「──ふざけるな! ここはみんなで作り上げたナザリック地下大墳墓だろ! なんで皆そんなに簡単に棄てる事ができる!」
黒曜石の輝きを放つ巨大な円卓が中央に鎮座する部屋──
悟はDMMO-RPG「ユグドラシル」のサービス終了日を一緒に過ごさないかというメールをかつてのギルドメンバーに送っていた。しかしそのメールに応えて来てくれたメンバーは誰一人としていなかった。
半数以上の断りと謝罪のメールが返ってきたのはまだ良いほうだ。このご時世、生活が苦しくて遊ぶ時間がないというのは分かるし、かつての名作とはいえ時代遅れになったゲームにわざわざ足を運ぼうという者は物好きの類だと自覚はしていた。だが、返信が返ってこないどころか未読のまま放置されていたり、宛先不在で自動返信されたメールといった内容を読まれなかったという事実は、悟の心を傷つけた。
嗚咽を漏らし、
「──あぁ、だったら俺にも考えがある。みんながナザリック地下大墳墓を棄てたっていうならば……俺も好き勝手にやらせてもらうさ!」
悟は席を立ちあがると、壁に飾られていた
思い出すのは楽しかった思い出──ギルド武器を作り出すためにみんなで協力して冒険を繰り返した日々。しかしその想いでも過去の遺物だ。
悟は頭を振って思い出の残骸を振り払うと、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを掴み取る。そしてスタッフから揺らめきながら立ちあがるどす黒い赤色のオーラの演出を無視して部屋を後にした。
右手薬指に嵌めている指輪──リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力でナザリック地下大墳墓内を転移しないのは、悟の中にある良心の呵責がこれからやろうとしていることを考え直させようとあがいているからだろうか?
黙々と居城の通路を歩き、幾たびか角を曲がった辺りで、前方から一人の女性──ナザリック地下大墳墓のNPCとして配置された一般メイドのホムンクルスの一体が歩いてくるのが見えた。
豊かな金髪が肩から流れ落ちている、顔立ちのはっきりした美女だ。
身長170センチほどで肢体はすらりと伸び、豊かな双丘がメイド服の胸の部分を内側から押し退けんばかりに自己主張していた。
全体の印象としてはお淑やかそうだった。
やがて両者の距離が近づくと、前方にいた女性は通路の隅により、悟に対して深いお辞儀をした。ギルドメンバーだったプログラマーが構築したAIによるものだ。
悟は女性の前でいったん立ち止まり、数秒の躊躇の果てにスタッフを突き付けてそれまで殆ど使ったことがなかったギルド長特権を行使する。
女性に与えられた設定がコンソールに表示される。悟は一気にスクロールしながら設定を流し読みしていき、最後尾に到達したところでコンソールのキーボード部分で文字を追記する。
記載した文章は、
『──。ユグドラシルが終焉を迎えた日、名前以外のそれまでの記憶を失う。彼女の本質は男に媚を売って春を売る事に悦びを見出す淫売である。』
「ははっ……なんだ、こんな簡単な事だったんじゃないか。はは、ははははは……」
設定を追記した悟の心からは、先ほどまでの躊躇いが消えていた。
その後も、足早に歩いて一般メイドNPCを見つけては設定を追記していく。追記する文章は先ほどコピー済みなので、作業もスムーズに進んでいった。
最下層である十階層へと到達した際に一般メイドとは違う六人の
しかし、
『──。ユグドラシルが終焉を迎えた日、名前以外のそれまでの記憶を失う。普段は正義感と倫理観で抑え込んでいるが、可憐で愛嬌のある女性が性的に好み。ちなみにマジカルチンポ持ちの絶倫で現在婚活中である。』
「……ぶふっ! どこのエロゲ設定だよ……」
自分で書き足した設定でありながら、見た目とのギャップが酷くて悟は思わず噴き出した。
六人の
やがてナザリック地下大墳墓の最終防衛の間である大広間──
悟はそこで、玉座の横に立つ女性型のNPC──ナザリック地下大墳墓守護者統括の設定を与えられた
