東方淫魔伝 作:スイセン
爆発音に視線が紅魔館へと向く。
「あれは……!?」
紅魔館の壁を破るようにして極太の光線が空に伸びていて、霧を切り裂いていた。
紅魔館の内部でも何かが起きているのか!?
「余所見とは随分と余裕ですね」
「ぐっ……、がぁっ!」
脇腹に重い一撃を当てられた。吹き飛ばされて、地面の上を転がる。
「はぁ、はぁ……いい加減にしてくれ」
なんとか立ち上がって視線を藍に戻すと、大量の弾幕が再び展開された。
「外の人間とは思えない力ですね。けど、それも私には届かない」
「ご丁寧に教えてくれてありがとよ」
両手に魔力を溜めて次の攻撃に備える。
藍のと戦いは一方的だった。ひたすら藍が弾幕を展開し、それを俺が避ける。俺が避け切れなかった弾幕に被弾して吹き飛ばされ、立ち上がる。それの繰り返しだ。
反撃一つ出来ていない。しかも、あからさまに手を抜かれている。被弾する弾幕の威力は俺が気絶しないように加減されているし、俺が吹き飛ばされた後の追撃もしてこない。
……さっきの攻撃のネタを見ようとしているのか。
まだ藍に不意を突かせた境界を使った攻撃は撃ってない。あれを撃ってネタが割られば間違いなく叩きのめされる。
わざわざネタを見ようとするのは、紫に自分の目で確かめなさいと言われていたからか。
いや、そんな憶測に頼るべきではない。いつでも殺りにくる可能性を念頭に置いて動くべきだ。
「さて、ではもう一度」
藍の展開した弾幕が動き出す。
視界いっぱいに弾幕が広がって、避ける方法が思いつかない。
「くっ……!」
手に溜めた魔弾を使って何発かの魔弾を撃ち落とし、ギリギリで避ける。
不味い。行動不能にはならないにしても、このままだとなにも出来ない。
「うーん。同じ行動ばかりで飽きてきたわねぇ……」
退屈そうな紫は思いついたとばかりに、笑みを深める。
「藍。本気を出しなさい」
「紫様!? しかし、それは」
「ここら一体に境界を張るから弾幕も使わなくていいわ。殺す気でかかりなさい」
「……御意」
ペコリと頭を下げた藍が俺に向き直った。その瞳は獲物を狙う獣そのものだ。
「おいおい、冗談だろ……、ッ!!?」
「ヤァッ!」
一瞬で距離を詰められて、蹴り飛ばされる。
「ガハッ!」
地面を転がって視界が反転する。その視界の中で藍が追撃を仕掛けるべく、魔弾を生成するのが見えた。
ヤバい!
「ぐァッ!」
寸前のところで魔弾を放って、藍の魔弾と相殺しようとしたが、相殺しきれずに湖まで吹き飛ばされた。
「ぐっ……」
揺れる頭の中で必死に身体を起こすが、既に藍の姿は見えない。
どこに消えた……!?
「こちらですよ」
背後から声が聞こえた。
瞬間、視界が90度回転した。
呆気ない。
首がありえないぐらいに曲がって、倒れる男を藍は何の感慨もなく見ていた。
藍が本気を出してこの男が勝てる可能性はなかった。先程までの遊びとは違う、本気の殺し合いにおいて男は何一つすることが出来ずに首をへし折られるという結果に終わった。
……結局、あの技の詳細はわかりませんでしたね。
紫様に命令されたことの一つを遂行できなかったのは悔やまれるが、本気で殺れという主の命令を優先した結果だ。仕方がないだろう。
はぁとため息を吐いて、その主、八雲紫を見ると、彼女は笑みを深めていた。
なにが面白いのだろうか。私には紫様の考えは理解出来ない。
「藍。あなた、まさか勝ったつもりでいるの?」
その言葉を理解出来なかった。勝ったつもりもなにも、現に男は既に死んで、……ッ!?
視線を男に戻した瞬間、鳩尾に鋭い一撃を叩き込まれた。
「なっ!」
男が起き上がっている。ねじ曲がった首も元に戻っていた。
どうなっている……?
理解できない状況に藍が困惑していると、男が手に魔力を溜めるのが見えた。
「まずい……!」
「メガホーリー」
零距離射撃…………!
