東方淫魔伝 作:スイセン
精液とかで汚れた服を着替え、屋敷から出ると既に日は沈み、欠け始めた月が顔を覗かせていた。
「それで、どういうつもりだ?」
屋敷から出た道で先を行く小悪魔に尋ねると、小悪魔はゆっくりと振り返る。
「何がですか?」
月夜に照らされながら、にっこりと微笑む小悪魔からその感情は伺えない。
真意を探るようにその瞳を見据えながら再度尋ねる。
「どうして俺に同行を求めた?」
「嫌でした?」
キョトンと首を傾げる様は小悪魔の外見と相まって随分と可愛らしい。
そんな小悪魔に俺は吐き捨てた。
「そんなに敵意を向けてきて気づかない奴なんていねぇよ」
俺の言葉を聞いてもなお、小悪魔はにこにこと笑顔を崩さない。
「それなのに付いてくるなんて、もしかして殺されたいんですか?」
あまりにも軽々しく口にされる殺害予告。そして、それは小悪魔が本気を出せば冗談にはならない。
ただ、それでも俺は薄ら笑いを顔に浮かべた。
「お前じゃ俺を殺せないだろ」
薄く馬鹿にするように笑ってやると、笑顔の小悪魔の頬がひくついた。
「……人間の分際で凄い自信ですね」
「ただの人間に犯された悪魔の分際でよく言えるな」
「……っ!」
俺の言葉に反応するように小悪魔が動き出す。
短い距離を詰めるように一歩前に乗り出し、腕を俺の首へと伸ばした。
俺は為されるまま、首を絞められながら押し倒される。その上に馬乗りになるように小悪魔が体重をかけた。
「……避けないんですね」
「避ける必要ないからな」
「私が今力を込めれば死ぬんですよ?」
「やってみろよ。今度は失敗しないようにな」
「……言われなくても」
ぎゅっと小悪魔の手に力が込められるのがわかる。
呼吸が苦しくなり、少しずつ酸素が足りなくなっていくのが理解できた。
もう少しで意識が刈り取られるその瞬間に、小悪魔は手を首から離した。
「ごほっ、ごほっ……、もう少しで死ぬところだったじゃねぇか」
「あなたがやれって言ったんでしょ」
呆れたように言って小悪魔は俺の上から退ける。その際にスカートの中がチラリと見えた。
「……黒が好きなのか?」
「はい? 急に何を言って」
「いや、服も下着も黒だかっいっつ!」
脇腹を蹴られた。地味に痛い。
顔を真っ赤にした小悪魔は俺を睨みつける。
「最低です!」
「下着ぐらいでとは言わないけど、もっと凄いところ見られてるだろ」
「あなたが無理矢理したんじゃないですか! ……やっぱり殺しちゃった方がよかったかも」
真剣に悩む様子で小悪魔がこっちを見てくるので、次こそは本当に殺されかねないと慌てて立ち上がった。
「悪かった。俺が悪かったから落ち着け。血でも吸うか?」
「要りませんよ。私は吸血鬼じゃないので」
「じゃあ、精液とか」
「もっと要りません!」
ぎゃあぎゃあと大声で叫ばれるあたり意外と元気だなこいつ。
そんな風に思っていると、いつの間にやら小悪魔がジトッとした視線を向けてきていた。
「そっちがあなたの本性ですか」
冷たい声色での問いかけ。
……それを聞くのが目的だったのか。
「……さあな。本性の定義によるな」
「紅魔館やアリスさんの前では猫被ってますもんね」
「猫被ってるわけじゃねぇよ。あれも俺だ。てか、お前があんなの見せるから無理矢理起こされただけだからな」
起こされたなんてまるで寝ていたかのような言い分だが、実際は寝ていたわけでもないし、二重人格なんてわけでもない。
ただそれを小悪魔に説明する義理はない。
「起こされたですか……。その割にはさっきのパチュリー様の前での態度はなんなんですか? 今のあなたとは月とスッポンですよ?」
「寝ぼけてたんだよ。ちゃんと目が覚めてなかった」
俺の回答に真面目に答えてくれないと思ったのか小悪魔は小さくため息を吐く。
割と真面目に回答してあげたんだが……。まぁ、そう思われても仕方ないし、訂正するつもりも一切ない。
「それで? あなたはどこまで知っているですか?」
「何がだ?」
「記憶喪失って話。嘘でしょ?」
観察するように小悪魔の瞳が細くなった。
嘘をつくのを見抜こうとしているようだ。しかし、残念ながら俺は嘘をつかない。
「失礼だな。俺は記憶を失っているんだよ。自分の名前も過ごしてきた過去の出来事もほとんどわからない」
「ほとんど……ですか。まぁ、あなたの過去とか興味ありませんけど。随分と酷いトラウマは持っているみたいではありますが」
馬鹿にしたようなその言い分はムカつくが、小悪魔が俺の見た幻覚の内容まではわかってないことが判明した。
そのことにどこか安堵しつつ、小悪魔の憎たらしい口を黙らせるために口を開く。
「お前のトラウマは触手だもんな」
「……そろそろ本気で殺したくなってきました」
「やめろ。漏らしちゃうだろ」
「絶対わざとですよね! もう許しません!」
ふわっと小悪魔が浮かび上がった。怒らせすぎたかもしれない。
「浮くとスカートの中見えるぞ」
「……っ! 見たければ勝手に見ればいいじゃないですか!」
「え? いいの? それじゃあ遠慮なく」
「死ねっ!」
スカートの覗き込もうとした俺に向けて小悪魔から大きめな弾幕が発射された。
それをギリギリで回避する。俺が避ける前の場所には大玉が着弾し、地面を焦す。
「……草花は大事にしろよ」
当たったら火傷じゃ済まなそうな威力だ。
内心ヒヤヒヤしながらそう返すと、小悪魔は冷たい顔で言う。
「スペルカード何枚でやります? 私は何枚でも構いませんけど?」
聞き慣れない単語が聞こえた。
「……スペルカード?」
聞き返すと、小悪魔は一瞬キョトンとした後で納得したように盛大にため息を吐いた。
「そういえば、あなたは外の人間でしたね……。スペルカードルールのことなんて知らないか……」
「なに? カードでも使うのか?」
幻想郷ではそんな子供の遊びみたいなものでも流行ってるのか?
