「はやくしろよ北条。オレもそんなに気ぃ長いほうじゃねえぞ」
体格のいい刈り上げの青年が北条と呼ばれた少年の肩を強く叩く。
「……はい、明日にでも」
詰るような青年の言葉に、北条はぎこちなくもどこか力のこもった返答をした。
「南波の野郎にはきっちり身の程を弁えてもらわねえとな。だからしっかり頼むぜ。もしダメだったらお前の兄貴……いや、姉貴がどうなるか……くくっ」
言い切る前にその場を去っていく不良然とした青年。その後ろ姿をぼんやりと眺めながら、北条はただ立ち尽くすばかり。
「春樹くん……」
この場にいない友人の名を呟き、眉間に皺を寄せながらとぼとぼと帰路につく北条。
力なく肩を落としながら、しかしその手に握りしめられた小さなカメラは、ついぞ手放されることはなかった。
×××
「南波くん、またねー」
「おーう」
「じゃあな春樹ー」
「うーす」
放課後のチャイムが鳴り響き、各々が解放感に胸を踊らせ足早に教室を抜けていく。そんなクラスメイト達との挨拶を済ませながら、俺はいまだ漫然と帰り支度を進めていた。とんでもなくスローペース、それでいてとんでもなく雑なカバンへの収納に我ながら苦笑し、それからため息をこぼした。
「はあ……」
いつもだったら部活か友達とどこか遊びに行くかの二択だけど、あいにく今日の天気は雨。インドア趣味に乏しい俺にとってはこれから始まる自由時間は退屈そのものなわけである。となれば帰り支度する時間なんて惜しくもなんともないわけだ。
「体育が屋内になっただけでもダメージでかいってのに……」
「春樹くん」
そんなぐうたら支度と独り言もいよいよ片付き、既に閑散としていた教室から出ようと席を立ったとき、狙いすましたかのようなタイミングで誰かが声を掛けてきた。
「おう、秋仁。まだ残ってたのか」
こいつの名前は北条秋仁。少し気が弱くナヨっちい見た目をしてるけど、同じサッカー部の一員で、意外にもプレーはそこそこ上手い。
「てか秋仁、お前また前髪が幽霊みたくなってるぞ。そろそろバッサリ切っちゃえよ」
伸びた前髪が左目を隠し、まるで鬼太郎みたいな不気味さを醸し出している。雨でジメジメしてるのもあって鬱陶しさに拍車がかかっている。
「お前のセンスは知らないけど、その見た目じゃ部員と打ち解けるのにまだしばらくかかるぞまったく」
俺たちは現在高校1年生。しかし時期はもう初夏を迎えようかといったあたり。サッカー部に入部していまだメンバーに馴染みきれていないのは、このころになるともう秋仁くらいしかいない。
俺に関しては中学生のときからの付き合いもあって秋仁とは気の置けない関係でいる。でも俺以外のやつとも仲良くできるよう少しは頑張ってみてほしい。
「あはは……でもみんないい人だから僕でもそのうち馴染めるよ」
「たくっ」
まあ部員の内面的な事情はともかく、こいつの実力自体は部でちゃんと評価されてるみたいだから、いかにもいじめられっ子の典型みたいな雰囲気のこいつでもそういった問題は起きていない。
ちなみに自分で言うのもなんだが、俺のほうが多分上手い。俺はサッカー部期待のホープなのだ。自分で言うのもなんだが……負けないように頑張らないといけないな。
と、ひとり勝手にライバル心を燃やしながらも、とりあえず秋仁が訪ねてきた用件を聞くことにする。
「悪い。それでなにか用か?」
「……」
「?」
せっかく話を戻したのに秋仁は口をもごつかせるばかり。
そんな様子を訝しく思いつつも待つこと数秒、ようやく秋仁は口を開いた。
「久しぶりにさ、春樹くんの家、遊びに行っていい……かな……?」
ああ、なんだ。友達を遊びに誘うってだけで随分と間を置くやつだ。こんなんで疲れたような顔を見せるなよなまったく。
「ははっ」
まあ久々だと妙に堅苦しく感じたりすることってあるし、気持ちがわからないでもない。まして秋仁の性格を考えたらこれでもけっこうな勇気を振り絞っていたのかもしれない。
「いいぞ、遊ぼうぜ」
そんな秋仁の思いを無碍にするわけにもいくまい。ちょうどなにして時間を潰すか苦心してたところでもある。なので俺は、二つ返事で秋仁の誘いに応じた。
「……」
にもかかわらず、浮かない顔を見せる秋仁。
友人を遊びに誘って、それに応じてもらった……普通なら喜ぶところだと思う。無論、秋仁が感情をあまり表に出さないやつだってことはとうの昔に理解している。
