東方淫魔伝 作:スイセン
「人の諸事を盗み聞くのはどうなんだ?」
俺が声を掛けると、その人物は驚いたように目を見開いた。
「どうして」
どうして。それは、なぜ今、部屋の中で小悪魔の身体を重ねているはずの俺がここにいるのかということだろうか。
「フォーオブアカインド。フランの分身魔法だ。まぁ、俺が使うと1人分身を出すので精一杯だから良くてツーペアってところだけどな」
してやったりとニヤリと笑ってみせると、呆れたようにため息を吐かれた。
「……随分と便利な能力なのね」
「そうでもねぇよ。意外と制約が多いんだ。んで、どうして盗み聞いてたんだ?」
俺の問いに、部屋の前で盗み聞いていた相手、十六夜咲夜はなんでもないように冷静な顔で告げる。
「私も女性ですから。そういうのに興味があるんですよ」
「棒読みで言われてもなぁ……」
「あら、バレました?」
「騙すつもりなかっただろ」
クスクスと小さく笑った咲夜はそっと俺に耳打ちした。
「幻覚の中で私を相手に選んだそうね」
……あの馬鹿悪魔。余計なこと喋ったな。
昨日、今日で咲夜が知ってるとなると、既に紅魔館全員に知れ渡ってる可能性すらある。
「……わかった。俺の負けだ。別に問い詰めようとしてたわけじゃない」
「そう。助かるわ」
にっこりの優しく微笑まれるがその裏で何を考えているか読めない。
まぁ、大方、あのお嬢様に俺の監視をしろとでも言われたのだろう。
「とりあえず、あまり盗み聞かないでくれ。流石に恥ずかしい」
「ほんとに思ってる?」
「咲夜に聞かれてたと考えるとめっちゃ興奮するって思ってる」
「……性格、変わったわね」
少し顔を赤くして一瞬言葉に詰まった咲夜がジトっとした目を向けて言った。
「あれ? 小悪魔に聞いてないのか?」
「何をかしら?」
……これはどっちだ? 俺の記憶のことを小悪魔から本当に聞いてない可能性もあるし、実際は聞いているけどしらばっくれて俺が嘘をついているのか確認している可能性もある。
「……いや、なんでもねぇよ。それよりも、メイドの仕事はいいのか。メイド長さん」
「そうなのよねぇ……。あなたが妖精メイドを倒したりするから人手が足りなくて……」
「それは悪いことをしたな。けど、記憶にないんだ」
昨日、やけに妖精メイドやらホフゴブリンやらが少ないと思ったがその原因は俺にあったらしい。
いったいどのタイミングでそんなに倒したというのだろうか。
幻想郷での記憶は虫喰い状態だからよくわからない。
「んじゃ、その人手を埋めるためにも俺が働かないとな」
「あら? 分身でも働けるの?」
「問題ない。それどころか、雑務とかで働くだけなら魔力の消費量は大したことないから楽だ。なんなら、メイド長に労いでもしてやろうか?」
分身を作るに当たって、昨日フランから渡された魔力の大半をこちらの分身に渡してある。
だから、そう簡単には死ぬことはないし、簡単な戦闘だって可能だ。
……そういえば、分身の消し方がわからないな。後でフランに聞いておこう。
余裕そうな笑みで答えた俺に咲夜は薄く笑った。
「それなら仕事が全部終わった後にマッサージでもしてもらおうかしら」
「肩でも揉めばいいのか?」
「ええ。お願いするわ。でも、その前に仕事を終わらせなきゃね」
そう言って咲夜が仕事を考えるように指を折っていく。
「そうね。じゃあ、貴方は今日は紅魔館の窓を全部拭いてもらおうかしら。それから、掃き掃除に、あとは……」
……んん? あれれ? 多くない?
言われた仕事内容自体は簡単だが、いかんせんこんなに大きな屋敷だ。それをこなすとなるととてつもない時間がかかってしまう。
「……仕事多くないか?」
「そうかしら? そこまで多くはしてないから大丈夫よ。13時間ぐらい働けば終わるわ」
おい、誰だ楽とか言った奴。13時間労働なんて流石に笑えない。
冗談であって欲しいが、咲夜の言い方的に冗談じゃなさそうなのが伝わってくる。
「……ところで、咲夜さん休憩とかは?」
「紅魔館のメイドには休憩はありませんよ?」
「超絶ブラックだ!」
今すぐ逃げ出そう。分身とはいえ、自分の身が惜しい。
咲夜に背中を向けて廊下を走り出す。向かう先はフランの地下室。あそこはあそこで地獄だが、労働地獄よりはマシだと思おう。なんなら分身だから死んでいい。
「あら、逃げるなんて感心しないわね」
映像が飛んだかのように、唐突に俺の目の前の廊下に咲夜が現れた。
その移動はどういうことだよ!? 瞬間移動でも何かしらのモーションあってもおかしくないだろ!
