運が良かったのか比較的スムーズに道が進み、午前中に目的地の南伊豆へ到着することができた。
ホテルのチェックインまでにはかなり時間が空くため、駐車場に車両を停めさせてもらい、そこで身支度を整えると最寄りの海水浴場へと足を運ぶ。土曜日とあって既に砂浜は人で埋まり、カラフルなビーチパラソルやタープが海岸一帯に並び始めていた。
「ちょー広い!! 海真っ青!!」
「良い砂浜だね、波も穏やかだ」
「一番乗りぃー!」
海水浴場に着くなり、陽は興奮して叫びたてると、まっすぐ海へと走り出していった。
「あいつ~…」
「烈、ついていってやって、危ないから。こっちはやっとくからさ」
「はい、すんません」
「浮き輪持ってけよ」
「了解!」
烈に後を追わせると、残った葉月と蒼矢で設営を始める。
「おや? 影斗はどこいったかな?」
「さぁ…気付いたらいませんでした」
「これは早速ナンパかなー?」
「場所取り済ませてからにして欲しかったですね」
黙々とパラソルを建てる蒼矢の横で、キョロキョロと葉月が周りを見回していると、海の家の方からサングラス姿の影斗がゆっくりと歩いてきた。
「あれ、兄弟は?」
「陽が海入って行っちゃったから、烈はおもり」
「ずるー。俺もいこ」
影斗は陽が持ってきたビーチボールをつかみ上げると、すれ違いざまに蒼矢へ日焼け止めを手渡す。
「これ塗っとけ、絶対赤くなるから」
「! …はい」
「あと、これな」
ついで影斗は、自分のかけていたサングラスを蒼矢の頭に載せた。
「お前瞳の色薄いんだから、かけとけ」
「…ありがとうございます」
戸惑いながら受け取る蒼矢へ悪戯っぽく笑うと、影斗は烈と陽がたわむれるポイントへと猛ダッシュで駆けていった。
「…結局、手伝いはしないんですね…」
愚痴を漏らしつつサングラスをかける蒼矢を、葉月は少し羨ましそうに眺める。
「…そっか、それ買いに行ってたんだね。日焼け止め、僕にも次貸してくれる?」
「あ、はい」
泳げない葉月がうたた寝をしつつ荷物番する中、他四人でひとしきり浅瀬で遊び倒してあっという間に午後になる。
「ボディボード借りれるらしいぜ」
海の家からテイクアウトした昼食を済ませると、影斗がそう提案し、烈と陽が同調したためもうしばらく海で遊ぶことになった。
「葉月さんも少し入ってきませんか? 俺荷物見てますから」
「えっ、僕はいいよ、ほんと1ミリも泳げないから…」
「浮き輪あれば大丈夫でしょ。心配なら俺ついてますよ」
「でも烈はボディボード行きたいんでしょ?」
「あぁいいっすよ。明日も泳げるし!」
「そぉ? じゃあちょっとだけ…」
勧めた蒼矢に烈が頷き、それならばと葉月は甚平を脱ぐ。首から上のビジュアルからは想像つかないほど恐ろしく引き締まった肉体が眼前に現れ、他四人は一様に言葉を失う。周囲の他レジャー客からの注目も浴びる中、影斗がぼそりとつぶやいた。
「…身体だけ見ればすげー泳げそうなのにな、お前」
「なんか昔から全然浮かないんだよねー」
「体脂肪率いくつだよ…」
「あと、水に顔つけるのちょっと苦手なんだ」
「ガキんちょかよ」
そうして影斗と陽はマリンスポーツエリアへ、葉月と烈は近場で引き続き遊泳、蒼矢は荷物番ということになった。
「烈、浮き輪から手離さないでね、頼むよ!」
「大丈夫っすよ、任せて下さい!」
へっぴり腰のまま海へ入っていく葉月とそれを支える烈を見送り、蒼矢はサングラスを外すと、ビーチパラソルの下で電子図書を読み始めた。
午後も引き続き波は穏やかで、雲の少ない青空の下、キラキラと光り漂う海面に大勢の遊泳客が楽しげに戯れている。
その群れの中、浮き輪に両手両足を預けた葉月と、その浮き輪をけん引しながら軽快に泳ぐ烈の姿も見える。乗っかっているだけなのに葉月は終始落ち着かない様子で、波立って海水が顔にかかる度に悲鳴をあげ、烈になだめられている。
蒼矢はそんな二人の様子を時おり見守りつつ、手元のタブレットへと目線を落としていた。
「…――!」
そんななんてことのない最中にわかに、蒼矢は肌にわずかな"震え"を感じる。タブレットを取り落して立ちあがり、目を見開いてしきりに辺りを見回す。
――…こんなところで、まさか…? いや、でも…――
疑念を持ちながらも確かな自分の身体の異変に導かれ、じきに視線は遠くのマリンスポーツエリア付近へとたどり着く。
