東方淫魔伝 作:スイセン
図書館の床に赤い液体が広がっていく。
その原因を作った小悪魔は混乱していた。
(なんで頭が吹き飛んだだろう……?)
殺すつもりはなかった。許可は貰ったとはいえ、この男の血で図書館を汚したくもないので頭が吹き飛ばない程度に加減はしたつもりだった。
いや、そもそも魔弾が直撃したと思えない。
小悪魔が魔弾を撃とうとした瞬間、アリスの人形が割り込み魔弾を弾いていた筈だ。
それなのにこの男の頭はシャボン玉のように簡単に弾け飛んだ。
「どういうこと……」
混乱するようアリスが呟き、興味深そうにパチュリーは頭の弾け飛んだ男の体を見ている。
「ねぇ、咲夜、あの人間は死んだの?」
「わかりませんが……、人間なら死んだんじゃないでしょうか」
頭の弾け飛んだ男の体を見て、咲夜は違和感に気づいた。
(既に血が止まっている?)
頭が無くなったにしては出血量が明らかに少ない。
そして、次の瞬間、彼の体が膨張し始めた。
「え、ええっ!? なんですか、これ!?」
驚いたように小悪魔が男から離れようとすると、男の腕が動き小悪魔の脚を掴む。
「痛っ……!」
それは信じられない力で、小悪魔にはその力が人間のものとは到底思えなかった。
膨張した彼の体の一部が破裂し、そこから触手のようなものが何本も現れ始める。
小悪魔が本気で不味いと判断した時には既に遅かった。
「あ、いやぁ!」
触手が小悪魔の身体に纏わりつき拘束してくる。
手足に巻き付き動きを封じて、口の中にまで触手が侵入してきた。
(気持ち悪い……)
この世の生物とは思えないその触手は謎の粘液を分泌しており、小悪魔の口の中にも生臭い粘液が垂れる。
吐き気を催しながらも小悪魔は抵抗しようとするが、触手の締め付けは強くなるばかりで一向に解けそうにない。
「少し不味そうね……」
パチュリーが立ち上がって魔導書を開いて男の体に攻撃を始めようとすると、男の体から出た血溜まりが波打ち始めた。
その血溜まりの中から赤い色の人型の何かが4体ほど出てくる。
サイズは大人ぐらいのものから、子供までのバラバラで、その一体一体が少し違う形をしている。
「あれは……?」
パチュリーが小さく呟くのと同時に人型の何かが手を動かした。
何かしてくると、全員が身構えた瞬間、小悪魔と男の体は、ぱっくりと割れた空間に飲み込まれるようにして消える。
「消えたっ!?」
驚く間もなく、今度は違う人型の何かから、黒い闇が放出され始める。
「これはルーミアの……!?」
黒い闇が図書館全体に広がり視界が役に立たなくなる。
しかし、それでも誰かが動けば気配でわかる。ただ、相手は何もしてこない。
少しして、闇が収まって視界が戻り、全てが消えた後には、図書館にはパチュリーと人型な何かが一体しか残っていなかった。
警戒しながら相手の様子を伺うパチュリーに対して、赤い何かは小さな物体を体から生み出し始める。
それは宙に浮かび、徐々に小さいサイズの人型を作り上げていった。
そして、それと同じくして赤い何かも少しずつ形が変化していき、まるでアリス・マーガトロイドを模したかのような姿へと変わる。
「不気味な能力ね……」
小さく呟いたパチュリーに反応するように赤い何かは声を上げずに笑うと、弾幕を小さい人形のようなものから展開し始める。
「アリスの弾幕を模しているのかしら……。けど、精度はイマイチね」
アリスの弾幕のような綺麗さもない。相手を倒すことだけ考えたかのような弾幕。
それを相手するように、パチュリーも自身の周りに魔法陣を展開し始めた。
ここは……。
咲夜が辺りを見渡すと、そこは最近見た魔法の森の中だった。
そして、目の前には赤い人型の何かが一体。
(ここまで転移させられた?)
