輪廻の蛇 〜退魔兎姫ハヤテの世界で、TS転生者は日常を守りたい〜 作:黒庵
……いらっしゃい、じゃねぇ!?
「だいじょうぶ! ましろも小さいから、ママもいっしょにはいれるよ」
「うん」
いや、そこのツインテ幼女とそっくり幼女、俺が一緒なのを前提にするな。
確かにスペースは十分あるし、一緒に入れもするだろう。
だが、さすがにママさんと一緒に入るのは……!!
「そう? ならお言葉に甘えて、ママも入ろうかしら」
いや、お言葉に甘えなくていいです。
怒涛の展開に麻痺しかけていた羞恥心が急速解凍を始め、新たに入ってきた女体から目を逸らす。
それに加えて一瞬、目に入りかけたこの身体の頭ほどある二つの巨大なソレに慌て、瞬間的に、明確に『性差』を意識してしまったが為か、咄嗟に手が何も無い股間を隠していた。
「?」
「あ、いや、えっと! その、あの」
「どうしたのましろ、おしっこ?」
ちげーよ。
「そうなの?」
「違います! ……その、ネネちゃんたちはともかく、大人の女性と一緒に入るのはすこし恥ずかしいっていうか、なんというか……!」
「「?」」
……おい、そこの幼女ズ。実行犯はお前らだぞ、不思議そうにこっちを見るな。
それに、実際のところは勢いで誤魔化してるだけで、ぶっちゃけこの子たちと一緒に『女湯』状態にさせられているだけでも十分恥ずかしいのに……!
「ましろ、ママと入るのは、はずかしくないよ?」
「うん」
うん、じゃねえし、恥ずかしいんだよこっちは???
……このまま流される前に。
……具体的にはこれ以上視界が必要以上に接近してくる肌色に占領される前に、なんとかしてこの場を脱出せねばならない。
そう固く決意した俺は、さっそくどうにか脱出ルートの構築に取り掛かろうと、できるだけ肌色を避けながら風呂場の出入り口に目を向けて……ママさんがこちらを見ていることに気づいた。
「………」
じっとこちらを見つめるママさん。
その視線には、邪なものは当然含まれていない。
だが、此方の身体を見ているというか、眺めているだけというにはすこし……?
(なんというか、身体を観察している?)
思わず、その場でたじろいでしまう。
それに、さすがにこうも直視されると、ちょっと……変な恥ずかしさがあるっていうか……。
耐え切れず、できるだけ視線を向けないようにしていた、ご立派な山脈を意識しないようにしながら、湯船につかったまま顔を見上げる。
「あの……?」
「……あっ! ごめんなさいね、本当にうちのハヤテとそっくりだったから、つい」
それは……まあ、そうかもしれないけど。
だからってそこまで身体を眺めるか? いや、実際自分の子供とそっくりな子が風呂場にいたら見てしまうものなのかもしれないけれど。
首を傾げつつ、その後、ママさんが「あまり子どもが長風呂するのもいけないから」と、三人で風呂を出ることになった。
……その後、脱衣所にて。
手元に替えがないということで、元々身に着けていた下着を身に着けようとしていた俺に対して、またひと悶着あったことは言うまでもない(訳:必死に抵抗したものの、結局そっくり幼女の下着を身に着けることになった幼女の図)。
☆
「ましろ、りりるん見よ!」
「りりるん?」
風呂から出てしばらくした後、三人で居間に戻ってきた。
ソファに座って、クーラーの寒すぎない程度のそよ風が、子ども肌を微かに撫でるのを感じながら、風呂後の熱を冷ましていると、同じように横でソファに座っていたツインテ幼女の口から、聞きなれない単語を出されて困惑する。
「しらないの? なら、おねえちゃんがおしえてあげるね!」
「いや……わたしはべつに」
「んーとね、あ! この前あたらしくきららんがなかまになったんだよ!」
「きけよ」
居間にあるテレビがアニメを映し出す。
点いているものは女児向けアニメの録画らしく、前回のあらすじが軽く流されたあと、カラフルな色遣いのOPが流れ始める。
『まっじく☆ぷらキュア Twinkle Stars!』
……どうやら、この世界にもニチアサ文化はあったらしい。
主人公の変身した『きゅあ☆りりるん』がメルヘンちっくな怪物を桃色の魔法で応戦しているのを眺めながら、ふと思う。
……まさか、これリアルで俺が、女児アニメの変身ヒロインごっこさせられるわけじゃないだろうな??
