしていたんだ? それも今思い返せば特別訓練に行く直前のみだけだったような。
ネネちゃんは確かに猪突猛進型の元気娘だ。
だがしかし、記憶力はそこそこ良く、あのような何度もあるルーティン化したイベントならばそんなにおっちょこちょいは発動しない。ネネちゃんがおっちょこちょいを発動するのはとりあえず行動するのが優先! という考えに支配されてからだ。
楓さんも一緒に居た、本当に忘れものを何度もしているのなら必ず諌めているはず。そして、ネネちゃんは不器用だけど学ぼうと努力できる子だ。
「………『
すこし体調が悪そうという理由付けに曇っていた目が漸く覚める。そういえば最近、この時間帯はネネちゃんの部屋に入っていなかった。平日でネネちゃんの服を棚に入れるのは大体ご飯が終わってからだったし、楓さんの服はあの日以来、楓さんの部屋の隣にある部屋─────書斎に棚を移動したからここに入れてほしいと一方的に言われていた。
いや、常識的に考えれば楓さんたちは外に出かけている。だが、この世界には非常識の現実がある。
念のため、ハヤテちゃんが探知術を毎日行っていたハヤテちゃんの部屋に戻ってから退魔本局に電話を掛ける。
隣の自分の部屋がある方の家に移動した方がいいかと思ったが、本局に電話することを目的にした時点で誤差でしかない。─────最悪、『
「あの、退魔本局ですか? すこし確認したいことがあるのですが……」
確認するのは、楓さんとネネちゃんのPDAの位置。
ネネちゃんの部屋に入って確認はしたが、パッと見はなかった。だが、もし俺の予想通りなら……
電話に出てくれたのは以前電話を対応してくれた花実さんという女性オペレーターさん。向こうも俺のことを覚えていたようで、事情を話すと明らかに動揺していた。
「楓さんとネネちゃんは家に居ないんです。この前の事件のあと、ずっと特別訓練と言って何処かに出かけているんです。二人のPDAはこの家には無いはずなんです……!」
『そんな、はずは……』
やはり花実さんも楓さんたちが特別訓練とやらに行っていることは知らなかったらしい。だが、そんなことはあり得ない。楓さんたちは基本的に自宅以外の訓練の場合には本局が保有している訓練用の施設の一部を借りる形で修行をしている。つまり、楓さんたちが言っていたように自宅以外で修行をしているのなら、本局側が把握できない訳がないのだ。
家にいる間は電話があるからPDAに電源が入っていないとしても、緊急要請を受け取るために楓さんならこういった退魔師としての訓練中も一応、忘れずPDAは持っているはず。つまり、今外出しているのなら把握しようと思えばPDAの発信位置から一応、把握できる。しかし、本局側にはそれが出来ていない。
明らかな異常。
花実さんによると、最近はずっと、俺が把握していた楓さんたちの『特別訓練のための時間帯』には訓練施設は利用されておらず、家に居たはずだと言う。
確かにあの時間帯は楓さんが退魔師の仕事を終えて帰ってきた後であり、ネネちゃんが学校から帰ってきてからに限定されていた。居ないはずの二人が、ずっと家に居た。─────どこに?
しかし、まだもう一つ異常は発生している。
「それに、ハヤテちゃんも私が買い物に出かけるまでは自宅でお勉強を頑張ってたのに、家の中から居なくなっていたんです。けど、あの子はそういうときはラインでメッセージくらいは残してくれるし、部屋の様子も変でした」
ハヤテちゃんは確か、二人が特別訓練を行なっている中でも、この場所……2階の自室で【探知術】などの捜索系統の術を練習していた。
話を聞くと、人や鬼の気配や異常を調べられるらしい。
なら二人がもし……『家の中に居た』のなら、気づけるはずではないのか。それとも、探知術では調べられなかった……?