困ったように眉を寄せた小悪魔は仕方ないなぁと小さく呟くとルールを説明し始めた。
「まぁ、いいですよ。特別ルールです。私は通常弾幕しか撃たないのでそれを避けて下さい。もし私の身体の一部、どこでもいいので触れたらあなたの勝ちです」
「その弾幕とやらに当たれば俺の負けか」
なるほど。簡単なルールだ。そう思ったら、小悪魔は笑顔で首を横に振った。
「いいえ。あなたは死んだら負けです」
……全然子供の遊びじゃなさそうだ。
「……さっきは殺すの辞めた癖にこっちでは殺す気満々なんだな」
「ああ。それはこちらにも色々とありまして。まぁスペルカードルールで死ぬのは事故ですから」
「故意的な事故は殺人だろ」
「それじゃあ始めますね」
俺の言葉など聞く様子も持たずに小悪魔の周りに球形に魔力が集まっていく。
それは数えきれないほどの量だ。視界のあちこちに小悪魔が魔力の塊が生まれていっていた。あれが全部飛んできたら、はっきり言って10秒も避けれる自信がない。
「降参って認められるか?」
念のためと手を挙げて聞くと、小悪魔はつまらなさそうに答えてくれた。
「……構いませんけど、降参したら私の奴隷ですよ?」
「今更追加ルールするなよ……」
そんな話は聞いてない。つまり降参したら奴隷。負ければ死だ。
「……要は何かを賭けて勝負するってことか。今回は俺の命か。じゃあそっちは何を賭けるんだ? 俺の命に見合った何かを賭けてくれるんだろうな?」
「あなたの命なんて価値は一切ありませんけど……。まぁ、そうですね。なんでも要求してくれていいですよ?」
「……なるほどな。勝ったら考えておく」
「ええ。勝ったらどうぞ」
凄い余裕だ。負ける気なんて一切無いんだろう。
まぁ、大図書館での一件は小悪魔の油断をついた一撃で有利を取っただけだし、こうルールが決まっているものだとそうはいかない。
一回やられているから小悪魔も油断しないだろうし、このスペルカードルールとやらも小悪魔は経験がある分有利だ。
……やべ。勝てる気全然しねぇ。
ならば狙うならこの弾幕が放出される前、今しかない。速攻で小悪魔に触れること。
そして、先程既にスタートの合図は切られていた。
「……もう一ついいか?」
「まだ何かあるんです……っ!?」
一気に動き出した俺を見て小悪魔の顔が強張る。
俺の考えに気づいたのだろう。しかし、その距離はもう半歩もない。後ろに引かれたとしても腕を伸ばして触れれば終わりだ。
だが、俺の腕は虚しく空を切った。
「下らない策ですね」
頭上からそんな声が聞こえたと思うと俺の周りに大量の弾幕が降り注ぎ始める。
ちっ……、馬鹿が! 上に飛ばれて避けられるに決まっているだろ。そんなことに気づかないほど焦ってどうする。
いや、それよりもどうにかして弾幕を避けないと……!
