新世界の第3村で、愛を育む二人(LRS) 作:ハル(LRS活動推進中)
そして……
トウジの家で晩御飯を頂いた。
マリさんはトウジとも委員長のお父さんともすぐに打ち解けて、食後の乾杯をしている。
綾波はというと部屋の隅の方に腰掛け窓から外を見ていたので、僕もそちらへ移動して隣に座った。
「……綾波、だよね?」
「うん」
「初号機の中で、僕の事を待っててくれた……綾波」
僕の綾波、という言葉が出そうになったが抑え込んだ。
「うん」
真っ直ぐこちらに向けられた紅い瞳に捕らえられる。
ずっと会いたかった。
初号機の中で綾波の姿を見た時、その長い髪に驚いた。
サルベージされ、ヴンダーで目覚めてから色々あったとはいえ、自分が知覚している期間はそう長くない。
しかし実際に過ぎている年月は14年だ。
綾波はその期間をずっとひとりで過ごしていたのだということは、その姿から容易に理解できた。
少し言葉を交わしたけれど、あのときは「綾波をこの世界に返す」ことを優先し、想いを伝えることをしなかった。
もし想いを伝えてしまったら、綾波は僕を送り出してくれないと思ったから。
だから「僕もエヴァに乗らない生き方を選ぶ」「マリさんが迎えに来るから安心して」と、綾波を安心させるための"嘘"をついた。
自分を犠牲にすることで世界が救われるならそれでいいと思っていた。
でも本当はそうじゃなかった。
この世界に戻ってきたとき、最初に会いたいと思ったのは綾波だった。
「でも……」
綾波がぽつりぽつりと話し出した。
「でも、ここでのことも全部覚えてる。
ここで何をしたかも、ここで感じた気持ちも、覚えてる」
「……!!
そうなんだ……」
驚いた。
あのもう一人のアヤナミは消えてしまったのだと思っていたから、綾波がその記憶を持っていると聞いて少し救われた気がした。
「……ありがとう、綾波」
僕と父さんの仲を取り持とうとしてくれたこと、14年間も初号機の中で僕がエヴァに乗らなくていいようにしていてくれたこと、……沢山言いたい御礼があった。
「……うん。碇君も……ありがとう。
あのとき、私を助けてくれて」
綾波からの感謝の言葉。
ニアサードインパクトを起こしても助けたいと思っていた女の子。
彼女は今、確かにここにいる。
——無言で見つめ合いながら、数十秒が経過した。
なんとなく気恥ずかしくなり、視線を逸らしてしまった。
再度綾波の方を見ると、心なしか彼女の頬に紅が刺しているように見えた。
二人でいる時の沈黙など初期の頃に比べて気にならなくなっていたのに、今日は何故か意識してしまう。
何か話題を振りたい。
「あっ、髪……長いのも似合ってるね」
「あ、ありがとう」
先程よりもわかりやすく照れている綾波を見ることができた。
「でも今日、髪の毛洗うのちょっと大変だった」
「たしかに長過ぎるのも……切ってあげようか」
「うん、お願い」
「どれくらいにする?」
「碇君の好きな長さでいい」
「そ、そう?どうしようかな」
なんだか不思議なくらい平和な会話に、顔が綻んだ。
*
その日の夜。
僕はトウジと同じ部屋に布団を敷き、綾波とマリさんは委員長と同じ部屋で寝ることになった。
トウジのジャージを借りて布団に入る。
トウジは疲れていたのか、すぐに寝息を立て始めた。
なんとなく眠れない。
少し夜風にでも当たろうと思い、玄関の外へ出た。
扉を開けると、外のベンチに腰掛けた綾波が空を眺めていた。
「綾波、眠れないの?」
「ずっと眠ってなかったから……慣れてないの」
「じゃあ、少し散歩に行かない?」
「……うん」
一度部屋に戻って上着を羽織り、二人で歩き出す。
ニアサードインパクト後の地球は、再び地軸が変わってしまったらしい。
セカンドインパクト前とも違うけれど、また四季が戻って嬉しいと委員長のお父さんが言っていた。
地面は瓦礫が多く、足場が悪かった。
「あっ」
よろける綾波を抱き止める。
「足元気をつけて」
綾波の手を取り、そのまま手を繋いで歩き出した。
綾波のひんやりとした手が、きゅっと握り返してくるのを感じた。