……いや。そうじゃない。
あの子は退魔師の術に関しては天才らしい。
術の習得も普通よりもかなり早いらしく、合間に手伝いに来てくれた雪果ちゃんがハヤテちゃんの頑張りを聞いてまたもやダメージを受けていたほどだ。
楓さんもあまり得意ではないながらも探知術は使えるという。大まかならば建物全体を、より細かく調べるのであれば、範囲をひとつの部屋に限定して調べる感じらしい。
しかし、ハヤテちゃんの『術の精度』が、"楓さんのものより遥かに高かった" らしい。
だから家の中全体ではなく、自室しか調べていなかった。精度の高さが逆に違和感に気付けなくしていたとするなら……!?
「、──────っ」
『家全体は調べていなかった』んだ。
今までは。
だが、もしかすると……ハヤテちゃんは……!
─────その精度の高い探知術で自分の部屋以外を探知してしまったのではないか!?
そして、連想したのは先の事件で恐らく楓さんが行方不明となった理由と思われる『
それがもし、先に予想していた通りの鬼の巣とやらであり、鬼が突然現れる原因だとすれば──────。
「──────。楓さんの部屋か!」
☆
花実さんには恐らく、楓さんの部屋で何かしらの異変が起こっていることも含めて伝えた。
『わかりました、今から対応できる退魔師を送るので、とりあえずマシロちゃんはおうちの外の、安全な場所に逃げておいて』
「家の外……いえ、わかりました。直ぐに出ておくので、ハヤテちゃんたちの救助をお願いします」
『電話はまだ切らないで、状況がすこしでも変わったら教えてね』
「わかりました、このまま繋げておきます」
これで何とかなるはずだ、とりあえずクソ雑魚幼女である自分は足手纏いにしかならないので急いでこの場から脱出することにする。救援に来た退魔師さんが俺に気を取られてハヤテちゃん達が助けられなくなったら目も当てられない。
恐らく楓さんの部屋がデッドゾーン。
あそこは1階の奥にあるから、階段を降りてそのまま玄関を出れば危険区域は避けられる。
ハヤテちゃんの部屋(推定セーフゾーン)の扉を開いて、再び廊下を出る。
「え?」
思考が停止した。
扉の先の廊下─────だった場所は、肉の赤で埋め尽くされていた。
扉に手をかけて、閉めようとして、既に入り込んできたぬるぬるとした赤いなにかに脚が拘束された。
そして腕も。
辛うじて、スマホは落とさなかった。
必死に小さな手に力を込めて、スマホの方へ声を張り上げる。
「っ、ここに来る退魔師さんに伝えて下さい! 家の中はもうすでに──────」
まともに伝えられたのはそこまで。
腕と脚。
引っ張られて、嫌な膜のようなものを潜ったような感覚が過ぎていった。
電話が切れる。
切ったのではない、圏外になったのだ。
ここにはもう、外の電波が届いていない────────!
「ぁ、」
ずるずると引っ張られて、どんどんハヤテちゃんの部屋が遠ざかっていく。
そのまま引き摺られていく形で、身体が倒れた。
硬かったはずの床はもうぶよぶよとした肉の塊であり、ぶにゅりと気色の悪い感触が背中を伝っていく。
さっきまで階段があった場所を過ぎて、下へ下へと引き摺られていく。
抵抗できない。
ただの幼女である自分には、あの子たちのような力など何もなく、四肢を拘束された時点で逃げることなんて不可能となってしまった。
「ぁ──────────、ぅぅ」
そのまま、身体は奥へ奥へと運ばれて──────────楓さんの部屋があった暗闇に、放り込まれた。
☆
「うぐっ……」
甘ったるい匂いの粘液にまみれながら、肉の床に転がされた。
入ってきた場所を見ると、楓さんの部屋の扉があり、その向こうには一瞬、先ほど見たような肉がへばり付いたような悪趣味な空間がいつもの廊下に戻っていくのが見えた。どういうことだ、一時的にこの肉の空間と同じものに変化していた? 異変の大元であるこの異空間には意図的に空間を拡張できる何らかの力があるのだろうか。
しかし、数秒も経つと扉は閉まり切り、肉の壁の一部となってしまった。
思考を巡らせつつ、とりあえず動こうとするが、やはり動けない。これでは背後に何があるかも判らない。
「く、う……」
