無惨が異世界に行ったら……? 作:孔雀
「……ここは何処だ?」
男――鬼舞辻無惨はそうつぶやいた。
無惨はかつて鬼の首領であり、自らが完全な不死となるべく様々な非道を行ってきた。しかし因果応報か、鬼殺隊という自身への復讐組織を生み出すこととなり、遂にその命にとどめをさされた。
そんな無惨が何故か見知らぬ森の中に一人でいた。
「私は……確か炭次郎に拒絶され、虚無に飲まれたはず……それなのに生きている?」
すぐに自分の体を確認した。服は着ており体に外傷はなく、能力の方も問題ない。
そうなると今度は身の回りが気になってくる。見たところ深い森の中、見覚えはない。
「まずは人間を探すか。餌にするにせよ、話をする必要がある」
そうして無惨は森の中を進み始めた。
●
「……弱ったな、言葉がわからん」
無惨の前には半殺しにされた男が二人転がっている。少し森を散策したところ、いかにも盗賊という感じの男が二人歩いていたので早速襲撃した。しかしその時に男たちが話していた言語がまるで聞いたことの無いものだったのだ。
「ここまで言語が違うとなると日本でないことは確実か。仕方ない。少々手荒だが……」
無惨は目の前で呻いている男の一人に黒い茨のようなもので切り付けた。
「jぎあおjふぁ……?---!!jがjkぁsgじおあじゃkj!!!!!」
次の瞬間、その男はまるで獣のような咆哮を上げて暴れ始め、そして仲間の変化に怯えているもう一人の男に喰らいつこうとしてー――
「やめんか。お前の役割は私のための辞書だぞ」
右腕を巨大な獣の顎のようにした無惨によって捕食された。
「ふむふむ。成程」
無惨は鬼を自らに取り込むことで能力などを得られる。が、今回は相手を鬼化して取り込み、その知識などを習得した。世間一般の常識。使う言語。男の人生。それらを無駄にある脳をフル活用することで無惨は全てを把握した。
「そうか、ここは私の知る世界である地球ではないのだな」
使う言語が違うだけなら自分の知らない欧州だか、メリケンだかかと思えたが男の知識の中の光景はとても現代的とはいえない社会制度、生活水準だった。おまけに魔法とかいう怪しい技術体系が存在しているときたらもう地球とはいえない。ここはーー異世界だった。
「な、なんなんだよお前!ジェードをく、喰いやがって!!この化け物が!」
得た知識に思いを馳せていたところ、残った男の一人が無惨にむかって罵倒を始めた。今の無惨は言語を習得しているため、この世界の人間の言うことが理解できるし、話すことも出来る。
「ほう、化け物か。お前には私が化け物に見えるか。そうかそうか」
無惨は動けない男に顔を近づける。
—この鬼め!!
男の罵倒はかつて自身に一度終わりを与えた者を連想させたのだ。故に無性に殺意が沸いた。しかしただ殺すような真似はしない。今は力を蓄えることが先。
「ひ!?や、やめろーーーーーーーっ!?」
●
【食事】を済ませた後、無惨は森の中を更に進む。先ほど吸収した男の知識の中に村の情報があった。この男が所属する山賊団が滅ぼした村の情報が。
「山賊によって滅びた村ともなれば死体が沢山転がっているだろう。それを食べ、更に力を蓄えよう」
そうしている内に村に着いた。村は酷い有様だった。住人は皆悲惨な骸を晒し、家屋は火をつけられ、廃墟と化しており、家畜の牛なども面白半分に殺されていた。
廃村
その言葉以外に言うべきことがなかった。しかし無惨にとってそんなことはどうでもいいこと。死骸を漁るのは本人のプライド的にあれだったが生きることと天秤にかければあっさりそちらに傾けるのが無惨の強みである。
しかし――
「出てこい、そこにいるのだろう?」
無惨はこの死に満ちた状況下で命の気配を感じ取っていた。近くの瓦礫の中から自分を見る気配があったのだ。
「……あなた、あいつらの仲間……?」
瓦礫の中から一人の若い娘が出てきた。
●
話を聞いたところ、娘の名はクレアという。この村で両親とともに牧場を営んでおり、穏やかな日々を送っていた。しかし。
「あいつらが……あの山賊どもがやってきて村を、皆を滅茶苦茶にした……!」
彼女は上手いこと瓦礫等の隙間に隠れていたおかげで難を逃れた。その代わり村人たちの凄惨な最期を目の当たりにすることとなった。
「そうか。それは気の毒に……」
