※この作品はR-18です。

メイド長は見てしまった アズールレーン、母校のある日   作:ざぎねぅ

5 / 10
 あら、来たのね。
 まあ、このデータはあれよ。KAN-SENには、負けると分かっていても戦わなければならない時があるのよ。
 たぶんね…


file4 プリンツ・オイゲンの焦燥

 私のココロの奥は、不安で疼いていた。

 

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 私は食堂で朝食をとっていた。なんの変哲もない日常。

 

―指揮官くん、今日もデートしない?時間は…そのうち?場所はその辺とか歩いたり?始めないと何もわかんないよ?早く行こうよー!

 

 そして、今日もハインリヒの声が聞こえてくる。

 

―へへ…

 

 そして今日も彼女は彼の腕に巻き付く。

 

―行こ行こー!

 

 彼の腕を引く。

 何度も見た光景。彼も満更でもない様子なのが、若干気に入らない。でも、今の彼に私がそんな感情を覚えたところで何になるんだと、自嘲気味に心中で笑っていた。

 

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 彼はハインリヒに誘われて外に散歩(デート)に行ったようだ。

 

 今日は委託の任務も何もない日。彼の秘書艦としての仕事も休みな日。そんな中、私は部屋の中で少し暇を持て余していた。そして、ふと思いつく。

 

 指揮官に差し入れでも持っていってあげましょうか…

 

 思った時には部屋を出ていた。

 

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 向かった先は母港のキッチン。私は度々、ここでお菓子を作ることがあった。鉄血の子にあげるため、そしてたまに彼にあげるためだ。

 今日はチョコレートを作ろう。といっても、溶かしたものを型に入れるだけだけど。

 

―…

 

 早速、道具を準備する。材料も手早く冷蔵庫から出した。

 

―…

 

 細かくしたチョコレートを入れたボウルをお湯につける。

 

―…

 

 しばらく待つ。

 

―…

 

 溶けてきたら、かき混ぜる。

 

―…

 

 ふと考えを巡らせた。彼女が母校に来てからどのくらい経ったのだろう。そして、

 

 

 

 彼女との差は、なんだったんだろう。

 

 

 

 ”ハロー、指揮官くん!”

 

 彼女と初めて会った時のことを思い出した。あの時、私は彼の隣で彼女を見ていた。なんだか変なのが来たなと思いながら眺めていたっけ。

 

 ”おかえり~!一緒に張り切って行こうー!ははは!”

 

 私とは正反対の性格。彼が彼女と話している時、彼には笑顔が多かった。だから彼はああいうタイプの子が好きなんだろう。秘書艦として隣から彼をずっと見てきたのだ、彼の好きなものくらいわかる。

 

 

 

 違う。

 

 

 

 私がそう思いたいだけだ。彼は明るいヒトがタイプなんだと私が思いたいだけだ。彼はそんな表面だけで決める人じゃない。そんなこと、秘書艦として隣から彼をずっと見てきた私だからわかる。

 だからこそ思いだそうとした。

 

 

 

 私はしっかりと彼に接しようとしただろうか。

 

 

 

 いや、していたと思う。でもそれはつい最近からのこと。彼女がこの母港に来て以降のこと。

 そうだ。私は失いそうになって初めて彼のことをしっかり考えたのだ。そりゃあ彼と会って最初の内は酷いことも言った。でもそんな時期もすぐ終わったと思う。そしてたぶん、いや確実に、少なくとも彼女が来る前から、私は彼に思いを寄せていたんだと思う。

 でも、その気持ちを伝えても、たぶん今の彼は…

 

―…っ

 

 溶けたチョコレートを混ぜる手に更に力が入る。

 もうしばらく混ぜてから、型に流して冷蔵庫に入れた。

 

―…

 

 どのくらい待ったか、廊下から声が聞こえた。

 

―ねえねえ指揮官くん、ちょっと中庭行ってみない…?

 

 彼女の声だ。ちょうど2人分の足音が通りすぎていく。

 

―…

 

 彼を探す手間が省けたと思いながら冷蔵庫を開き、型に入れたチョコレートを出す。冷えたトレーがいつもより冷たく感じた。机にそれを置くと、今度はキッチンの扉が開かれた。誰かと思えばそこにいるのは私の姉、ヒッパ―だった。

 

―あら、つまみ食いはよくないわよ、”お姉ちゃん”

 

 静かに言い放つと、彼女も静かに返した。その声音は慈悲がこもっているようにも聞こえる。

 

―違う。あんた最近元気ないから、ようす見に来てみただけ

 

 そして、いつものツンデレな話し方じゃない。彼女でさえ素直になってしまうほど、今の私は元気がないように見えるのだろうか。

 

―…彼に、渡す気なんでしょ…?

