息子が遠ざかる。
精一杯の強がりと愛情をみせながら立派に旅立っていく。
我が手を離れて一人で運命が待つあの都市へと向かっていく。
本当に。
本当に間違っていないのだろうか。
愛しい息子。
そう呼べることがあの子が与えてくれた何よりもかけがえのない贈り物のはずだ。
それさえあれば他に何もいらない。
なのに。
なのに死ぬゆくだけのこの身の願いのためにあの子を死地へと送りだすというのか。
今ならまだ間に合う。
馬車を追い、行かないでくれと願い、危険から遠ざけて二人で暮らせばいい。
二人でなら決して貧しい暮らしを送ることはあるまい。
ましてもう先がないこの身は足手まといになる時間すらないはずだ。
そう。
そうなのに息子に託すというのか。
──嘘までついて。
「ごふぅっ」
黒い。赤くもない。
臓物を丸ごと吐き出したような、溜めこんだモノが溢れだす。
あの子の前では、と抑えに抑えたモノが決壊した。
先程まであの子が立っていた場所を黒い濁流が染め上げていく。
腹の内が全て吐き出されたような、そんな感覚になったころでようやく落ちついた。
倒れたまま、吐き出したモノを眺め、立つ力もない。
ああ。
ああもう手遅れだ。
もうあの子を連れ戻す力もない。
妹よ。許してくれ。
私はあの子を、お前の子を、私の息子を危険すぎる旅に送りだしてしまった。
そうあの子に決断させてしまった。
きっと。
きっとお前なら止めたのだろう。実の母のお前なら。
つまるところ私はあの子の母になる資格がなかったのだ。
母であるなら止めて当たり前なのに、私は一度も止めはしなかった。
──最後の英雄になる。
最後の後悔をあの子が晴らしてくれると、あの子が私に見せてくれた希望の灯火にかけてしまった。
あの子の背中を押してしまった。
抱きとめて、引き寄せて、行かないでと言わなければならなかったのに。
──待っているなどと嘘をついてまで。
きっとあの子は手紙を書くだろう。
どこのファミリアにはいり、友達ができ、ライバルができた、好きな人ができたと教えてくれるだろう。
だが、それを読む私は、もういないだろう。
「い、ぁ、だ」
そんなの、いやだ。
約束したんだあの子に。
迎えを待つと。
英雄になったあの子が、私をヒロインにしてくれるその日まで。
生きると。
「べる……ッ」
──死んでたまるかぁっ。
地面に指が喰い込む。
起き上がろうと力を込める。
起き上がれない。
立ちあがれない。
震えてはその場に倒れる。
でも諦められない。
あの子のために、生きたい。
もうこの身はあの子のものなのだ。
勝手に死んでいいわけがないっ。
「べルぅっ!」
立ちあがれ。
最後まであがけ。
「はぁ、はぁ、はぁはぁ……私は生きる」
生きて必ず、お前を待つ。待ってみせる。
最後の英雄に相応しいヒロインに私はなってみせる。
◇◆◇
最後の倉庫にまで追い詰められて、もうあとがないと悟るしかなかった。
オラリオの外のファミリアを、冒険者を舐めていたわけではない。
もう魔法どころかろくに身体が動かない身だ。恩恵を持たない兵士にすら警戒しなければならない。
緻密に考え、必死に行動した結果だ。
その結果としてもうあとがなくなってしまった。
「みつけたよ! って……病人?」
活発そうな小娘が雑音を響かせる。
一言で黙らせたいのにその一言すらもう発する余裕がない。
僅かばかりの特効薬で繋いだ時間はもう切れかけていた。
「酷い吐血だな。……おまえ、それが原因か?」
雑音が集まってくる。
耳障りにもほどがある。
小娘どもの集まりに追い詰められてしまったことが無念でならない。
「……【ご、ゴフゥッ!?」
「うわ! 無理しちゃだめだよっ」
「よせ! 近寄るな」
「なんで! 重病人じゃない!」
「……手負いの獣だ。あれは。近寄れば喰われるぞ」
リーダーらしき小娘が駆け寄ろうとする小娘を引きとめている。
まったくもって鬱陶しい。よってたかって近寄ればいいものを。
攻撃と呼べるような動作をできるのはおそらく、あと一度。
一つの動きで全員を殺せるほど近寄ってくれれば。
「ッ!? あの、目」
小娘どもが怯えたように距離を置く。
失敗した。もう力のない病人を装うには無理がある。
殺意を隠しきれなかった。
必死さが必殺を映しだしてしまった。
もう、魔法に頼るしか、ない。
「【g」
言葉にならない。
一言も発せられない。
もうこの身体には魔法を発するだけの体力がない。
一言呟けば一掃できると分かっていても、とても、もう、無理だ。
(諦めて、たまるかぁ……死んで、たまるかぁ!)