***
あたたかい手。
碇君に手を引かれ、夜の村を散歩している。
碇君を通して他の人達との交流も増え、感謝の気持ちを抱き、それを伝えることもできるようになった。
碇君が、私を変えてくれた。
以前の私は「碇君と一緒にいるとポカポカする」この気持ちが何なのかよくわからなかった。
でももう一人の「私」がこの村で皆と過ごし、「好き」という気持ちがどういうことなのかを知った。
この村で再び目覚めて、自分の中の気持ちが繋がったのがわかった。
ポカポカする。碇君と一緒にいたい。
——それはつまり、「好き」ということ。
私が碇君に感じている好意はプログラムによるものだと、式波さんが言っていた。
それでもいい。嬉しいと思うから。
「私」はそう答えた。
もしかしたら、最初のきっかけはそのプログラムだったのかもしれない。
でも、数あるエヴァでの戦いの中で彼の優しさに触れた。
私の無事を知って涙し、手を差し伸べ、笑い方を教えてくれたこと。
作ってくれた食事がとてもあたたかく、おいしかったこと。
碇君にも私と同じようにポカポカして欲しいと思ったこと。
碇君が私を大切にしてくれているということが伝わってきた。
それを嬉しいと思った。
その全ては、碇君との交流の中で生まれた私だけの気持ち。
プログラムがなくてもきっと、私は碇君を好きになっていた。
だから、いい。
人に全く興味がなかった以前の私にきっかけを与えてくれた、そのプログラムに感謝さえする。
私は人形じゃない。
そして"ヒト"になれたことを実感した今、この瞬間に抱いている想いは紛れもなく私だけの心だ。
私が造られた存在だったことは事実。
けれどこの気持ちの全てがプログラムだったのなら、この世界に帰ってきた時点でこの気持ちも消えていた筈だから。
だから確信する。
——私は、碇君が好き。
***
散歩の終着点は、旧ネルフの第二支部跡地。
ここはアヤナミとの思い出の場所。
だが彼女が消えてしまった場所でもある。
「ここでのことも、覚えてる?」
「うん。私じゃない私……でも、私だった」
好きだと言ってくれたことも、自分の目の前から消えてしまったことも、自分だけの思い出ではない。
あのときはショックが大きかったけれど、あの綾波も今の綾波の一部になったのだと思うと、自然に受け入れられている自分がいた。
「ここで綾波が消えちゃったとき、僕は何回綾波を失わなきゃいけないんだろうって思ったんだ。
さよならって……いつも綾波はそう言って僕の元から去ってしまうから」
そう。何度も綾波を失ったことがある気がする。
自分の知らない記憶の中で、何度も、何度も。
辛い記憶を思い出して俯いた僕に、綾波は優しい声で言った。
「さよならは、また会うためのおまじない」
「え?」
「洞木さんが教えてくれた」
「……そう、だったんだ」
きっとあのアヤナミは、また僕に会えると信じていたからあの言葉を言ったんだ。
そう思うと、少し心の重りが小さくなったような気がした。
「碇君」
「ん?」
「碇君に伝えたいことがあったの」
大きな月が周囲を明るく照らしていた。
綾波の青みがかかった銀色の髪は、月明かりをキラキラと反射し、とても綺麗だと思った。
「私は、碇君のことが、すき」
ハッと息を呑む。
ゆっくりと、そしてひとつひとつ丁寧に紡ぎ出されたその言葉が、僕の中へ染み渡っていった。
—— 14年間僕を待ち続けてくれた、僕が助けた僕の綾波が、僕のことを好きと言ってくれた。
「……ありがとう、綾波」
自分と同じ想いを持ってくれていたことを嬉しく感じ、あたたかいものが心を包み込む。
どこかで、どうかそうであってほしいという願いもあった。
誰かから告白されたり、自分から想いを伝えるときは心臓が高鳴るものだと思っていた。
今は不思議と落ち着いた気持ちで綾波の言葉を受け入れることができ、僕も言葉を繋げた。
「僕も……綾波のことが好きだ」
笑顔で言葉を返す。
「碇君……」
綾波は少し目を丸くした後、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
