メイド長は見てしまった アズールレーン、母校のある日 作:ざぎねぅ
ん?…ああ、今日も来たのね。
あ、そうそう…この話は他の世界の彼らを知っておいた方が少しわかりやすい部分があるわ。見ておきなさい。
ここよ。
指揮官の自室—
カーテンの隙間からベッドに差す日が、私達の足元を照らす。そんな中、私は小さく口を開いた。
―おはよう、指揮官
―おはようモナーク
私達の朝はこの一言で始まる。
彼は上体を少し起こして、私の顔に影を作った。目を瞑る。
―んっ…
小鳥が一言だけさえずる音が部屋に響く。この音が、私達が朝を迎えた合図だ。
ちなみに今のような朝の口付けは、私からする日もある。今日は彼からだった。
―そろそろ起きようか
彼は低く優しい声音で言うと、ベッドから降りて、カーテンを開く。私の右手の薬指が一瞬輝いた。
背を向ける彼に続いて私も同じようにベッドを降りてから、その大きくて、私を守ってくれる、そして私が守るべき背中に体を寄せる。
顎を彼の左肩に乗せて、唇を彼の耳に当たるほど近くに寄せて囁く。
―愛してる…
私はそう言うと、彼はこちらに振り向き、私の腰に手を回して優しく抱きしめた。
―俺も、愛してるよ…
おうむ返しのような彼のたった一言は、それだけでも私を溶かすほどに熱く、甘く、何度聞いても心をときめかせる。
そんな私の心境を知ってか知らずか、彼はもう一つ言う。
―心臓…早くなってる
―仕方ないだろう…慣れないんだ…
私のときめきは大きな鼓動となり、私の厚い胸を通しても、それが彼に伝わってしまう。
若干恥ずかしくなった私は仕返しと言わんばかりに、私の腰から背中に移動した彼の大きな手を意識しつつ言う。
―それに…私の胸を自分の胸に押し付けようとするな…
―好きだからな…
そう言って彼は更に強く私の背中を自分に向かって押した。
恥ずかしげもない素直すぎる返答に、私は一瞬言葉を失ったが、出来るだけ甘えないように、低い声を意識して言う。
―そんなに好きか…?
―ああ…好きだ…
彼にこう言われると気が緩んで許してしまいそうだが、ここは心を鬼にして言う。
―だが、ここまでだ
―…
私は彼を離す。そして、
―朝はこれで我慢しろ…んっ…
今日2度目、小さく小鳥がさえずった。今度は私からだ。
―…そうだな、このままだと遅刻する。仕事の準備をしよう
―うん、それがいい
そんな話をして私達は着替え出す。しかし何度も見せ合った仲だ、今更下着姿や裸になることに大した恥ずかしさはなく、手早く普段の軍服に着替え終わる。
とはいえ、また彼に甘えてしまった。下心丸見えな言葉であっても、あそこまで素直に好きだと言われてしまうと、口付けの一つでもして自分の心を落ち着かせなければ、あのまま燃え上がって、仕事どころではなくなってしまうだろう。
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廊下―
私達が一歩廊下に出れば、先程のような甘ったれた関係ではなくなる。
彼はこの母校の連合艦隊司令官、大将閣下として、そして私はその秘書艦として歩くのだ。
通りすがるKANSEN達の堂々とした敬礼に、こちらも敬礼を返していく。
そう言えばこの前ジャベリンから聞かされたが私達は、
"指揮官もそうですけど、モナークさんもとってもかっこよくて、みんなの憧れの的なんですよっ"
だそうだ。
彼と2人きりの時と比較すれば、私が自分で思う印象とは随分と遠いものだ。当たり前だが。
とはいえ、私も彼も外ではかなり仏頂面をしている時が多いし、仕事もそつなくこなすからそのような印象が持たれるのだろう。
考えているうちに執務室の前に着いた。深い茶色の扉が私達を迎える。ここが私達の第一の仕事場だ。
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執務室―
―おはようございます、ご主人様、モナーク様
まず私達を迎えるのはいつもこのメイド長、ベルファストだ。
―おはよう、ベル
―おはよう
彼が"ベル"と愛称で呼んでいるところを見るといつも、ほんの少し彼女に嫉妬してしまう。
以前彼に、愛称で私を呼んで欲しいと、それらしく頼んでみたが、
"うぅん、モナークって…言いやすいしなぁ…"
と言われてしまった。
確かに短いし、彼がそう思うのもそうだろう。結局私は、彼が言いやすいならそれで良いと素直に引き下がった思い出がある。
