無惨が異世界に行ったら……? 作:孔雀
森の片隅に存在する小さな洞窟。その中で数十人の集団が楽し気にしていた。
「ぎゃはは!この間の村は中々良い収穫だったな!」
「全くだ!こりゃ当分は食うに困らねぇぜ!」
彼らは最近この辺りにやってきた山賊団であり、クレアの村を滅ぼした者たちでもある。
かつては他の土地で散々略奪を行っていたがやり過ぎて騎士団に目をつけられたため、襲撃する地域を変えたのだ。そして数日の間に新天地での景気づけとばかりにいくつかの村の全てを奪った。
「てめぇらあまり浮かれんなよ、かなり遠くまで移住したとはいえ俺たちは一度騎士団に目をつけられている。情報が出回っているとも限らねぇしな」
「へ、へい!頭目!」
頭目としてはこの辺りで適度に略奪をしたらすぐにまた別の土地に行こうと考えていた。景気づけとはいえ、一番最初の村でやり過ぎたからだ。金目のものを奪えば良いものを興奮した団員たちは村を完膚なきまでに破壊しつくしてしまった。あれでは騎士団が動く可能性が高くなってしまう。領主としても税収源である村を完全に壊滅させるような凶悪犯に何もしないと考えにくい。
「(まあ、あれは仕方なかった。こいつらにも適度なガス抜きが必要だしな)」
最も頭目としても罪悪感など特になく、単に組織の維持の心配をしているだけなのだが。
そんなものである。2番目以降の村にしても必要なら殺すし、金目のものは一通り奪った。あくまで村が存続する最低限のものだけ残して蹂躙したのは事実なのだから。
残った村人たちに降りかかる村の再建といった苦難のことなど彼らは気にもしない。
弱肉強食
少なくとも彼らにとってはこの世はそういうものだと考えていた。
「そういえばジェードやコソドの二人はまだ帰ってきてないのか?初日にはぐれたっきりだぞ?」
「それが全然。何処で油を売っているのやら」
「「「ギャアあああああああああああああああああっ!!!!」」」
「!何だ、今の声!入口の方で何かあったのか!?」
「まさか討伐隊でも来たか!?てめぇら武器を取れ!!」
突然の悲鳴に頭目は敵襲と考え、全員に戦闘態勢に入らせた。
——だからこそ彼らは気づくべきだった
ぽた。ぽた。
「な、なんだ……お前?」
弱肉強食とは弱いものを強いものが食すということであること
「あはは……見つけたよぅ……」
ただそれだけであり、強者の立場が絶対的であると保証するものではないこと
「みんなのかたきぃ……討たせてもらうよおぉぉぉ!!!」
—-自分より強いものが現れたら餌になるしかないということを示すだけということを――
♦
「あははは!死んじゃえ、死んじゃえええ!!」
無惨によって連れてこられた山賊のアジトにおいてクレアは殺戮を行う。
ただの村娘にこんなことなどできない。武装した賊の集団になぶり殺しにされるだけだ。
しかし今のクレアは人間でなく鬼だ。成りたてとはいえ、その身体能力などは人間以上だ。適当に腕を振るうだけで大の大人がなぎ倒され、骨や内臓がやられる。歯は鋭くなっており、人間の体など軽く喰い千切れる。人の形をした猛獣そのものだ。それが殺意全開で襲ってきているのだから無理もない。
「くそ!この女、死ねぇ!」
近くにいた山賊がクレアの背中を切り裂く。他の山賊も彼女の体のあちこちに傷を負わせていた。それは人間であればどれも致命傷だろう、だがクレアの動きは止まらない。それどころか……
メキ、メキ、メキ!!