であればなおのこと、このタイミングで悲しそうにすら見える秋仁の感情が、このときの俺には、まったく理解することができなかった。
×××
「ただいまーっと。まあどうせこの時間は母さん昼寝してるから、返事なんてこないけどな」
「そうだったね。お、お邪魔します」
そういってぎこちなく返す秋仁と一緒に、とりあえず部屋に向かう。
部屋に着くや早速ベッドにもたれかかった俺に対して秋仁はどうも遠慮がちだ。
「適当に座ってくれ。あ、そこのイスなんてなかなかの座り心地だぞ。俺に勉強させようとこないだ奮発してくれた」
まるで勉強しない俺からしたらこんなの宝の持ち腐れである。せめてこんなときくらいしっかりと本分を全うしてほしいと思い、秋仁に勧めてやる。
しかし秋仁はその場にしゃがみこみ、しかしなぜか座ることもなく数秒が経過した。
「?どうした?……って、なにやってんだ?」
膝を床につけ何故かつま先を外側に向ける秋仁。その不思議な姿勢に俺は目を丸くしつつ尋ねる。
「ほら、今日は体育館で柔軟体操とかしたでしょ?僕けっこう柔らかかったから自信ついちゃってさ、もしかしたら男子的に高難易度らしい女の子座りなんかもできるかなって……」
見る限り秋仁の股関節はさして広がることもなく、本人の様子を窺うにこれで限界のようだ。
「遊びに来るや否や、わけのわからないことを。しかもできてないし」
俺は呆れながら苦笑した。すると秋仁はそれが不満のようで、いじけた声で俺に吹っかけてきた。
「じゃあ春樹くんはできるんだ?」
「俺か?うーん……」
女の子座りなんて試したこともないが、まあ俺もそこそこ柔軟性には自信がある。せっかくだし、売られた喧嘩は買ってみよう。
「よっ……こんな感じか?おお、意外とできてないかこれ?……うん?なんだ今の音?」
自らの柔らかさに改めて感心していると、突然カメラのシャッターらしき音が響いた。
ふと秋仁のほうを見ると、その手元にはなにやら古臭いカメラが。
「……」
なんということだろう。もしやこいつ、俺の恥ずかしいポーズをカメラに収めることで、弱みのひとつでも握ろうとでも考えていたのだろうか。
「はは、秋仁よ……」
俺相手とはいえ、内気な秋仁がこういった冗談を自分の意思でするようになったのは微笑ましい。上から目線かもしれないが交遊能力の向上という意味でたいへん喜ばしく思う。
「でも今の写真はさすがに恥ずかしいから、冗談でも勘弁して……」
そのとき、俺の耳がこの場に不釣り合いな声音を拾った。
「誰だ?……てか、俺の声……?」
いつも通り喋っているはずなのに、自分の声が耳慣れない。なんというか、まるで女子みたいに高く澄んだ声が響く。
「春樹くん、部屋が……!」
秋仁に言われて周囲を見回すと、さっきまで自分の部屋にいたはずなのに、そこは一面まるで女子でも生活してるかのようなインテリアに成り代わっていた。
「これは、いったい……?」
部屋の広さなんかはそのままに見える。けどその雰囲気や家具がまるで違っている。ベッドのシーツとかカーテンはもともと青色だったはずなのに、いつのまにか薄いピンク色に変わっている。ベッドの片隅には見慣れたはずのゲーム機ではなく、うさぎとクマのぬいぐるみがひとつずつ置かれている。
「なんだあのぬいぐるみ?そこにあったゲームは?」
気づけばほかの箇所も様変わりしていた。
絨毯は爽やかな白色になっていて、部屋全体の雰囲気を明るく変えていた。本棚に入ってた漫画やサッカーの雑誌は、買ったことどころか見たことすらない参考書がずらりと並んで、添えるようにこれまた見覚えのない何冊かの少女漫画が置かれていた。
「こんなの、俺は知らない……」
「……掛けてあった制服が……」
「え?……あっ!」
部屋のドアに引っ掛けていたはずの制服は、俺がさっき脱いだ男子用のそれではなく、女子が着るべきはずのセーラー服とスカートに。ネクタイまでリボンに置き換わっている。
「俺の部屋が、知らない女子の部屋になった……?」
なにかのドッキリだろうか。こう、なんていうか、鏡の反射でもうまく使って自室をまるっきり変えて見せるような。
「……」
机に置かれたピンクのヘアピン。手に持ってみると、目に見える物そのままの手触り。
カーテンを揺らすと、布擦れの音が聞こえてくる。
……これはつまり、錯覚じゃない。