口から吐息がもれる。
ずいぶんとひどい有り様だった、髪も顔も服もぜんぶべちゃべちゃ状態だ。
手足はギチギチと肉塊に縛られ、力を込めてもびくともしない。
「……くそ」
……入ってしまったのなら仕方がない、とりあえずこのへなちょこボディで出来ることを考えよう。
腕────── 一切動かせません。
脚────── 一切動かせません。
躰────── 一切動かせません。
顔────── 一応動かせます。
……うん。
正直、声を出すくらいしかできないんだよな。
「ハヤテちゃんたち、大丈夫かな……」
別に自分が行方不明になることに関しては正直どうでもいいが、ハヤテちゃんたちがひどい目にあうのは許せない。
俺が生に執着していた
この数年間で自分は親しくしてくれる人たちとただ普通に過ごしているだけで満足できることに気付いてしまった。積極的に死にたい訳ではないが、ハヤテちゃん達が居なくなるよりは遥かにマシだ。
楓さん達が恐らくこのネスト(と、とりあえず断定しよう)とやらから推定毎日捕らわれたうえで出てきていたことを考えると生きてはいるだろうが、問題は敵側の目的なんだよな。
楓さんたちのここ最近の行動からして、このネスト……いや、厳密に言えばこのネストに潜んでいる『何か』が退魔師の活動から外れたイレギュラーを引き起こしている、と考えていいだろう。
敵の目的はそのイレギュラーの先にある。詳細なことまでは分からないが、楓さんたちを害そうとしているのは間違いない。
それに、だ。
(以前、楓さん達があまりにも短時間に鬼と激しく戦ったあとに負ったような怪我をしてきたことが何度もあったことを考えると、この空間は普通の空間と違う時間法則で成り立っている可能性が高い)
状況的証拠からして、俗に言うウラシマ効果────────則ち、現実ではたったの数分が一日経っている、なんてことになるかもしれないということ。
(つまり、この空間で最悪数年経とうが、家の外………もしくは楓さんの部屋の外ではたったの1分しか経っていない、ということも十分にあり得る)
だが、その部分に関してはそこまで極端ではないはずだ。
楓さん達は敵側に何かされた結果、このネストに毎日『特別訓練の時間の間は』入らなければならなくなった。
だが、外の空間で数時間経つと、毎日必ず出てきていた。それはイコール、極端に時間感覚が破壊されていないか、楓さんたち以外に時間を把握している知能犯が存在しているということだ。
それに、出てきた後、楓さんには無視されたりしていたが、ネネちゃんは普通に会話は出来ていた。つまり、
(この視覚的にも触覚的にも悪趣味極まりない空間であることを考慮すると、退魔本局からの救援を待つ時間────────つまり、数時間を経過させるのに数日は必要と想定した方がいいだろうな)
あとは、楓さんたちのいる場所の時間の経過と、俺のいる場所の時間の経過がズレていないかだが……これに関してはもうズレていないものとして考えよう。どの道この惨状じゃ対処できないし。
さて。
(俺にはこの状況下では何もできない。だが、楓さん達なら可能性はある)
枷を壊す、まではいかなくとも乱すくらいには持っていくか。
すぅ、と息を吸い込む。
甘ったるい花のような匂いに顔を顰めそうになるが無視。
とりあえず、知能犯が居ると想定して挑発する。
「あー、あー。マイクテス、マイクテス」
ちなみにマイクは無い。あるのはスマホの録音機能だけだ。
縛られた状態での発音を確認したところで、もう一度大きく息を吸い込んだ。
この数年間でツインテ娘の猪突猛進ガールぶりに付き合うために鍛えられた発声法を披露することにする。
「すぅー……聞け!!! 楓さんたちはどこだ! 私をこの異空間に引き入れたということは此方を見ているのだろう!?」
とりあえず、今まで引き入れていなかった俺をこの空間に引き入れたのは本局に連絡したからだろう。
この家は何らかの方法でリアルタイムで敵側に監視されていた、そしてそれは今現在の俺の行動も精度に差はあるかもしれないが監視していると考えていいだろう。連絡するまで引き入れるのが遅れたのは、恐らくこの空間に意識を向け過ぎていたからか?