 

 その言葉で私のココロはびくりと跳ねた。

 

―………

 

 私は何も答えない。私が彼に何をあげたって私の勝手だ。邪魔をするんだったら早く部屋に戻ってほしい。

 私のココロを揺さぶらないでほしい。

 私の、彼への最後のアピールを迷わせないでほしい。

 

―ん…完成

 

 トレーからチョコレートを1粒食べて、つい呟いてしまった。震えるココロをなだめるように優しく口から零れた。トレーの上に並ぶチョコレートを1つずつ袋に入れる。彼への気持ちをそこに入れている気分だ。入れるのはそれだけじゃない。たぶん、彼との思い出もここに詰めなくちゃいけない。もう全部彼にあげてしまいたい。そうすれば少なくとも、彼が私を忘れることはないと思うから。

 そういえば、いつか私が彼にチョコレートをあげた時、彼は結構喜んでいたっけ。おいしいと言ってくれた。また作ってほしいとも。

 思い出しながら、キッチンの出口に向かう。その足取りは、見てくれだけは弾んでいると思う。折角のそんな気分に姉は言う。

 

―オイゲン…彼は…

 

 短い言葉に砲弾のような威力を込められた彼女の声が、私の背をうった。その弾から逃げるように歩き出す。彼女の言葉のせいでその足取りは、浮かんでいるように見せていたのに一気に沈んでしまった。

 

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 コツコツと廊下に響く足音は段々と、私の中で大きくなっていく。踵から伝わる振動が重なるたびに私(KAN-SEN)にはないはずの心臓が跳ねている気がした。足音のリズムは変わらないのに、私の心臓は早く、強く胸を叩く。少なくとも、胸がやけどしそうなほど熱いのは本当のことだ。

 足の向く先は中庭。さっきハインリヒが話していたし、たぶん彼とそこにいるだろう。

 足を振るたびに引き返したくなる気持ちを踏みつぶして、体を押し出していく。

 そろそろ中庭に出る。

 私の心臓は変わらず早かった。つられて歩く速度も速くなる。そして、歩きながらでも聞こえるものがあった。

 

―これ…私に…?

 

 ハインリヒの声が耳に入る。どうやら何か渡されたらしい。

 彼ったら、私みたいにお菓子でもプレゼントしたのかしら。自分の気持ちを、プレゼントしたのかしら。

 

―ほ、ほんとに…?

 

 ハインリヒの声がさっきよりも大きく聞こえた。もう目の前に中庭がある証拠だ。何故だか歩く足を止めてしまった。

 私には彼らの姿は見えないが、目の前の太い柱の向こう側にいるのだろう。

 彼女が次の言葉を話したら、彼らに私の姿を見せよう。

 

―そしたら、さ…指揮官くん…すること…あるじゃん……ね?

 

 彼女にしてみればひどく控えめな声音が聞こえた。邪魔するのは悪いかもと思いながらも、一歩踏み出そうと足に力を入れる。

 

 そのとき。

 

 風が吹く。髪がなびく。それから踏み出した。

 

 それは私にとって、幸福だったかもしれない。

 

 何故って?

 

 風で乱れた髪を直してからでなかったら、見てしまったから。

 

 

 

―……ん…

 

 

 

 小さく小さく、音が聞こえた。そう、聞こえるだけ。

 

 

 

―ん…指揮官くん…もいっかい…

 

 

 

 でも、音の正体なんて言わずもがな。

 

 

 

―もう…いっかい…

 

 

 

 そうだ。小鳥がさえずっただけだ。

 そう思わなければ、手の中にあるチョコレートと一緒に、自分のココロまで握りつぶしてしまいそうだったから。認めてしまえば、握ったココロからはきっと、塩水が溢れ出してくるだろうから。

 せっかくのチョコレートを塩味にしたくないから、さっさと指揮官に渡してしまおう。一生懸命作ったんだ。きっと喜んでくれるだろう。

 小鳥の寝言が止まるのを悟ったところで、歩き出した。自分の身を隠していた柱から、彼らに私の姿を見せる。私を見た2人は共に驚いた表情を作っていた。真っ先に口を開くのはハインリヒ。

 

―え…あ、お、オイゲンっ

 

 彼女は頬を赤くしてこちらに顔を向けた。きっと飛んでいた小鳥が可愛かったから赤くなっているだけだ。

 速足で彼に近づく。そして、チョコレートの入った袋を渡す。

 

―はい…これ、チョコレートよ。前にあなた、また欲しいって言っていたでしょ?

