※この作品はR-18です。

ガイアセイバーズ2 -海の妖-   作:独楽 悠

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第3話_いざ伊豆へ

次の日、たまたま授業のコマが少なかった蒼矢は普段より早く帰宅した。

いつも通りの帰路を辿り、家の門をあけ、玄関に足を踏み入れるといつもと違う景色に目を少し見開いた。

「…!」

見知らぬ靴が一組、真ん中に並べてある。

年に数回あるかないかのイレギュラーだったが、それをしばらく眺めた後表情を戻し、隣に揃えて靴を脱ぐ。見た覚えのないパンプスだが、趣味や傾向は解ってるつもりだ。

「…帰ってたんだ」

そうポツリとひとりごとを漏らすと、リビングのある二階へと上がっていく。

「…おかえ」

『SOYA!!』

リビングへ入るや否や、日本語らしからぬイントネーションの少し甲高い声が届き、ついで首に思いっきり抱きつかれてよろめいた蒼矢は、そのままソファを背にし押し倒された。

「…か、母さん…!」

『久し振りね、我が息子! 帰っても誰もいないんだもの、待ちくたびれちゃったわよ』

『いつ帰ったんですか…』

『昼過ぎよ。久し振りに三日も休み取れたから、勢いで帰ってきちゃった』

浴びせかけられるチークキスに目を白黒させながらも英語で返す愛息に、覆い被さる母・髙城 結子(タカシロ ユイコ)は悪戯っぽく笑ってみせた。

蒼矢父は中央省庁官僚だが、母の結子は海外商社に勤めていて、第一線でバリバリ働いているため一年のほとんどを海外で過ごし、帰国してくることは年に数回しかない。教育熱心で厳格な父とは対照に明るく奔放で、こうして予告なしに帰ってきては、会う度に成長していく一人息子に過度なスキンシップで愛情を注いでいる。

帰国するごとに蒼矢の身長とスリーサイズ諸々を測っていくのもお決まりで、地味で無頓着な彼にかわって海外ブランドの服を、季節の変わり目ごとに大量に送りつけている。

それら全て、親らしいことをしてあげられてない結子の後ろめたさや複雑な思いがあってのことで、蒼矢も手余しつつも素直に受け入れている。

余談だが蒼矢は結子似で、彼が常にかけている黒縁眼鏡がなければそっくりと言ってもよく、この美人母の美点を取りこぼすことなく受け継いでいる。

土産話やお互いの近況報告に会話を弾ませつつ、恒例の身体測定が始まる。

「…あら、あまり変わってないのね。そろそろ止まったかしら?」

メジャーをあてながらスマホにメモする母の横顔を眺めつつ、蒼矢は内心がっかりしていた。

測り終えると、結子はリビングを見回した。

「蒼矢父(あの人)に任せっきりだけど、生活に変わりはないの? 家電とか家具とか、足りないものがあれば買いに行くわよ」

「いえ、大丈夫です。…!」

返答してから蒼矢は何事かに思いつき、そしてリアクションしてしまったことにすぐ後悔する。

「? 何かあるの? 欲しいものがあるならちゃんと言いなさい」

「あ、いえ…」

「親相手に遠慮しないの! あなた普段から何も欲しがらないんだから…離れて暮らしてるから心配なの。私が帰ってる時くらい、わがまま言ってちょうだい」

言葉を濁す息子の両腕を掴み、結子はいつになく真剣な眼差しで見上げた。母に言い寄られ、蒼矢はややためらうように沈黙した後、頬を紅潮させながら視線をそらした。

「……実は…」

 

 

 

そしてすぐに週末を迎える。

今回の旅行参加者唯一の遠方住みである影斗が葉月宅に前泊するということなので、とりあえず全員葉月宅へ集合したのちに出発することになった。

めいめいに持ち寄ったレジャーグッズを葉月のミニバンに積み込んでいると、ギリギリまで寝こけていた影斗が表に出てくる。

「よーっす、晴れてよかったな。現地も天気いいってよ」

「影兄(かげにい)っ、積むの手伝ってよ!」

顔を見るなり、高校生の要 陽(カナメ アキラ)が彼へ向けて苛立ちをまぎれさせながら叫ぶ。

「はぁ? それ全部お前のかよ。やめとけって、絶対八割がた使わねぇで終わるから」

「そうだ、お前荷物持っていき過ぎなんだよ。遊び道具は三つまでにしろ」

「え~」

影斗に加え烈にもたしなめられ、陽は不満そうに声をあげるが、結局ぶつぶつ文句たれながらも素直に持ち物を厳選し始めた。

陽は烈の従兄弟で、このメンツでいる時は一番年下ということもあって、わがままで甘えん坊な部分をあまり隠すことがなく、その度に烈に制裁を加えられるというのがお決まりになっている。