「春樹くん、あれ……」
秋仁が俺を呼ぶ。目をやると部屋の1箇所を指差していた。その方向を見ると、そこには姿見があった。……男子なら常備することのない、しかし女子なら常備しているのかもしれない姿見が、そこには置かれていた。
嫌な予感を拭えないまま、姿見に近づいてみる。
「えっ?」
とんでもない衝撃だった。俺が受けた衝撃は、自室が魔改造されていた、なんて今さらな怪奇現象の比じゃなかった。
「お、おれ……だよな?なんで、これ……これじゃ、まるで……」
姿見に映るべきは、それを見る自分であるはず。だって鏡は目の前にあるものを、目の前にいる人を映し出すものだから。自分が姿見の前に立ち、それと向かい合っているんなら、鏡の向こうで目が合う相手は、自分自身でないとおかしい。
俺と目の合った鏡に映る相手は、女の子だった。怯えた顔をしている。その表情は奇しくも、鏡を前に俺が抱いている心情をありのまま写し出しているようで……。
そんな女の子と、俺の目は合い続けている。
たぶん、俺が逸らさない限り、それはずっと続くのだろう。
考えてみれば当然かもしれない。
女の子だったら、女の子らしい声を発するのは当たり前のこと。
女の子だったら、女の子らしいインテリアで自室が彩られるのは当たり前のこと。
女の子だったら、セーラー服が部屋にあるのは当たり前のこと。
女の子だったら、目の前の鏡が女の子を映すのは当たり前のこと。
俺が女の子だったら、全部当たり前のこと。
「俺……なんで女の子に……」
×××
正直驚いている。
春樹くんは活発で運動が好きだ。運動してたら逞しく育つものだし、そうでなくても男子として早めの性徴期を迎えて身長も筋肉も目を見張るものがあった。
そんな彼の男らしい身体がたった一瞬で華奢な女の子に変わってしまった。
春樹くんは今、どんな気持ちでいるだろう。彼、いや、彼女の後ろ姿からじゃ、その答えは図りようもない。
でもその先の姿見が……存在しなかったはずの、鏡の向こうの女の子の顔が、僕の疑問に取り繕わずに答えてくれていた。
普段動じることの少ない図太かった春樹くん。そんな彼女が小さくなった口を半開きにしつつ、薄く弓なりに整う眉が普段より位置を高くしながら形を歪めている。
「……」
女性らしく伸びた睫毛が大きく見開かれた玲瓏の瞳を彩り、相まった美しさが他者を魅了せんとばかりに輝く。無骨だった顔は丸みを帯び、とても小さく作り変えられている。にもかかわらず以前にも増してその存在感を放つのは女子として最上と言っても過言でないその可愛らしさゆえだろうか。
運動しやすいようにと、煩わしいからと周りの男子と比べても短く切り揃えられていたはずの髪の毛。今それは肩を過ぎるほど伸び、しなやかな絹となって彼女の柔和な身体をなぞる。まごう事なき女性の髪の毛。部屋の照明に呼応して、その濡れ羽色に天使の輪を浮かべていた。
「……っ」
そんな彼女に、気づけば僕は見とれてしまっていたらしい。
×××
大きく息を吸って、それから吐いて。何度か繰り返して。
まるで落ち着きを取り戻せた気がしないけど、今は話を進めるのが先だろう。そう思い振り返り、秋仁に話しかけてみる。
「……これはお前がやったのか?そのカメラか?」
「……うん、このカメラの力だよ。これがあれば、人を作り変えることができる」
まったくもってわけがわからない。わからないけど、今それを疑ったり、あるいは癇癪を起こすようなことはしない。
現実俺は女子になってるし、なによりそんな事実よりも優先しないといけないことがあるからだ。
秋仁の態度には逡巡が見てとれる。伊達に何年も付き合ってない。たぶん今の状況は、秋仁の本意じゃないはずだ。
「ワケくらいは、教えてもらえるんだろうな?」
「……うん、今から話すよ」
「なるほど」
まとめるとこうだ。サッカー部の佐々木先輩は年下のくせにサッカーがうまい俺を疎ましく思っている。気に入らないから秋仁に俺を始末するよう命じた。無論秋仁は断ったが、すでに姉の智美さんが人質に取られていることを知り、そして今に至るわけだ。
「姉、か……」
「ん?」
「いや、本当は兄さんだったはずなんだ」
「へ?」
「兄さんもカメラにやられて変わっちゃったんだ」
「……」
俺は唖然とした。つまり俺の記憶のなかにある智美さんは全部、このカメラが作り出した偽物……?