どうやら先週の放送分で増えた追加戦士を含めるとちょうど3人になる女児アニメに対して猛烈に危機感を覚えつつ、隣で楽しそうに「りりるんがんばれー!」と応援しているツインテ幼女を恐々とした目で見ていると、
「あら、三人でテレビ見てたの?」
風呂から出てきたらしいママさんが近づいてきた。
「うん、ましろといっしょにりりるんみてたの!」
「……マシロちゃんと?」
そうして、またツインテ幼女とそっくり幼女の隣に座る俺に、またもや意味深な視線を向けてくるママさん。
……いい加減、事情をきちんと聞いた方がいいのかもしれない。
泊まるのは今日だけということで、特別踏み込む理由もなかったママさんの不可解な行動の解明に勤しむため、声をかけようとして、気づく。
……そういえば、ママさんの名前とか知らないな。
別に知らなくても問題はないんだが……ふむ、正式な自己紹介はまだだったし、会話の切り口として使うか。
やってきたママさんに軽く会釈し、顔を見上げて口を開く。
「えっと、あらためて……林祢マシロです」
「……うん、私はキバガミ カエデ。よろしくね」
ママさんも自分の名前を告げていなかったことに気づいたらしく、普通に答えてくれた。
判明した名前を頭の中で咀嚼し、しかし妙に聞きなれない名字に小首をかしげる。
「キバガミ……?」
「聞いたことないの?」
「……え? あ、えっと……まぁ」
……? なんだ? もしかしてこの世界では知っていないと可笑しいタイプの名字なのか……?
キバガミ……どう書くのだろうか。……木場上、とか?
正直、聞き慣れない名字で戸惑いを隠せないが、この世界では割とよく有る名字なんだろうか? 考えてみればこの身体の名字である『林祢』も元の世界ではあまり聞いたとはなかったが、もしかするとこの世界ではどちらの名字も割とメジャーなモノであるのかもしれない。
「そうなのね……よかった」
「……?」
……よかった……?
「えっと、?」
「うん、ごめんなさい。私の思い過ごしね」
「はぁ……?」
何をどう思い過ごしたのかまでは解らないが、とにかく心の整理はついたらしく、カエデさんが此方に向ける表情は、最初に向けられた微笑みよりも、幾分か暖かいものに変わっていた。
……ちなみに、いくつかの会話のあと、ついでに気になっていた祖父の記憶喪失の園児☆颯爽置き去り事件のことを話してみたら、カエデさんにドン引きされた。
……おいコラ、やっぱりこの世界でも異常な対応じゃねーかあのくそじじい!?
☆
そのあと、制服少女が俺の分まで食事を作っていたなんて予想外はあったものの、時間は何事もなく過ぎていった。
……そういえば結局、あの制服少女とこの家はどういう関係性だったのだろうか。近所付き合いの一環……というには、雰囲気が何かこう、従者?みたいな……いや、というよりも……。
今日はちゃんとした会話はできなかったが、今度もし会うことがあったら、食事のお礼のついでに聞いてみるとするか。
そうして、食事を終えて、しばらくして。
渡された予備の子供用の歯ブラシを使って、これまたいちご味の歯磨き粉で、なぜか幼女二人と仲良く歯磨きを済ませたあと。
時間は、既に9時半。元の身体ならば、まだ余裕で起きている時間なのだが、どうやら幼稚園の年長さんくらいと小学生低学年くらいの子どもはもう寝る時間らしい。……その『子ども』に自分が入っていると認識されているのは、誠に遺憾なのだが。
……というか、だ。
「なんで俺がこの子たちといっしょに寝なきゃいけないんだ……??」
案内されたのは、不本意にも先ほど目覚めたときに寝ていたツインテ幼女の部屋。
確かに、このベッドは恐らく小学生が成長しても使えるモノを選んだのか、子ども三人余裕で横になれるスペースはある。あるが……ここで寝るの?? いや、さっきは意識なかったから素直に寝てたけどさ……。
呆然としてつぶやいた声は、既に自分の私室がお泊り部屋になっていることにテンションMAX状態になっているらしいツインテ幼女には聞こえてないらしく、先ほどから何やら私服が収められているらしい棚を漁っている。そっくり幼女に関しては姉のベッドで初対面の幼女と寝ることに一切の疑問がないらしく、自室から持ってきたらしいふかふかの枕を抱きしめながら、「ましろは、はやてとはんぶんこ」などと言いながら姉のベッドにセットして、そのまま絵本を読み始めている。
……え、俺ほんとにこの幼女たちと寝なきゃいけないの?? 横で??
