輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
「……ええと、それじゃあ、おね……君が言ってた『はやて』っていうのは私のあだ名じゃなくて、この子のことで」
「……うん」
「学校の帰り道で見つけた私が、この子とそっくりだったから、間違えちゃったってこと?」
「……うん」
なんだ。やっぱり人違いで合ってたのか。
……いや、だとしたら何だったんだ、あの苦労は……。
場所は変わって、玄関前での一騒動の後。
困惑したままの制服少女に、一先ず外で立ちっぱなしのまま話をするわけもいかないだろうとのことで、件のツインテ幼女の住む家の居間に案内され、致命的なまでに噛み合っていなかった認識のすり合わせを行っていた。
内心、ため息をつく。精神的にどっと疲れた。早く帰って寝たい。
というか、だ。
「……君はさっきから、何してるの……?」
「……」
「あの……」
「ん……たしかめ、てた」
なる……ほど??
……どうやら、人違いの原因であるそっくり少女は俺の腕やほっぺたを背後からむにむに揉んで、何かを確かめていたらしい。何を??
「……まぁ、私の知り合いとかじゃないんだったら別にいいよ。それじゃ」
いい加減、処理しきれなくなってきた情報群に頭痛を感じながら、席を立つ。
林祢 真銀の知り合いであるなら、色々と記憶を失う前のことなどを聞いておいた方がよかっただろうが、特に関わり合いの無い家に長居するわけにもいかないだろう。……この身体と瓜二つの子がいる、というのは気に掛かるが、それだけの理由で居座るわけにもいかないだろうし。というか、疲れた。
……ついでにさりげなく、事の発端である外見の類似性について話を聞いてみたりしたが、どうやら確かに見た目はそっくりだが、一度『似た容姿の子が二人いる』と認識してしまえば、案外あっさり違いが判るらしい。雰囲気だとか、喋り方からか? と思ったが、それだけでなく、一番の判断材料としては、俺の方が髪が長いし、服装も違うからと言われた。そりゃそうだ。
……だが、それは逆に考えてみれば『似た容姿の子が二人いる』と認識されていなければ、多少違和感はあれど、余程観察眼に自信のある人物でなければ、今後も俺がこの少女と人違いされるパターンが十分あり得る、ということではないだろうか……?
……何か、この危機に対する対抗策を考えた方がいいかもしれない。
そんなことを片手間に考えながら、何か言いたそうな顔をしていた制服姿の少女に「お邪魔しました」と一言告げてから、案内されて座っていたリビングの椅子から立ち上がり、最初に入ってきた玄関に繋がる廊下の方へ足を向ける。
「ま、待って……!」
「……? まだ何かあるの?」
「えっと……そ、そうだ! お着がえしたほうがいいよ!」
「……それは、まあ、そうだけど」
そういえば、ずっとこのままだったから感覚が麻痺してたけど、着ていた服はこの子が泣きついてきた時の涙とかでぐちゃぐちゃのままだ。……もういい加減、すこし乾いてきたけど。
「あたしの服……かしてあげるから!」
「……はい?」
服を……? 貸す……?
もしかして……俺が、この子の服を……着る???
「……私、帰る」
脳内エマージェンシー発令!
此処は……
「────まって!」
しかし マシロは まわりこまれて しまった!
「……何?」
精神的にも、体力的にもかなり疲れたせいか、少し瞼が重くなってきている中、なんとか要件を訊き返すと、口を閉ざされる。
「……なまえ!」
「……名前?」
「あたしは、″ねね″。……だから、あなたのなまえ……おしえて」
……名前、か。
そういえば、これからはこの名前を名乗らなきゃいけないんだよな……。
なんとなく、心に浮かんだ澱みを振り払うように。俺の名前を訊いてきた少女に答えを返した。
「────マシロ。……私は、林祢マシロ」
……いつか、心の底からこの名前を自分のものだと思えるようになるんだろうか。
「″ましろ″……うん、わかった! ましろね!」
「……うん」
何がそんなに嬉しいのか、手を両手で握って上下に振り回される……っていたい!? あ、ちょ……へるぷストップ!
「……あとね、あたしのことは『おねえちゃん』でいいよ!」
「……それは」
「いいよ!」
「……じゃあ、『ネネちゃん』で」
「むー!」
いや。呼ぶ必要が無いのなら、年下の女の子にあんな恥ずかしい呼び方はしないって……!
……というか、さっき知り合ったばかりなのに、なんかやけに心の距離が近いな……この世界の小学生ってみんなこんな感じなのか……?
「……」
……なんか、いつの間にか件のそっくり少女も横に立ってるし……。
裾を引っ張られたので、仕方なく眼を合わせると、満足げにうなずかれる。
「はやてはね、はやてっていうの」
「……?」
「……″はやて″って、よんで」
「はぁ……? えっと────『はやて』……ちゃん?」
「うん」
……なんだか、よくわからないコミュニケーションを帰り際に繰り出されつつ、満足した様子なので、未だに少し未練がましい様子のツインテ幼女に「とりあえず、今日は帰るから」と一言告げてから玄関を開く。
(とりあえず、今日はシャワー浴びてはやく寝たい……)
疲労値はほぼ限界……というよりも、もしかしたら眠くなるのが早いのかもしれない。……やはり、子供の身体だからだろうか? この分では、街の探索などもあまり長くは出来なさそうだ。
……というか、よく考えたら異世界に来たのに身体能力とかも一般幼女並なのか……。
そんなことを考えながら、先ほど入ってきた(引きずられてきた)ときに見かけた外門に手を掛けようとして。
「あ、ただいま」
「あ、どうも……?」
「……? どこに行くの、ハヤテ?」
ばったりと会った、何処かおっとりとした雰囲気の藍色がかった黒髪の美人さんに手を掴まれて止められた。
……これはまさか。
そこに、見送りの為に玄関から外を覗いていたのか、先程の幼女二人の声が背後から聞こえてくる。
「あ、ママ! おかえりなさい!」
「ママ、おかえなーさい」
「……え?」
「……あー」
俺の手を掴んだまま、既視感のある表情で固まった女性を見て、嫌でも察してしまう。
……早速、予想通りかぁ。
……ていうか、そろそろ服がかぴかぴになってきたような気がするんですけど……。
とにかく、早く帰りたい……。