「……元は、なんていう名前だったんだ?」
「智明、それが兄さんの本当の名前だよ」
智明、智明……ダメだ、まったく記憶に引っかからない。
外見だけならまだしも、周囲の記憶まで変える力……。
「あれ?でもなんでお前は俺や智美さんのこと、ちゃんと覚えてるんだ?」
「それも含めて今から全部話すよ。このカメラ、TSカメラっていうらしいけど」
手元のカメラをひょいと持ち上げながら、秋仁はポツポツと話し始めた。
「そうだね、例えば僕がこう、がに股で筋肉を見せびらかすようなポーズをとったら、どういう人に見える?」
秋仁は突然言った通りのポーズをしながら、あまり頼もしくもない筋肉を見せつけてきた。
はっきり言って、だいぶ情けない。
「……」
「答えはそう、筋肉を見せびらかしたい男性って感じかな」
もはや思ってることを口にすることすら面倒で、俺は顎を向け秋仁に続きを促した。
「たぶんこのカメラはそういうのだけじゃなくって、細かい態勢とか仕草なんかも認識する。まあ全部引っくるめてポーズって言おうかな」
そこまで言って秋仁は一度区切った。ここからが本題ということなんだろう。
「このカメラのなにが恐ろしいって……撮る瞬間に被写体とそのポーズがマッチするよう、その被写体自身を作り変えちゃうんだ。ポーズに相応しい人間にしてから写真にする。相応しくなければ現実を捻じ曲げてでもちゃんとした写真にさせる……はは、完璧主義なカメラだよね」
なにをバカな、とは言えなかった。
なにせ俺自身が、実際にそれを体験したから。あのとき……写真を撮られたとき、俺はたしかに女の子座りをしていた。
「……レンズに収まらないとこまで総入れ替えしやがるなんて、完璧主義にも程があるだろ」
SFじみたこの状況に唖然とするが、なんとか皮肉を口にして落ち着きを取り戻す。
「いい加減で大雑把な力だよね。でもこれでこの世界の春樹くんは女の子として存在することになった」
そこで秋仁は少し俯き、声を小さくして話しだす。
「兄さんはこれで変えられた。戻してほしかったら春樹くんを女の子にしろって脅されたんだ……僕、兄さんの安全が最優先だって思って……ごめん……」
仕方のないこととはいえ俺を巻き込んだことに罪悪感があるんだろう。……水臭いことだ。
「俺がそれ聞いて腹立つとしたら、それは先輩に対してだ。懐疑心こそなかったわけじゃないけど、お前を信じて話を聞いたのは正解だったな」
そういって笑顔を向けてやる。秋仁は顔を上げないが、これまた小さな声で「ありがとう」と呟いた。
「まあこれで智美さんは解放されるとして、ここからが問題だな……」
現実がどういった改変を受けたのか把握するため、とりあえず荷物を物色してみる。
俺は机の横に掛けられていた鞄を開いてみた。さっきまで雑に放ってたはずなのに……女子になった俺は几帳面なんだろうか。
なかには小綺麗に並べられた教科書と筆箱、内ポケットにはティッシュと……。
「あった。学生証……はぁ……」
生年月日や学年は男のときと変わってなかった。ただ、性別が『女』になっている。証明写真にある顔は姿見で見た通り。どことなく以前の面影が残っているけど、ここまで女子らしく変貌させられると自分でも同一人物とは思えない。
「あ、名前まで変わってんのか……『春香』?元のに寄せてるあたりが嫌らしいな」
「智明が智美、春樹が春香。たしかにそうかもね」
と、そこまで確認してふと気づいた。
「そうだった。お前はなんで俺や智美さんのことを覚えてるんだ?俺はその、智美さんのこと忘れちゃってるのに、秋仁は普通に覚えてるんだよな?それに俺をちゃんと『春樹』って呼んでる。お前にはこのカメラの効果が及ばないのか?」
現実の改変にあわせて記憶は捏造されるもの。俺が智美さんの話を聞いて1番おぞましく思った部分だ。秋仁に記憶の改竄が生じない理由は気になるところだった。
「カメラの所有者、撮った人、撮られた人、それから撮影現場に居合わせた人の記憶は変わらないんだ」
なるほど、それならふたつの事例とも辻褄が合う。
カメラの所有者は佐々木先輩。撮った人は秋仁。撮られたのは俺。智美さんの例でいえば現場に居合わせた人が秋仁ってことになるんだろう。
俺はさらに確認を続ける。
「なんで佐々木先輩は自分で俺を狙わずに、わざわざ人質だなんて回りくどいことしてお前にやらせてるんだ?」
