東方淫魔伝 作:スイセン
くっ……、どうすればいいんだ……。
泣き始めた小悪魔をどうにかして宥めようと考えるが案なんて浮かんでこない。
「うぐ……えぐ……」
ここまでガチ泣きされるとは思ってもいなかった。見た目が美少女なだけあって泣かしてしまった時の罪悪感が酷い。
どうやって小悪魔を宥めるのか?
これは難問すぎる。そもそも答えなんてあるのか。俺がやろうとしている時点で誤答な気しかしない。考えているだけで頭が痛くなりそうだった。
実際、少し頭が痛くなってきた。それになにか高音の耳鳴りのようなものまで聴こえてくる。
ああ。ついには、意味不明な文字列が頭の中を回転し出した。
「……って、流石に普通じゃねぇだろ!」
「ふぇっ……!?」
俺の叫びに反応するように小悪魔がやけに可愛らしく驚き声を上げた。
普段なら茶化すところではあるがそれどころではない。小悪魔の背後の空間が歪んでそこから腕が伸びていたのが見えたのだ。
「小悪魔っ!」
「きゃっ!?」
状況に一切気付いていなさそうな小悪魔を俺は思いっきり押し倒すと、直後、背中に衝撃が走る。
「がぁっ……!」
焼けるような痛み。いや、そんなものじゃない。皮膚が溶かされるような痛みだ。
昨日の小悪魔の攻撃も、フランの攻撃でさえこんな痛みは感じたことはなかった。
ぐっ、馬鹿みたいな威力だ。しかも、この位置関係は不味い……!
「え? えっ!?」
理解が追いついてない小悪魔は困惑したように声を上げて、俺の背後へと視線をやった。
「あ、あなたは……」
俺の後ろのやつにそんなふうに小悪魔は尋ねるが答えなんて返ってこない。
空間を操るといえば紫を思い出すが、いきなりこんな形で攻撃してくる理由なんてわからない。
「……白符『メガホーリー』」
男の声……! 紫じゃない……?
頭上から大量の光が発生した。同時に、先程とは比べ物にならないほどの衝撃と温度が背中に加わる。
「っ! ────────────────!!!!!」
視界が点滅する。身体の中の水分が沸騰するような熱量。
骨すら残らず溶け切ってしまいそうな高音に声にならない叫びを上げる。
痛いはずなのに脳がそれを受け入れるのを拒否しているのか、身体の感覚が無くなるだけで痛みを感じることすらできない。
今すぐに逃げ出したいが、もし避けようものなら下にいる小悪魔に被害がいくことは間違いない。
真下の小悪魔の顔が怯えたように歪んでいた。
美少女なだけあって怯えた顔も絵になるのだからズルイ。
……仕方ないよな。
痛覚が麻痺しているおかげで身体は震えるし、酷い吐き気を催すが、それでも脳はやけに冷え切っていた。
俺はゆっくりと小悪魔の唇へと顔を近づける。
「んむっ!? ちょっ、なにを……、んちゅ、ちゅる、ぷはっ」
唇を離すと、小悪魔との唇の間に透明な糸が垂れた。呆然とした様子で頬を赤くした小悪魔。
数秒にも満たないキスを終えて、俺は意識を集中させる。
そうでもしなければ、直ぐにでも意識を手放してしまいそうだった。ただ、まだ相手の姿を拝見すら出来ていない。それに、やられっぱなしは性には合わなかった。
「……小悪魔、飛んでこの場から逃げろ」
「……え?」
小さく耳打ちすると小悪魔の答えも聞かずに俺は能力を発動した。
視界が闇に染まる。なにも見えなくなる。
光すら一点も通さない闇。ルーミアが纏う闇の同等のものを部屋中に放出していく。
それが部屋を完全に包んだところで、耳をつんざくような大きな衝撃音がした。
……なにが起きている!?
視界が一切効かないので何が起こっているのか把握すらできていない。
ただ、小悪魔が逃げ出せていることを願うだけだ。
そして、俺の魔力が尽きたのか闇は緩やかに収束していき、視界に光が入り始める。
視界が完全に元に戻ると目の前には唖然とした様子の小悪魔が相も変わらずに俺も真下にいた。
「……逃げろって言ったろ」
「あんな闇の中で逃げれるわけないじゃないですか!」
それもそうだが……。
叫ぶ小悪魔を放っておいて、大きな衝撃音がした方を見ると壁に大きな穴が空いてた。
なんだこれ……?
そして、俺を攻撃してきていた奴の姿も見えない。あの大穴を空けて逃げたのか?