「紅魔館は来るものは拒まないけれど、逃げ出すならナイフの錆になるだけよ」
「……逃げ出したんじゃない。戦略的撤退だ」
「ふふっ、なら、私のナイフからも戦略的撤退してみてね」
手に持つナイフを光らせて咲夜は獰猛な笑みを浮かべる。
「分身だからちょっと痛い部分に当たっても大丈夫よね?」
「ひっ……、いやだぁぁぁぁ!」
叫ぶ俺に大量のナイフが襲いかかってきた。
……遠くで自分の悲鳴が聞こえた様な気がするけど、気のせいだろうか。
「どうかしました……?」
怪訝そうな顔で小悪魔が覗き込んでくる。小悪魔の姿は行為中の乱れた服装はとうに整えられ、キチンと着こなされたスーツ姿だ。とはいえ、そのスカートの下には俺が何度も射精した名残があるのだが。
「……この屋敷って幽霊とか妖怪は出ないよな」
「もちろん出ますよ。幽霊や妖怪なんて」
「お化け屋敷開いたら儲かりそうだな。入ったら二度と出て来れなさそうだけど」
「なにを馬鹿なこと言ってるんですか。あなたのせいで遅れたんですから、早くパチュリー様のところに戻らないと。早く着替えてください」
小悪魔に急かされてワイシャツのボタンを締めて、準備を整えていく。
「セックスした後だとシャワーとか入りたいな」
「そうですけど、それは今は時間がないので。後で入りましょう」
「……なんか一緒に入ることになってない?」
「……っ! 気のせいです!」
顔を赤くした小悪魔が腕を軽くつねってきた。痛い。
こういうスーツみたいなやつは着なれないせいで着付けに時間がかかってしまう。特にネクタイとか上手く絞められない。
初日は適当に縛ったって何も言われなかったから今日もそれでいいか。
「下手ですね」
「うるせぇ。慣れてないんだよ」
俺の縛り方を見た小悪魔が馬鹿にしたように笑う。
くっ、しかもこの屋敷鏡が全然ないからそれを見ながらっていうのすら出来ない。
「あー、もう、ちょっと止まってください。見るに耐えないです」
「そこまで酷いか?」
「軽い事故ですね」
「ネクタイの付け方だけでそこまで言われるか!?」
呆れたようにため息を吐いた小悪魔が俺が適当に巻いたネクタイを外し、最初から付け直してくれる。
「これぐらい自分でやってくださいよ。そんなんじゃ、パチュリー様みたいになりますよ」
「そこで自分の主人を引き合いに出すとか流石だな」
「それほどでも」
「褒めてねぇよ」
「はい。終了です」
言って小悪魔がポンと俺の胸元を叩いて手を離した。
「え、もう終わったのか?」
手で触れて確認してみると、ちゃんと結ばれている。
「……初めて尊敬した」
「褒めてるつもりなのかもしれないですけど、なんか釈然としないんですけど……」
小悪魔がジトっとした視線を向けてきたと思うと、何か考えついたのか含みのある笑みを浮かべた。
「あ、ネクタイまだ緩いですね。締めてあげますよ」
「えっ、ちょ」
優しい声色でそう言った小悪魔はネクタイを思いっきり引っ張る。
「く、くび、しまって……」
「わぁ、ごめんなさい。わざとじゃないんです」
凄い良い笑顔で言われた。ちなみに未だに首は絞められている。
わざとじゃないならすぐにやめろよ!