状況はよくわらないが、あの相手がまともじゃないことだけは確かだ。
咲夜はナイフを抜いて臨戦体制を取ると、赤い人型の何かが形を作っていく。
全て赤く染まっているが、その姿には見覚えがあった。
「八雲紫……」
驚きで目を丸くした咲夜の隙を狙ったかのように、周囲にまるで結界でも貼るかのように大量の弾幕が展開され始めた。
レミリアはつまらなさそうに地面に落ちた相手を見ていた。
図書館から引き離された時は何事かと思ったが、赤い何かと戦ってみれば、勝負は一瞬だった。
相手の弾幕は拙く、レベルも低い。
対して、レミリアの弾幕は確実に相手を捉え、相手の胸に大きな穴を開けていた。
(あれは闇を放っていた奴だったわね)
闇を展開し直す暇もなくレミリアによって大穴を開けられた赤い何かは徐々に溶け始め、地面には再び赤い液体だけが残る。
終わったという感覚に空を見上げると、満月がレミリアを照らしていた。
「これは、つまらない夜になりそうね」
ひとまずは咲夜を探さないと、とレミリアはその場から飛び立った。
紅魔館が見える霧の湖でアリスは赤い何かを相手に苦戦していた。
十六夜咲夜を模したような姿になった赤い何かは大量の赤いナイフをばら撒いてきていた。
それを躱しながらアリスは人形を使って弾幕を放つ。
「くっ……!」
咲夜本人ほどのキレもなく、紛いものでしかない弾幕は本来はアリスの敵ではないのだが、内心でかなり焦っているアリスはいつものような動きができていなかった。
早く戻って状況を確認したいし、なにより彼の安否が気にかかる。
これが彼の能力によるものなら、彼はまだ死んでいない可能性が高い。
そんなアリスを嘲笑うように赤い咲夜は、更にナイフを自らの身体から作り出し弾幕を展開していった。
頭が痛い。割れるような痛みだ。
痛む頭を押さえつけようと手を伸ばすと、手は空を切る。
おかしい。頭が見つからない。
俺の頭はどこにいったんだ。真っ暗な視界の中で手を動かすと、柔らかく暖かい感触がした。
手で確認すると、そこには確かに鼻も唇も目も耳も髪の毛もあった。
ああ。よかった。ここに俺の頭があったのか。
壊さないように大切に俺は頭を触り、ぎゅっと抱きかかえた。
「ねぇ、あなたは誰?」
見知らぬ声に一気に意識が覚醒した。
……あれ、俺はなにを。
無意識に頭を触って、自分の頭部があるのを確認する。
いつものように俺の頭は存在した。頭が無くなるなんて嫌な夢だ。
他にも体に異常はない。少し服が破けてはいるが、別に大きな怪我を負ってもいなさそうだ。
夢でよかったとホッと安堵のため息を吐きそうになったところで、目の前の惨状に気づく。
俺の目の前の壁際で赤い髪の少女、小悪魔が青ざめた顔で座り込んでいた。
彼女の服はぼろぼろで、引き裂かれたように服の前面部分が無くなっていた。そして、彼女のあらわになった素肌と、その顔や髪には生臭い白い粘液が大量に付着していた。
これは……、俺がやったのか……?
