メイド長は見てしまった アズールレーン、母校のある日 作:ざぎねぅ
まあ、このデータはあれよ。KAN-SENには、負けると分かっていても戦わなければならない時があるのよ。
たぶんね…
私のココロの奥は、不安で疼いていた。
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私は食堂で朝食をとっていた。なんの変哲もない日常。
―指揮官くん、今日もデートしない?時間は…そのうち?場所はその辺とか歩いたり?始めないと何もわかんないよ?早く行こうよー!
そして、今日もハインリヒの声が聞こえてくる。
―へへ…
そして今日も彼女は彼の腕に巻き付く。
―行こ行こー!
彼の腕を引く。
何度も見た光景。彼も満更でもない様子なのが、若干気に入らない。でも、今の彼に私がそんな感情を覚えたところで何になるんだと、自嘲気味に心中で笑っていた。
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彼はハインリヒに誘われて外に
今日は委託の任務も何もない日。彼の秘書艦としての仕事も休みな日。そんな中、私は部屋の中で少し暇を持て余していた。そして、ふと思いつく。
指揮官に差し入れでも持っていってあげましょうか…
思った時には部屋を出ていた。
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向かった先は母港のキッチン。私は度々、ここでお菓子を作ることがあった。鉄血の子にあげるため、そしてたまに彼にあげるためだ。
今日はチョコレートを作ろう。といっても、溶かしたものを型に入れるだけだけど。
―…
早速、道具を準備する。材料も手早く冷蔵庫から出した。
―…
細かくしたチョコレートを入れたボウルをお湯につける。
―…
しばらく待つ。
―…
溶けてきたら、かき混ぜる。
―…
ふと考えを巡らせた。彼女が母校に来てからどのくらい経ったのだろう。そして、
彼女との差は、なんだったんだろう。
”ハロー、指揮官くん!”
彼女と初めて会った時のことを思い出した。あの時、私は彼の隣で彼女を見ていた。なんだか変なのが来たなと思いながら眺めていたっけ。
”おかえり~!一緒に張り切って行こうー!ははは!”
私とは正反対の性格。彼が彼女と話している時、彼には笑顔が多かった。だから彼はああいうタイプの子が好きなんだろう。秘書艦として隣から彼をずっと見てきたのだ、彼の好きなものくらいわかる。
違う。
私がそう思いたいだけだ。彼は明るいヒトがタイプなんだと私が思いたいだけだ。彼はそんな表面だけで決める人じゃない。そんなこと、秘書艦として隣から彼をずっと見てきた私だからわかる。
だからこそ思いだそうとした。
私はしっかりと彼に接しようとしただろうか。
いや、していたと思う。でもそれはつい最近からのこと。彼女がこの母港に来て以降のこと。
そうだ。私は失いそうになって初めて彼のことをしっかり考えたのだ。そりゃあ彼と会って最初の内は酷いことも言った。でもそんな時期もすぐ終わったと思う。そしてたぶん、いや確実に、少なくとも彼女が来る前から、私は彼に思いを寄せていたんだと思う。
でも、その気持ちを伝えても、たぶん今の彼は…
―…っ
溶けたチョコレートを混ぜる手に更に力が入る。
もうしばらく混ぜてから、型に流して冷蔵庫に入れた。
―…
どのくらい待ったか、廊下から声が聞こえた。
―ねえねえ指揮官くん、ちょっと中庭行ってみない…?
彼女の声だ。ちょうど2人分の足音が通りすぎていく。
―…
彼を探す手間が省けたと思いながら冷蔵庫を開き、型に入れたチョコレートを出す。冷えたトレーがいつもより冷たく感じた。机にそれを置くと、今度はキッチンの扉が開かれた。誰かと思えばそこにいるのは私の姉、ヒッパ―だった。
―あら、つまみ食いはよくないわよ、”お姉ちゃん”
静かに言い放つと、彼女も静かに返した。その声音は慈悲がこもっているようにも聞こえる。
―違う。あんた最近元気ないから、ようす見に来てみただけ
そして、いつものツンデレな話し方じゃない。彼女でさえ素直になってしまうほど、今の私は元気がないように見えるのだろうか。
―…彼に、渡す気なんでしょ…?
