<大野一郎の視点>
人が密になりにくい、かなり大きな公園。子供をつれた母親達や、デート中の大学生の男女、仕事の合間(さぼり)に訪れたサラリーマンなど様々な人が訪れている。大きな遊具に図書館なども併設された施設の顔を持つ公園。
そんな公園であっても人気のない場所はあるもので、遊歩道から少し反れた場所に小さく開かれた空間。そこに都会の喧騒から切り離されたようなベンチが一つポツンと存在している。
夕暮れまではまだ間がある時間帯。普通の社会人であれば仕事に取り組んでいないといけない時間帯。そんな時間にも関わらずベンチに一人座っているのは、40代を超えた中年男性。服装は着古したジャージにTシャツという恰好。
薄くなった頭髪、大きくなった額には皮脂が浮いている。顔立ちは頬や唇、瞼が腫れぼったく、恵まれた容姿とはお世辞にも言えない。それに見合ったような中年太りの体系が悪い意味でマッチしている。
この中年男性こそが掲示板で話題の主、ドラム缶♂こと大野一郎である。一郎とあるが兄弟はいない。一人っ子である。そんな男が落着きなくキョロキョロと周囲を見回している。そしてスマホで時間をちらりと確認する。そんな行動をもう10分以上も繰り返している。
「こないな~」
「道に迷ってるのかな?」
「もう少しだけ待ってみよう…」
そう独り言を何度も口にする。チラリとスマホを確認すれば約束の時間から20分もとっくに経過していた。時間がたつにつれて独り言の中にため息がまじる。さすがに鈍感(ある意味純粋)な一郎であっても不安と疑念が心の中で大きくなっていく。
「また騙されたのかな…はぁ」
時間はさらに経過する。約束の時間から小一時間は経とうとしていた。汗がTシャツにしみ込み汗染みが目立つ。肌に生地が貼り付けば、だらしない体系がより強調されてしまう。
騙されたのだろうという気持ちが一郎の心の中の大半を占めるようになっている。騙されることには慣れている。そんな一郎であっても傷つくことには変わりはない。しかも、慣れないこともある。それは自分の生活の一部となっている掲示板。そこで馬鹿にされることには今でも慣れない。
「また馬鹿にされるなァ…」
「今度こそ皆をアッと言わせられると思ったのにな…」
一郎は住人たちのことが嫌いなわけではない。むしろ認めてほしいという気持ちが非常に強い。いつも自分に歓びを与えてくれる掲示板。いくら馬鹿にされようと、その住人たちを嫌いにはならない一郎。
しばらくの間うなだれるように一人ベンチに座っている。そんな一郎の耳に小気味のいい足音が聞こえてきたのは、そろそろさすがに帰ろうかと思い腰を浮かそうと脚に力を込めた時だった。
一郎は足音の聞こえたほうへ勢いよく顔をあげる。そこには制服姿でこちらへと歩いてくる一人の女の子がいた。そして視界に入った女の子の容姿に思わず見とれてしまう。
黒髪を背中に伸ばし、風になびかせる姿は一郎が理想とする大和撫子のよう。そして一郎のほうを女の子が一瞥した(ように見えた)。
その瞬間、いてもたってもいられなくなった一郎。急に立ち上がる、ずっと座っていたために脚がもつれそうになるのを必死でコントロールする。その無様な様子で女の子の前に駆け出していた。
普通なら一時間も過ぎて待ち合わせ相手がくるとは思えない。条件だってすこしでも考えれば異常だと思える内容。一時間も悩み考える時間があったのだから、いまなら一郎にだって無謀な待ち合わせだったことは理解できている。
だけど「もしかしたら…」そんな微かな希望に縋りつくようにして女の子に、不安そうにしながらも声をかける一郎。
「あ、あの……こんにちは~」
本来なら交わるはずのない二人の人生…それが運命の悪戯により交わることになる。あまりにも情けない声で縋りつくような挨拶によって…
<藤堂未来の視点>