 

 彼は素直に受け取ってくれる。男の人の大きい手が私の手に向かった。

 

 その手の一点が一瞬、銀の光を反射した。

 

 気付かれないようにハインリヒの手を見れば、その手からも光が見えた。

 もう、早く立ち去りたくて仕方なくなった。

 

―それじゃ、私は行くわ…他の子にも渡してあげないといけないの

 

 そんなのは嘘だ。初めから彼の分しか作っていない。ここに来る途中で万が一の時の言い訳を作っておいて良かった。本当は使いたくなかったけど、使わざるを得なかった。そうしないとどうかしてしまいそうだった。

 妙にゆっくりに感じる時間をかけて、彼らに自分の姿が見えない位置まで来ると、全力で走りだした。逃げるように、背中に迫る彼との思い出を振り切るように。しかし、じわじわと彼との思い出が背中を温めていった。

 

 出会いは、最悪だったっけ。

 

 ”目の前から消えてもらえる?目障りなんだけど”

 

 しばらくしたら、少し認めてあげてもいいと思い始めた。

 

 ”あまり笑わない?指揮官、試してみる?私を笑わせられるかどうか”

 

 いつからか、気になっていた。いたずらもしてみたっけ。

 

 ”指揮官、好きよ…冗談よ。今のでドキッとした?”

 

 その言葉は、いつしか本当になっていた。

 

 ”Ich liebe dich…本気か冗談か?指揮官の判断に任せるわ”

 

 好き。

 

 ”なぜ笑ったのかって?指揮官がドタバタしてる姿を見ると楽しくなっちゃうもの。今回は本気で笑っているのよ。うふふ…”

 

 好き…好き、好き。大好き。

 

 逃げていたのに、とうとう彼との思い出が全部、私に追いついてしまった。それは追い風になるように、私の足を速める。思い出すだけで幸せ。思い出すだけで彼が好きになる。だけど、もう思い出したくない。

 だから必死に走った。無駄だと分かっていても、彼との思い出を振り切るように走った。

 

—————————————————————

 

 結局、一直線に部屋に戻ってきてしまった。目の前に2つに流れる金髪があった気がするが気にしない。顔も見せたくない。おかしいほど歪んでいるだろうから。

 ベッドに腰掛ける。頬と目を両手で覆い、肘を太ももに乗せる。

 

―はあ…はあっ…はっ…

 

 息が切れている。

 

―はあっ…はあっ…はぁ…

 

 違う。この程度でKAN-SENは疲れない。じゃあ何故、吐息が激しいの?

 

―はあ…はぁ……はあっ…

 

 我慢しているから。

 

―はあぁ…はあっ…はぁ…

 

 自分のココロを絞って、塩水を出すのを我慢しているから。

 

―はぁ…はぁ……はぁっ…

 

 

 

 涙を零すのを、我慢、しているから。

 

 

 

―はぁ…ぁ…ぁぁ…はぁ…うぁ…

 

 

 

 できなかった。

 

 

 

―うぁぁ…あぁ…ぁぁぁ…うあぁぁ…

 

 遂にココロを握りつぶしてしまった。塩水だけではない、いろいろな思いが溢れ出ていく。

 

―うぁあっ…ああぁぁ……

 

 まずは、後悔。

 

―うあ…もっと……やさしくしてあげればよかったっ…うぁああ…!

 

 出会ってすぐの、彼の悲しそうな顔が浮かんでくる。

 

―あぁああ…ふぁああ…

 

 次に溢れるのは彼への謝罪。

 

―ごめ、なさ…いぃ……うぁ…しきか……うぁああああ…!

 

 そして今度は、彼への思い。

 

―すきっ……うぁ…すきなのぉ!…すきすきすきぃ…!…ふぁああ!

 

 最後に溢れるのは、無駄な願望。

 

―彼にだきしめられたいぃ…うぁぁ……キス………されたいぃ…うぁぁあああ!

 

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 全部出した。出し切った。でも、彼が遠くに行ってしまう寂しさだけは、出すことは出来なかった。

 

 泣いた。ずっと。日が暮れるまでずっと。

 

 月明かりが冷たい。彼を思う温かさまで冷ましてしまうような冷たい明り。

 

 まだ好き。彼が好き。

 

 でも冷たい。

 

 取られちゃった。取られちゃったから。でも好き。だから冷たい。とても冷たい。

 

 暖かかったのは、泣き出した時から抱いていてくれた、姉の体だけだった。




 感想、評価など、良かったらお願いね。

 また、私が主に活動している世界の資料もあるから、そちらも見てもらえると面白いと思うわ。

 あと、アンケートもあるからそれもお願いね。

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