「大丈夫か」
「ひっ……!」
様子を確認しようと一歩近づいただけで、小悪魔は怯えて身を縮こまらせる。
小さく震えて恐ろしいものを見るような視線をこちらに向けてきていた。
これはそっとしておいた方がいいだろう。少なくとも、俺が近づくのはやめた方が良さそうだ。
「ねぇ、聞いてるの?」
後ろからの再びの呼びかけに、この部屋にもう一人の人物がいることを思い出した。
振り返ると、赤い洋服を見にまとった幼い金髪の少女がベッドの上からこちらを見ていた。
その瞳は赤く、その背中からは七色に光る羽が生えていることから相手が人間ではないことだけは確かだ。
「あなたは誰かしら」
「俺は……」
相手の質問に答えようとして、言葉に詰まる。
俺はその答えを持っていない。記憶のない俺には自分が何者であるかなど答えようがない。
その少しの迷いの間に相手は言葉を繋げる。
「レディの部屋に突然入ってくるなんて、殺されても文句は言わないわよね?」
「ま、待ってくれ! 侵入しようとしたつもりは」
「あなたってもしかして、人間?」
弁明しようとしたところで、突然質問されたので慌てて頷くと、ふーんとよくわからない返事をして、ベッドから飛び降り俺のことを観察し始めた。
「初めて見る形ね。紅茶よりは複雑そう」
「えっと……、なんの話だ?」
俺の質問には答えずに俺の後ろで怯えてる小悪魔を一瞥する。
「酷いトラウマを与えたみたいね」
「……これってやっぱり俺がやったのか」
「知らないわ。私はお外に滅多に出ないし。お姉さまなら知ってるかしら」
「お前が知らないなら、お姉さまは知らないと思うぞ」
「あなたは知っている?」
「……えっと、これ話噛み合ってる?」
言葉のキャッチボールが出来ている気がしない。
こちらは相手に向けてボールを投げているつもりだが、この少女がこちらに向けてボールを投げているとは思えない。
「ところで、あなたの名前は?」
小悪魔の様子を観察し終えた少女は、俺の真下に立つようにして見上げるように尋ねてきた。
「あなたの名前は?」
「……わからない」
「それは、いいことね」
……こいつはなにを言っているんだ。
名前を分からないと答えた相手に対しての返答にしてはどう考えてもおかしすぎる。
しかも、こいつが妖怪である以上、いつ殺されてもおかしくない。
逃げ道を探すように首を回すと一つだけ扉がある。あそこが出口で間違いない。ただ、俺が逃げようとすればあそこにたどり着く前にこの少女に殺されるだろう。
うんうんと満足そうに頷いている彼女は羽を小さく動かして、浮かび上がり、俺を見下ろす形へとなる。
「あなた、私の従者になりなさい」
悪魔のような微笑みでそんなことを言う少女の言葉が理解できなかった。
「そうね。あなたの名前はなにがいいかしら……」
それなのに相手は勝手に話を進めていこうとする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺が静止の声をかけると、少女は考えるのをやめてこちらを見た。
「なんでそんな話になった?」
「あなたがこの部屋に来たからかしら」
「全く理解できないんだが……」
「理解は必要? 必要ないわね」
「頼むから、自己完結しないで」
この子と喋るの疲れる……。
「お姉さまとパチュリーにも伝えなくちゃ」
「え、パチュリー?」
聞き覚えのある名前が出てきて聞き返すと、少女は頷く。
パチュリーとお姉さまって……。マジマジと少女の顔を見ると確かに似ていた。レミリア・スカーレットに。
「それじゃあ行きましょう!」
ご機嫌な様子で扉の外に向かおうとする少女。
俺はどうしたらとその少女を見ていると、唐突に腕に焼けるような痛みに襲われる。
「ぐぁあああぁ……!」
痛みの元を見ると、腕の一部が焼け爛れていた。
「主が出掛けようとしているのに、ぼーっとしている従者なんていないでしょ?」
俺の腕に唐突に攻撃してきた少女はそんなことを口にする。
こいつの中では俺が従者になることは確定事項らしい。そして、彼女の攻撃を俺は一切見えなかった。
「早く行くわよ」
ついて行かなければ殺される。しかし、これはついて行っても殺される気がしてならない。
「遅いわ」
「ぐぁあああぁぁ!」
一瞬の逡巡を見透かしたように同じ場所に熱い一撃が加えられる。
痛みで頭がおかしくなりそうだった。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
なにも考えられない。
痛みで意識が白濁していき、見たことのない文字列が頭の中に浮かんでくる。
俺はそれを叫んだ。
瞬間、パリンなんて妙に可愛らしい音がして俺は床に倒れ込む。
頭だけを動かして少女を見ると、ぎゅっと右手を握りしめていた。
「あなたのそれは魔法かしら? 目に見えない魔法陣が展開されてるみたいだけど……」
興味深そうに俺を見て彼女は首を傾げる。
ああ、やばい、もう意識が……。
視界が歪み始める中で、少女は最後まで不思議そうな表情で自らの右手を見ていた。
主人公の能力情報④
頭の中に浮かぶ文字列を読むことで主人公は無意識に魔法を使っている。