確かこれは、指輪をもらう以前のことだったな。
―今日の業務について確認いたします
―うん、よろしく
―今日の午前は…
私達はいつも、こうして1日の仕事を確認する。大抵は書類整理や資料作成などだが、定期的に演習をしたり、セイレーンが現れればその相手に海域に向かう。
ちなみに今日は朝から鉄血とロイヤルとで演習だ。
―…以上が今日一日の予定でございます
―いつもありがとう、ベル
―ふふっ…私はご主人様専属のメイドです。当たり前のことをしているまででございますよ
一通り確認を終えるといつも座っている席には着かず、早速演習のため海岸の方に向かった。
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海岸―
―天気がいい、視界も良好、今日は戦いやすい環境だな
彼はそんな事を言うと私に顔を向ける。
確かに今日は雲一つないような快晴、当然波も荒れていないので、演習をするにしても動きやすいだろう。
しかし私は言う。
―だが、それは演習相手にとっても同じこと。環境が良いとはいえ、それに甘えるようなことはしないことだ
"分かっているな?"と付け足せば、彼は"分かってるよ"と返す。
そして彼は、今日の演習で私にとっては1番大切な事を確認した。
―今日の俺はいつもと違って、お前の敵だな
彼は修行の末、自分で成長を実感した少年のような瞳と、今にも力試しをしたくて疼いているような弾んだ声を私に向けて話した。
そんな、可愛げすらあるような様子を見て私は口を開く。
―ああ、どんな戦いを見せてくれるか、今から楽しみだ
彼のように私も口端を上げる。
いつも私達は演習の時に同じチームで動くことが多かったが今日はそうではなく、珍しくお互いに違うチームとなった。
正直、今すぐに2人きりでやり合っても良いくらいの気だが、視界の端に演習に参加する鉄血とロイヤルのKANSEN達が写り、その気は少し抑えた。
―他のメンバーも来たようだぞ
彼はそう言うと、こちらに来るKANSEN達に向かって歩いていった。
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海上―
彼はといえば、海岸からこちらを見ている。しかし、少し前と違うのは彼のここからの行動だ。
―よし!今からそっちに行くぞ!
彼は皆にそう言うと左腕を構える。そして、
―エンゲージ!
叫ぶと、彼の体が青い光の粒子に包まれた。やがてそれはヒトの姿となり、海上に合成音声が鳴り響く。
"WARS ENGAGED"
最近、アズールレーンの兵器開発部から新兵器が送られてきた。それは本来KAN-SENが生まれる前に、セイレーンとの戦いで使用する事を想定して計画だけはされていたもので、WARSシステムという強化外骨格だ。
ブレスレットのようなアイテムを左腕に付けて"エンゲージ"の掛け声でWARSの装着が可能となる。戦闘性能はKANSENと比較しても引けを取らず、十分以上にセイレーンとも戦える。
―ふふっ…指揮官~かっこいいですよ~
ローンが満遍の笑みでWARSに変身した彼に手を振っている。
白い身体に金のライン。さしずめ軍服を鎧にしたような姿に、その頭には同じく軍帽の意匠が施され、そのつばの上にある丸いエンブレムは、この星を、そして人々を守るという強い意志を感じさせる。
そしてブリッジの窓の如く一直線に走る四角い目はじっと私を向き、今この瞬間は親の仇を見るように睨みを利かせていた。
戦士の1人として彼を育ててやるのも、私の務めだろう。
そう思って、普段より気を張った。
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執務室―
午前を使った演習を終え、彼はソファに深く腰掛ける。
―はぁ…
―どうした指揮官。お前がそんなことでは、これからの戦闘でついていくことは出来ないぞ
―中々手厳しいな、モナーク…
当然だ。じきに前線に出る以上強くなくてはならないし、それに彼がいなくなるようなことがあれば、私は…。
彼はもう一言続ける。
―でも、みんなに負けないように俺も頑張るよ。そして、お前をしっかり守れるように…
そんな言葉を告げられ、少し顔が熱くなった。隠すように、言葉を紡ぐ。
―その言葉は、その…人類の未来を背負う者としてはどうかと思うぞ…特定の者を守る…と言うのは…
―嬉しくなかったか?