無関係な人の兄を姉に変え脅し、その弟を寄越してやろうなんていくらなんでも迂遠がすぎる。先輩がわざわざそれをする理由はさっきから気になっていた。
「たしか、撮影者が被写体を好ましく思ってないと効果が出ないとかなんとかって、言ってたような気がする」
「……よくわからない条件だな。でもなるほど」
原理はほんとに意味不明だけど、そういうことなら確かに先輩自らというわけにはいかない。
先輩は俺のこと嫌いだから変えたいのに、そうなると先輩じゃ俺を変えられない。そこで秋仁に白羽の矢が立ったわけか。
「ん?てことは……」
言葉の表現に解釈の余地はあるが、その条件をクリアできたことを踏まえると、秋仁はけっこう俺に好意的らしいことになる。
「な、なんか照れるなぁ……」
「……そういう反応してると本当に女の子みたいで可愛いよ、春香ちゃん?」
「……肝が据わってきたじゃないか、秋仁」
秋仁からの思わぬ反撃に顔を引きつらせながらも、俺は新たに浮かんだ疑問をぶつけた。
「秋仁はそのカメラを智美さんに使ったか?人質とはいえ智美さんは今もお前ん家で普通に生活してるんだろ?不自然がられるかもだけど、男らしいポーズをしてもらった後それで撮れば解決できたんじゃないか?」
そうすれば先輩はカメラという切り札を標的の友人に渡しただけの間抜けということになる。
まあ秋仁がそんなことに気づかないほど間抜けだとは思ってないが。
「それはダメなんだ」
「なんでだ?」
「兄さんを男に戻すことが、兄さんを元に戻すこととイコールとは限らない」
「……あっ」
そうか、馬鹿か俺は。たしかに男らしいポーズでも取らせてカメラを使えば、智美さんは男にはなれるかもしれない。
でも、その男らしさが以前の智美さんと一致するとは言えない。仮に運良くそうであっても、ポーズが以前の智美さんを構成する男子としての要素の一部しか汲み取れてなかったら、元の状態とは程遠い別人になってしまうだろう。
「オッケー、大体のことは理解した……先輩に戻せる手段がちゃんとあるのかって心配もあるが……」
そして、一呼吸を置いたのち、俺は最初から気になっていたあることについて尋ねる。
「最後の疑問なんだが」
「うん」
「智美さんは、いったい誰に撮られたんだ?」
聞いた瞬間、秋仁が苦虫を噛んだかのように険しい表情になった。
「オレが撮ったんだよ」
突然背後から声が聞こえ思わず振り返る。部屋のドアが開き、そこから入ってきたのは。
「さ、佐々木……先輩……?」
敵対する佐々木先輩その人だった。
×××
突然の来訪に驚きを隠せない俺たちを気にもせず、先輩は俺が秋仁に尋ねた疑問を引き継いで話し始めた。
「オレ、智明とはそこそこの仲だったぜ。付き合いも長かった。だからオレが智明を変えれても、別におかしなことじゃないんだよ」
「……仮にカメラを使えたことが事実だったとして、使うときなんとも思わなかったんですか?仲がよかったんでしょう?」
怒気を孕んだその問いに、先輩はなんでもないことのように平然と返す。
「まあお前を引きずり下ろすためだ。仕方ない犠牲ってやつだったよ」
「なっ!」
狂ってやがる……!怒りのままに今すぐこいつをぶん殴ってやりたい!
いや落ち着け、冷静になれ。先輩はサッカーのテクニックこそ拙くてレギュラーから外されかけている。でもこの馬鹿でかい体格と強靭なフィジカルが出すパワーは部員でも随一。俺よりも悔しくて仕方ないはずの秋仁が耐えているのに、俺が迂闊に動いたらダメだ。
「にしても南波がこんなになるなんてなぁ、めっちゃ好みだわ。今は春香ちゃんだったか?オレと付き合ってくれよ」
「ふざけんなクソ野郎!」
「怒った顔も可愛いわ、グッジョブだ北条」
それを聞いて顔を歪める秋仁。
こいつ、いちいち癇に触るようなこと言いやがって……!
「……そもそも、先輩はいったいどうやって春樹くんの家に?」
と、ここで秋仁がもっともな疑問を口にした。
当たり前だがここは俺の家だ。ごく普通の一軒家で、ごく普通だが玄関のドアには鍵が掛けられている。
たしかに、いったいどうやって……。そんな俺たちの疑問に対して先輩は得意げな顔を見せた。
「こいつに手伝ってもらってな」
いうが早いか、先輩とは別にもうひとり、この部屋に足を踏み入れてきた。
その人は馴染みのある顔で、今回の事件の重要人物……。
「春香ちゃん、久しぶりだねー」
「と、智美さんっ!?」
なんで智美さんがここに?それに手伝ってもらった?