「き、傷が……あれだけの傷がどんどん治っていってやがる!?」
鬼は太陽や藤の花以外では死なない。人であれば致命傷でもあっという間に回復する。
不死性と怪力
それがクレアにこの殺戮を可能とさせる要因であった。
「(弱い弱い弱い!はは、鬼の体ってこんなに凄いんだ!なによ、これに比べたら人間なんて脆弱な動物じゃない!あ、はははははは!)」
鬼の体がもたらす力にクレアは酔っていた。全身に漲る力、傷を気にしなくてよい体。そういった全能感の虜となっており、この力を与えてくれた無惨に対する感謝の気持ちでいっぱいにもなっていた。
湧き上がる高揚感によってクレアの乳首は痛いほど尖り、股はグショグショに濡れていた。最もそれすらも彼女は気づかなくなっているのだが。
—-傷が治っても服は戻らない。散々攻撃を受け続けたクレアの服は既にズタズタであり、布切れを羽織っているに等しい半裸といっても良かった。その全身に返り血を浴びながらも歓喜の顔で殺戮を続ける彼女の姿は悍ましく、それでいてどこか煽情的だった。
「成ってからまだ然程の時間が経っていないがここまでとはな」
無惨は彼女が殺した山賊たちを適当に見繕って捕食して腹を満たしていた。
正直無惨としてもここまで馴染むことは予想外だった。肉体がではなく精神がだ。
本来鬼になったものは最初期は人間の記憶が残っているため、鬼としての活動に躊躇する。常識が本能に待ったをかけるからだ。だがクレアは確かに憎しみはあっただろうがここまで吹っ切れるとは思わなかった。
「もしや今まで鬼にした連中の中で大成したものが少ないのは鬼として生きていく上での精神の柱となるものが無い者が多かったからか?」
鬼の大部分は無惨が血と共に刷り込んだ忠誠心で強くなろうとする。しかしそれは所詮後付けだ。偽物の柱である以上、途中まではうまくいってもある一点の壁を超える段階になってぼろが出る。人間時代から、あるいは人間としての意識が残っている初期段階において心の支えを形成したものだけがその先へ進めるのだ。<自分の意思で決めたこと>こそが鬼の強さの源泉なのだろう。
そうしている間にクレアの体が変化を始めた。体の色が真っ白になり、あちこちに雲のような真っ黒な模様が浮かびあがった。頭からは僅かに婉曲した一対の角が生えてきており、それらは牛の特徴だった。
クレアは元々牧場の娘だ。その中でも牛が大好きであった。牛は乳を出してくれるし、畑だったり荷運びといった力仕事にも役立つ素晴らしい存在であった。故に彼女の心の中において牛とは力の象徴だったのだろう。その思いが鬼として力として発現し始めたのだ。
やがて彼女の前には山賊の頭目が一人いるだけになった。他は皆殺しつくされた。
「この化け物がぁ……よくも俺の大事な子分たちを殺りやがったな!!」
「ふん。あんたらだって村の皆を殺したじゃない。何よ?人にはそういうことが出来ても自分たちがされるのは嫌なのかしら?」
皮肉たっぷりにクレアは頭目を詰る。その言葉に頭目は激怒した。
「へ、そんな化け物になってまで俺たちに復讐しに来るお前ほど俺たちはいかれてねぇよぉぉぉ!」
そういって頭目は両手剣をクレア目掛けて振り下ろし――
バキン!
クレアの拳で剣を砕かれたうえに胸を貫かれ、即死した
●
頭目を殺し、復讐を完遂したクレアはその場に座り込んだ。
「父さん、母さん、皆……仇は討ったよ」
復讐を遂げた彼女の胸中は虚無だった。確かに恨みは晴らしたがそれで死んだ皆が帰ってくるわけではないのだ。残ったのは大量の血に塗れ、人間ですらなくなった一人の女だけ。
「これで復讐は果たされたな。で?お前はこれからどうする?言っておくがもう人間に戻ることは出来んぞ」
無惨はクレアに話しかける。この状態を長く放置しておかしな考えに至られても困るからだ。
「わかってます」
クレアとしても人間に戻る気はなかった。ここまで血で汚れてしまった以上、もはや死んだところで村の皆と同じ場所に行けない。今も周囲に漂う山賊達の死臭が美味なる料理の芳香に感じ涎が溢れ出ており、皆の骸を食した時の幸福感が頭の中でリフレインして思わず口元がにやけそうになる。もし人間に戻れる方法があったとしてもこの感覚を忘れることは出来ないだろう。
「(もう人して生きていく資格なんて私には無い。なら――無惨さんに恩返しをしよう)」