目をこらして当該方向をうかがうが、今いる付近も含め、蒼矢から見える視界の中には何の変哲もない海水浴場の日常風景が広がっている。
「……葉月さん…! 烈!」
自分の勘を信じ、蒼矢は葉月たちのいる方へ海岸を駆けていく。
水際に着いたその時、マリンスポーツエリアの方から悲鳴に似た人々の大声と、海面に打ち付けられる水しぶきの轟音が届く。
「…!!」
はっとして視線をやると、海岸近くでは考えられないほどの高さの波があがり、巻きこまれたレジャー客たちの身体が数メートルの高さに押し上げられ、次々に海中へと消えていく様をはっきりと捉えた。
ひとりその光景を目にしていた蒼矢は、夢中で周囲の海水浴客らにも伝わるように大声をあげた。
「あがって!! 海から離れて!!」
次の瞬間、異変の起きたマリンスポーツエリアから生み出された高波が、一気にこちらの遊泳エリアに向かってきた。依然事情がわからないまま浅瀬で泳いでいた人々は、猛スピードで押し寄せる高波になすすべなく芋洗い状態に流され、ごろごろと海岸にうちあげられていく。
「葉月さん! 烈!!」
蒼矢は同じように強制帰還してきた二人へと駆け寄っていく。
「~!? なんだ今の!? びっくりしたー」
悶絶している葉月を引っ張り上げながら、烈は走り来る蒼矢へ顔を向けた。
「大丈夫か!?」
「うん、平気。…葉月さんはちょっと駄目かも」
「烈、今の…[奴ら]が」
「……!?」
青ざめながら立ち尽くす蒼矢の表情に、ややおどけていた烈は刹那顔を硬直させ、眉をひそめる。
「どこだ?」
「…マリンスポーツエリアの方」
「あっちは影斗達いるか…あいつらもどうなってるかわからねぇな、早く行かねぇと。葉月さん、行けますか!?」
海水をしこたま飲んでしまったのか、依然砂浜に突っ伏して嗚咽し続けている葉月に声をかけると、びしょびしょに濡れ乱れた髪の隙間から、途切れとぎれにか細い声が返ってきた。
「……さき、いって…、すぐ、あとから、いくから……」
「…了解。蒼矢、行くぞ!!」
葉月を一旦波から安全なポイントまで誘導してから、烈と蒼矢は全速力でマリンスポーツエリアへと向かった。
海岸を駆け抜ける視界に、葉月と同じように波に巻き込まれて、咳き込みながら内陸へと避難する人々の群れと、離岸流に呑まれる海水浴客を追うライフセーバーたちの姿が流れていく。
当該エリアに着くと、更に混乱をきたしていたエリア内から、こちら側や内陸へと避難する人波が溢れ出ていた。どうやら海岸管理者らにより立ち退き指示が出ているようだ。
「…!!」
エリア内に足を踏み入れると同時に、二人の胸元に下がるペンダントが、パーカーの中で淡く光り始めた。
顔を見合わせ軽く頷いた二人は、避難民の群れをするすると逆行し、危険とみられる水際へと近付いていく。
「あいつらどこいった…、…!」
周囲を見回す二人の腕が不意に引かれ、振り返ると影斗と陽が人波を避ける位置に待機していた。
驚きと安堵の混ざったような表情をする二人に、影斗はにやりと笑ってみせる。
「それ以上海に近付けねぇよ、注意されっから」
「二人とも無事だったか、良かった…!」
「おー。波に乗ってうまいこと海岸に戻って来れたぜ」
「あれだよ、あれ!!」
影斗の隣で、陽が興奮したような面持ちで海の方を指差した。
逃げ行く人々の隙間から、遊泳エリアより奥の海域に、高波に交ざって
「とにかくキモくってさぁ。なんかイカかタコの足みたいに見えるんだよね。グネグネしてんの」
「…やべぇな」
グロい系嫌いの陽が全身で嫌悪感を示し、烈が素の声を漏らす中、影斗はややうつむいている蒼矢をうかがう。
「――顔色悪いな、大丈夫か?」
「…平気です、ちょっと"感じ取り過ぎている"だけです」
「…ん。じゃ、頭数揃ったことだし早く"移動"しちまおうぜ。…いや待て、なんか足んねぇな」
「? そういや
陽は葉月の姿を探すが、烈が首を横に振る。
「…おぼれちゃって。後から合流すると思う」
「……期待できそうにねぇな。まぁ四人でもなんとかなるべ」
そう言うと影斗は、烈や蒼矢と同じように首から下がっていた、黒いペンダントトップを握った。
ついで、ほんのまばたきするかのような一瞬周囲が暗転し、直後到達した高波を最後に、海は徐々に静穏さを取り戻していった。