新世界の第3村で、愛を育む二人(LRS) 作:ハル(LRS活動推進中)
未来への約束。
……次回、完結です!
第3村での生活を始めてから、4年の歳月が経った。
「おはよう、綾波。ご飯できてるよ」
朝の台所の用事を全て終わらせ、エプロン姿のまま、未だ布団の中にいる愛しの彼女に声を掛ける。
「ん……今日はお休み……」
彼女は朝が苦手だ。
いつも僕の方が早く起きることが多いので、彼女を起こすのが僕の日課になっていた。
「お休みでも、もう9時だよ?」
布団の横に屈み顔を近づけると、白い腕が伸びてきて頭を捕らえられた。
体勢を崩し、布団に倒れ込む。
横抱きの状態になり、唇を塞がれた。
「んっ……」
そのまま舌を絡め、されるがままに彼女からの要求に答えていると、片方の手が服の上から僕の身体に触れてきた。
胸から背中、そして腰と、その手を滑らせてくる。
「碇君、どうして服着てるの……?」
「どうしてって、お腹空いたから朝ご飯作ってたんだよ」
「……もう一回脱いで」
彼女からの要求。想定の範囲内だ。
ちょっと困ったように笑って答えてみる。
「昨日もあんなにしたのに?」
……と口に出してはみるけれど、嫌なわけがない。
彼女が休みの日は、いつも前日の夜から時間をかけてたっぷりと愛し合い、翌朝にもう一度するのがお決まりのパターンになっていた。
彼女は農作業と子供たちの世話で割と身体が鍛えられており、僕と比べると基礎体力があった。
僕の方の運動といえば……まあ、それは彼女と夜に一緒にするものなので、結局は僕の方が運動不足なのに変わりはない。
とはいえ、自分も年頃の健康な男性なので、何度求められても全く問題はなかった。
「しょうがないなあ、綾波は」
しぶしぶ承諾したように見せかけた台詞を言い、彼女の額にキスをする。
彼女は嬉しそうに微笑み、僕の胸に顔を埋めた。
「じゃああと一回したら朝ごはんだよ?」
「うん」
——二人で過ごす、幸せな日々。
繰り返す日々は平凡なものだったが、些細な出来事や日々の交流の中で、互いをより深く知っていった。
綾波はよく甘えてくるようになった。
本人曰く、僕のことを好きだと自覚してからは止められなくなった……らしい。
そういうことを率直に言ってしまうところも綾波らしいといえばらしいのだが、言われた時はとても照れくさかった。
彼女は元々素直な性格だったけれど、以前は感情というものを知らないだけだった。
負けず嫌いなところもあり、頑固なのは僕も同じなのでたまに口論をすることもある。
彼女は意思がはっきりしていて、言葉や表情で表すよりも態度に出るタイプだ。
以前より感情が明確に自覚できるようになったとはいえ、伝え方が不器用なところは変わらない。
言葉が足りないのも、たまにストレートに言い過ぎるのも、不器用故だ。
けれど、そんな彼女がたまらなく愛おしかった。
今日は前の日よりももっと彼女を好きになる。
多分明日はもっと好きになっているのだろう。
——そして、時折見せる寂しげな瞳。
その理由には心当たりがあるが、あえて触れないようにしていた。
その瞳に気付く度に、僕がずっと彼女の側にいて守り続けよう、という気持ちが溢れるのだった。
4年の間に、色々なことがあった。
僕は今、トウジの診療所に併設された食堂を経営している。
昼のみの営業なのだが、前日までに依頼をしてくれた人にはお弁当を作るサービスもしている。
前に綾波が言っていた「お弁当屋さん」が叶ったのだ。
18歳となるとこの村ではもう成人扱いで、自立した大人としての働きや責任も求められた。
他の村との交易インフラも整えられ、土地の復興もかなりのスピードで進んだので、食料の調達も4年前と比べるとはるかに潤沢になった。
村に来た頃は復興支援の手伝いをしていたが、手作業による復興作業が必要なくなり、働き手が増えたことで食堂などの施設も必要になったことから、村の人達の後押しもあり店を開くことになった。