少なくともこの先の人生が惨めなものであることが確実だった自分に復讐するチャンスを与えてくれたことは事実であるし、この殺戮も自分が自分の意思で決めたこと。感謝こそすれ責めることなど恩知らずそのものだ。
だから――この人に着いていこう。どうせ地獄行きは確定なんだからこの人がこの先で何かとんでもないことをしたとしても構わない。
「私はあなたに助けられた。だから今度は私があなたを助けます。無惨さんいえ、無惨様。私をあなたに仕えさせてください」
私は無惨様に忠誠を誓った。
「ほうそうか。ならば私の部下として末永く使うとしよう」
堕ちた
鬼の思考が読める無惨としてはクレアの思考の流れが実によかったと感じた。
自らの意思で己に仕えることを決めたのだ。これは都合が良い。自主的に動いてくれたほうがこちらとしてもやりやすい。
「ならば手を出せ」
「え、は、はい……?」
おずおずと差し出された手に無惨は自分の血を数滴垂らし、飲むように命ずる。言われた通りにクレアはそれを口に運ぶ。
「は、はうあぁぁぁっ!?」
その瞬間、彼女はまるで全身に雷が落ちたに等しい衝撃を受けた。飲み込んだ無惨の血は瞬く間に彼女の全身に染みわたり、その肉体をより強化する。鬼としての存在の格が向上したのだ、その瞬間の全身に漲る力、全能感、それに伴う酩酊感、その全てがクレアに麻薬に等しい恍惚感を齎したのだ。
「(き、気持ぢいぃぃぃぃぃ!?こんな、こんなぎもちいいのうまれてはじめてぇぇぇ……)」
クレアの顔は涙と鼻水と涎に塗れて茫洋したそれはひどい顔になっていた。無理もない、彼女は今まで生きてきた中でいくつも充実感を感じることはあった。牧場の仕事をうまくこなせた時、町に出荷をしに行った両親がお土産をくれた時など様々だった。だが……無惨の血の齎す恍惚感がそんな彼女の人生の充実感を塗りつぶしていく。
無惨の血とはそれほどまでに鬼にとって最高のご褒美なのだ。
「ふふふ。気持ちいいか?これは今回頑張ったお前への褒美だ。これから私に仕えてもらう以上、より強くなってもらわねばならぬからな。もしまた何かしらの成果を上げたら私の血をまたふんだんに与えてやろう」
血をまたふんだんに与えてもらえる
その言葉にクレアは目を輝かせた。頑張ればこの強くなれる上に素晴らしい気持ちになれるあの血がまた頂けるのだ、それもふんだんに。
「はい!!私は無惨様のためにこの身を捧げます!!」
心の底から己に依存したクレアの姿を見て無惨は満足する。今は手駒が少ない以上、ゆっくりこの娘を育てていくことにした。それとは別に名前を与えてやることにした。
名前とはその存在の根幹と呼べるものだ。鬼になった以上、いつまでも人間の名残を引きずる訳にいくまい。鬼としての新たな名を与えて新たな自分を確立してもらうとしよう。
「クレアよ。お前に鬼として新たな名前を与える。お前は牧場の娘、<クレア>という人間の女であった過去を捨て――<件(くだん)>という私に仕える一匹の鬼になってもらう。異論はあるまいな?」
その言葉—-かつての自分を捨てるという契約にクレアは同意した。
「はい、無惨様。私、クレアは牧場の娘という人間としての過去を捨て、その名—-<クダン>を受け取らせていただきます」
人としての己を捨てる誓いを立てた。
「よし十分だな。ではクダンよ。戦いを続けて疲れているだろう?ここにある山賊どもの血肉を喰らい、回復と鬼としての強化に励むとよい」
「かしこまりました!!」
そしてクレア――否、クレアだった鬼、クダンは鬼の本能のままにそこらにある死体に喰らいつく。そうして口の中に溢れる味にほう、とため息をつく。
「(ああ!やっぱり美味しい!美味しいよう……こんなに美味しいのはお母さんが作ってくれた特製シチュー以来……あれ?そういえば――お父さんとお母さんってどんな顔をしてたっけ?…………まぁ良いか♪今はこのご馳走をたっぷり堪能しーよおっと♪)」
記憶の中に生じた微かな違和感にされど彼女は気にも留めず、鬼としての欲望のままに食事を続けるクダン。
人間としての己が自分の中から零れ落ちていき始めていることに気づきもせずに――――――
無惨が鬼に一々名前を与えているのはアイデンティティを確立させるためだと思う。