魔方が駄目なら、物理だ。
立て。
立ってくれ、私の身体。
そう幾ら念じても、腕が地面を押してはすべり身体を黒い血溜りに落とし続ける。
もう立つ力はない。
なら、魔法だ。
「【……!」
身体が拒否反応を起こしたように痙攣した。
声がでない。
当然だ。もうなにも残っていなかったのだから。
でも、諦めるわけにはいかなかった。
必死に起き上がろうと身体を動かし、それが無理だと思えば魔法を唱えようと試み続ける。
どちらももう無理だと、分かってはいても、認めはしない。
あの子のヒロインとして、ここで死ぬわけにはいかない。
「なにが貴女にそうさせるのだ? 美しい子」
朦朧としていた意識がとても綺麗な声に引きもどされる。
うっすらと目を開くとそこには月の女神が立っていた。
小娘たちの制止を聞かずに側に寄ってくる。
好機だった。
この女神を殺せば恩恵をなくした小娘どもならどうにかなるかもしれない。
…………?
どうにかなるかも、しれない? 本当に?
(馬鹿め。どうにかなるはずが、ない)
もう恩恵のあるなしじゃない。
もう子供にだって抗うことはできない。
もう……助からない。
身体から力が抜け落ちていく。
するとどうしたことか、言葉を紡ぐことができなかったはずの口から想いが溢れてきた。
「わた、しは、いきなきゃいけない……あの子の、ために、生きなきゃいけないん、だ」
「大切な人のために、生きることを選んだのかい?」
「あの子の、手紙を、よん、であげたい……むかえを、まって、あげたい」
「そう、か」
もはや想いすら溢れ出てこなくなる。
何一つこの身に残ったものはない。
全てを出しつくした。
そんな身体に、背中に、熱い何かが流れ込んできた。
目が自然と開く。
自分を抱きかかえる月の女神がその神血を注いでいる。
「貴女のことは知っている。ヘラの子。その身が受けている呪のような病のことも知っている。だからこれは意味がないことかもしれない」
なに、をして……。
「だが、アルフィア。私は君の愛する者への想いにかけてみたい。君の中にある可能性にかけてみたい。私と契りを交わして、最後まで抗ってみないかい?」
抗う。
「なら、共に抗おう。私の新しい子供。私の名はアルテミス。暗闇の中に光を注ぐ月の女神だ」
◇◆◇
一閃。一閃。一閃。
鬱陶しいだけの雑音をこの世から消してまわる。
その数と同数の刃を振るい終わり声をかける。
「小娘ども、終わったぞ」
「すっごーい。アルねえ!」
「いつもながら一人で……すごいですぅ!」
「流石アルねぇさんだ」
「黙れ騒がしい。口を閉じて後始末をしろ」
わちゃわちゃと駆け寄ってくる小娘どもを指先で払いのけてその場をあとにする。
向かう先は主神のところだ。
「御苦労さま。アル」
「終わったからほどきにきてやったぞ。アルテミス」
「そうだね。ぜひともこの縄を解いてほしい。そして私の弓の的になってほしいな」
「ごめんこうむる。そもそもファミリアの主神たるもの、前線に立とうとするな」
魔物の住処を狩りに行くぞと依頼を引き受けてきたのはいい。
依頼の内容に文句はないが、誰よりも先に主神が狩りに行くなといいたい。
「アルテミス、貴女になにかあればこの背のスキルに関わる。効果がきれてしまえばすぐにでも死んでしまう身だ。そういう子供がいると自覚しろ」
「う~ん……はーい。わかったよ。アル」
「わかってないだろう。まったく」
「分かっているよ? これを見せればアルの機嫌が良くなると」
自由の身になったアルテミスが差し出してくる束になった手紙の塊。
それをひったくるように奪う。
「……お前、いつ受け取っていた?」
「お前呼ばわりかい? 依頼を受けた村でだよ」
「手紙はすぐに渡せと言っているだろうが」
「ゆっくり読んでもらいたくて。先に仕事を済ませようかと」
ふん!
あいた!?
ゴチンと容赦のない拳を女神の頭に落し、手紙を眺める。
手紙を受け取れる。この幸せがいつまでも続きますように。
そう願って再度主神を縛りつけながらアルフィアは同じ【アルテミス・ファミリア】の仲間たちをせかすべく歩み始めた。
落ちついた場所でゆっくり手紙を読みたかった。
英雄の門出その2 おわり 続く?
お読みくださりありがとうございます。
妖精の巣にてアンケートをとったら、なぜか一番最初に10票をいただいた英雄の門出の続きみたいなものです。
ちょっと垂れ流す感じのまとまりが悪い、つたないものになりますが、こんな感じの流れでアルフィアさんが生存している世界線になります。
本格的に続きを書くかどうかはまた考えます。
よければご感想をくださいです~~。
ほんと励みになりますので。