とある事情で仲良くなった大工のおじさん達の手も借りながら、トウジの診療所である廃駅の一室をリフォームし、厨房を備え、小さいながらもそれなりに立派な食堂を構えている。
メニューはその日その日の食材の入手内容で変わるので、基本的に日替わりメニュー1つのみにしている。
けれど毎日違う献立で提供していることもあり、村の人たちからも良い評判を貰っていた。
平日と土曜は営業をし、日曜は休み。
昼は常連のお客さん達で賑わっていた。
夜は翌日の仕込みを済ませ、早めに帰宅して食事を作り、彼女の帰りを待つ。
綾波の方はというと、今は村の中心に新設された保育園で先生として働いている。
2年前、村の人口も増えて若い人たちが子供を産み一気に子供の数が増えたことと、女性の働き手も不足していたので、保育園の設立が望まれた。
そのときに、そこで働かないかと村の人たちから彼女に声がかかったのだ。
彼女は特に迷うこともなく
「……やりたい。子供、好きだから」
と答え、村の人たちに歓迎されて先生をすることになった。
帰りは遅めだが毎日充実しているようで、園での話もよくしてくれる。
トウジと委員長の子のツバメももう4つになり、その保育園に通っているようだ。
園では歌でお遊戯などもしているらしい。
何か歌ってよと言ったことがあるのだが、「嫌」と断られてしまった。
綾波の歌声を一度は聞いてみたかったのだけれど。
彼女は今でも髪を長く伸ばしていて、今は背中から腰にかかるくらいの長さにしている。
彼女の髪を毎朝結うのも僕の仕事の一つだ。
毎日違う髪型にして、可愛さの変化を楽しんでいる。
——そんな感じで、毎日充実した日々を過ごしていた。
他にもカヲル君との再会もあり綾波も含め色々なことがあったのだが、それはまた別の話で。
***
この村に来てから、4年が経った。
私も碇君も齢18になり、この村では成人として扱われている。
2年前、保育園を立ち上げる話があり、そこで働かせてもらうことになった。
子供は好き。
可愛くて純粋で、知らないことが沢山あっても一生懸命に生きている。
その成長の様子を側で見られるのが嬉しかった。
もしかしたらこれは、感情を知らなかった頃の私に対して碇君が抱いていた気持ちと同じようなものなのかもしれない。
碇君とは同棲を続けており、幸せな日々を送っている。
彼は身長も伸び、細身ではあるが背格好も以前より逞しくなり、声も低く男らしくなった。
流石に外では控えているが、家で二人の時はつい甘えたり触れ合いを求めたりしてしまう。
彼を好きだと自覚してから、その想いを止められなくなった。
そのことを彼に話したら、「僕はそんなに愛されてたんだね」と嬉しそうに笑ってくれた。
彼はみんなに優しくてみんなに好かれるのに、こんな私を好きと言ってくれているのが不思議でならない。
サクラさんや渚君も彼のことが好きだし、焦りや不安がないこともない。
私だけを見てほしい、私だけの碇君でいて欲しい……独占欲や嫉妬という感情も、初めて味わった。
けれど、彼が私を一番に大切にしてくれるのがわかるから、その気持ちも今は抑えられている。
あたたかな彼の手に指を絡めるのが好き。
優しい響きで私の名を呼ぶ声が好き。
熱く身体を重ね合うのも好き。
私には好きなものがたくさんできた。
彼と一緒にいると、好きなものがどんどん増えていく。
彼に対し、日を追うごとに"好き"の気持ちが大きくなっていく。
このペースで膨らんでいったら、10年後は一体どうなってしまっているのだろうか。
けれど、そんな10年後を想像できることが嬉しかった。
昔は、明日のことすら想像もできなかったのだから。
はじめての秋、村の人たちや碇君と一緒に稲刈りをした。
自分が植えた苗が成長し、それを刈り取り、食事としていただいた。
「育てる」楽しさ、嬉しさを知った。
『稲刈り、やってみたかった』
「私」の二つ目の願いは叶えられた。
そして三つ目の願い。
『好きな人と、ずっと一緒にいたかった』
……私は今、碇君と一緒にいる。
……でもこのまま、本当にずっと一緒にいられるのだろうか?