その言葉で私のココロはびくりと跳ねた。
―………
私は何も答えない。私が彼に何をあげたって私の勝手だ。邪魔をするんだったら早く部屋に戻ってほしい。
私のココロを揺さぶらないでほしい。
私の、彼への最後のアピールを迷わせないでほしい。
―ん…完成
トレーからチョコレートを1粒食べて、つい呟いてしまった。震えるココロをなだめるように優しく口から零れた。トレーの上に並ぶチョコレートを1つずつ袋に入れる。彼への気持ちをそこに入れている気分だ。入れるのはそれだけじゃない。たぶん、彼との思い出もここに詰めなくちゃいけない。もう全部彼にあげてしまいたい。そうすれば少なくとも、彼が私を忘れることはないと思うから。
そういえば、いつか私が彼にチョコレートをあげた時、彼は結構喜んでいたっけ。おいしいと言ってくれた。また作ってほしいとも。
思い出しながら、キッチンの出口に向かう。その足取りは、見てくれだけは弾んでいると思う。折角のそんな気分に姉は言う。
―オイゲン…彼は…
短い言葉に砲弾のような威力を込められた彼女の声が、私の背をうった。その弾から逃げるように歩き出す。彼女の言葉のせいでその足取りは、浮かんでいるように見せていたのに一気に沈んでしまった。
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コツコツと廊下に響く足音は段々と、私の中で大きくなっていく。踵から伝わる振動が重なるたびに
足の向く先は中庭。さっきハインリヒが話していたし、たぶん彼とそこにいるだろう。
足を振るたびに引き返したくなる気持ちを踏みつぶして、体を押し出していく。
そろそろ中庭に出る。
私の心臓は変わらず早かった。つられて歩く速度も速くなる。そして、歩きながらでも聞こえるものがあった。
―これ…私に…?
ハインリヒの声が耳に入る。どうやら何か渡されたらしい。
彼ったら、私みたいにお菓子でもプレゼントしたのかしら。自分の気持ちを、プレゼントしたのかしら。
―ほ、ほんとに…?
ハインリヒの声がさっきよりも大きく聞こえた。もう目の前に中庭がある証拠だ。何故だか歩く足を止めてしまった。
私には彼らの姿は見えないが、目の前の太い柱の向こう側にいるのだろう。
彼女が次の言葉を話したら、彼らに私の姿を見せよう。
―そしたら、さ…指揮官くん…すること…あるじゃん……ね?
彼女にしてみればひどく控えめな声音が聞こえた。邪魔するのは悪いかもと思いながらも、一歩踏み出そうと足に力を入れる。
そのとき。
風が吹く。髪がなびく。それから踏み出した。
それは私にとって、幸福だったかもしれない。
何故って?
風で乱れた髪を直してからでなかったら、見てしまったから。
―……ん…
小さく小さく、音が聞こえた。そう、聞こえるだけ。
―ん…指揮官くん…もいっかい…
でも、音の正体なんて言わずもがな。
―もう…いっかい…
そうだ。小鳥がさえずっただけだ。
そう思わなければ、手の中にあるチョコレートと一緒に、自分のココロまで握りつぶしてしまいそうだったから。認めてしまえば、握ったココロからはきっと、塩水が溢れ出してくるだろうから。
せっかくのチョコレートを塩味にしたくないから、さっさと指揮官に渡してしまおう。一生懸命作ったんだ。きっと喜んでくれるだろう。
小鳥の寝言が止まるのを悟ったところで、歩き出した。自分の身を隠していた柱から、彼らに私の姿を見せる。私を見た2人は共に驚いた表情を作っていた。真っ先に口を開くのはハインリヒ。
―え…あ、お、オイゲンっ
彼女は頬を赤くしてこちらに顔を向けた。きっと飛んでいた小鳥が可愛かったから赤くなっているだけだ。
速足で彼に近づく。そして、チョコレートの入った袋を渡す。
―はい…これ、チョコレートよ。前にあなた、また欲しいって言っていたでしょ?