横を見ると、秋仁は憮然とした表情を浮かべている。
「こいつが南波と知り合いだっつうから利用させてもらった、ありがとな智美」
「いいよ別にー。春香ちゃんのお母さんとも久しぶりにお話しできて楽しかったし。あ、お母さんお買い物みたいだからしばらくお留守番よろしくだってー」
たしかに母さんと智美さんは何度か顔を合わせたことがある。友人の姉という立場なら家に入り込むことも容易だろう。しかし……。
「兄さん、どうして兄さんが佐々木先輩に協力してるんだよ!?」
そう、そこが分からない。
自らを陥れ、弟を脅迫した主犯の言いなりとはいったいどういうことなんだ。
秋仁の鬼気迫った詰問に、しかし智美さんはほんわかと微笑み返す。
「えー、彼氏に頼みごとされたら、やっぱり断りきれないでしょー?」
「か、彼氏……?」
「ん?忘れちゃったの?前に話したでしょー。わたし今、佐々木くんとお付き合いしてるんだって……ていうか、兄さんじゃなくて姉さんでしょ?」
嫌な汗が背中を伝った。
「お、おい秋仁。撮られた側も記憶って残るんだよな?」
「う、うん。そのはずなんだけど……これじゃあまるで……」
智美さんの様子は、まるで記憶までこの世界に合わせて改変されたかのようだ。それも、元凶の先輩にとってやたら都合が良いように。
「それより春香ちゃん、前に会ったときよりまた可愛くなったねー。小さいころは秋くんと短パンでサッカーばっかりしてたから男の子かって思っちゃうくらいだったのに……やっぱり女の子なんだねー」
「えっ」
いきなり話の矛先が俺に向き思わず素っ頓狂な声が漏れた。
「今はマネージャーとしてサッカーに関わってるんだっけ?しかも朝から晩まで頑張ってるって聞いたよー、すごいすごい。こんな子に応援されたら男の子はみんなやる気満々だろうねー」
「は、はあ……うっ……?」
不意に、チリチリとした痛みに襲われた。なんだ、今のは?
「よくやってるぜ南波は。いつも「みんなが楽しそうにサッカーしてるのが大好きなんです」って、部員のこと親身に考えてくれてよぉ。最近じゃ馬鹿な部員に勉強まで教えてやってるからなぁ」
智美さんの突然の褒め殺しに、なぜか佐々木先輩まで乗っかってくる。
と、同時に先ほどの痛みがより強くなって……。
「才色兼備秀外恵中!優しいし可愛いし上品だし頭までいいんだもん。同じ女子として嫉妬しちゃうよ」
「この前だって学年主任が南波のこと「女子生徒が模範とすべき大和撫子の鏡だ」とか言ってたもんな!」
「う、うぅ……」
「は、春樹くん?」
……なんか、頭がくらくらしてきた。一度そのまくしたてるような話を中断してほしい。
「礼儀だってきちんとしてるもんねー。初めてわたしの家に来たときなんて、丁寧すぎて嫁入り前のご挨拶かなにかかと思ったもん。秋くんにはもったいないって真剣に考えちゃったよー」
「いつも部活で「先輩たちの言うことなんでも聞きます!」つってな。目上をしっかり敬う出来た後輩がいてオレは感激だよほんと」
「う、うぁ……ううん?」
……ふたりとも、なにを言ってるんだろう……ふたりとも、なにを……なんで、『私の話をするんだろう』。
頭痛がすっと引いていった。よかった、すぐに治まって。
そんなことより先輩たちの会話だ。なんでこんな褒め倒しみたいなことが始まったのか知らないけど……とりあえずお礼でも言えばいいのかな?
「あ、ありがとうございます?あの、でも、恥ずかしいので、あんまりまくし立てないでほしいです」
聞いてるうちについ火照っちゃった顔を見せるのが嫌で、私は思わず両手で頬を隠した。
「は、春樹くん!?」
「?なに?秋仁くん」
秋仁くんが私の名前を呼ぶ。でも、なんだかとっても違和感がある。なんでだろう。
「……一応聞くけどさ、春樹くんは、ちゃんと男の子……だよね?」
おかしなことを聞かれた。なんだって今さら、私の性別なんて。
今日はなんだかみんなの会話が噛み合ってないような気がする。秋仁くんの意図するところもなんなのかわからない。
「こら秋くんっ!なにくだらない冗談を言ってるのっ!女の子にそんなこと聞くの失礼だよっ」
「まあまあ落ち着けって」
えっと、普通に答えちゃっていいのかなこれ。
「えと、私、普通に女の子だけど……」
私の答えを聞いて愕然とする秋仁くん。顔色がみるみる青ざめていく。
「私、いつも女子の制服着てたと思うんだけど……その、男の子っぽく見えちゃう?」
それともなにかボケでも披露してるのかな。もしそうじゃなかったら女子的にけっこう悲しいんだけど……でも秋仁くんあんまりそういうタイプでもないし……。