どうしてだ? どう考えてもあいつが有利な状況だった筈だ。
そんな思考をしていたら唐突に身体の力が抜けた。身体を支えるどころか、指一本動かない。
そのまま覆い被さるように小悪魔の上に倒れ込む。
「きゃっ……! ちょ、大丈夫ですか? って、酷い熱!」
「あー、小悪魔の体柔らけぇー……このまま抱きつきたい……」
言っては見たものの、触れてる感覚が全然ない。
「そんなこと言ってる場合ですか! えっ……!」
不意に絶句するように小悪魔が声を漏らした。
「背中……」
「あー……? 感覚ないんだわ。どんな感じだ」
「どんな感じって……、え、だってこれ……」
どうやらよっぽど酷い怪我のようだ。青ざめた様子の小悪魔は慌てた様子で俺の下から脱出しようとする。
「早くパチュリー様か咲夜さん呼んでこないと!」
もぞもぞと動くが俺を気遣ってか思いっきり動くことも出来ず、しかも俺がのしかかっているせいで動きづらそうだ。
「……そんな慌てんな。死ぬわけでもないし」
「死にますよ! 逆になんで死んでないんですか!」
死ぬほどの大怪我らしい。そこまでの怪我を自分で確認できないのが残念でならない。
「なんで、私を庇ってこんな大怪我しているんですか! 馬鹿なんですか!?」
「うるせぇよ。俺の勝手だろ」
「いつ死んでもおかしくない怪我ですよ!」
「死んでないから問題ないだろ」
「ほんと、何で死んでないのかしら……。よっぽど打たれ強いか、生命力がゴキブリ並みかのどちらかね」
人の生命力をゴキブリに例えんじゃねぇよ。てか、その言い方だと死んで欲しそうに聞こえるからやめて。
そう思いながら声のした方を見ると、紫色の髪を持つ少女、パチュリー・ノーレッジが本を片手に部屋に入ってきていた。
「パチュリー様ぁ!」
「随分と大変そうな状況ね」
パチュリーは俺に近づいて屈むと、何かの液体を背中にかけだす。
「……なにをしたんだ?」
「魔法液よ。ただのね」
「材料は?」
「知りたいの?」
「俺は農薬派なんだ。オーガニックなものなんて取り込みたくない」
「……なにを言ってるんですかこの人」
呆れたようにジト目になる小悪魔と、小さくため息を吐くパチュリー。
「んで、なんで魔法液を?」
「うーん……? これであなたの魔力が回復すると思ったんだけど……おかしいわね……」
どうやら思ったような効果は出ていなかったらしい。
「……やっぱり、そういうことなのかしら?」
「そういうことってなんですか?」
俺の下敷きになったままの小悪魔が尋ねると、パチュリーは小悪魔を見て答える。
「卑猥なことをしたら魔力を急激に回復する」
「はぁ!? なんですかそのバカみたいな能力は!」
「おい、人の能力に対してバカとはなんだ」
「バカじゃないですか! なんですか、その意味わかんない能力!」
五月蝿いな。耳元で騒がないで欲しい。キーンってなった。キーンって。
「そういうわけだから、小悪魔、少し間お願いね」
「え、ちょ、ちょっと待ってください! なんで私にお願いするんですか!」
「いまの状況的にあなたが適任でしょ? それに守ってもらった借りを返さなくていいの?」
コテンと首を傾げるパチュリー。
そのパチュリーに物凄く不服そうな顔をする小悪魔。
「守ったわけじゃないけどな。てか、見てたのか」
「ええ。そこの水晶玉から」
「ああ、あれから……」
納得しかけたところで少しだけ頭の中に疑問が湧いた。
「少し聴きたいんだが、いつから見ていた?」
「知りたいの?」
「……いや、いい。死にたくなる」
「そう残念ね。面白い反応が見れると思ったのに」
「え、え? あ……」
俺の言わんとすることが理解できたのか小悪魔が顔を真っ赤に染めた。茹で蛸みたいだ。蛸って外国じゃ悪魔の魚とか言われてるらしいし小悪魔にぴったりとか思ったが、本人に言ったらまた殴られるのでやめておく。
「見てたんなら、俺に攻撃してきた奴の姿とかわからないか?」
「残念だけど光が強すぎて見えなかったわ。それの、それならあなたの下にいる子に聞いた方が早いと思うけど。……それじゃあ私は戻るわね」
「あ、ちょっ、パチュリー様、彼の手当てとかは」
「必要ない……というより手の施しようなんて神でもない限りないわね。彼の再生能力に期待するしかないわ」
呼び止めた小悪魔の質問に答えるとパチュリーは振り返ることなく部屋から出て行ってしまった。