それは純白のドレスを纏った美しい女性だ。ドレスと正反対の黒髪は艶やかに流れ落ち、腰のあたりまで届いている。
金色に輝く虹彩と縦に割れた瞳孔、そして左右のこめかみから生えた山羊を思わせる太い角と腰のあたりから広がる黒く染まった天使の翼は、彼女が人間種のNPCではないことを一目で理解させる。尤も、このギルドに人間種のNPCは数えるほどしかいないのだが……。
「なんでアルベドが
悟は不快感を感じながらアルベドに視線を向ける。先ほどまでの設定改変祭りでストレスを解消していなかったら、ここでも怒りの叫びを上げていたかもしれなかった。
玉座の前まで足を進めた悟は、アルベドをじろじろと無遠慮に眺める。黒髪巨乳美人は好みドストライクだからだ。そういう意味では、
「さて……アルベドはどんな設定だったかなっと」
モモンガは好奇心に心躍るのを感じながら、コンソールを操作してアルベドの設定を閲覧する。
すると、悟の視界に暴力的なまでの膨大な文字の洪水が降り注いできた。これまで改変してきたNPCの設定の文字数をすべて合わせたよりも長い、一大叙事詩の如き長大な文章だ。
アルベドの製作者であるタブラ・スマラグディナが重度の設定魔だったことを思い出し、設定をスクロールしていく。
本来の世界線とは違い、若干の時間的余裕があったことが悟にアルベドの設定を読ませる事を可能としていた。
「へぇ~、女性的な作業が得意なんだ。この設定は残しておこう」
「う~ん、この設定は消しておくか」
「……え? 『ちなみにビッチである。』? くそっ! 先を越された!」
ぶつぶつと独り言を漏らしながら悟はアルベドの設定を読み、不要と感じた部分は削除していく。
「ただ設定を削るだけだとなんだか負けた気分だし何か付け足したいところだが。記憶喪失はデフォとして他には……そうだ!」
既存の設定の部分削除を終えた悟はアルベドにどんな設定をつけ足そうかと思案してから、キーボードで設定を追記する。
『──。ユグドラシルが終焉を迎えた日、名前以外のそれまでの記憶を失う。ちなみに性的な意味で人間が好みであり、おチンポ奴隷が天職のビッチである。』
「……運営からの警告はないな。ヨシ! 後は……」
どこぞの現場ネコのように指さしで設定の追記内容を確認する。タブラ・スマラグディナが勝手に
R18行為が電脳法で厳しく制限されているために、装備品がない状態でも性器が露出しないように自動で設定される仕様の影響だ。
「……っふぅ」
悟はため息を付いた。アルベドの姿に賢者モードになったわけではない。やれるだけの事はやってふと我に返ったからだ。
「……何やってんだろうなぁ、俺。こんな事をしても、誰も怒ってくれないのに」
達成感よりも虚しさが悟の心を占めていく。左手を持ち上げ、時間を確認する。
23:50:41
微妙に時間が余ってしまった。かといって今から他の階層のNPCの設定を一つ一つ改変するには時間が足りない。
「折角だから、あっちの計画で最後は締めくくるとするか」
悟は右手薬指に嵌めた指輪──リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力を起動させ、目的である地表部への最寄りの転移先を見つけて転移する準備を始める。
そして転移する前にアルベドの方に向き直ると、最後の別れを告げる。散々設定を改変したものとしての、最後の我儘を兼ねたロールプレイだ。
「ユグドラシルは終焉を迎えるが、お前たちにはこれからがある。俺達には縛られず、自由に生きろ」
何勝手なことを言っているんだろうと内心では自嘲しながら、悟は玉座の間から転移していった。
その後、ナザリック地下大墳墓のがあるグレンベラ沼地にある小島に前もって準備し、びっしりと敷き詰められた五千発の花火が一斉に打ち上げられる様子を眺めながら、サービス終了のスタッフロールとともに悟は強制ログアウトした。
悟は知らない。
サービス終了を迎えたユグドラシルの存在、その一部が異世界に転移していった事を。
悟は知る由もない。
異世界に転移した中には、悟が設定を改変したNPC達も含まれていたことを。