藤堂未来(とうどうみく)は授業が早く終わったこともあり、塾までの時間をどうつぶそうかと考えていた。図書館に行こうかとも思って塾よりも手前の駅で下車する。
図書館に歩みを進めていたはずなのに、ふとした思い付きでルート変更をする。そんな思い付きの行動が、自分の人生を大きく変える選択になっているとは今の未来には気づきようもない。
気温は季節外れに高い。だというのに未来の様子は涼し気で、背中にまで伸ばした黒髪はサラサラときめ細かに風になびいている。太陽光に反射してきめの細かい頭髪が天使の輪を作れば艶の良さも見て取れる。
少しレトロな印象を与えるデザインのセーラー服は衣替えが済んでいるために半袖であり、それも涼しげな印象をより強くしている。
制服から伸びる手足はスラリと細く、背は同年代の中では高めなのでよりスタイルがよく見える。スカート丈は今どき珍しく膝丈と長めで、制服も奇麗な折り目がついている。真面目で清楚な雰囲気が制服の着こなし一つ見ても感じられ、胸は少し小さ目だけど形はとてもよく見える。
睫毛は長く、まぶたは二重、鼻筋は奇麗に通っている。可憐な桜色の唇に、瞳はクリッと大きく愛らしい。10人いれば10人が美少女だと認めるような正統派の美少女。そんな未来ではあるけれど、女子校育ちということや周囲の人間関係に恵まれたこともあって自分の魅力に対してはかなり無頓着なところがある。
自由気ままに公園を歩くのは思いのほか楽しいもの。整備された道、そのわきにあるオシャレな街灯。広い芝生には多くの子供たちが遊ぶ遊具が大小さまざまで数もあって活気がある。高齢者のご夫婦なども散歩を楽しみ談笑している。
そんな光景にどこか普段自分のいる環境との違いを感じて心が不思議とチクリと刺激される。学校では皆が規律正しい生活をしている。塾にも通い将来に向けての知識と教養を毎日のように学ばせてもらっている。それは恵まれた環境でもあるけれど、未来自身も気づかないような窮屈さがあったのかもしれない。
しばらく人々の営みを目にし、耳にした未来の脚は遊歩道に向けられる。ちょっとした喧騒から離れるように公園の奥へ奥へと脚を進める。チクリとした胸の奥が喧騒から未来を遠ざけたのかもしれない。脚は何かに導かれるように自然と進んでいく。
草木が背を徐々に高くして、まるで人の侵入を拒絶しているようにも思えた道。そんな道を普段の未来なら好き好んで歩くことはなかったように思える。その先にすすめば急に空間が開ける。その空間に脚を踏み込んだときに未来は不思議な感覚にとらわれる。
そして不思議そうに視線をさまよわせると、ポツンと寂し気な様子で設置されたベンチ、そこに一人の中年男性が座っているのが目に入る。目があったような気がした。
あまり身なりのいい感じではない中年男性のいる空間。なのに自然と脚がその中に進む。引き返すでもなく、さらに空間の中へと進むことになる。遊歩道はここで行き止まりになっている。なのに何かに背中を押されるように空間の中に入り込んでしまった未来。
中年男性が急に立ち上がるのが目に入る。そして駆け寄ってきて声をかけられると驚きながらも相手の姿を近くで再度確認する。ベンチに座っていた男性の見た目は、お世辞にも褒められたものではない。
汗染みのついたTシャツに、太っているのにそれでもなおゆとりのある着古したジャージという恰好。不審者という言葉が一番しっくりくるかもしれない様子。
お父さんよりも年上にも見える男性が目の前に立っている。普通なら怖いと感じてしまうところだけれど、年上の人を無視することはできないと思う。育ちの良さもありつつ、生来の性格が真面目で優しいという部分が大きい。なので自然と返事をしてしまう。
『えっ?あぁ… こ、こんにちは…』
本来なら交わるはずのない二人の人生…それが運命の悪戯により交わることになる。戸惑いを混じらせつつも優しい可憐な声でされた挨拶とともに…