軽度の暴力表現を含むため、一応R18指定。
可哀想で健気で従順なイアちゃんと、愛の欲望が歪んでしまったゆかりさんのお話です。

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※ピクシブにも投稿してます。
字下げ出来てません、あしからず。


燻る紫煙と、白磁の灰皿

 

ッフー……、と吐き出した紫煙が、ゆっくりと空に昇って消えていく。その様子を、心ここに在らずといった無表情な結月ゆかりがボーッと眺めていた。

午後を回った閑散とした住宅街。建ち並ぶアパートの一室にて。

風はなく、さんさんと照る太陽がベランダをぬるい温度で満たす。ゆかりは額にじんわりと浮かんできた汗を手の甲で拭いながら、味気ないフィルターを口に含んだ。

そんな彼女の背後からケホケホと咳き込む音が聞こえてきて、意識が急速に現実に引き戻される。

振り返れば、埃を被ったギターの横で体育座りする、白く輝く長髪を畳に散りばめた同居人の姿があった。ゆかりは煙草を持った手をなるべくベランダの外に出しながら、彼女に謝罪した。

 

「あ、すみませんイアちゃん!窓を閉めるのを忘れてました……。煙がそっちにいっちゃいましたね」

 

「うぅん、大丈夫だよ。……けほっ」

 

言葉とは裏腹に、その端正な顔を苦しそうに歪める同居人、イア。目尻には涙が溜まっていて、明らかに煙草の煙が彼女の身体を蝕んでいた。

 

「……」

 

ふと、ぬるい気温が心地良くなるような気がした。

 

イアの無理にはにかんだ表情、自分が苦しいのにコチラを気遣う言動、煙のせいで落ち着かない様子の佇まい。

それらが得も言えぬ快感となってゆかりの胸の内を刺激し、気付いたらそんな彼女を手招きしていた。

 

「…………イアちゃん、ちょっとコッチに来てください」

 

「ん?なに、ゆかりさん?」

 

それは、魔が差したと言うのだろう。

名前を呼べば顔を綻ばせて寄ってくる愛しの伴侶、イア。

そんなかけがえのない彼女を迎えるように、こちらも立ち上がり室内に入って窓を閉めると、ゆかりは唐突に煙を含んだ吐息を吹きかけた。

 

「わっ!?っけほ、けほ!」

 

勢いよく煙を被ったイアが先ほどより激しく咳き込む。何をされたのか直ぐに理解出来なかったイアの顔が「?」で溢れ、瞳が大量の涙の膜で覆われてポロポロ零れた。

それを見たゆかりは、背筋にゾクゾクと明確な快感が駆け上がってくるのを感じた。

 

「っふふ」

 

ゆかりは、思わず嗤っていた。イアの苦しむ様を見て何が可笑しいのか自分でも分からない。けど、嗤いを止めることが出来なかった。

その笑い声を聞いて、イアの頭はいよいよ混乱を極めた。

 

「???、っゆ、ゆかりさ……なんで……ッ」

 

「イアちゃん」

 

イアの縋るような瞳に向けて、ゆかりは熱い抱擁を交わした。イアは一瞬ビクッとしたが、直ぐに表情を緩めてその身を彼女に預けた。

数十年以上これまでの人生を共に歩んできたのだ、お互いの信頼は非常に厚い。

が、今日のゆかりの愛情は屈折していた。

イアの肩越しに煙草を一口吸うと、抱擁を少しだけ解いてイアと顔を見合わせた。

潤む無垢な碧眼と、乾いた菫色の瞳が交差する。

どちらからともなく顔が近付き、その上唇が触れ合った。より密接するために互いに口を開くが、そこでイアの目が見開かれた。

 

「ッンん……ッ!?」

 

開かれた口内。ゆかりの口に充満していた紫煙が、イアの口を、喉を、肺を這い回って侵していく。

煙による息苦しさから逃れようとするが、背中に回されたゆかりの腕に捕らわれてそれは叶わない。イアはギュッと瞑った目尻から、静かに涙を流すことしか出来なかった。

たっぷりと口付けが施された後、ようやく離された唇。イアが勢いよく咳き込む中、ゆかりは「はぁ……」と妖艶なため息を吐いた。

 

「ゆかりさん……、ケホッ……私、煙草は本当に、ダメって……」

息も絶え絶えなイアが縋るようにゆかりを見上げる。

病弱なイアに煙草の煙は想像以上にキツく、本当は副流煙だけでも限界だった。

無論ゆかりもその事を知っているのだが、知っているからこその暴挙だった。

 

「ごめんなさいイアちゃん、本当に悪いと思っています。……でも、今日は私、今日の私はおかしいんですっ。その、イアちゃんが苦しそうにしている姿があまりにも……っ我慢が!」

 

言葉はそれ以上続かなかった。ゆかりは再び煙草を咥えて吸うと、その口でもう一度唇を合わせた。

ゆかりから口移しで移される毒素がイアの身体を再び侵していく。イアは抵抗らしい抵抗も出来ず、四肢がビクビクと痙攣して力なく垂れた。

 