落胆する私を他所に、智美さんが動揺しながらも秋仁くんを心配し始めた。
「ちょちょ、どうしちゃったの秋くん?なにか変なものでも食べた?」
「こ、これはいったい……?」
「へへっ、お前にひとつ教えてなかったことがあんなぁ」
佐々木先輩が嬉しそうな表情で話し始める。
「変えられたやつは、外的な刺激を受けて内面を外面に適合させてくんだ。……つまり、『カメラに変えられた現実』を突きつけてやれば突きつけてやるだけ、その現実に内面が引っ張られちまう」
「……」
よく分からないけど、なんだか難しそうな話をしている。智美さんと顔を見合わせてみるも、向こうも状況を理解できてないらしく、私たちは静観することにした。
「俺らは南波を女の南波として接した。その外的な刺激が南波の記憶とか精神を蝕んで、カメラで変えられた現実通りのものに作り変えたんだ。どうだ、おもしれえだろ?」
「……そ、それじゃあ、春樹くんは……もう……」
「だいぶ進行が早いし、この分じゃもうほとんど元の記憶は残ってねえだろ……っし、じゃあそろそろとどめといくかぁ」
「な、なにを……あっ」
「きゃっ!」
「最後の効果、『刷り込み』の時間だ」
突然に佐々木先輩が、私の胸を思い切り掴んだ。
思わず一歩後ずさるも、先輩は顔色ひとつ変えずににじり寄ってくる。
私はたまらず大声をあげる。
「な、なにするんですか先輩っ!!」
しかし先輩は悪びれる様子もなく、私に再度近づいてくる。
「なにって、いつもやってることだろ?」
「えっ?」
「俺と南波は好き同士で、家に来たらいつもエッチする……そう、いつもやってることじゃあねえか」
「いつ…も…?」
いつもやってた?そりゃ、私と先輩は付き合ってて、私としてはそういうことをするのもやぶさかじゃないというか……。
「あ、あれ?でも、智美さんは……?」
智美さんも佐々木先輩のことが好きで、実際ふたりは付き合っていたはず。なのに、どうして私が先輩と……。
「あのときの約束、忘れちゃったの?」
「智美さん……って、秋仁くん?」
気づけば、秋仁くんは床で横になっていた。
「秋くんは少し疲れちゃったみたいで、今眠ったところ」
「そ、そうでしたか。なんだか体調が悪かったみたいですしね……」
寝顔を見る限り、そこまで大事には思えない。明日には元気になってるといいな。
「ところで智美さん、約束って……」
話を戻し、私は智美さんの言う約束について尋ねてみた。
「ほら、『私たちは佐々木くんを独占しない。ふたりで佐々木くんと付き合い、支え、ご奉仕する』って、前にそう決めたじゃない」
「えっ……でもそんなの、覚えが……んむっ」
突然私の唇に、佐々木先輩が重なった。
「んぅ〜っ!!」
「そうそう、そうやって佐々木くんと春香ちゃんは強引なキスから入るの。それで、春香ちゃんがぼんやりしだすまで舌を絡め続けるの」
智美さんが言うが早いか、先輩の唇から舌が突き出され、私のそれに絡まり始めた。
「んぅ〜っ!むぅ〜っ!!」
力の強い先輩を私の微力じゃ振り払えず、されるがままの時間が続いた。
どのくらい経っただろう。なんだか頭があんまり回らなくなってきたような、頭にモヤがかかったような、不思議な感覚。
「んぅ……ぷはっ……」
先輩が離れる。離れていってしまう。キスが名残惜しくて、今度は私から先輩に顔を寄せる。
なのに、横で見ていた智美さんが先輩との間に挟まってきた。
「独占はダメだってば」
「あっ……すみません……」
そうだった。私たちは、この至福のひとときを共有するって約束してたんだ。だったら、次は当然智美さんの番で……。
「落ち着けよ智美。南波の『刷り込み』は完了してねえ。悪いがそれが終わるまでは、しばらく南波のターンだ」
「……まあ、佐々木くんが望むんなら、私たちは従うしかないんですけどー……」
そういってしぶしぶ部屋の片隅に移動する智美さん。なんだかよくわからないけど……。
「私、まだ先輩と……その……」
「おう、まだまだやろうぜ。なんたって俺たち、付き合ってるんだからな」
私に熱い視線を向けてくれる先輩のその顔はとても凛々しく、私の気持ちを昂らせた。
火照った身体をすっと抱き寄せられ、そのままベッドに押し倒される。
慣れた手つきで私の服を剥がして、私を生まれたままの姿にさせる先輩。
そのたくましく男らしい手が私の肌に触れるたび、脳が沸騰するような錯覚を覚え、下腹部がじんわりと疼きだす。
「あっ……」