そして、甚平に麦わら帽子姿の葉月が玄関から現れ、続いて蒼矢が余った荷物を肩にかけて出てくる。

「影斗に海の家で調達するからいいって言われたからお弁当持っていかないけど、本当に大丈夫?」

「あぁ、いいっすよ。混んでたら離れたどこかのレストランにでも入ればいいし」

「そっか。いやぁ、はりきって食材用意したんだけどねぇ…」

さみしそうに葉月は言葉を漏らす。案外この最年長が今旅を一番楽しみにしていたのかもしれない。

影斗が後方の蒼矢へ視線をやる。

「蒼矢、お前ちゃんと水着用意してきただろうな?」

「…買いましたよ」

「コンタクトは?」

「持ってきてます。…このあと着けます」

少し頬を染めて見返す蒼矢に、影斗はにやりと笑った。

「よしよし。…ん? その上着初見だな」

影斗は、彼が小脇に抱える暗青色の皮ジャケットに目ざとく気付く。おそらくバイクジャケットと思われるそれは、影斗か烈のバイクに乗る時に用意があれば必ず蒼矢が着ているもので、二人に乗せてもらうようになってから何年も同じものを着続けていた。最初に買った時には既にゆったりだったらしく、最近になってようやくベストサイズになったが、さすがに経年劣化してきてるな、と影斗は気にとめていた。

が、今彼が手にしているものは、見覚えのあるくたびれたそれ(・・)ではない。

影斗に促され、蒼矢がジャケットを広げてみせる。

「…これも、買ってもらい(・・・・・・)ました」

「へー! なかなか趣味いいじゃん。って、"買ってもらった"?」

「はい、母に」

「……えっ」

母が家に帰ってきた数日前のあの日、どういうものを買えばいいか皆目わからなかった蒼矢は、事情を説明して水着を一緒に見てほしいとお願いしていた。当然母・結子は二つ返事で了承し、バイクで行くと聞くとついでにジャケットも買ってくれた。久々の愛息との買い物デートに至極満足し、一緒に伊豆へ行きたいと駄々をこねつつ後ろ髪引かれる思いで再び旅立っていった。

「…丁度三日前に帰って来たんです。…それで」

「――」

なんとなくぎこちない風に返事をする蒼矢だったが、表情を固めた影斗の奥二重が見開かれていく。

「……結子さん、日本に帰ってたの!?」

「ええ。もう戻りましたけど」

「お前っ…なんでそういう超重要なことを報告しねぇんだよ!!」

「なんで母親が帰ってることを先輩に報告しなきゃならないんですか…」

一転、頭を抱えて悔しがる影斗を仏頂面のまま眺める蒼矢の方へ、着々と荷物を積み込む烈が声をかける。

「おばさん帰ってたんだ。俺も会いたかったなー。蒼矢の母ちゃん可愛いしかっこいいんだよなぁ」

「お前は何度も遭遇してるかもしれねぇけどな、俺にとっちゃいまだにレアキャラなんだよ! 写真でしかまともに見たことねーの!」

「あれ影斗、おばさんに会ったことなかったっけ? ほら何年か前の夏、おばさんこっち帰ってた時にみんなでバーベキューやったじゃん」

「いや会ったけど、俺あん時バイトあったからすぐ帰ったからな? ほとんど入れ違いだったからな? …あと、あの美女つかまえておばさん(・・・・)連呼すんな」

「心配しなくても、母は先輩に感謝してますよ。ちゃんと日頃からお世話になってることは言ってありますから」

「……そうじゃねぇ、そうじゃねぇんだよ…」

「積み込み終わったし、そろそろ出ようか。道混んじゃうからね」

葉月が会話の盛り上がる三人をせかすように声をかけ、ようやく移動が始まる。

葉月の車に陽が乗り、蒼矢は影斗のバイクのタンデムに腰かける。

「じゃ、Eサービスエリアで一旦集合な。軽く朝飯食おうぜ」

「了解」

小さな神社から一路伊豆へ向けて、三台が賑やかに旅立っていった。

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