私を大切にしてくれているのもわかる。
好きだと思ってくれているのもわかる。
私はこれ以上彼に何かを求めているのだろうか?
*
あくる日の朝。
外は昨晩から雨が降り続いていた。
今日は土曜なので仕事はお休み。
ただ、何故か朝から身体がだるかった。
土曜の朝はいつも私から夜の続きを求めることが多いのだが、今日はそれをしなかったこともあり、碇君がかなり心配をしていた。
彼は今日も仕事なのだが、私用にお弁当を作り置いてくれた。
無理はしないでね、と優しい声をかけてくれる彼にいってらっしゃいのキスをして、玄関で送り出した。
だるいとはいえ寝込むほどではないので、家事をすることにした。
土曜の家事は掃除や平日に溜まった衣服の洗濯等だ。
いつも私が川に洗いにいくのだが、今日は雨なので明日に回そうと思った。
室内の掃除を終えて、図書館で借りた本を読む。
土曜は村を散歩したり農業を手伝ったり碇君のお店に顔を出したりすることもあるのだが、今日は身体が重いので家にいることにした。
一定の時間が過ぎ、立ち上がり、お手洗いに向かった。
そこで私は———自身の身体の変化を知ることとなる。
***
昼の食堂を運営しながら、今朝の綾波の様子が気にかかっていた。
彼女が朝求めてこなかったことにも驚いたが、いつも白く美しい肌が、今日はかなり青白く感じられた。
早めに帰って、何か体力のつくものでも食べさせてあげよう。
本当は今日、彼女に話そうと思っていたことがあった。
かなり前から今日に決めていたのだけれど、後で彼女の様子を見てから判断しようと思った。
*
朝降っていた雨も昼には上がり、夕暮れの爽やかな風が吹いていた。
食材を買い込み、家路に着く。
玄関を開けると、エプロン姿の綾波が食事を作っていた。
「おかえりなさい」
彼女は調理の手を止め僕の方に来ると、荷物を受け取り笑顔を向けてくれた。
「体調、もう大丈夫なの?」
「うん。少しだるかっただけ」
なんとなく嬉しそうな様子の彼女を見て、朝の体調不良は一時的なものだったのかとほっとした。
部屋着に着替え、彼女の手料理をいただいた。
土日はなるべく一緒に料理をするようにしていたので、彼女の料理の腕もかなり上がった。
まだ食材の切り方は歪で味も若干大雑把だが、手料理を振る舞ってくれるということがなによりも嬉しかった。
「ごちそうさま」
出された食事を完食し、手を合わせる。
お皿を片付けながら、彼女に提案をした。
「この後少し散歩に行かない?」
体調も大丈夫そうだし、今日伝えてもよさそうだ。
皿洗いを済ませてから、二人で出掛けることにした。
手を繋ぎ、夜の村を散歩する。
雨上がりの空気は澄んでいて、星が美しく輝いていた。
向かったのは、旧ネルフの第二支部跡地。
ここに来るのも久しぶりだ。
以前よりも足場が崩れており、月日の経過を感じた。
「……綾波。今日が何の日か覚えてる?」
「……うん。今日は……エヴァがこの世界からなくなった日。……私が、新しく生まれ変わった日。」
そう。4年前の今日、僕たちの運命が変わったのだ。
あれから色々なことがあった。
エヴァと共に生きていた日々に比べればそれはとても些細なものだったけど、生きて、様々なことを感じ、二人で乗り越えてきた。
これからもずっと一緒にいたい。
そして、一人の男として、ずっと彼女を守り続けたい。