部屋に残された俺と小悪魔。
穴の空いた壁から少し冷たい風が吹き込んでくる。
「……それで、私はいつまであなたと抱きついていればいいんですか」
「俺に聞かれても……」
残念ながら指一本動かせない状況では小悪魔から退くことも出来ないし、いつこの状態から回復するなんてわかったもんじゃない。
「無理矢理抜け出せばいいだろ」
俺は動けなくても小悪魔の力なら俺から抜け出すなんて容易い筈だ。
「パチュリー様にああ言われた以上、困ったことに私が責任をもってあなたの面倒を見る必要があるんですよね……」
はぁと大きくため息を吐いた小悪魔は俺の背中へと手を伸ばし、本当の意味で抱きつくように身体を密着させる。
「それに、何故か跳ね除けようとしても力が入りませんし」
「……そうか。悪いな」
「はい。感謝してとっとと回復してください。痛くはありませんか?」
痛みもなにも、触れている感触さえ僅かにしか感じられない。しかし、小悪魔の体温と息遣いはこの距離感のせいでしっかりと感じられた。
「ところで、あなたは自分の能力についてどこまで知っているんですか?」
「なんだよ。唐突に」
「パチュリー様の話を聞いた時も驚いた様子はありませんでしたし、それにあの時キスしてきたのも魔力回復のためなんでしょう?」
珍しく察しが良いな。
ただ、それを小悪魔に伝えるつもりはない。俺はわざとらしい笑みを浮かべる。
「さあな。前も言ったろ。記憶喪失だって」
「……そうでしたね。まぁ、いいですよ。前も言いましたけど、興味ないですし」
「じゃあ聞くなよ」
「キス代です」
「その程度の代金でキスさせてくれるなんて安いな」
「特別セール中でした。次回はもっと割高です」
「へぇ、いくらなんだ?」
「そうですね……。命一個?」
「割高ってレベルじゃねぇぞ……」
ただ、それでもキスさせてくれ、とか言いそうな奴なら外の世界にいっぱいいるが。
「まぁ、あなたにならまた特別価格でさせてあげてもいいですけどね」
唐突に呟かれた言葉に頬が赤くなるのが感じた。
急に何言ってるんだ、こいつ……!
それを隠すように言葉を慌てて並べる。
「それなら爆買いするぞ」
「ふふ、ふふふ」
平静を装って言ったが、小悪魔は小さく笑い出した。
「なにを笑って」
可笑しそうに笑っていた小悪魔に不満の声をあげようとすると、こそっと俺に耳打ちする。
「心臓の鼓動すごいですよ? もしかして本気にしちゃいました?」
小悪魔を見ると、悪戯っぽく舌を出された。
あー……、ダメだな。身体が動かないせいで脳の調子も悪いみたいだ。まさか小悪魔にこういう形で揶揄われるとは思ってもみなかった。
しかし、揶揄われたままでは悔しい。ならばと俺は少しだけ身体を動かす。
身体の感覚は全然戻ってないが、頑張れば少しは動くか。
「どうしまし、っ!?」
俺が動き出したのを不審に思ったことを尋ねてきた小悪魔の唇を奪った。
「んっ、んちゅ、んむっ……、れろっ、るれろ」
舌を入れるとそれに合わせるように小悪魔も舌を絡めてくる。無理矢理犯した時はキスなんてしなかったし、先程のキスも唐突だったからこうやって舌を絡めながら小悪魔とキスをするのは新鮮だ。
「んれ、れろれろ。ちゅる。ん、ぷはっ、もう、急にキスするなんてどういうつもりなんですか」
軽い文句を言いながら、少し赤くなった頬で小悪魔がこちらを見てくる。
「言ったろ。爆買いするって」
「そんなこと言って。誰かに見られたら、んちゅ、んれろ、どうするんですかぁ……、ちゅ、ちゅ、れろ……」
文句を言うわりには嫌がる素振りを見せずに小悪魔はキスに応じてくれていた。
「別に嫌なら拒否してもいいんだぞ」
「じゃあ嫌です」
すぱっと即答された。なんかちょっと傷つく。
軽く落ち込みそうになってると小悪魔はもにょもにょと口をどもらせながら小さく続けた。
「……ただ、まぁ、あなたのことは嫌いですけど、キスは悪くないですね。気持ちいいですし。それに買われちゃったらしいですし」
なんか言い訳がましいことを並べた小悪魔は顔を赤くして、こちらを見る。
「なので、あなたが回復するまではいいですよ。魔力回復もその方が効率いいでしょうし。応急処置です。仕方ありません」
「……そうだな。仕方ないな」
そう言って口付けを再開する。
結局俺が多少動けるようになったのはそれから2時間近く経ってからだった。