 

 

──それからどれくらいの時間が経っただろう。

室内には煙草の乾いた匂いと、どろりとした甘い匂いが充満していた。

目を爛々と妖しく輝かせるゆかりと、対照的に焦点を失った虚ろな瞳のイアはまだ抱き合っている。互いに全身から汗が噴き出し、触れ合う肌の境界が曖昧になってくるようだ。

口の端からよだれを垂らす生気のないイアを見ては、ゆかりの嗜虐心がふつふつと際限なく溢れてくる。

その溢れた心は、更なる欲望を口に出した。

 

「イアちゃん、……舌、出してください」

 

ピクンと反応したイアが、ゆっくりとその口を開けていく。恐る恐ると口外へ出てくる真っ赤な舌が、真っ白な肌の雪原にとてもよく映えた。

涙を流しながら自分の言葉に従う彼女に、ゆかりの充足感が満たされていく。

だがまだ足りない。この美しい顔をさらに歪ませてやりたい、という感情に支配されたゆかりが次にとった行動は、イアが目を見張るものだった。

仄暗く燃ゆる先端。灰と化しながらも熱く燃えるその先端が、イアの舌に近付けられたのだ。

背筋にゾッと冷たいものが走るイア。反射的に顔を背けようとしたが、逃さないとばかりにゆかりの指が舌の先端を摘む。「ぇあっ」と喉から声にならない声が出た。

 

「っはぁ……っはぁ……!……逃げないでください、いい子ですから……ッ」

 

荒い吐息のゆかりが上擦った声を上げる。その気迫に飲まれたイアは、もはや目を瞑ることしか出来なかった。

抵抗しなくなったイアの柔らかい舌。その少し湿った真っ赤な皿に、ゆかりは震える手で煙草の火を落とした。

じゅっ、と水気が蒸発する。

 

「〜〜゛ッッ゛!!!!!!!」

 

声にならない悲鳴が静かな部屋に響くようだった。

痛み、苦しみ、困惑と様々な感情がイアの表情を駆け巡る。

それを見たゆかりの心はスッカリ満たされ、たまらず愛おしそうにイアの体を掻き抱いた。

 

「愛してます。愛してますよ、イアちゃん……!」

 

「…………っぐす」

 

歪んだ愛の告白の返答は、胸の中から響いてくる啜り声だった。それを聞いてハッと我に返ったゆかりは、直ぐに抱擁を解いて謝った。

 

「ご、ごめんなさいイアちゃんッ、舌……熱かったですか?」

 

正気に戻ったゆかりが心配の声をかけるが、イアは黙ったままだ。俯いた彼女の喉がごくっ、ごくり、と何回も唾を飲み込み、ゆかりも緊張から喉をゴクリと鳴らした。

「い、イアちゃん……?」

 

「…………」

 

名前を呼ぶも反応はない。困ったゆかりはオロオロと狼狽するばかりだった。

 

「…………ゆかりさん」

 

しばらく時間が過ぎて、ポツリとゆかりの名が呼ばれた。「は、はいィ!?」と裏返った返事をしたゆかりに、ゆっくりと顔を上げたイアが目を合わせて霞のような言葉を零した。

 

「……大丈夫だよ、ゆかりさんは、大丈夫。まだまだこれから、いっぱいの人に楽しい音楽を作って、それから……っ」

 

それは、励ましの言葉だった。

碧い瞳の中にハッキリと怯えの色を滲ませながらも、彼女はニッコリと笑顔を作ってみせたのだ。

その顔を見た瞬間、ゆかりは自分がイアの心に深いキズを負わせてしまった事に気付いた。

 

「ごめ……ッ、本当にっごめんなさい!!イアちゃんを傷付けるつもりはなくて!っその、出来心というか、なんというか……っ」

 

弁解しようとするゆかりだが、しかし苦しむイアに興奮した事実は覆せない。今も傷付くイアを見て内なる自分が醜く喜んでいるほどだ。

そんなゆかりの心境を知ってか知らずか、イアはか細い声で言葉を続けた。

 

「大丈夫。私は何されても、ゆかりさんの事が好きだから……。ゆかりさんが望むなら、私が出来ることならなんでもするよ?」

 

「ッ!!」

 

イアのその発言は、麻薬にも似た甘美となってゆかりを貫いた。灰皿として扱ったにも関わらず、この健気な反応……。

ゆかりから理性を奪い去るには充分過ぎた。

気付けば、ゆかりは震える声で口走っていた。

「……っなら、今日からイアちゃんは私の灰皿です。私はもうベランダに出ずにここで吸いますので、イアちゃんは私の隣で口を開けて待ってて下さい」

 

「……ッッ、は、い……」

 

昨日までは誰に話しても自慢出来る関係だった。だが今日、この一本のシガレットを境に、二人の関係は誰にも話せない秘密の関係へと変貌してしまった。

 

「愛してます、イアちゃん」

 

「……私も、好きだよ、ゆかりさん」

 

二人の口から述べられた愛は純愛か、それとも──……

 

 


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