だが、予想外に空間に引き入れた後は何もしてこない。恐らく、相手の想定していたタイムリミットが俺の行動により短くなってしまったためだ。だから、とりあえず中に引き入れるだけ引き込んで、先に何かしらやらなければならないことをしていると見る。
(退魔本局も楓さんとネネちゃんほどの退魔師としての実力者が行動を縛られる危険性は先の電話で理解したはず。
急ぎはするだろうが、東都に点在するこの一件に対応可能な実力者を送ってはくれるだろうが、少しばかり時間は掛かるだろう。なんせ、本局が信頼を置く実力者なのだから、その何人か、もしくは全員がここ最近の東都での急激な鬼の増加に対応してもらっているのは確実だろう。
最悪、このネストと同じく外と遮断された異空間に居る可能性も十分にある。
となると、
『①実力者は来てくれるが最悪数時間ほど到着に遅れる』
『②実力者は現在来ることが出来ないので、対応できそうな数の退魔師を掻き集めて集団で向かわせるが、こちらもまた最悪数を揃えるために数時間掛かる』
のどちらかと考えていいだろう。
先の一件と同じく、退魔本局側の動きも精度に粗はあるかもしれないが、何らかの方法で大雑把なリアルタイムの把握をしているとすると、敵には時間的な余裕はまだまだ十分に確保できる。俺を今現在放置しているのは一般人のよわよわ幼女だから、いつでも片を付けられると後回しにしているだけ。……となると、やはり敵は何か別のことに夢中になっている。
─────恐らく、先に引き入れたハヤテちゃんに何かしている。先ずは此方に気を引きつける。
「何者かは知らんが、退魔本局の受付に侵入して楓さんの捜索時間を遅らせたのは貴様だな!? つまり、貴様は裏工作は得意とするが、真正面から退魔師の人たちと戦うのは苦手なタイプと見た!!」
個人と断定した訳ではないが、ここは断定したという体で挑発する。複数よりも対象は少ない方が此方を意識させやすいからだ。
「ここ最近、ずっと姿を現さずこそこそと楓さんたちの行動を縛り付け、退魔本局への連絡を制限した上で、楓さんたちに平然を装わせていたのがいい証拠だ!!! 貴様は臆病者だ!!!」
俺を縛っている肉塊─────触手の動きがピタリと完全に止まる。……なるほど、やはり敵は意図的にこれらを操れるのか。
「ふぎゅっ」
俺の身体を縛る触手の動き、その指向性が変わる。
その気になればいつでも捻り潰せる獲物が、生意気にも罵倒してきたのがよっぽど気に喰わなかったのだろう。
転がされて放置されていた俺の身体がうつ伏せ状態になり、強引に地面に押し付けられる。
(そしてやはり、こちらの動きと声を把握している。………監視手段がある? これを操れるということは、体表に当たった光や声などの情報を変換して、遠隔で把握するような術を使っている?)
この遠隔操作が行われていると思われる触手が術の一種の成果物なのかまでは判らないが、『敵の意図を反映する』『会話などもフィードバック可能』というのが解ればいい。
観察しつつ、顔を強制的に粘液まみれの肉の床に押し付けられ、手も後ろに縛られているので、お尻を突き出したような恰好にさせられている。不快だが、耐えられないほどでもない──────そう考えていると、新しく近づいてきた触手の一本がスカートの中の下着を這ってきた。
「ひゅっ!?」
ちょ、嘘だよな??? まさかとは思うけど、というか薄々勘づいていてはいたけど、もしかしてこれエロ同人誌とかにありがちなやつだったりする!? いや、普通に嫌なんだけど!!!