口では同情するように言ってはいるが無惨としては生き残ったのなら何も問題ないではないかと思っていた。しかし口にはしない。余計な恨みを買うことがどれほど危険か無惨は一度その命を持って味わったからだ。
「私に力があればあんな奴らギッタギッタにしてやれたのに、う、うぅぅ!」
「ほう、力かあればか……」
無惨は考えた。この娘を鬼にしてみるのはどうだろうかと。
先ほど男を吸収して知識を得たとはいえ、土地勘や常識的な振る舞いなどの感覚はそう簡単に身に着くものではない。今は深夜だからなんとかなっているが、これで朝を迎えてもし不測の事態に遭遇したら死ぬ可能性が高い。
ならばこの娘を自身の協力者にしてしまえばいい。幸い彼女は平常心を失っており、村を焼いた山賊への復讐心に燃えている。今なら鬼への勧誘に乗る可能性が高い。
—-かつての無惨なら問答無用で鬼へと変えて下僕にしていただろう。しかしある医者の女鬼にしてやられた経験から納得させてから鬼にしたほうがその後のリスクが低いと考えた。
「ならば鬼になれば良い」
「お、オニ?何よそれ?」
「鬼とは人間を超えた存在。人以上の力、不老不死、あらゆる意味で上位の存在だ」
そう言いつつ、無惨は右腕を巨大なカギ爪に変化させ、近くにあった瓦礫に向けて一閃する。
まるで紙を裂くように真っ二つになったそれを見てクレアは怯える。しかしその目は圧倒的な力に魅せられていた。そうこの力があればあの憎い山賊どもに復讐できると。
「無論代償はある。一つは日の光に出れぬことと太陽の力を宿した武具が弱点であること。そして……人を喰うことだ」
「!ひ、人を喰うって!」
さすがに人を喰うことに対しては怯えていた。まともな思考の持ち主はそこで躊躇する。だが。
「ならば弱き人間のままでいるか?村という共同体を無くし、生活を支えていた牛や羊なども失った一人の若い女がまっとうに生きていけると?」
その言葉にクレアは押し黙る。住む場所もなく、財産も無い者をまともに扱ってくれる場所などない。そんなことは子どもでもわかることだ。どの村も余裕などない。身元の保証が無いものなど奴隷のような扱いをされるだろう。街に行ったところで雇ってくれる保証などない。
「ふふふ、お前がそうやって苦しんでいる間にもあいつらはお前のようなものから奪ったもので宴会でもして楽しんでいるだろうな。自分たちが殺した者たちのことなどあっという間に忘れるだろう」
ぴた
その言葉に彼女の震えは止まった。
自分は今までまっとうに生きてきた。人が嫌がることもせず、ましてや人を殺したりなど最大の禁忌だ。
だが……そうしてきたにも関わらず今彼女は全てを失った。そして彼女からすべてを奪った連中は殺人、略奪、破壊。禁忌などお構いなしだ。
こんな……こんな理不尽があっていいのか……
「弱肉強食。それが世の定めだ。弱きものは全てを失い、強き者は全てを得る。お前が今まで縋りついてきた道徳など所詮強者が己に都合が良いように作ったもの。弱き人間のままでは永遠に道徳という首輪に繋がれた家畜と同じだ。変わりたいと思わないか?弱き人間から強き鬼へ」
クレアが人間にこだわるのは人食いはいけないことという道徳があるからだと無惨は見抜いた。ならばその道徳がいかに無意味であるのかを思い知らせ、それが己の不幸の原因だという方向に思考を誘導するのが一番だと。
「人を喰うことが罪深い?それは人が人を喰うことだからだ。だが鬼は人間ではない。人間ではない存在が人間を食べたところでそれは罪ではない。草を食む獣が草を食むことが罪でないように。肉を食む獣が草を食む獣を食むことが罪でないように。人が獣を食むことが罪でないように。当たり前の真理だ」
だからこそ逃げ道を用意する。人を喰う喰わないは簡単な話ではないがそのことから目を逸らさせ、動物に触れる彼女にとって理解しやすい概念でカモフラージュする。
「死んだこの村の者たちもさぞ無念だろう。お前のような若い娘を置いていくことが。何か自分にしてやれることはないかとな。お前が鬼になり彼らを己の血肉としてから奴らを殺せばそれは村の者たちの死を無駄にせず、その恨みを晴らしたことになるだろう」
最後に喰うことへの罪悪感を無くさせること。死を無駄にしない。美しい言葉だ。その美しさで彼らの骸を喰うことを正当化させるのだ。