眩く光る灼熱の魔弾に直撃し、藍は大きく吹き飛ばされて湖に落ちた。
「……どういう原理でしょうか」
湖から浮かび上がり、口の中に入った水を吐き出しながら男を睨みつける。
魔弾が直撃したお腹部分の服は焦げ破れ、剥き出しになった肌には赤い跡が残っている。
ここまでの怪我をしたのは久しぶりですね……。
けれど、妖怪にとって火傷など大した問題ではない。それよりも、あの男だ。
確実に首を折ったにも関わらず再び立ち上がった。あれは本当に人間なのか。
とりあえず前情報によればあの男は空を飛べなかった筈。
「だから、空中にいる限り、魔弾以外の攻撃を意識する必要はない。なんて、思ってたら足元を掬われるわよ?」
まるで心を読んだかのような紫様の忠告が聞こえた瞬間、男が勢いよくこちらに突っ込んできた。
数十メートルはくだらない高さを一気に上昇してくる。
「どうして……!?」
考える時間は今はない。このままだとまた直撃する。
そう思ったら、不意に氷弾が男に直撃した。
「がっ!?」
男が吹き飛ばされていく。
氷弾が飛んできた方へと視線を向けると、そこには氷の妖精チルノが立っていた。
「あんただな! わかさぎ姫に酷いことをしたのは! 湖を荒らす奴はあたいが許さないぞ!」
なにやら本気で怒っている様子のチルノはこちらに視線を向ける。
「あんたもあいつの仲間か。まとめて氷漬けにしてやる!」
「私はちが」
「はぁっ!」
弁明も聞こうとせずにチルノは氷弾を飛ばしてくる。威力や密度自体は妖精というだけあって大したことはない。
藍ならば弾幕を使えば簡単に防げる。
しかし、その隙を男は見逃さなかった。
「……後ろがガラ空きだぞ」
背後からの声に藍は自らの失敗に気づく。
しまった! 男に意識を向け続けておくべきだった……!
「くぅ……!」
声と共に脇腹に衝撃が走り、そのまま湖に向けて叩き落とされた。
また空中を飛んで……! しかし、いったい、どういう原理で。
空中に視線を向けると、男はチルノに向かって真っ直ぐ突撃していた。
しかし、あれではいい的だ。弾幕を当ててくださいと言ってるようなものだ。
「真っ直ぐ来るなんていい度胸だな。喰らえ!」
予想通り、氷の妖精が巨大な氷弾を男に向けて放つ。それに対して男が手に魔力を溜めるのが見えた。
魔弾で迎え撃つつもりか……?
そう思っていたら、男が予想外の動きをする。魔弾を氷弾に向けて撃つのではなく飛行する自分の少し斜め前に撃って止めた。
なにを……!?
浮遊する魔弾に手をつけると、身体のバネを使って大きく飛び上がる。
なっ!? あれはいったい……?
「うぇっ!?」
驚いた様子のチルノに男は容赦なく魔弾を頭上から撃ち込む。それをもろに喰らった彼女は湖に墜落していった。
それを確認してから、男がこちらに視線を向けると、こちらに一気に飛んできた。
元々男のいた場所には小さい魔弾が浮遊している。
魔弾を足場にして跳躍をすることで移動してる!?
そんな芸当がなぜ外の人間なんかに……! いや、それよりもこのままだと不味い!
あの速度での突撃をまともに喰らったら流石にただでは済まない。
早く湖から出て避けないと。
「こっちばかり見てていいのか?」
「なにを、……っぁ!?」
背中の衝撃に体勢を崩す。背後を見てもなにもない。
なにを喰らった? それすらわからない。
苦痛に顔を歪めている間に男は既に避けれない距離まで近づいていた。
「くっ……!」
魔力を使って身体の防御のための結界を張る。
直後、ずんと重い衝撃に湖の奥まで沈んでいってしまう。
水が重くて動きが……! けど、それは相手も同じはず。
「ぼごっ、ハァッ!」
水の中で男が叫ぶ。すると、自分の視界いっぱい全てに大量の弾幕が展開された。
どこからこんな魔力が……!?
逃げ場がない。無理矢理突破を……、いや、この距離じゃそれも間に合わない。
「水の中に落ちたのは不味かったな」
男がそう言った気がした。
次の瞬間、男は一気に距離を詰めてくる。速い……! まるで魚のように一切無駄のない泳ぎ。
迎撃を……!
男を見据えたところを狙うかのように、藍のもとに死角からアッパーのように魔弾が飛ぶ。
「ごぼっ……!?」
また、どこから!?