──に゛ゅちり
粘液が滴る赤い肉の蔦が下着の上を這い回り、その細い先がまるで指の様に布の下に隠された秘部を見つけ出す。
「はっ、ぅ、さわるな……っ!」
手足を縛る肉枷に激しく抵抗を強めるが、尚もビクともしない。
ぎちぎちと締め付けられた身体は、ただの一般人の小学生女児の躰でどうこう出来るものではなかった。
その想像以上の気色悪さに、思わずスマホを手から落としてしまう。
そうして………そのうち、触手の先端が俺の身体の股の間を前後し始めた。
「っ、ぁ、やだ!」
──に゛ゅち、に゛ゅち、に゛ゅ………ずりゅりゅりゅりゅ
「ひぃ、ぁッ♡」
まずいまずいまずいまずい。
布越しだというのに、甚振るようにまずはゆっくりと動いていた触手が擦り上げてきた。
そこでようやく自分の身体で隠れていたその肉蔦の裏側がちらりと見えた。
「────ひゅ」
縛っていた触手とは違う、これ、まるでブラシの様に繊毛が付いているんだ……!
「~~~~~ぅ、っ♡」
頭がちかちかする、痛いとかじゃない、こわい、刺激が強すぎてたえられない。
「やだっ、や………ぁ、あああああああ!?!?♡」
今まで碌に触ったことのなかった、この身体についている股間の小さなふくらみ──────俗に言う、クリトリスが急激に叩き起こされるように磨かれる。
「やだ、やめ♡ いや!♡♡ これ、だめ!!♡♡♡」
自分の身体が、自分のモノじゃない。
じたばたと暴れ回ろうにも、身体は完全に固定されていて、ちっとも逃げられない。
しらない、つよすぎる、こわい、こわい、こわい♡♡♡
「 ♡」
頭がスパークして、衝撃が脳を突き抜けた。
ぷしゃり、と勢いよく尿道からおしっこのようなものが噴き出すのが見える。
「………ハ、ぁ………ハ………」
がくがくと身体を震わせながら、息を荒くしている。
全身が力なくだらんと崩れ落ちても、身体は縛られたままで──────また、触手が動き出した。
粘液まみれとなったパンツをぶつり、と千切る。
外界に晒されたつるつるの股間が、外の空気に震える。
しかし、そのまま擦り上げるわけでもなく、触手は意識を混濁させている俺の顔の前に先端を見せつけるように持ってくると、ぱかぁっと上下に花開いて、ピンク色のどろどろとした粘液を滴り落してきた。
甘い匂い。
生臭くて、危ない匂いで───────下腹部が、震えた。
「ぁ………これ、だめ」
本能が警告している。壊される。一滴でも触れたら、前の自分に戻れなくなる。
ぽたり、ぽたりと垂れていくどろりとした液体が、ぺちゃり、と塗りたくられた。
「ッ、あああああああ──────────!?!?!?」
あつい。
あついあついあつい!!!
全身が汗を噴き出して、身体を暴れさせる。
乳首が明らかに敏感になり、クリトリスは触ってもいないのに熱を持ちだした。
恐らく、毒。
それも俗に言う媚薬というやつだということは自分のカラダで理解させられた。
(そうか、これ………! 身体だけじゃない、頭がくらくらしている………!!!)
恐らく酒のような、ある種の思考を狂わす陶酔効果。
多分だが、楓さん達もこれを浴びせられて行動を制限されていたのだろう。
だが、想像以上にまずい。楓さん達はまだ命気を扱えて、気温差の変化や毒などの緩和もある程度は可能らしいが、俺にはそんなものは無い。一気に異常状態にされつつある身体に、思考を吹き飛ばされていく。
「く………♡ あ………くそ………♡」
ぎりり、と歯を食いしばってもどうしようもない。
今、さっきと同じようにこの身体を触られたら、確実に俺は壊れる。
わざとらしくもったいぶって処刑を楽しむように、ゆっくりとだが、媚薬を塗りたくったブラシ付きの触手がどんどん俺の股間に近づいていくのが見えた。
せめて睨みつけながら、眼を逸らさず、その最後の時を待ち──────────その声を耳にした。
「────────その子を………マシロを、離せ!!!」
視界の端────────背後の空間で光の破片が飛び散り、今まさに俺を壊そうとしていた触手の動きが止まった。