引きつった顔でこの狂った
「これね、光るんだよ! かしたげるね!」
手に渡されたのは、柄が先ほど一緒に見ていた女児アニメのヒロインがプリントされた、いわゆる『光るパジャマ』らしい。
……俺が?? これ着るの??
(ははは。リアル光るパジャマ、初めて見たし、初めて着るなぁ……)
自分にはまず縁がないと思い込んでいた、この身体にはすこしだけ大きいサイズのソレを引きつった笑いでなんとか受け止める。
先ほどまでは、風呂を出た後に居間で、どうやら5歳の子がする食事で汚れてもいいように、仮の服としてそっくり幼女の外遊び用らしい服(比較的に簡素なデザイン)を制服少女から手渡されてたので、それを着ていたのだが……さすがに汚してはいないが、ベッドに入るのに、食事後の服のままというのはカエデさん的にすこし気にするらしく、「ハヤテのパジャマをマシロちゃんに使わせてあげてね」と発言し、そっくり幼女もそのままこくり、と頷いていたのだが、それを聞いていたこのツインテ幼女が、
「ましろには、あたしのパジャマきせてあげる!」
……などと、言ってきたのだ。
確かに泊まるのは今日だけだし、サイズが大きいと言っても大人からすればほぼ誤差。布団に包まるのであれば、服の機能自体に問題はないだろう。
カエデさんは苦笑しつつ、「マシロちゃんもそれでいい?」と断りづらい雰囲気で確認を出してきたので、渋々了承したのだが……そっくり幼女はなぜかすこし不満そうだったりしていた。
そんなやりとりを思い出しつつ、手に持ったピンク色の『女児らしい』布を見る。
……他に着るものもないし、何よりも家を出る前に見たフリフリした可愛らしいアレらよりは遥かにマシだ。うんうん、許容範囲、許容範囲……ほんとか???
……いや俺、冷静になるな。あとは寝るだけでいいんだから。
ツインテ幼女の服が自分のものよりも、すこしだけ大きいという点も今は無視する。食事の際に着ていた幼女の私服や、先程仕方なく、ほんとうにしかたなく着てしまったこの下着の嫌にフィットする感覚から察するに、どうやら服のサイズまでそっくり幼女と同じらしいことに気づきかけたものの、そこを指摘してしまえば『気になっているのはサイズの大きさだけで、女児服を着ることは受け入れている』ということになりそうで嫌なので無視する。
……確かに病室で目覚めてから自分用の簡素なデザインの下着を着脱することに対しては、心を無にすることで一時的にスルーしてきたものの、既に病院から解放され、自由の身になった俺が過去に囚われる必要は一切ない。どうせ誰にも見せることのない下着なんて、ギリギリ許容範囲に入るであろう男児用……この身体でも違和感のない男物をみつけて、着れば良いのだ。
そんな考えを胸に、さっさとベットに入り、目を閉じようとしたところ、案の定、隣に入りやがったツインテ幼女が此方の顔を見ながらニコニコしていることき気付いた。
「えへへ」
「……? もしかして、なにかおかしいところとかある?」
いや、冷静に考えると初対面の幼女二人と同じふとんに寝させられていること自体が間違いなく可笑しいのだが。……いや、だから冷静になるな俺。
「んぇ? ……あ! いや、ちがうの!」
「?」
「そうじゃなくて、ましろ、こんどはあたしのおようふく、きてくれたから……うれしいの!」
「はぁ」
ほぼ初対面の相手に自分の服を着てもらえるのがうれしい……??
理解不能な発言に困惑し、首を傾げることしかできない。
やはり、いまいちこの世界の子どもの感覚がよくわからんな……。
微妙な表情をする俺をよそに、同じようにパジャマを着たツインテ幼女(髪ほどき形態)は、しばらく口を閉ざしたあと、何らかの意を決したように此方の目を見つめてきた。
不安定な未来に……それでも、すこしの希望に期待するように、此方を訊ねる。
「あのね、ましろ。あさっても……会えるかな?」
明後日……そうか、明後日は土曜日か。
ということは、この幼女たちも明後日は休みなのだろう。
だが、会う必要があるかどうかと言えば────
「……どうかな。もう会わないかもしれないし、出会う必要もない」
いや、流石に同じ街で暮らす以上は何度か会うかもしれないが、それが特別に交流を深める理由にはならないだろう。何よりもこの世界のこと、鬼や退魔師のことを知るのが先決だ。
それに、よく考えれば先に危機感を抱いた『そっくりな容姿の人間がいる』という問題も、自身がこれから出合っていく人間が『キバガミ ハヤテという林祢マシロにそっくりな少女がもう一人いること』を知ることがなければ、そもそも何も問題にはならないのだ。……同じ街を拠点にしている以上は、見知らぬ誰かにこの子と間違われることもあるかもしれないが、『間違われる対象』が一般人である以上はやはり何も問題は無いだろう。芸能人やアイドルといった、有名人と頻繁に間違われるとかなら兎も角。
……故に、二度と会わなくてもそれで問題が出てくるわけでもない。
(でもまぁ、悪くはなかった……かな?)