再びまともに喰らった藍は水中ということもあって完全に体勢を崩してしまった。
「終わりだ」
男が拳を振るう。人間。それも、たかが外の人間の拳など妖怪にとっては痛くも痒くもない。
心のどこかでそう思った藍はほっとした気持ちになった。しかし、男の拳が当たる瞬間、背筋に恐ろしい寒気が走る。理由はわからない。それでも、藍という大妖怪の本能が危険を察知していた。ほぼ反射的に腕で防御の体勢をとる。そこに男の一撃が撃ち込まれた。
「ぐっ……!」
なんだ……! この一撃は……!
受け止めた腕が悲鳴をあげている。まともに喰らっていたら藍ですら余裕で意識を刈り取れるであろう一撃。
……なるほど。これが彼の敵というわけですか。これは手強い。
納得すると同時に衝撃に耐えきれなくなった藍は押し出されるように、自身を囲っていた弾幕を突き破って湖の底から、空へと吹き飛ばされた。
俺が水面に上がると、藍はそれを待っていたかのように、静かに宙に浮いて見下ろしていた。
その服は既にボロボロで、左腕は変な方向に曲がっており、口からは血が垂れている。
あれだけやったのにまだ気絶してないとかやっぱり化け物だな。
水の中では何故か普段よりも魔力が上がっていた。それを利用した弾幕での包囲からの、美鈴を模倣した拳での一撃。意識を本気で刈り取るつもりでの一撃だったのだが、それでもどうやら足りなかったらしい。
「認めましょう。あなたがただの人間でないことを」
静かに告げる藍の瞳に冷酷な色が宿る。
「しかし、それでも私には届かない」
眩い光が藍を中心として展開されていく。
あり得ない量の弾幕だ。まともに避けていたらいつかは必ず喰らってしまう。
ならば勝負は一瞬。藍が弾幕を撃ち出す前。その隙にもう一度攻撃を叩き込むしかない。
幸いにも魔力はある。一気に飛び出す技のネタは割れてるかもしれないが、もう一つの境界を使った攻撃のネタはまだ割れていない筈だ。ならば勝機はそこにある。
「すぅ……」
小さく息を吸うと、肺の中に冷たい空気が流れ込んで凍えそうになった。
やけに冷たい空気だ。……いや、これは。
あまりにも冷たすぎる空気。その出どころを探すように見渡すと、俺が叩き落とした妖精がいつの間にか水面に浮いていた。
あいつにも手加減なしで弾幕を撃ったせいで、服はボロボロだし、氷の羽の何枚かは途中で折れてしまっている。
それでもあの目は諦めていない。あの妖精を中心に冷気が一気に集まる。
「凍符『パーフェクトフリーズ』!!!」
彼女の叫びと共に一気に湖が凍りつき始めた。
嘘だろっ!? このまま湖に浸かっていたら動けなくなる!
「ぐっ!」
足から魔弾を生成して、それを足場に飛び上がる。
下を見ると、俺が浮いていた場所は既に氷漬けになっていた。妖精の方は魔力を使い切ったのか、ふらふらと倒れる。
「隙だらけですよ」
静かな声。
空中に浮いた俺に藍の弾幕が煌めいた。
「……そうでもねぇよ」
境界を操作する。藍の左右。死角となる部分から境界のスキマが生まれた。
境界を操る能力。その範囲は境界がある場所ならば全てだ。だから、どこからでも境界を生み出せる。
生み出された境界から二つの魔弾が飛び出して藍に特攻する。確実に油断している。当たった。そう確信した瞬間、藍は小さく呟いた。
「……なるほど。そういうタネでしたか」
煌めいていた弾幕は俺に向かうわけでもなく、まるで藍を守るように壁を作り、俺の魔弾を掻き消した。
「境界の中にあらかじめ弾幕を仕込み、いざという時に取り出すとは……。面白い手品でした」
言って、藍が右腕をあげる。同時に煌めいた弾幕が今度こそ俺に向かって飛んできた。
チッ……、誘導されてたか……。
この量の弾幕相手じゃ、自由に空を飛べる小悪魔ならまだしも、直線上にしか動けない俺にはぜったいに避けれない。
……はぁ、また負けか。
ため息を吐きながら、残り数秒も持たないであろう意識の中で美しく煌めく藍の弾幕を記憶に焼き付けていた。
東方淫魔録その14・15・16
・主人公が水の中で魔力が上がったのはわかさぎ姫の能力。
・現在の主人公の戦闘力は流れる水の中ならフランとそこそこ楽しめる程度。
・藍が苦戦したのは水の中だったのと、外の人間だからと舐めてたから。