クレアは決意した顔をしていた。自分が人を辞め、敵を討つのだという使命感に燃えていた。
良い
恨みは簡単に自分を蔑ろにさせる。かつて自分を討った者たちもそれを支えにして自分に歯向かってきた。ならば自分もそれを存分に活用させてもらおう。
「……わかった。わたし、鬼になる。鬼になってみんなの仇を討つ!」
そんな無惨の内心など知らぬクレアは本当の意味での悪魔の契約に乗ってしまったのだった。
♦
「ウ、ぐアアアアアッ!!!」
私は自分が変わっていく感覚に苦しんでいた。
あの無惨という謎の人の勧誘に私は乗った。もちろんそれがいけないことだとはわかっていた。何かしらの思惑があるから私に目をつけたのだろうと。でも私はそれでも構わなかった。この先の人生が暗いことは事実だし、何より何も出来ぬまま生きていくことの方が私にとっては苦痛だった。
だったら人など辞めてしまおう。私が信じてきた道徳なんて、私や皆のことを守ってはくれなかったのだから、そんなものは捨ててしまえ。
決意した私はあの人が差し出してきた血を飲んだ。
そうして今、私は人間で無くなり始めていた。
全身が痛い。まるで体が全く別のものに蝕まれているかのような感覚。そして何より—‐
—-おなかが空いた
凄まじいまでの飢餓感に襲われていた。こんな空腹感は初めてだ。何か、なんでもいいから口に入れたい。
喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたいくいたいくいたいくいたい
するととても良い匂いがしてきた。嗅いだことのあるような匂い。でも今それはとても美味しそうな匂いだった。嗅いでいるだけで涎が口が溢れそうになるほど芳醇な香り。それがあちこちから漂ってくるのだ。
私は食欲に突き動かされるがままに近くにあった良い匂いの元に手を伸ばし、それに齧り付いた。
美味しい!!
今まで生きてきた中で初めて味わう味だった。とても美味しい。まるで今まで食べてきたのは家畜の餌かと思うほどにまろやかな、頭がとろけてしまいそうになる美味。
美味しい美味しい美味しい美味しいおいしいおいしいおいしいオイシイオイシイオイシイ――
私は夢中になって食事を続けた。口に入れる度に天にも昇りそうな味。それがそこら中にあるのだ。今の状況のことなど完全に頭から吹き飛び、頭の中はひたすら幸福感に包まれていた。
やがてお腹いっぱいになり、私は一息ついた。
「あー。美味しかった……あれ?」
満腹感に浸っていたところで私は気づく。自分が今食べていたものが何なのかを。
それは死んだ村の皆の骸だった
私はそれを喰い漁っていたのだ。
「う!」
思わず吐きそうになった。だがまるで吐くことが出来なかった。まるで体がせっかく取り込んだ栄養を出すなと言っているかのように。
「事前に言っただろう?鬼は人を食すと」
あの人が話しかけてきた。そして私は戦慄した。鬼になったからこそわかる。この人は―否、この方は自分なんか到底敵わない存在だと。
「喜べ、お前は村人の骸を食したことで鬼として力をつけた。感じるだろう?己の中から湧き上がってくる力を」
そう言われて初めて私は気づいた。体中に力が漲っている。気分も高揚して今なら何でも出来そうだ。
私は手近な瓦礫に向かって拳を振りかぶった。
ドゴオ!!
軽く力を入れただけで瓦礫はまるで砂の山のように砕けた。
「アハ!凄い!凄い凄いすごい!!!」
これならあいつらに仕返し出来る。村のみんなの仇を討てる。私が今食べた村の皆が私に力を貸してくれたんだ。ならもっと、も~っと食べなきゃ♪
私は残った村の皆の骸を更に食べていく。さっきまで満腹だったのに喰おうと思うとまた食欲が沸いてきた。
「少しは私の分も残しておいてほしいが……まあ良い。連中のアジトなら先ほどの男から抽出した。鬼の力の手ほどきをしたら直ぐに向かうぞ、クレアよ」
無惨さんが私に指示を出してくる。
はい。無惨さん。いえ、無惨様♡
この話の無惨は本編で散々痛い目を見たり、変な思想に至ったりなどの経験を積んだ存在です。故に油断や人間を甘くみたりなどがなく、慎重に動いたりなどする。いわゆる少年漫画でよくある倒される悪役は信じられないミスをする。といったマイナス補正が機能していないタイプだと思ってください。