そんなことを考えていると、なにやら固い決意を込めた表情で、ぎゅっと手を握ってきた。
「ましろ……ぜったい、会おうね!」
「はなしきいてた??」
にこにこ顔で「ましろ、おやすみ!」と言うので、仕方なく「……おやすみ」とだけ返す。
程なくして、寝息を立て始めた童女に溜息をつきつつ、いつの間にか反対側にいたそっくり幼女をなんとなく見る。
っと、そうだ。
「ねぇ、はやてちゃん。なんで私にそんなに……」
「……?」
″初っ端から妙に好感度高いのか?″ と訊こうとするも、幼児でもわかる言い換えが一瞬思い浮かばず、少し悩んだ末に続ける。
「私に、仲良くしてくれるの?」
眠そうな目で、しかしこちらをじっと見つめるそっくり幼女。
「ん……ましろは、はやてとおんなじだから」
「おんなじ……?」
「だから……はやてのほうが……おねえちゃん……んにゅ」
「……はい???」
意味不明な言葉の羅列。それに気を取られたまま、脳が思考停止の命令を下しているうちに隣からは「すぅ、すぅ」という小さな、大変かわいらしい寝息が聞こえてき……って。
(ねやがった?!?! わけのわかんねえことだけ言ってねやがったぞ、この幼女?!?!?!)
☆
朝。
洗面台の前でまだ眠そうな二人と一緒に歯磨きをしたあと、幼女たちにダイニングへと誘拐されながら、カエデさんを含めた4人で朝食を食べる。
……昨日もそうだったが、この子たちはいつもの食卓に俺が混ざっていることに違和感を覚えないのだろうか。俺はものすごく幼女たちの中に混ざることに違和感を覚えるのだが。
そんな他愛ないことを考えつつ、ツインテ幼女が真っ赤なランドセルを背負うのを眺めながら、自分もマイバッグを肩にかけて、一緒に玄関で靴を履く。これでようやく解放だ。
そっくり幼女は少し遅れてから幼稚園に送ってもらうらしく、姉が俺の手を機嫌よさそうに握って出ていくのを羨ましそうに見ていた。……いや、もう俺はこのなかよしハンドに捕まることはもうないし、小学校に入れば無事に君がこの立ち位置になっているから安心してくれ。
最後に玄関の前でそっくり少女に小さく手を振りつつ、それに気づいたそっくり幼女が少しうれしそうに手を振り返したことを確認しながら、昨日ぶっ倒れた外門へと辿り着いた。
(さてと、自分の家を探さなきゃな)
探索の安全性も、昨日の会話の中で現地人であるカエデさんに、鬼の出現頻度をそれとなく聞いておいたので大丈夫だ。自分が知らない情報を違和感なく聞き出せるという点では、見た目は子どもであることと、記憶喪失(診断結果)であることはとても便利なのだろう。
そうして、足を動かしていると……
唐突に、見覚えのある物件が目の前に現れた。
……んん??
止まった足を無視して、まじまじと目の前の物件を凝視する。
「………………」
いや、あの。
……家が、あるんだが。
あー、えーっと。
すー、はー……と息を吸い……とりあえず、くるりと顔を後ろの方へ向けてみる。
────そこには、さっき出てきた外門が。
……んんん???
どういうことだ?
頭の中で、改めて冷静に整理する。
────前にあるのは祖父に案内された自分の家。
────後ろにあるのは今手を繋いでいるツインテ幼女のおうち。
「……………ふむ?」
つまり、だ。
……自分の家が、この幼女たちの家の前に、ある?????
「……………………。なるほど」
「ましろ? どうしたの?」
「……────イヤ、ナンデモナイデス」
その後、名残惜しそうに小学校へ通学していくツインテ幼女を見送ってから……自宅の前へ急いで戻り、その目の前にある魔王城を確認して、静かに頭を抱えた。
おとなりさんでした。