その誓いを伝えようと思っていた。
まっすぐに彼女の方に向き直り、言葉を紡いだ。
「これからもずっと一緒にいよう、綾波。
つまり、その……僕と結婚してくれますか?」
彼女の紅の瞳が大きく見開かれた。
「……はい。」
その二つの宝石から涙が溢れ出る。
口元を押さえポロポロと涙を流す彼女の姿は、とても可愛らしく、美しかった。
「嬉しい……ありがとう……」
彼女の方に歩み寄り、彼女の腕ごと包むように抱きしめた。
4年前はほぼ同じくらいの身長だったが、今は僕の方が頭一つ大きくなり、彼女の頭を胸に抱いている。
「ありがとう、綾波」
少しの間の後、腕の中の彼女が口を開いた。
「……私からもお願いがあるの」
「ん?」
「私……子供が欲しい。碇君との、赤ちゃん……」
「え?でも前に……」
彼女はふるふると首を振り、下腹部に手を添えて答えた。
「私……子供を授かれる身体になったの」
「ほんとに……!?」
「うん」
「綾波……!そっか、よかったね……!!」
両手で彼女の手を取り、喜びを伝えた。
まだ子供ができたわけではないが、その可能性が生まれたというだけで嬉しい。
きっと、綾波の願いが届いたのだ。
己の境遇を受け入れながらも、望みを捨てずに祈り続けた彼女の願いが——。
「改めて……これからも末永くよろしくお願いします」
「はい。私からもよろしくお願いします」
二人で両手を繋ぎ、ニコニコと微笑み合った。
明日は二人とも休みだし、籍を入れに行って……トウジやケンスケ達にも報告をしなければ。
これからも忙しくなりそうだ。
満天の星空がきらきらと瞬き、僕達を祝福していた。
***
——碇君が、私に結婚を申し込んでくれた。
これは、プロポーズ。
未来への約束。
「好きな人と、ずっと一緒にいたかった」
「私」が残した3つめの願い。
実際に何十年も連れ添わなければ本当に叶ったと言えるかはわからないが、少なくともその未来を「約束」されたと言える。
彼とずっと一緒にいられるのだろうか?
私に愛想を尽かしてしまわないだろうか?
漠然と抱いていた不安が、彼の誓いの言葉で消えていくのがわかった。
約束などただの言葉でしかないのに、不思議。
その言葉が嬉しくて涙が溢れた。
昔の碇君の泣き虫が移ってしまったのかと思う程、私はよく泣くようになった。
でもそれは悲しい涙ではなく、嬉しい涙。
二人で月日を重ねる中で、それだけ沢山の嬉しいことがあったということ。
嬉しくて二人で涙する瞬間は、何ものにも代え難い程に幸せだった。
そして、ずっとずっと望んでいた、私自身の願い。
今日、突然初潮が来て本当に驚いた。
元の身体の造りが違うから絶望的だと思っていた傍ら、それでも碇君の子供が欲しいと願い続けてきた。
彼が私の胎内に精を吐き出す度に、このまま赤ちゃんができたらいいのに、と。
身体を重ねる喜びや幸せを感じると共に、望みが叶うことのない虚しさも心の何処かで感じていた。
だから本当に本当に嬉しかったし、早く彼に話したいと思っていた。
夜の散歩で旧ネルフ跡地に来て、ここで彼に話そうかと思った矢先に、彼からのプロポーズの言葉。
全く予想しておらず、不意の告白に驚きを隠せなかった。
今日初潮が来たのも、彼にプロポーズをされたのも、きっと何かの縁だったのかもしれない。
満天の星空の下、笑顔で向かい合う二人。
これからの未来に、希望が満ち満ちていた。
つづく