ギブアップを宣言するように小悪魔の腕を軽く叩いたら手を離してくれた。
「はぁ、はぁ……、お前、ほんとに使い魔か?」
「茶目っ気のある可愛いあなたの悪魔ですよ」
パチンとウィンクされる。それが無駄に可愛らしいものだから腹が立つ。
ああ、やっぱり幻想郷の妖怪には敵わねぇわ……。
飛来するナイフを寸前で回避しながら、廊下を駆け回る。
「ほら、次はこっちよ」
目の前に現れた咲夜によって再び大量のナイフが投擲される。
手に魔弾を生成し、身体に直撃しそうなものだけを叩き落としつつ、咲夜に近づいて触れようとした瞬間、その身体は消えた。
「少し遅いわね」
背後の声に振り返ると、目の前に大量のナイフが再び降り注いでた。
「……手加減してくれよ!」
「十分してるわよ? ギリギリ避けれてるでしょ」
「……ああ。なるほどな。それはツライ事実だ」
随分と舐められている。せめて一矢は報いたい。
咲夜の能力は少しだが理解してきた。
あれは高速移動とはまた少し別のものみたいだ。
高速移動が可能ならそのままその速度を利用して攻撃してこればいい。舐められてそれをしてきてないという可能性もあるが、あのナイフの動きを見る限り、あれは空間を歪ませているものだ。
咲夜が投げるナイフは投げた瞬間に大量に増える。まるでその空間にナイフが新たに生まれたかのように。
しかし、実際はそうじゃない。俺が叩き落としたりして地面に刺さったナイフ。それがいつの間にか消えていたりしている。
つまり、再利用されているわけだ。……まぁ、わかったのはここまでだけでそれ以上は何も理解出来てないし、攻略の糸口一つ見つかってない。
「それにしても、初日に比べたら見違えた進歩ね。フラン様の遊び相手としても10秒は保ちそう」
「ありがとよ。ちなみに咲夜相手なら何秒だ?」
「一瞬ね」
「……ああ。それは笑えない」
地面に突き刺さるナイフを避けながら咲夜に魔弾を放つがもちろん当たらない。
昨日の文と対戦している時を思い出すな。このままだと魔力切れを迎えてしまう。
……奥の手を使うか。
「……諦めたの?」
立ち止まった俺に怪訝そうな顔を向ける咲夜。
「いや、違う。少しばかりやる気を出してるだけだ」
「そう。楽しみにしてるわ」
薄く息を吐く。イメージするのはルーミアの闇。
相手がどれだけ高速で移動してようとも、空間を弄ろうとも、真の闇の中ではまともに行動はできない。
「……少しは楽しめるといいな」
「これは……!」
左手から闇が広がっていく。
視界に光が一切入らない闇が広がって、自分がどこに立っているかすらわからなくなる感覚に陥った。
静寂。物音一つ聞こえない。
「……ここからどうするつもりかしら。この闇の中ではあなたも視界が効かないでしょう?」
そんな中で咲夜の声だけが響く。ここで声のした方へ魔弾を撃ってもいいが多分避けられるだろう。
だから、俺は今度は右手に記憶にある最悪の一撃を思い返していた。
「……白符」
俺の小さい呟きと共に闇の中で俺の手のひらの上に眩い光が幾つも発生する。
闇の中での光は広がり咲夜と俺の姿を映した。その眩しさに咲夜の顔が歪むのが見える。
暗いところから急に明るいところに出されたらその差に対応するまでの間、視界はまともに機能しない。
「プチホーリー!」
その隙を突くように白い魔弾を咲夜に向けて放った。
幾つもの弾幕が咲夜の方向に向けて飛んでいく。
「……っ!」
眩い光の中で自分に向けて弾幕が撃たれたことを気づいたのだろう。咲夜の顔が驚いたものに変わった。
この魔弾に俺が喰らったような威力はない。当たっても服が少し焦げる程度だろう。
ただ、それでも舐めてきていた咲夜に一矢報いることはできる。
避けようと動き出すがそれも遅い。しかも、視界が潰れているから飛んでくる弾幕がよく見えない筈だ。
「……惜しかったわね」
小さいその声と共に、光る弾幕は消え去った。
正確には、咲夜のナイフによって全て打ち消された。
「視界を潰すのは悪くない手だったわ。それでも、あなたの弾幕は薄い」
余裕そうな表情でそう言った咲夜はナイフを構える。
「……まじかよ。奥の手だったんだけどなぁ」
「健闘した褒美に私の世界を少しだけ見せてあげるわ。奇術『ミスディレクション』」
投げられたナイフは先程までとな比べ物にならない密度だった。
けど、統一性があるし、これなら……!
飛んでくるナイフの塊と塊の間に安置がある。そこに身体を滑り込ませれば……、そう思った俺の左腕に激痛が走る。
「……は?」
見ればナイフが刺さっている。そう言えば、目の前でナイフを投げていたはずの咲夜の姿が見えない。
余計な思考だった。その一瞬の思考で、その場から逃げる判断が遅れた。
直前に投げられた大量のナイフ、それに気を取られる観客の死角を狙うように咲夜が移動し、そこから大量のナイフが俺に向けて飛ばされていた。
その動きはまるで瞬間移動だ。または、時間を止めているかのようで……。
「……はぁ、分身だからって痛いんだからな」
小さなぼやきを最後に俺の視界が赤く染まった。
主人公の新能力!分身魔法!ただし、魔力を大量に消費する上に燃費あんまり良くない!
東方淫魔録その11
今回咲夜が戦闘したのは、主人公の実力を測るためと、妖精メイドを倒されて仕事を増やされた八つ当たり。