彼は素直に受け取ってくれる。男の人の大きい手が私の手に向かった。
その手の一点が一瞬、銀の光を反射した。
気付かれないようにハインリヒの手を見れば、その手からも光が見えた。
もう、早く立ち去りたくて仕方なくなった。
―それじゃ、私は行くわ…他の子にも渡してあげないといけないの
そんなのは嘘だ。初めから彼の分しか作っていない。ここに来る途中で万が一の時の言い訳を作っておいて良かった。本当は使いたくなかったけど、使わざるを得なかった。そうしないとどうかしてしまいそうだった。
妙にゆっくりに感じる時間をかけて、彼らに自分の姿が見えない位置まで来ると、全力で走りだした。逃げるように、背中に迫る彼との思い出を振り切るように。しかし、じわじわと彼との思い出が背中を温めていった。
出会いは、最悪だったっけ。
”目の前から消えてもらえる?目障りなんだけど”
しばらくしたら、少し認めてあげてもいいと思い始めた。
”あまり笑わない?指揮官、試してみる?私を笑わせられるかどうか”
いつからか、気になっていた。いたずらもしてみたっけ。
”指揮官、好きよ…冗談よ。今のでドキッとした?”
その言葉は、いつしか本当になっていた。
”Ich liebe dich…本気か冗談か?指揮官の判断に任せるわ”
好き。
”なぜ笑ったのかって?指揮官がドタバタしてる姿を見ると楽しくなっちゃうもの。今回は本気で笑っているのよ。うふふ…”
好き…好き、好き。大好き。
逃げていたのに、とうとう彼との思い出が全部、私に追いついてしまった。それは追い風になるように、私の足を速める。思い出すだけで幸せ。思い出すだけで彼が好きになる。だけど、もう思い出したくない。
だから必死に走った。無駄だと分かっていても、彼との思い出を振り切るように走った。
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結局、一直線に部屋に戻ってきてしまった。目の前に2つに流れる金髪があった気がするが気にしない。顔も見せたくない。おかしいほど歪んでいるだろうから。
ベッドに腰掛ける。頬と目を両手で覆い、肘を太ももに乗せる。
―はあ…はあっ…はっ…
息が切れている。
―はあっ…はあっ…はぁ…
違う。この程度でKAN-SENは疲れない。じゃあ何故、吐息が激しいの?
―はあ…はぁ……はあっ…
我慢しているから。
―はあぁ…はあっ…はぁ…
自分のココロを絞って、塩水を出すのを我慢しているから。
―はぁ…はぁ……はぁっ…
涙を零すのを、我慢、しているから。
―はぁ…ぁ…ぁぁ…はぁ…うぁ…
できなかった。
―うぁぁ…あぁ…ぁぁぁ…うあぁぁ…
遂にココロを握りつぶしてしまった。塩水だけではない、いろいろな思いが溢れ出ていく。
―うぁあっ…ああぁぁ……
まずは、後悔。
―うあ…もっと……やさしくしてあげればよかったっ…うぁああ…!
出会ってすぐの、彼の悲しそうな顔が浮かんでくる。
―あぁああ…ふぁああ…
次に溢れるのは彼への謝罪。
―ごめ、なさ…いぃ……うぁ…しきか……うぁああああ…!
そして今度は、彼への思い。
―すきっ……うぁ…すきなのぉ!…すきすきすきぃ…!…ふぁああ!
最後に溢れるのは、無駄な願望。
―彼にだきしめられたいぃ…うぁぁ……キス………されたいぃ…うぁぁあああ!
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全部出した。出し切った。でも、彼が遠くに行ってしまう寂しさだけは、出すことは出来なかった。
泣いた。ずっと。日が暮れるまでずっと。
月明かりが冷たい。彼を思う温かさまで冷ましてしまうような冷たい明り。
まだ好き。彼が好き。
でも冷たい。
取られちゃった。取られちゃったから。でも好き。だから冷たい。とても冷たい。
暖かかったのは、泣き出した時から抱いていてくれた、姉の体だけだった。
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