胸の突起を摘まれ、思わず嬌声が漏れる。
摘まれ、撫ぜられ、次第に胸全体を揉みしだかれていく。
その度に先輩の股間は膨らみを増し、立派な男性器へと変貌していく。
「南波のほうは……もうちょい仕上げとくか」
ほしい。ほしい。先輩のあれを私のここに宛てがえたなら、それはどんなに幸福なことだろうか。
自然、私は腰を前に突き出し、先輩の逸物を誘う。
なのに先輩は左手を出して私の股を弄り始める。
「わたし、先輩のあそこがほしいのにぃ……んあっ!」
思ってもみなかった強烈な刺激が私を襲った。それは痛みによるものじゃなく、身体が歓喜をあげる一種の快楽なんだと数瞬遅れて気づいた。
「んひゃっ……せんぱいぃ、そこ、いい……」
私の身体が、脳が、先輩の一手をひたすらに求める。この快感に勝るものなんて、もはやこの世に存在しないという確信を得る。
「っし、じゃあいくぜ」
そんな無知で愚鈍な私をあざ笑うかのように、先輩は自らの男性器を私の女性器に押し込み、私に新たな性の快感を与えた。
私の中で、女性としての興奮が、幸福が、この上なく高まる。
「んあっ!!……うあぁっ……」
こんなの、私はじめて。
はじめてじゃないはずなのに、こんな快感、味わったことない。
「うあうぁ……んぅっ……はっはっひゃ……」
先輩は止まらない。大きくて固い先輩のおちんちんが私の秘部を窮屈そうに出入りする。そこから生まれる快感に脳がパンクし、溢れた喜悦が嬌声になって私の口から漏らされ続ける。
私を掴む先輩の力が一段と強くなる。腰の振りが速く激しく、これまで以上の快感に視界が明滅する。
「さあ、フィニッシュだ……!」
「せんぱいぃっ!あんっ!しぇんぱいぃんああああぁぁっっ!!………………ぁぁ、えへへぇっ……」
これまでにないような、最高の絶頂が私を嬲り殺した。
汚れた自室を片付けた後、先輩は寝ている秋仁くんになぜか私の制服を着せていた。おかしなイタズラを考えるものだ。
というか、秋仁くんは小柄とはいえ、ちょっと無理があると思うなぁ。
……そういえば私たち、寝てたとはいえ秋仁くんのいるとこであんなことしちゃってたのか……なんだかすごく背徳感がある……。
「これでいいだろ。春香、このカメラで北条を撮ってやれ」
秋仁くんは私の制服を着せられたままベッドで横になっている。腕にはこれまた私のクマのぬいぐるみが抱きかかえてあって、なんだかぱっと見女の子みたいだ。
「はあ、先輩が撮れっていうんでしたら撮りますけど……」
なにがしたいのか分からないけど、言われた通りカメラを向け、シャッターを切る。
すると、目の前の秋仁くんが一瞬で女の子みたいになってしまった。
「えっ!?秋仁くんがなんか変身しちゃった!?なにこれっ!?」
「春香ちゃん、落ち着いて」
「……うっ……あれ?僕、寝ちゃってた……そうだ!佐々木先輩はっ!?」
「よう北条、いい夢見れたかよ」
「佐々木先輩っ!あんたっ……ん?なんだ、声が……?」
起きて早々、なんだかとってもわちゃわちゃしてる秋仁くんらしき女の子。長い髪がブンブンと揺れてとっても鬱陶しそうだ。
「お前ら、紹介するぜ。俺の3人目の彼女……北条亜季ちゃんだ」
佐々木先輩は高らかにそう告げて、困惑する秋仁くんに手を伸ばした。
×××
「あれ?」
長かった文化祭も終わり、片付けを済ませていた最中、あたしは見覚えのあるカメラをカバンから見つけた。たしか以前、佐々木先輩の家に置いてあった気がする。なんでこれがあたしのカバンに?
「あれ?亜季ちゃん、そのカメラなに?なんか古そうだね」
「たしか部活の先輩が持ってたやつなんだけど……ちょっと返しに行ってくる」
クラスメイトにそういって片付けから一度離席する。
階段を登っていくと、ちょうど佐々木先輩が目に入った。
……。
……。
……先輩、だよね?あれ。
「……ぷっ、くくくっ……!」
そういえば先輩のクラスの出し物はメイド喫茶だった。
男子は楽できるぜなんて調子のいいことを言っていた先輩。しかし先輩のクラスの女子たちは容赦なく男子を総動員していたらしい。
「似合わないなぁ、先輩ってガタイいいもんなぁ……そうだっ!」
面白いイタズラを思いつき、あたしはノリノリでキャピキャピしたポーズを取る先輩に声を掛ける。
「せんぱーい」
「ん?」
そして手に持っていたカメラを、メイド姿の先輩に向けてー。
はじめまして。孔明の罠と申します。
pixivより拙作の一部をマルチ投稿させていただきます。ハーメルンにいらっしゃる皆様の性癖を刺激することができたら幸いです。