降り注ぐ弾幕を確認するために、慌てて上を向いた瞬間、目の前には既に避けきれない大玉が近づいていた。
「がっ、────ぁぁあああぁあああ!」
無理矢理体を捻り、顔面への直撃は避けたが、熱したコテを押し付けられたような激しい痛みが腕に広がる。
痛みに叫びながらも次にくる弾幕を見据えるために顔を上げた。
このまま止まり続けていたら本当に死ぬ。
上に浮遊する小悪魔を見た感じ、まだ飛ばされているのは大きな青色の球体の弾幕だけだ。
しかも、等間隔に放出されているからその間に体を潜り込ませれば当たらない。
安置に向けて脚を動かし始めると、小悪魔は感心したように声を漏らした。
「一撃で失神すると思いましたけど、意外と根性ありますね。偉い偉い」
「……はぁ、はぁ、フランの攻撃に比べたら弱いな」
強がって言ってはみたが、どっちもありえないぐらい痛い。
しかし、小悪魔の方は攻撃してるだけとあって随分と余裕があるな。
「妹様の一撃と比べられても……。そうですね。なら、もう少しバリエーションを増やしましょうか」
そう言うと、今度は小さな弾幕も一緒に降り注ぎ始めた。
あー……、これは避けれねぇわ。
理解できてしまう。小悪魔は飛ぶことで三次元的に移動できるが、俺は飛ぶことができない。二次元的な移動ではこれを避け切ることはほぼ不可能だ。
避けれないとわかったのならあとは傷を出来る限り少なくするしかない。少しでも弾幕の密度が少なそうな方へと走り出す。
それを何度か繰り返した後、避けきれなかった小球に何度も被弾し、俺はボロボロの状態だった。腕をあげることもままならないし、立っているのがやっとだ。
次に弾幕が来たら避けることなんて出来ない。
「どうしました? 終わりですか?」
空を飛ぶ小悪魔はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて尋ねてきた。
降参でも待っているのだろうか。
……そもそも空を飛ばれた時点で浮く手段のない俺には触れるなんてことは無理難題なのだ。
「……はぁ、はぁ」
「降参します? それとも死ぬまで続けますか?」
そう言いながら小悪魔は次の弾幕を展開し始めた。
ああ。全く最悪だ。身体中痛いし、腕と脚はもうほとんど動かない。意識なんて気を抜けば簡単に飛んでしまいそうで、視界も歪んできた。
「……決めた」
小さく呟いた俺の言葉に小悪魔は首を傾げる。
「何を決めたんですか?」
「賭けの内容」
「……ああ。なんだ。いいですよ。一応聞いてあげます」
酷い吐き気と痛みに襲われながら口を開く。
「お前が負けたら俺の使い魔な」
「……私、パチュリー様の使い魔なんですけど」
「別に兼任しても問題ないだろ」
喋るだけでも辛いのだが、それを悟られないように痩せ我慢して言うと、小悪魔は小さくため息を吐く。
「まぁ、別に構いませんけどね。勝てたらの話ですし」
「……使い魔って言うこと聞いてくれるんだよな?」
「そうですね。何か命令でも?」
小悪魔の問いに俺は嫌な笑みを浮かべて答えた。
「このスペルカードルールってやつについて教えろ。……下着見せながら」
「……あー、なるほど。つまり、死にたいってことですね」
引き攣った笑みでそう言った小悪魔は今まで以上に魔力を溜めて弾幕を発射──させようとして、俺がいつからか小悪魔を見ずに、小悪魔の背後に視線を向けていたことに気づいたようだ。
「えっ……?」
その視線に誘導されるように小悪魔が振り向いた先では、宙に浮かぶ一体の人影が手に魔力を溜めていた。
いや、人影といってもそれは明らかに小さい。ポケットに入るようなサイズの大きさの人形だ。
目を凝らせばそれが日本人形のような見た目をしていることがギリギリにわかる。
存在に気づいていてやっとわかる程度の気配だ。夜の闇に紛れて後ろに近づかれたら気づかなくてもおかしくはない。
「これは……!?」
その存在に小悪魔が気づいたところでもう遅い。
「……アリス借りるぞ」
その人形に溜めさせていた魔力を放出した。
「きゃあっ!」
そこまで強い一撃じゃない。俺の奪った程度の魔力ではそんな大技は撃たない。
それでもその一撃は小悪魔のバランスを崩し、小悪魔は地面に向けて落ちていく。
「くっ……!」
地面に落ちる手前で小悪魔がバランスを取り戻して静止すると同時に勝負はついた。
「俺の勝ちだ」
小悪魔の背中をタッチして、勝利宣言をあげる。
小悪魔の落下地点に向かうために無理矢理に脚を動かしたせいで酷い激痛だし、服はボロボロだしで、勝者とは思えない有様だ。
「なっ……!?」
驚愕する小悪魔を他所に俺は地面に倒れ込む。
「外の人間に2回も……」
負けたショックでか、小悪魔は瞳に涙を浮かべてプルプルと震えている。
「……悲しんでいるところ悪いけど助けてくれません? このままだと死にそう」
死ぬは冗談だが、打撲やら火傷やらで動けそうにない。
「わかりましたよ! 永遠亭に一緒に連れて行けばいいんでしょ! 連れて行けば!」
やけくそ気味に言った小悪魔は俺をお姫様抱っこの形で持ち上げると、宙に浮かぶ。
「……なんか恥ずかしいな」
「馬鹿なんですか? 気絶でもしていてください」
そう言われたので遠慮なく小悪魔の腕の中で眠ることにした。
二度とスペルカードルールなんてやりたくない。
淫魔録その5
主人公の能力は一定条件下だとチートっぽいけど、結局そこまで強くない。幻想郷基準だと弱め。