月明かりの下でもハッキリとわかるほどに、頬が赤らんでいる。
可愛い、愛しい、触れたい。
色々な想いが膨れ上がり、思わず引き寄せ、抱きしめた。
ふわふわとした柔らかな髪が指に絡む。
この長い髪は、綾波がずっと僕の為に頑張ってくれていた証なのだ。
「綾波……」
自分の背に、綾波の手がそろそろと回される。
「いかりくん……私、碇君といっしょにいたい」
「……うん」
「……碇君といるとポカポカする」
「……うん」
「……好き」
「……うん。ずっと一緒にいよう、綾波……」
無言のまま、しばらく抱き締め合った。
——腕の力を緩め、顔を覗く。
紅い瞳が小さく揺れながらこちらを見つめ返していた。
「碇君……」
「……綾波」
静かに、二人の唇が重なった。
——数秒唇を触れ合わせ、顔を離す。
ドッ、と突然心臓が高鳴った。
今…… 綾波とキスをしてしまった。
想いを伝え合って、抱きしめて、キスまでしてしまった。
やっとその行為が自分のものとして実感が湧き、自分がしたことの恥ずかしさに狼狽えた。
「あっ……えっと……」
何を言ったらいいかわからない。
さっきまであんなに落ち着いていたのに。
急に僕が真っ赤になったからか、綾波がきょとんとした顔でこちら見ていた。
「碇君?」
「ごめん、ちょっと……急に恥ずかしくなってきた……」
顔をそらし、湖を見ながら深呼吸をする。
(唇、柔らかかったな……って、ずっと一緒にいようなんて、まるでプロポーズじゃないか…!)
相変わらず横から注がれている視線がまた恥ずかしい。
——だが、その状況に更に追い討ちをかけられることになる。
「キス……してくれて、嬉しい」
「ありがとう」
綾波はこんな甲斐性無しの自分に向かって微笑んでくれたのだ。
「うっ、」
可愛い。たまらない。
何度でも抱き寄せてキスをしたい。
そんなことを再び思っている自分に呆れた。
「あああ〜〜」
顔を隠しながら、そのまま地面に仰向けに倒れた。
「どうしたの?」
「いや、もう、綾波が可愛すぎて……ダメだ……」
自分でももう何を口走っているのかわからなくなっていたが、あのまま見つめ合い続ける度胸はなかった。
顔を覆う掌の隙間から、満点の星空が見えた。
「見て!綾波。星が綺麗だよ」
我ながら上手く話題を逸らしたと思った。
天体についてはかなり詳しい方だ。星座の話でもして話題を変えよう。
手を広げて伸びをしたその時、ぽすっ、と肩の辺りに重みを感じた。
(?……綾波の頭?これってまさか腕枕の体勢!?)
全身が緊張し、こわばる。
(抱きしめることは何度かしたけど、腕枕なんて……まるで恋人同士じゃないか!いや、もう想いも伝え合ってキスもしたし、恋人って言えるのか?)
そんな思考がぐるぐると頭を回り、わけがわからなくなっていた。
「星、綺麗」
僕の胸と肩の間にきれいに収まっていることを気にもせず、綾波は星空に手を伸ばす。
(綾波は純粋に、なんとなくこの辺りが頭の収まり心地がよさそうだったから、なんとなく乗ってきただけなのかもしれない。きっとそうだ。深い意味はないだろう……)
高鳴る自分の心臓を落ち着かせるために、無駄な考えを巡らせる。
「碇君」
綾波が体勢を変え、顔をこちらに向けた。
吐息さえも感じる程の近い距離で、僕を見つめていた。
体を横に向け、両手を顔の横に……というより僕の胸元に重ねて乗せている
「な、なに?」
「私、ずっと……碇君の側で眠りたかった、の……」
綾波はそう言うと、目を瞑ってすぅ、と長く
息を吐いた。
続く、すぅすぅという静かな音。
「あ、綾波?」
(まさか、寝てしまった……?)
緊張している自分とは裏腹に、綾波は安心して眠りに落ちてしまったようだ。
それにしても顔が近い。近すぎる。
色素の薄い長いまつげが、自分の顔に触れそうだ。
この体勢を変えることもできない。
(今何時だ?これ、もしかして朝まで目覚めないんじゃ?)
(朝帰りしたらトウジやマリさんに色々言われそうだな……)
などと考えながら綾波の整った顔を見つめ続け、眠れない夜を過ごした。
つづく