彼はいたずらな顔をして言った。
―そんなことは…ない…
まっすぐと彼の顔を見られなくなり、帽子のつばを右手で下げてしまう。ほんの一言なのに彼の声で口をつぐんでしまうのだ。
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いつからだろうか、彼に気を許したのは。それどころか、彼の言葉に溶けてしまいそうになるようになったのは。
私は元々、キングジョージⅤ級の戦艦として建造される予定だった。結果的にペーパープランだけでその姿を実際に表すことは出来なかったのだが。しかし何の運命か、私は”計画艦”という存在でKAN-SENとしてこの世に生み出された。初めは妹になるかもしれなかった者達に思うところはあったものの、生み出された以上、全力で使命を果たそうと戦っていた。
しかし、そんな大層な使命は簡単に打ち破られるものだ。
”捨てたりなんか絶対にしない!!”
戦闘で大損傷してつぶやいたとき、彼の声が聞こえた。
”劣っている?…そんなことはない…!”
引きこもった部屋の外で、彼はそう言ってくれた。
”お前の帰りを待ってくれているヒトは、たくさんいるんだよ”
委託任務で母港に帰ってきたときの景色が見えた。
”俺にはお前が必要だ”
彼が私のすべてを受け入れてくれた。
”モナーク…愛してるよ”
彼の愛情が、私の胸の奥をとても熱くした。私がいつも隠してきた凍り付くココロを、優しく溶かしてくれた。
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執務室―
無意識に思い出してしまった。多分今、呆けた顔をしているだろう。
―どうしたんだ?
彼が聞いた。
―なんでも……いや、そうだな…
―ん?…何かあるのか?
きょとんとした顔でそんな事を聞く彼が可愛くて、つい彼に寄り添ってしまう。くすぐったそうに体を傾ける彼の腕を捕まえて、耳元で囁いた。
―もしかして、私はお前に出会うためだけにこの世界に具現化されたのかもしれない。だとすれば…それだけで幸せだ
急に迫られたせいか、それとも私の言葉に照れているせいなのか、彼の横顔は、私の髪の色で塗られていた。
―そ、そんなに大きな存在じゃないよ…俺は…
そんな事を言う彼に、間髪入れずに返す。
―私にとってはそうだ。私は…お前を愛しているんだ
すると彼は、とうとう少しだけつぶやくような言葉しか話せなくなる。
―うん…そうか
どうしても彼から聞きたくて、詰め寄る。
―お前は違うのか?
―いや、違うなんてことはないよ…
彼はそう言うと急に真剣な表情を見せる。
―モナーク…
―ん…?
全て受け入れるように優しく、私はそう促す。そして、
―愛してるよ
その言葉が、彼の声が、気持ちが、私のココロを溶かすように甘く、全身に響いた。私はそんな彼のささやきを受け止めて頷くと、彼は私に唇を近づけた。何をするかは言うまでもない。ただ目をつぶる。
その時、
―ごほん…
音がした。顔を向ければ、メイド長がいた。
―なっ…ベル…!?
―そのようなスキンシップはもう少し時間が経ってからの方がよろしいかと…
悪戯な顔を見せる彼女を前に、彼は落ち着きのないように口を動かしている。そんな姿が本当に愛らしい。
―ふふっ…見つかってしまっては仕方ない。後にしよう、指揮官
そんな風に助け船を出す。
―ん、あ…ああ
彼はようやく落ち着きを取り戻したようで、歯切れは悪いが返事をした。
昼休みの時間はまだ続く。そろそろ彼を休ませてあげよう。
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指揮官の自室―
長い一日もそろそろ終わるころ。青い夜空はもうカーテンで隠されていた。橙色の夕日は部屋のライトに替わり、私と彼を温かく包んでいる。
―そろそろ寝ようか
彼は静かに言った。
―そうだな。明日も早い
いつもよりも少し短い愛のまぐわいを終えた私達は、今日二度目の入浴を終えてベッドに足を運ぶ。そんな道半ばで、私は足を止めて彼の裾を掴んだ。
彼にもっと伝えたい。彼にもっと好きになってほしい。彼をもっと愛したい。
―指揮官…
今日の最後に、もう一度あの言葉を彼に言いたい。やはり何度言っても飽きないな。彼には何回この言葉を言っているのだろうか。
―ん…?
彼は振り向いて私の目を見つめる。
とにかく彼は、私にとって何よりも特別で、何よりも大切な存在だ。それは多分、最初から、ずっと。
そんな事を思うと、急に恥ずかしくなり鼓動が速くなる。彼に目も合わせられなくなってしまった。
だから、今日は彼の片腕に絡み、少しだけつま先に力を入れて、少しだけ背伸びして、そして耳元で小さく小さく囁いた。
"愛してる"
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